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シリスと記者コレット

閑話的な内容です。

 ――風聞雑誌。

 それは月に一度、近所で起きた事件から、遠く離れた地方の出来事まで、あらゆる噂がまとめられた情報紙。そして富裕層向けの娯楽である。

 封印都市では未だ珍しいが、王都では風聞雑誌を模倣する記事を発行する商会が増えており、大きな流行りとなりつつあった。


 人というものは噂が好きだ。

 特に、生活に余裕のある者たちは暇を持て余している。

 誰かが結婚したと聞けば、新郎新婦の人柄で盛り上がり。

 誰かが不幸にあったと聞けば、なにが起きたのかと知りたがる。

 これは他に楽しみが少ないこともあって、風聞雑誌という新たな娯楽は見事に人々の心を射止めたのだ。

 各商会で内容が異なることも噛み合い、幅広い層の読者を獲得するに至る。


 だが、商会はどのようにして膨大な数の記事を手掛けているのか?

 答えは単純である。


 元々、風聞雑誌は王都内の出来事だけを扱うものであった。

 紙が安く普及し始めたこともあったが、それでも当初は一枚の紙切れだけという粗末なものである。

 それが徐々に認知度が広まるに連れ、一枚の紙切れはページ数が増し、さらに読者の増加と共に、やがて自分も記事を書きたいという記者が出始めたのだ。

 もちろん、すべての記事を掲載するのは不可能である。

 となれば必然的に、より面白い内容が採用されるようになり、多くの記者が腕を競い合った。

 富裕層には文学に秀でた者も多く、その争いは熾烈なものとなる。


 ここに至り、風聞雑誌を発行する商会は気付く。

 記者を雇うのは非効率だと。

 なにせ次々に面白い記事を書ける者が現れるのだ。

 それまでの記者が書けなくなる事態も続出し、入れ替わりが激しくなると、その対応に追われてしまう。

 結果、商会は記者を雇うのではなく、記事を買い上げる方式を取った。


 こうして毎月の終わりになると、記者たちが自分の足で取材し、書きあげた記事を王都の商会に持ち寄る姿が見られるようになった。

 一見すると商会が楽をしているように思えるが、採用されれば記事の内容に見合った報酬が支払われるため不満は出ていない。

 仮に採用されずとも、それは記者の腕が悪いのである。

 商会からしても発行と配布に専念できることから、今のところは上手く回っているようだ。




 下級貴族の少女コレットは、記者志望である。

 ……志望、というのは一度も商会に記事を買い取られず、風聞雑誌に掲載されたことがないからだ。

 故に彼女は、まだ記者の見習いですらない。


 貴族と言えどコレットの家は男爵家であり、はっきり言えばお金がない。

 腐っても貴族であるため、最低限の教育として文字の読み書きは習わされているものの、ゆくゆくは政略結婚だ。

 それに関して、コレットは不満もなければ嘆くこともない。

 あるとすれば……一度くらいは、自分の記事が掲載された風聞雑誌を手にしたいという悔しさだろう。


 記事の良し悪しは文章にもよるが、なにより題材が重要であった。

 誰も知らない魅力的な情報を書き綴れば、多少の悪文もご愛嬌だろう。

 中には文章こそが最も重要であると考える派閥もあり、そちらはそちらで盛り上がっていたが、大衆向けではない。

 多くの読者が関心を向けるのは、目新しさと刹那的な面白さだった。


 それを書くには近場ではなく遠く離れた土地へ赴き、取材を重ねるしかないのだが、そのための資金がコレットにはない。

 これは彼女だけではなく、多くの記者たちが抱える問題でもあった。

 記者として成功するのは限られた、ほんの一部だけである。


 それでもコレットは諦められない。

 彼女は風聞雑誌に魅了された者のひとりだ。遠方の出来事が家にいながら知ることができる記事に胸を躍らせ、次に掲載されるのは寒い北国の凍った湖における釣り大会の話か、あるいは南国の海で暴れる島のように大きな魚との激闘かと、遠い異国の地に思いを馳せながら待ち焦がれる日々を過ごしていたのだ。

