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冒険者のシリス4

 森の様子は変貌していた。

 つい先日も訪れたばかりで見慣れていたはずの森が、まったく見知らぬ場所のように思えてならない。

 見た目に変化はないけど、どこか空気がおかしいのだ。

 冷たくジットリと纏わりつくような、嫌な空気だ。

 それに昼間だというのに、まるで日の光が届いていないかのように薄暗く感じられ、見通しが普段よりも悪くなっている。

 原因は言うまでもなく死霊だろう。

 なぜ、そうなるのかは今の私には到底わからないけど。


「なんなんだ、これは……」

「ぬぅ……あまり長居するべきではないのう」

「ちっ、こいつは厄介だな」


 同行している上級冒険者のみんなも、同じく変貌した森に困惑していた。

 事態は想像以上に深刻なのかも知れない。

 でも私たちにできるのは、行方不明になった少年たちを探すだけだ。

 ここまでの事態となると騎士団に任せるしかない。


「みんな、さっきも言った通り、死霊は強く意識を保っていれば鉄の武器で振り払える。遭遇しても慌てないで、気合で斬って!」

「ムチャクチャだなぁ」

「シリスちゃんが言うんなら間違いないわい!」

「死霊に対して気合とはな……やってみるか」


 意外と知られていなかった死霊対策を再確認させる。

 まあ普通は死霊と出くわす機会なんてないだろうし、私も前世の記憶がなければ成す術もなかっただろう。

 なぜ前世の記憶があるのか、幾度となく答えのない問いを繰り返したけど。

 今はただ、有効に活用させて貰うとしよう。






「うおおおォォらああああァァァッ!!」

「ぬゥんッ!」

「せいッ! ハァッ!」


 そこかしこで思い思いのかけ声とともに、武器が振るわれていた。

 さすがは上級者の面々だ。

 ちょっとコツを教えただけで、現れた死霊を斬り伏せている。

 無理そうだったら引き返そうと考えていたけど杞憂のようだ。

 やはり完全に消滅させるには通常の武器では難しく、怯ませるのがやっとだったけど、目的は討伐ではないので構わない。

 邪魔な死霊だけに狙いを絞り、道が開けたら先へと進み続ける。

 ひとりだったら相手をするのがやっとで、ここまでスムーズに行けなかっただろう。参加してくれたみんなには本当に感謝だ。


 死霊と遭遇しては、斬って進む。

 それを何度か繰り返して最初のポイントに到着した。

 草が生い茂って見分けが付き難いけど、この先は崖になっているのだ。

 大した高さじゃないから、採取に気を取られて足を滑らせても死にはしないだろうけど、どこか負傷して身動きが取れなくなる者は過去に実在した。

 慎重に崖下を覗き込み声をかけるも……返事はない。

 これが普段なら安心するべきところだけど、今はひたすらに残念だった。

 早く見つけてやらないと手遅れになってしまう。

 すぐに次のポイントへ向かわなければ。

 あと残っている中で最寄りは……。


「シリスちゃん、右だ!」


 後方からの声で気付き、慌てて剣を振り上げる。

 そこには意図してなのか、死霊が樹木の裏から通過しつつ私に襲いかかろうとしていたのだ。危なっ!?

 もう少し反応が遅かったら……冷や汗が頬を伝う。

 先ほどの声はパワーズのリーダー、ジョンのものだった。


「ありがとー!」


 立ち止まっている暇はないので大声で伝えながら駆け抜ける。

 いつの間にか、だいぶ視野が狭くなっていたらしい。

 みんなが奮闘してくれているのに、私がこんなんじゃダメだ。


 落ち着け。落ち着け。大丈夫。大丈夫じゃないけど、大丈夫。

 

 逸る気持ちを鎮めるため、自分に言い聞かせるよう心中で呟く。

 焦ったところで結果なんて出やしない。

 できることを、できる限り頑張るだけだ。

 これは前世からの教訓であり、私にとっての真理でもあった。


 その悩みに意味はあらず。

 ただこの時を全力で生きるのみ。

 後悔も未練も断ち切り、すべてを受け入れる覚悟を決めよ。


 誰の言葉だったか、思い出すたびに不思議と心が安らぐ。

 最後に息を短く吐いて、前を向く。

 すると途端に視界が明るくなった気がした。

 周囲の状況が、よく視える。


 よし、いける!


