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シリスと武術会7

 審判の声により決着が観客たちにも伝わり、一斉に歓声があがった。

 私が剣を収めて手を伸ばすと、ヴェガもまた予想していたかのように手を差し出して握手に快く応じてくれる。その表情は悔しさとは別に、どこか楽しげだ。


「まさか、あんな方法で剣舞が破られるとはな」

「ヴェガなら次はないよ。あれは最初の一度だけ通じる奇手だからね」


 魔力を浴びせかける一種の威嚇は、不意打ちだからこそ効果があった。

 もし過去に受けた経験があれば、あれほどの隙は晒さないだろう。

 だから、この手はもうヴェガに通じないはずだ。


「だとしても動揺し、敗北したのは私の心の弱さ。何事にも不動でいられる精神を身に付けていれば結果は違った」


 それは、たしかに。

 あれを冷静に対処されたら、私はもっと苦戦を強いられていたかも。

 そうなったら最後の手段として、視覚ではなく聴覚を頼って戦うつもりでいたけど、そうならなくて助かった。さすがに試したこともないからね。


「ところで、あれはどこで身に付けた技だ?」

「えーっと試したらできたって感じかな」


 私もあらかじめ考えていたわけではなく、あの場で自然とできる気がしたからやってみただけだ。

 なので、どこでどうやって覚えたのかと聞かれても、答えるのが難しい。

 ヴェガも本気で知りたいわけではなかったのか、あっさり納得したようだ。


「次こそは勝ってみせるぞ」

「うん、またやろうね」


 そう最後に約束して、私は控え室へと戻った。

 残念ながらヴェガはここで敗退だけど、彼女の分まで私が頑張ろう。




 とうとう二回戦がすべて終わった。

 残るのは私、アズマ、エド、アルマティアの四人だ。

 そして次の試合の対戦表はアズマ対アルマティア、私とエドという組み合わせになっている。

 負けた人同士による三位決定戦は行わないため、この準決勝と決勝の三試合で武術会が終わる予定だ。


 この先は試合が連続するので、ここで少し長めの休憩を取ることになる。

 なにより、もうお昼時だ。

 観客たちも会場を離れ、今ごろは食事を求めて街中を彷徨っているだろう。

 もちろん私たち選手も食事に行くことができる。というか食べないと体が持たないからね。

 あまりお腹いっぱいにすると今度は動けなくなるから、そこだけは注意だ。


 すでに控え室には私以外の姿がなく、直前まで試合をしていた私は支度に手間取り、ちょっと遅れて外へ飛び出す。

 するとそこで、アズマの姿が目に入った。

 誰かを待っているように佇んでいる姿から、もしかしたら友人と待ち合わせをしているのかも知れない。

 まだ気付かれていないので邪魔しないようにこっそり立ち去ろう。

 妙に緊張している様子だったけど……まあどうでもいいか。


 とりあえず会場を離れる私。

 ひとりで食べても寂しいので誰かと合流したいんだけど、アズマと違って誰とも約束していないことに気付いた。

 事前に相談しておくべきったのに、失敗したな……。

 出るのが遅くなったし、もうみんな食べに行っちゃったかも知れない。

 てきとうに近くを回ってみて、それで誰も見つけられなかったら一度うちの屋台に帰ってみよう。

 もしかしたらメルも戻っているかもだし……。


「失礼、もしやシリス様では?」

「……え? あ、うん、はい、なんですか?」


 唐突に話しかけて来たのは身なりの整った初老の男で、いかにもお金持ちに仕えている執事といった雰囲気だった。

 あまりに急だったから驚いたけど、厄介事の気配を感じて口調を改めておく。


「私めはゴルディン商会の者です。大旦那様がお会いしたいと……」

「お待ちください! シリス様、ぜひとも我がシルヴァン商会にお越しを!」

「え、え……?」


 いきなり若い男が割り込んで来た。こっちも高そうな衣服に身を包んでいる。

 違いは格式ばった正装ではなく、ラフな着こなしと凝った装飾が目立って軽い印象がすることか。悪い言い方をすれば軽薄そうな人だ。


「私が先にお声をかけたのですが……シルヴァン商会は随分と野蛮ですな」

「ふん、これだから王都のゴルディン商会は……他所者は弁えろ」


 そして目の前で始まるドスの利いた声の応酬。

 なんなの、この人たち……。

 ただシルヴァン商会には聞き覚えがある。この街でも最大手のひとつに数えられる商会だったはず。

 なんか来てくれって言ってたけど、どういう意味だろう?

 わけもわからず眺めていると、騒ぎを聞き付けた野次馬が集まり始める。

 私が止めたほうがいいのかな。


「おい、あそこにいるの……」

「え、本物なの?」

「俺も見たから間違いないって」


 おや、この二人って有名人だったのかな? 