 そして、いつしか自分もそういった記事を書きたいと思うようになった。

 誰かの心に響き、また誰かに書きたいと思わせる。

 そんな記者になりたいと憧れたのだ。

 もっとも、現実はそんなに甘くはなかったが……。


「はぁ、やっぱり無理なのかなぁ」


 コレットの手には、参考とするために購読している風聞雑誌がいくつもあった。

 内容は街で評判の美しい女性を取り上げたものだったが、そのほとんどが専属契約を結んだ記事である。


「こういうのも悪くないけどね」


 専属契約とは、記者から取材料金としてお金を支払う代わりに、他の記者からの取材を断る約束のことだ。

 つまり取材対象を独占することで、安定して記事を書ける。

 似たようなことは他の記者もマネしており、中には貴族令嬢との専属契約を結んだ者までいるほどだ。

 これは令嬢のほうが乗り気であったのは、あまり知られていない。

 要するに自分の評価を高めたい者には、うってつけだったのだ。

 そこに気付けばコレットにもチャンスはあったが、生憎とそこまで知恵が回るのであれば最初から苦労はしていないだろう。


「わたしも、誰かと契約を結ぶしかないかな……お金もないし無理か」


 だからこそ、こうしてコレットは溜息を吐くばかりだ。

 そもそもコレットが書きたい記事とはジャンルが異なる。

 彼女は胸がワクワクする、夢を見せるものでなければと、拘りを持っていた。


「うーん……あ、精霊祭かぁ。他にアテもないし、行ってみようかな」


 数ある風聞雑誌のひとつに、様々な街における祭りや伝統行事についてまとめる記事があった。

 そこには封印都市エルザ・スィールにて毎年恒例の精霊祭が近々、行われることが記されている。


「歴史のある街で近場だけど……他の記者も多いんだろうな」


 無駄足になる可能性も高いとコレットは二の足を踏む。

 だが他に道はないと悟り、やがて出発を決意する。


「よーし、善は急げってやつ! すぐに行こっと!」


 いつでも旅立てるように身支度は整えられていた。

 幸いにもコレットの両親は緩く、あまり趣味に口出ししないため、自費であれば旅行に出かけるのにも寛容だ。

 その日の内にトランクひとつ抱え、颯爽と乗合馬車に飛び込む。

 貴族らしからぬ身軽さで、目的地まで一直線だ。

 そんな行動力がコレットの転機となるのだった。






 封印都市へ到着したコレットは、まず精霊祭の規模に驚いた。

 それは噂に聞いていたよりも大きく華やかであり、なにより食事の質が良かったからだ。

 決定的だったのは今年度から始まったという精霊歌唱会だった。

 封印都市の武術会は、王都で開催される武闘大会ほどではないが有名である。

 しかし事前情報が一切なかった歌唱会はまったくの未知数であり、コレットの正直な予想としては……それほど期待はしていなかった。

 王都で公開されている歌劇より素晴らしい歌はないだろうと、彼女の数少ない貴族としての経験から来る、確かな推測だ。

 だが、いざフタを開けてみれば、そのクオリティに愕然とする。

 開いた口が塞がらず、感嘆の溜息すら漏れてしまう。


「ふぁぁ……」


 舞台上にいるのは黒髪の少女だ。

 ひとつ前の少女の、踊りを加えた明るく元気を与えてくれるような歌声も、人によってはそちらを好むだろう。

 ただコレットの心に響いたのは、聖歌を彷彿とさせる黒髪の少女の歌だった。


 気付けば歌唱会は終わり、コレットは観客席で茫然としていた。

 周りを見れば他の観客たちも似たような有様であり、口々に先ほどの少女は何者なのかと噂している。

 そこでコレットはピンと閃いた。

 彼女こそ、誰もが求める話題となる人物であると。

 未だに止まない胸の高鳴りも、そう思わせるには十分だった。


 すぐに黒髪の少女の調査を始めたコレットだが、答えは数分で出る。

 というのも、その少女は有名であり、近所の子供から、屋台のおじさん、パン屋のおばさんですら知っていたからだ。

 名前はシリス。

 街の西にある孤児院の出身であり、冒険者として活動している……と、それだけならば、どこにでもある来歴だろう。

 コレットも、なぜ少女が有名になったのかが気になった。


 そして集めた情報から、コレットはシリスについて詳しく知ることになる。

 孤児院のために幼いうちから冒険者として働き始め、多くの活躍と街やギルドへの貢献。さらに最近では死霊騒動での救出劇に、リザードキングの討伐と、とにかく枚挙に暇がなく、そんな彼女の活動を応援する者は多かった。