 明瞭となった意識が次の危機を教えてくれる。今度は左だ。

 お前たちと遊んでいる余裕は……ない!

 襲いかかる死霊に対し、私は剣を突き刺しながら斬り払った。

 足を止めることもないまま。


「お、おお……なんかシリスちゃんすげえな」

「鬼気迫る勢いってやつだのう」

「フン、持ち直したか」


 後ろで小さな話し声がしていたけど気にしないでおく。

 きっと仲間内での連携についてとかだろう。

 それよりも目の前に立ち塞がる死霊に集中する。


「てやああぁぁぁッ!!」


 一層、気合を込めて真上から両断する勢いで叩っ切る。


「あれ?」


 思いのほか上手く死霊を退けた……というか、吹き飛ばした。

 文字通り、死霊は剣に弾かれたようにして木々を貫通し、何処かへと消え去ったのである。

 まさか消滅したわけではないだろうけど、これはいったい?

 これまで動きを止めたり、後退させることはあっても、ここまで大きく干渉するほどの力はなかったはずだ。

 続けて斬った死霊も同様に吹き飛ぶ有様を見るに、私が死霊を斬るのに慣れたということだろうか?


 ……まあ、なんであれ好都合だ。

 私が獅子奮迅の活躍をしたことで士気も大いに高まり、破竹の勢いでさらに五つものポイントを巡ることができたので深く考えるのはやめにした。


 だけど、やはり限界はある。

 森を駆け抜け、山中を走り通し、死霊との連戦……。

 さすがに、私はおろか上級冒険者のみんなまでも息を荒げているし、心を強く保ち続けるのも厳しくなり始めていた。

 肉体と精神の両面で、疲労が出ていたのだ。

 順調だったので一気にここまで来てしまったけど、今は何時頃だろう。

 ふと空を見上げるも、分厚い雲が陽を覆い尽くしている。

 時が経つ感覚も覚束ないのは、疲れのせいだけではないだろう。

 次のポイントがダメなら一度引き返すしかない。

 そう提案すると、誰も反対はしなかった。


 これを最後にと訪れたのは深さ二十メートルほどの谷間である。

 崖下は渓流となっており、場合によっては流された可能性もあった。

 傾斜の緩い場所からロープを垂らし、ひとりずつ警戒して降りて行く。

 付近に死霊がいない今のうちだ。


「おーい、誰かいないかー!?」


 みんなで声をあげて付近を捜索する。

 この辺りの川の流れは比較的穏やかで、落ち着いて行動すれば容易に浅瀬に辿り着けることから溺れたとは考えにくいのだが、あり得ないわけでもない。

 とはいえ流れに沿って下ってもキリがないし、残念ながら近場だけである。

 たしか、この川は大きな湖に注がれているはずだと思い返す。その辺だと死霊が多くいると予想されたので闇雲に向かうのは無謀だ。

 どうか、この近くにいてくれ。

 そう願いながら何度目かの大声が響き渡った時である。


「だれかぁー……」


 微かだけど、はっきりと聞こえた。


「下流から聞こえるぞ!」


 もっとも近くにいたジョンが先行して声の出所を探る。

 私も急いで駆け付けようとするが。


「上だ!」


 咄嗟に叫んだけど遅かった。

 どこからか降って来た死霊に、ジョンは取り込まれてしまったのだ。


「なっ、ぐ、があああぁぁああぁぁぁぁッ!!」

「こんのおおおぉぉぉぉ!!」


 気付けば私は大きく振り被り、槍投げの要領で自分の剣を投げ放っていた。

 脳裏に浮かぶのは先日、死霊を貫いた銀光の槍だ。

 あれがなんだったのか知らないけど、今の私にならできる予感があった。

 狙いはジョンに当てないため上方、死霊の顔らしき部分に、寸分の狂いもなく安物の剣が通過する。


 ――――ッ!!


