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シリスとメルと未来の英雄

こちらは本日二回目の投稿です。

 ――ああ、もう時間切れか。


 なんとなく直感で理解した。

 この感覚は、何度か経験しているから。

 だから、わたしは自分が何者なのかも見失ったまま、すべてを悟る。


 『魂の覚醒(イグニッション)』の連続使用による弊害。

 前世のグレヴァフだけではなく、それより以前のわたしたちを呼び起こし、わたしの精神をぐちゃぐちゃに侵して混ざり合う現象。

 予想していたから使用を控えていたんだけど、メルとの試合中は全力だった。


 だからこその……結末だ。

 でも、もう怖れることはないのかもしれない。

 このままダメになったとしても、メルがいてくれる。

 これからはメルが、わたしを守ってくれる。

 わたしが戦う必要も、わたしが傷付く必要もない。

 みんな、メルが代わりにやってくれるのだから。

 わたしはただ、メルに言われる通り平穏に暮らせばいい。

 そんな日々を送るのも、悪くないよね……。



 ――本当に?



 わたしは本当にそれで良かったのか?

 そんな僅かながらに残る、ちょっとした未練。

 たったひとつ、どうしても譲れないソレが私の心を繋ぎ止めていた。


 なにを今さら。

 すでに雌雄は決している。

 わたしは、メルに敗北したのだ。

 これ以上足掻いて、いったいどうするのさ。

 だが、まだ終わっていない。

 わたしたちは、まだ立ち上がれるよ。

 立ってどうするの。

 また打ちのめされて、また現実を見せつけられ、まだ苦しみたいのか。

 これまでだって、そうして生きてきたじゃないか。

 今回は相手が悪い。

 わたしたちでは勝てない。



 ――うるさい。



 耳障りな声が頭の中で反響する。

 お前(わたし)たちは……なにがしたいんだ?

 いったい誰の味方なんだ?

 邪魔をするだけなら黙っていろ。


 まだわたしは立ち上がるつもりか?

 どうして?

 なぜ?

 わたしに戦う理由なんて、もうないだろう。

 諦めたって誰も文句なんて言わないよ。

 これまでずっと頑張ったんだから、もういいはずだ。

 剣を握り続ける理由があるのか?



 ――ある。



 それは……?



 ――わたしが……わたしがメルを守りたいから。



 そうだ。ただ守られるだけなんて、まっぴらだ。

 わたしが守りたいんだ。

 メルのために剣を振り続ける……他に理由なんていらない!

 誰がなんと言おうと関係ない!

 わたしがそう決めたんだ! それこそ誰かに文句なんて言わせない!

 そのためなら……!


 もうお前(わたし)たちを恐れない。

 例えわたしが、私じゃなくなったとしても……。

 私が……メルを守るんだっ!!