 人はそうした人物を、英雄と呼ぶのだとコレットは知っている。

 いつしか話を聞いているうちに、コレット自身もまた、シリスという物語から飛び出したかのような少女に惹かれ始めていた。


 シリスが武術会に出場すると知ったのは、その翌日のことだ。

 もちろんコレットは街での聞き込みと併せて、シリスの取材をするために観戦に出向いていた。

 初日のシリスは一試合のみだったが、実力を知るには十分なものである。

 さらに翌日でもシリスは勝ち進み、次は準決勝となった。


 ここでコレットは、シリスの決勝進出、あるいは優勝まで予見する。

 そうなれば同業者からの取材だけではなく、純粋なファンまでも殺到し、まともに取材する機会は得られなくなるだろう。

 ちょうど武術会も休憩となり、シリスも会場から出て来ると考えられた。

 最低でも取材の約束を取り付けるなら、このタイミングしかない。

 だが会場前での出待ちは安全上の観点から、武術会を運営するギルド職員により禁止されている。

 仕方なくコレットは複数ある通り道から、シリスが通るであろう道に当たりを付け、そして幸運にも的中する。

 問題は、すでに彼女の周りには多く人が集まっていることだった。


「風聞雑誌の者です! 取材させてください!」


 コレットは雑踏の中でもよく通る声を張り上げた。

 しかし当然ながらと言うべきか、シリスは追いかける群衆から逃げるのに夢中で聞く耳を持たず、そのまま行方はわからなくなってしまう。

 これが最後のチャンスだと意気込んでいたコレットの想いは、無念にも打ち砕かれてしまったのだった。




 その後、コレットの予測通りにシリスは優勝を果たした。

 武術会の終了後、シリスの周りには多くの者が集まり、その中には記者も混ざっているのをコレットは遠目に眺める。

 あれだけのライバルを押し退けるには、コレットは経験も体格も技術も足りていない。それを自覚しているからこそ、こうしてひとり寂しく精霊祭の最終日の夜宴を過ごしていた。

 せめて楽しむだけ楽しんで、そのことを記事に書こうと考えたのだ。


 コレットが選んだ場所はテーブルとイスが設けられた広場である。

 周囲では多くの人たちが食べ物や酒を持ち込み、友人たちと楽しそうに語りあいながら楽しんでいる。

 その会話の多くは歌唱会や武術会……つまりシリスのことで、もちきりだ。

 自身もまた、やけ食いのように買い込んだ料理を食べ進めながらも、コレットの耳はそれらを聞き漏らさない。どうしても意識がそちらへ向いてしまうのだ。


「……やっぱり、諦めきれないよ」


 いつの間にか手は止まっていた。

 美味しいはずの料理も、今は味がしない。

 どうせなら味についてレビューする記事でも書こうかと集めたが、これ以上は食べられそうにないのだ。

 行き交う人々の評判を気にせず、わざわざ自分の足を使って屋台や店を巡り、その眼と鼻による直感で厳選までしたというのに。


 せっかくの料理が無駄になってしまう。

 それは、もったいない……彼女はそう思ったらしい。


「もう食べないの?」

「え……?」


 突然の問いかけにコレットが振り返ると、そこには黒髪をなびかせる少女。

 紛れもなくシリス本人が、人懐っこい笑みを浮かべて立っていた。


「うん? なんか元気なさそうだけど大丈夫? どこか具合でも悪い?」

「あ、えっと、だいじょうぶです……」


 コレットの浮かない表情に気付くと、途端に心配そうにするシリスに、そう答えるのが精一杯だった。

 あまりに突然すぎて状況を理解できていないのだ。


「そっか、それなら良かった。じゃあせっかく買ったんだし、冷めないうちに食べたほうがいいよ。どれも私がオススメしちゃうくらい美味しいからね」

「……そうですね、わたしも美味しそうだと思って買ってみましたから」

「やっぱり!? そうだと思ったんだよね! この選び方は偶然じゃないって!」


 シリスは上機嫌となり、自然な動きでコレットの隣に座った。

 不意にふわりと漂う甘い香りにコレットはドキッとする。それは香油の強い香りではなく、果物のような優しく仄かな香りだ。


「それに……この量をひとりで食べるんだよね?」

「えっと、そのつもりですけど」


 なにが彼女の琴線に触れたのかがわからないコレットは素直に頷く。

 目の前には、コレットにとって普通の量の料理が並んでいた。

 だが一般人からすれば、それは大量と呼べるのだ。

 実のところコレットが広場にやって来てから、彼女が抱える料理の山と、それを軽々と平らげて行く姿から視線を集めていたのだが、当人は考え事に耽るあまり気付いていなかった。