 貫いた部分に大きな風穴が開くと、耳触りな叫びをあげた死霊はまるで雲を散らすかのように消滅した。

 本当にできるとは……などと驚いている暇もない。

 空を仰ぎ見れば、続々と死霊が舞い降りて来ているのだから。


「ちっ、どんどん集まってやがる!」

「おいジョン、しっかりしろ!」

「うぅ……」

「むぅん! 誰ぞ! 子供らを連れてここから離れるのだ!」

「ごめんっ! こっちも……手が塞がってるっ!」


 誰もが死霊の相手をするのに精一杯で、少年たちを探す余裕がない。

 だけど、そうも言ってられない状況に陥ってしまった。


「うわあああああっ!!」

「今のは!?」


 どうやら少年たちにまで死霊が群がっているのだと判断する。

 マズイ……このままじゃ全滅の危険も。

 最悪の事態を防ぐために、少年たちを見捨てて撤退、という最低の決断すら迫られつつあった。

 せめて、もっと剣があったら片っ端から投げてやるのに!

 残された一振りを手放したら成す術もなく私は屍人コースだが、手にしたまま振っていては間に合わない。

 こうなったら私が突撃するしか……?


 捨て身の戦法を決めかけた時、見覚えのある輝きが視界に入る。

 それを認識した瞬間、頭上から光が降り注いだ。

 キィィンッと、高音を奏でながら小石を弾いて河原に突き立ったのは、見紛うことなく銀光の槍である。

 槍に貫かれた死霊たちが次々に浄化されていく光景に、初めて目にするみんなは唖然としていたけど、私は二度目だ。

 おかげで今度こそ発見できた。

 白銀の甲冑を纏う騎士が、崖の上に悠然と佇んでいる。

 どうやら、またもや救われてしまったらしい。

 完全武装しているため性別すら定かではないが悪い人ではなさそうだ。

 私は感謝を込めて手を振ると、こちらに視線が向けられたのを感じた。




 まず状況を確認すると、周辺の死霊は駆逐されただけではなく、森に入ってから続いていた奇妙な寒気が引いていた。これも銀光の槍による力だろう。

 そのおかげか、ジョンは囚われた時間も僅かだったため、すぐに意識を回復させた。お礼を言われるけど私も助けられたのでお相子だ。


 肝心の少年たちは、剛鉄組が見つけ出してくれた。

 そこは渓流の脇に形成された自然の洞穴で、死霊から逃げるうちに道に迷ってしまい、ここで夜を明かしたのだろう。

 これが冬季の真っただ中なら凍死していたところだ。運が良かった。

 私もほっと一安心して、無事をこの目で確認する。


「ケインと、キール」

「え……? あ、あなたはシリスさん……」 


 少年たちの名前はしっかりと覚えている。

 私に呼ばれたうち、利発な印象のケインがぼんやりとした表情で顔を上げた。

 二人とも命に別条はないけど、体力を消耗しているとエドは言う。

 実際、気の弱そうだったキールも意識はあるが横になったままである。

 きっと死霊による影響もあるはずだ。

 あれは、触れられずとも『恐怖』という名の呪いに精神を蝕まれる。

 それよりも私が気になっているのは……。


「ねえケイン、ジンはどこに行ったの?」


 そう、ここには二人しかいなかった。

 私に食ってかかったジンだけが、洞穴にいないのだ。


「あ、じ、ジンは……助けを呼びに行くって……一緒じゃないんですか?」


 あの強気な性格から、幸か不幸か死霊の恐怖に耐性があったのだろう。

 だから弱って動けないケインたちのため、ひとりで出て行ってしまったのだ。


「私たちは、君たちが戻らないから捜索に来たんだよ。それで、ジンはどっちへ向かったのか覚えてる?」


 ゆっくりとケインが指差したのは下流の方向だった。


「川を下れば、街に戻れるかもって言って……」


 残念ながら、ここからだと街は山の反対側だ。

 どれだけ下っても離れるばかりで、それどころか懸念していた湖に向かってしまったことになる。

 あの辺りは未調査地域で、ギルドでも詳しい情報はない。