 試合会場は騒然としていた。

 彼らの目に映るのは、これまで試合を行っていた二人の少女だ。

 白い少女メルは、依然として余裕のある立ち居振る舞いを見せている。

 だがもう片方の黒髪が特徴的な少女……ここ数日で一気に知名度が増したシリスは、地に倒れ伏していた。

 まるで気を失っているかのように。


 本来であれば、その時点で審判も動くべきだったのだろう。

 だがシリスが倒れたのは、あまりに唐突だった。

 これが試合相手から攻撃を受けた直後であれば、審判も迷うことはなかっただろうが、二人が会話をしている最中であったため判断を下せずにいたのだ。

 それは観客たちも理解しているからこそ、なにが起きたのか、試合はどうなるのかと疑問を口々に言い合う。

 急病で倒れたのではと心配する関係者の声もあったが、なぜかシリスと最も親しいはずであるメルが動かないことから、固唾を飲んで見守っている。


 そのメルはと言えば……警戒していた。

 近くにいるからこそ、シリスに起きた異常に気付けたからだ。

 ただ倒れたのではない。

 急激にシリスの魔力が膨れ上がり、しかし周囲に一切漏れないように内側へと押し留められているのが感じられる。

 それが単なる気絶ではないことをメルは……期待していた。


 そして、期待に応えるようにシリスに変化が起きる。


 シリスが立ち上がった。

 ゆっくりと腕を支えに体を起こし、膝を曲げて地に足を付ける。

 ただ、その全身には仄かに瞬く光源が見受けられた。

 光の粒とでも呼ぶべき物が、シリスの身に纏わりついていたのだ。

 一部の者たちは、その正体が高密度に凝縮された魔力であると気付くも、このような現象を知る者はいない。まったく未知の光景である。

 誰もが黙って傍観することしかできない。


 ふと、観衆の目に奇妙な錯覚が生じる。

 いまやシリスの全身を包み隠すほど集まっている光の粒だが、その輪郭が少しだけ大きく見えたのだ。

 小柄な少女であれば、あそこまで高い位置に留まっているのはおかしい。

 誰もが、そう感じた次の瞬間……光の粒が拡散した。

 まるで光のシャワーを撒き散らすように、会場にいた誰もが思わず顔を覆い隠してしまう。

 それも僅かな間であり、再び舞台へ視線を向ける。

 すると、そこに絶世の美女が立っていた。


 すらりとした長い手足に、高い身長からすると年齢は十代後半だろう。

 長い黒髪は濡れているかのように艶やかで、その切れ長の目は白い少女だけへと向けられている。

 遠目にもわかる美貌に男のみならず女性すらも見惚れたが、彼女が何者なのかと当然の疑問を抱き、すぐにひとつの可能性に思い至った。

 まさか、あり得ないと同時に否定するも、美女の服装はすべてを物語る。


 その黒髪の美女は、かなり際どい格好をしていた。

 元はジャケットに白いシャツと、ショートパンツであっただろう衣服は、サイズが合っていない物を無理やり着込んだようにビリビリに裂けている。

 ともなれば露わになる素肌だが、彼女は下に黒い肌着を身に着けていた。

 肌に密着するそれは、知る人ぞ知る『森妖精の黒絹(エルフィンシルク)』である。伸縮性に優れた性質から破けず、なんとか衣服として機能していたのだ。

 だが、それが却って扇情的な格好となっていることに本人は気付いていないのか、気にした素振りすら見せずにいる。

 抑えつけられた肉体は、とても起伏に富んだ女性らしいラインを描き、どこかでゴクリと鳴った。


「……シリスなの?」


 さすがに驚いたメルは、目の前に立つ美女に問いかけた。

 すると美女は、にっこりと人懐っこい笑みを浮かべて口を開く。


「うん、そうだよ。わたし……私は、シリスだね。うん」


 確認するかのような言葉だが、メルは気にせずにおいた。

 より正確に言えば気にしているほど余裕がなかった。


「どうして……シリス、その体は……?」

「うん、なんかね、こうなっちゃった」

「そ、そうなんだ……なんだか、すごく変わったね」

「一足先に大人になったからね」

「え、大人になったの?」

「一時的にね」


 素直に答えても良かったが、シリスもなんとなく理解しているだけで、細かいことまでは説明できない。

 感覚としては、シリスの肉体は大人のそれになっている。

 それもまた正確ではなかったが、今のシリスにとって大した問題ではない。


「ねえメル」

「な、なに?」


 まだ少し、変わったシリスの姿に慣れずに戸惑いを隠せないメルだったが、シリスの纏う空気が僅かに変化したことに気付く。


「シリス、なにを――」

「できるだけ耐えてね」


 キンッと甲高い金属音に、メルが視線を向ける。

 それは自身の足元から鳴り、自身の剣が両断されて刃先が落ちた証だった。

 同時に、突風がメルを襲う。

 嵐が来たかと勘違いするほどの風が巻き起こり、小柄なメルは身をかがめて飛ばされないよう堪えると、突如として風は止んだ。

 再び視線をシリスに戻したメルは、そこでようやくシリスが手にしている剣へと意識を向ける。いつ手にしたのかは不明。

 だが、なにをしたのかをメルは肌で感じた。


「ごめんねメル。ちょっと加減が難しくて」


 申し訳なさそうに言うシリスに、メルは確信する。

 たった今、シリスは斬ったのだと。

 それは正しい。斬撃を飛ばす『燕飛刀』と同じ原理でシリスはメルの剣だけに狙いを定めて放ったのだが、その余波でメルは吹き飛ばされそうになったのだ。

 加えて、メルはその攻撃を認識することができなかった。

 それらが意味する答えを理解したメルは……満面の笑みを浮かべる。


「すごい……すごい、すごい! すごいよシリス! すごすぎるよぉ!」

「えへへ」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて褒めちぎるメルと、照れて頬を赤らめるシリス。

 そんな二人のやりとりは会場にいる者たちの目に、とても仲の良い親友か、姉妹か、あるいは恋人のようにすら映った。


「それでねメル……ちょっと、いやかなり大変だけど、お願いがあるんだ」

「お願い?」

「うん、少しだけ私の相手をしてくれないかな?」


 急激に力が増したシリスは、その力を持て余していた。

 身の内側には荒れ狂うほどの魔力が内包されており、すぐにでも暴れ出したいほどに体が熱く火照っているのだ。

 だが無差別に襲いかかるほどシリスも理性を失っていない。

 となれば、その矛先が向けられるのは身近にいる強者(メル)である。


「ね? ちょっとだけだから? いいよね?」

「でも今のシリスの相手をするのは、ちょっと大変そう……」

「じ じゃあ一回だけ! 一撃だけでいいから!」

「もう、しょうがないなぁ……いいよ」

「やったぁ!」


 そんな会話を繰り広げている間に、二人の剣には恐ろしいほどの魔力が集束していき、大気が震え、大地にヒビが走る。

 たった一撃。されど一撃。

 自身の全剣気を込め始めるシリスは、その一撃ですべてを出し切る目論みだ。

 それを理解しているメルも、シリスの全力を受けるべく全力で応える。

 シリスのすべてを受け止められるのが、自分であることに喜びを感じながら。


「これが私のすべて……メル、受け止めて!」

「うん! 来て、シリス! 私がすべて受け止めるから!」


 攻めたのはシリスだ。見切れないと判断したメルは初めから受けに転じて構えており、そこへ極限にまで達したシリスの剣が重なり、激しく打ち鳴らされた。


「メルゥゥゥーーーーー!!」

「シリスゥゥゥーーーーー!!」


 天から雷が降り注いだのかと思わせる轟音と閃光、そしてビリビリと空気を震わせる衝撃に呑まれ、周囲にいた観客たちは薙ぎ倒された。

 一部の手練れはのけ反るだけで済んだが、最も近くにいた審判などは悲惨にも吹き飛んでしまい、舞台は砕かれ、あちこちヒビ割れ……もう試合会場はめちゃくちゃの大惨事である。




 そうして最後まで武器を手にして舞台に立っていたのは、ただひとり。

 黒髪の美女ことシリスだ。

 相手をしていたメルは魔力を使い果たしてぐでーっと伸び、その剣も半ば融解する形で破壊されていた。

 審判は不在だったが、ここに武術会の新たな優勝者が誕生した瞬間である。


 なお、賞金は付近の建物に発生した被害への補填に回された。

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