 シリスが興味を抱いて話しかけたのも、偶然ではなく必然である。


「じゃあ、あの大通りにある有名店には行ってみた?」

「そこなら街に到着した日に見かけて入りましたけど……わたしはすぐ隣の路地から入った裏通りにあるお店のほうが繊細な味付けで好みでした」

「だよねだよねっ! それなら、あそこのお店とか……!」

「そっちも良いですけど、もうひとつ奥にあったお店も……」

「わかるー!」


 この街の食べ物に関しては一家言を持つシリスと、自覚のないグルメな食いしん坊であったコレットは、とても舌が合っていた。

 お店について語れば会話は弾み、料理について語れば互いに頷き合う。

 いつしかコレットも緊張を忘れており、自然な態度でシリスとのやり取りを楽しんでいた。

 その周囲では、シリスと楽しげに話しているコレットを何者なのかと訝しむ姿が見られたが、二人とも視界には入らないほど熱中している。


「いやーここまで話が合うのは初めてだよ」

「そうなんですか?」

「うん、これがそうなんだー……って、ごめんね急に色々と。私はシリスって言うんだけど」

「あ、はい。知ってます。歌唱会と、あと武術会も見てましたから」

「……そ、そっか、あれ見てたんだ」

「はい! あの、わたしは記者志望のコレットって言います! シリスさんの歌を聴いてすごく感動しました!」

「あ、あはは……」


 コレットは瞳を輝かせ、シリスは気恥ずかしさから頬を掻く。

 あの歌唱会のできごとを観客目線から聞かされるのは、むず痒いものがあったシリスだが、自分から話しかけて都合が悪くなると逃げるのは無礼だ。

 そこでシリスは話題を変えるついでに、気になった言葉について尋ねた。


「えっと、記者っていうのは初めて聞いたけど、なにかの職業なの?」

「あっ」


 言われてようやくコレットは千載一遇のチャンスに気付いた。


「し、シリスさん、できれば少しだけ取材させてください!」

「うん? なに? どういうこと?」


 急な出会いとなったが、コレットはチャンスを掴むべく風聞雑誌について、そして記者の行う取材と、自身の抱いた想いを丁寧に説明した。

 そしてようやくシリスも、納得したように頷く。


「ああ、さっきのってそういうことだったのか」

「さっきの……ですか?」

「うん、男の人たちに詰め寄られたんだけどね、なんだか一方的にあれこれ質問してばかりで、こっちの事情を考えてくれないんだ。ひとりだけ大金を用意するとか言ってたけど気色悪いから断ったよ。まったく」


 辟易したように言うシリスだが、コレットはそれが専属契約だと気付いた。


「よ、よかったんですか? かなりの額だと思うんですけど……」

「もうあまりお金はいらないし、住んでる場所とか、普段の暮らしぶりとかまで聞かれたからね。下着の色まで聞き始めた時は、さすがにちょっと怒ったよ」

「そんな酷いことが……」


 そもそもシリスは、風聞雑誌についてすら教えられていなかった。

 無遠慮な記者たちは本人の了承を得ようとせず、勝手にシリスのプライベートまで王都中に公表しようとしていたも同然だ。

 現状、それを違法であると裁く法律はないため取り締まられることもなく、見知らぬ男に名前や外見的な特徴から、年齢や身長に住所、日常での行動パターンまで把握されるのは、いくらシリスが腕の立つ剣士であっても気持ちが悪い。