 念のためみんなにも尋ねてみるけど、やっぱり誰も行ったことがなかった。


「ありがとう。後は任せてゆっくり休んで」


 優しく頭を撫でてやると、ケインは力を抜いて眠りに落ちたようだった。

 ずっと緊張して、ロクに寝ていなかったのだろう。

 見ればキールも同様に寝息を立てている。


「それじゃあ、みんなは彼らを街まで連れて行って」

「構わんが……シリスちゃんはどうするつもりなのかの?」

「このまま川を下って捜索を続けるよ」

「ふむ、やはり行くか」


 予想通りって反応だけど、状況から考えると他に方法がないからね。

 すでにジョンは戦えないため、少年を含めて要救助者は三人となっている。

 背負って運べば死霊を相手にする余裕はないから周囲の援護が必要だけど、他のみんなだって消耗が激しい。

 それでも来た時と同じように、固まって動けば無事に撤退できるだろう。


 一方、これ以上の捜索ができるのは私と、もうひとりだけだった。

 私も疲れてはいたけど、なぜだか死霊を倒せるようになってしまったし、まともに相手をせず逃げるだけなら難しくはなくなっている。

 むしろ、彼らがいない方が……都合が良い状況にあった。


「チッ……なるほど。俺らは足手まといってわけだ」

「……ごめん」

「フン、なにを謝っている。謝罪するのはこっちだ」

「まったくだぜ。役に立てなくて、悪ぃな」


 強さに自信を持っていたドラグノフの面々にとっては屈辱だろう。

 他のメンバーも不満げだったのに、リーダーの言葉でバツが悪そうな顔をする。

 現実を認めて飲み込んだ二人は、きっとまだまだ強くなると私は直感した。


「しかし本当に二人で大丈夫なのかの、シリスちゃん」

「儂らも付いて行きたいが……」

「おう、女々しいぞテメェら! 嬢ちゃんらの覚悟を踏みにじろうってか!」

「やかましい! お前はシリスちゃんが心配じゃないんかい!」


 剛鉄組の面々も、喧々囂々ながらも反対する者はいなかった。

 そんな中、リーダーのエドが私の剣が足りないのに気付く。


「おや、剣を失くしたようだのう。ならば代わりにこいつを持つといい」

「これは……いいの?」

「予備の一振りだからの。気にせず持って行っとくれ」


 それは『カタナのエド』の代名詞でもある武器だ。

 片刃の剣で、恐ろしいほどに鋭く、少し軽いのに頑丈だという。


「ちょいと癖も強いが、まあシリスちゃんならすぐ馴染むと思うぞい」


 朗らかにそう言われて、私はありがたく受け取った。

 貰ったのではなく、あくまで借りるだけだと自分に言い聞かせる。

 こんな高そうな代物タダで貰えないからね。


「そろそろ、よろしいでしょうか」

「ああ、待たせてごめんね」


 振り返れば白銀の騎士が立っていた。

 私と同行するもうひとりとは、なにを隠そうこの騎士のことだ。

 あの銀光の槍を降らせると、わざわざ崖を降りて来たのである。

 そして私に向かっての第一声はこうだった。




「私は……プロンと言います。あなたに頼みがあります」


 例えば聖騎士然とした甲冑の見事な意匠だとか、右腕に装備した盾の内側に剣が収納されているとか、胸当ての部分が妙に膨らんでいるとか、腰から下はふわりと広がるスカートに何枚ものプレートが重なるようになっているとか……。

 そういった外見から薄々と感付いていたけど、発せられた声で確信する。


 それを裏付けるようにプロンと名乗った騎士は首元に手を当てた。

 すると兜がガチリとひとりでに動き、パズルの如く背面部へと格納されて隙間が開くと銀糸が零れ落ちる。

 やがてティアラにも似た額当てを残して露わになったのは、甲冑と同じく白銀の輝きを宿した柔らかな長い髪と、妖精のような整った顔立ちに、プラチナの虹彩。

 つまり、騎士の正体はとんでもなく美しい少女だったのだ。

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