 もし取材を受けていたらと想像し、シリスは身震いをする。


「そうですか……すみません。そういうことなら取材は……」

「うん、今日はちょっとね。お祭りもあるし、明日ならいいよ」

「……え?」

「うん?」


 聞き間違いかとコレットは首を傾げるが、シリスも話が噛み合ってないことに気付いて首を傾げる。


「取材、いいんですか?」

「うん! さっきの人たちは嫌だけど、コレットはちゃんと取材について教えてくれたし、私が嫌がるようなことはしないでしょ?」

「もちろんです!」

「それに女の子になら下着の色だって教えても困らないからね。あ、でもその風聞雑誌とかいうのに書いたらダメだよ?」

「か、書きませんし、そんなこと聞きません……!」


 顔を真っ赤にしながら否定するコレット。

 付け加えると、コレットがかわいい女の子であることも取材を引き受けた理由のひとつだったが、シリスは白い影を幻視して口にはしなかった。


「でも、これだと専属契約みたいですね。お金は払えませんけど……」

「友だちからお金なんて貰えないよ」

「え、友だちですか?」

「違った……?」

「い、いえ、よろしくお願いします……!」


 こうしてコレットはシリスと出会い、友人となった。

 取材は約束通り、翌日になってシリスのオススメするオープンテラスのカフェで行われることになる。

 そこでは再び、美味しい料理の店について盛り上がる様子が見られたとか。






 後日、王都はひとつの話題で騒然となった。

 それはコレットという記者がもたらした、ある少女を取材した記事である。

 少女の名前はシリス。

 幼くして一流の冒険者であり、武術会に優勝するほどの剣の腕を持ち、歌唱会では観客を魅了した歌姫として、記事の中で絶賛されている。


 なによりも人々が注目したのは、その美貌であった。

 記事にはコレットの手による似顔絵が掲載されていたのだが、貴族令嬢として教育を受けたことで、芸術にも明るいコレットの絵は見事なものである。

 とはいえシリスは未だ、少女と呼べる年齢だった。

 似顔絵でも幼さが残っているため、それだけでは興味を示す者は限られる。


 だが、似顔絵は二枚あった。

 コレットはシリスに頼み、大人の姿になったシリスも描いたのだ。

 記事では魔法についても簡単に触れながら、それらについて解説していたが、もはや似顔絵だけでも十分な情報量だろう。

 現に、この記事が掲載された風聞雑誌は王都だけに留まらず、他所の街では文字が読めない平民まで買い求め、スラム街では奪い合いすら起きた。


 そして一部の読者は、似顔絵の精度に疑問を抱く。

 この似顔絵は想像によるものではないのか? そもそも書かれている記事の内容も本当なのか? という声が上がったのだ。

 記事の真偽までは保証されていない、あくまで噂をまとめた風聞雑誌である。誰も確認できないからと、空想を書くような記者も少なくはない。

 そんな疑惑に乗じて嫉妬心に駆られたライバル記者や、美貌を羨む女は、シリスなど存在しない、妄想記事だとまで言い出す始末である。

 だが、やがてシリスに目を付けていた商会の声が広まると、そうした否定をする者たちの声は聴こえなくなって行った。


 そうなると次に起きるのは、その少女と接触を図る有力者たちの争いである。

 成長すれば確実に絶世の美女となるのだから、手を出さない理由はない。

 すでに多くの商会が動いていたが、強引な手段に出ようとしていた者たちはコレットの続報により封殺されることとなった。


 それは封印都市エルザ・スィールに燦然と輝くエルザス学院に、当のシリスが入学するというものだ。

 この学院、事情を知る者からは非常に厄介な場所であった。

 実のところ発案者は王族であり、次世代の優秀な人材を育成するために平民であっても高度な知識を学べる場を、という思想の下で生まれたのだ。

 これに同意した貴族たちの協力により、貴族と平民の子供たちが一堂に会する学院は実現した。


 重要なのは貴族の子女が通うため、その警備も厳重である点だった。

 そこでは例え平民であっても、王族肝入りであり、なおかつ複数の大貴族による連名の学院から庇護を得られるのだ。

 手出しをしようものならば、どのような処罰が下るか定かではない。

 となれば、取れる手段はひとつだけ。

 我が子を学院に送り込み、最低でも自陣に取り入れるように促すのだ。


 こうして入学まで残り一カ月を切ったというのに入学希望者は増加し、今年度の新入生は過去に類を見ない数となったのだった。




「なんだか大変なことになっちゃったな……シリスはぜんぜん気にしてないって言ってたけど、わたしも少し気をつけないと」


 その後、コレットは『シリス専属記者』として見なされ、商会からは新たな記事を切望される立場となった。

 実家には、記者として大成したほうが家の格を上げられると説得し、記者活動に専念できるようになっている。

 多くの支援も受けており、取材費用も莫大になった今、彼女は自由に行きたい場所へ赴いて、好きな記事を書けるのだ。


 ……だがコレットは、それらはどうでもよかった。

 彼女の書く記事は、誰よりも彼女自身が一番求めているのだ。

 だからこそ、今日もまた敬愛する少女の下へと向かう。


「ふふっ、今度はどんなワクワクを見せてくれるのかなぁ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後まで読みました!とても面白かったです! 次は学園編ですかね。楽しみです。 スパイファミリーというコミックがあるのですが!良かったら読んでみてください。
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