 それとも、どちらか片方だけか……。


「あのー、シリスさんですよね?」

「……はい、そうですけど、なにかご用ですか?」


 また別の人がこっそり近付いて、なにかを伺うように話しかけて来る。

 こっちは素朴で地味な人だったけど、その瞳には怪しい光が灯っていた。

 嫌な予感がする……でも今さら誤魔化すのは無理だと思って素直に答えたよ。


「よろしければ、あちらで少しお話を……」

「そこの君、待ちたまえ!」

「なんだお前、横取りするつもりか!?」


 やっぱり、これに激昂したのが言い争っていた先の二人だ。

 怒号にも似た糾弾を受けて怯むかと思いきや、意外にも平然と受け流している。


「いえいえ、どうするかは彼女の意思次第ですから。違いますか?」

「ですが交渉にも順番というものがあるでしょう」

「だったら優先権は、こっちのもんだ!」

「お二人は忙しいようでしたから、先にこちらの用件を伝えてもいいのでは?」

「そうはさせません! シリス様! なにとぞゴルディン商会へ!」

「いえいえ、シリス様! まずはシルヴァン商会に!」

「私はブロンディア商会の者です。お見知りおきを」


 そんなに捲し立てられても困る。

 私の耳は二つあるけど、聞き取れるのはひとりの声だけだよ。

 というか本気でなにがしたいんだ、この人たち。


「うわぁ……聞いてた通りだ」

「本当に小さいんだな。あれで戦えるのか?」

「でもすっごく歌が上手なんでしょ?」

「わー! かわいいー!」

「あんなにキレイな黒髪は珍しいな」

「こっち見てー! シリスちゃーん!」


 ざわざわとした雑音に混ざって、そんな声が耳に届いた。

 気付けばさらに野次馬たちが集まって、視線はすべて私に向けられている。

 ……これって逃げたほうがいいかな?


「あ、シリス様!?」

「お待ちを!」

「シリスちゃーん!」


 元来た道を駆け足で引き返すと、あの三人どころか、あの場にいた大勢の人たちが追いかけて来てしまった。

 あ、あれ? 逃げないほうが良かったかも?

 とはいえ、すでにドドドドッと魔獣が押し寄せる勢いで迫って来るから、今さら止まれなかった。


「どうか我が商会に!」

「きゃー、待ってシリスちゃーん!」

「風聞雑誌の者です! 取材させてください!」

「いったいなんだこの騒ぎは! どうなっている!?」


 途切れ途切れだけど、なんか声が増えてない?

 確認するヒマも惜しく感じて街中を駆け抜けるけど、道が混雑していて全速力で走れない。

 引き離すのは難しそうだし、どこかに隠れられそうな場所は……。


「こっちだシリス!」

「……っ!」




 ドドドドドドッ……、と次第に遠くなる地響き。

 なんとか魔獣と化した一団をやり過ごせたようだ。

 精霊祭に際して増員している衛兵が動いているみたいだから、すぐに鎮静化するとは思うけど、なんだか私が発端みたいで申し訳ない。

 ともあれ助かった。


「ありがとう、団長」

「半分は偶然だ。気にするな」


 この窮地から救ってくれたのは団長だった。

 私は道端の隅に押し込まれ、その大きな体を使って覆いかぶさるように団長が隠してくれたのだ。

 ちょっと窮屈だけど文句は言えない。

 これが他の男だったら確実に遠慮していたけど、まあ団長だし?


「もう半分は予想していたからな」

「え、どういうこと?」

「言っただろう? 歌を披露した時から動きはあった。そこに武術会での活躍もあって、本格的に勧誘しようと力を入れ始めたんだ」


 そういえば忠告されていたっけ……。

 メルの一件や、武術会に集中したりで頭から抜け落ちていたみたいだ。


「で、でも歌は……まあ目立ったから理解できるけど、武術会はまだ終わってもないのに、どうしてこんなに?」

「商会に関して言えば、あの歌だけで勧誘したいと考えた輩は多い。さらに護衛としても使えると大勢の前で証明したんだ。貴族なんかも欲しがるだろうし、紹介するだけでも大きな利益になる。となれば武術会が終わる前に、誰よりも先んじて確保しておこうと動くわけだ」


 単なる護衛だけで済むかは怪しいがな……と団長は続ける。

 なるほど。自分で言うのもなんだけど、私の歌はなかなかのものみたいだし、さらに強いとなれば護衛として手元に置きたいと考えるのはわかる。

 でも、どうせなら剣の腕だけを買って欲しいな。

 歌えなんて言われても、私は歌うつもりないからね。


「そうなると、のんびりご飯も食べに出歩けないか……」


 団長から借りた外套はとっくに返しちゃったし、羽織るものも持たずに出て来てしまった現状は、もはや大人しく過ごすしかない。


「だからな、今日はこいつを持ってきた」

「わっ」

「少し目立つが、その髪を隠せばシリスだとはわからないだろう」


 ばさっと頭から被せられたのは白い外套だった。

 あれ、これって……?


「もしかして私が置いてきちゃったやつ?」

「ああ、いずれお前が戻った時のためにってな。大切に保管されてたぞ」


 この外套は、私が団にいた頃に愛用していた物だ。

 特に寒い冬季には防寒具としても、降り積もった雪に紛れる衣装としても役に立ってくれた。

 団を抜ける時にかさ張るから、持ち帰らず手放したんだけど、どうやら処分せずに残してくれたらしい。

 割と気に入っていたから嬉しいな。


「まあ保管していたやつは、みんなに黙って隠していたんだがな」

「……これって大丈夫なの?」


 なんだか急に手放したくなってきたな。


「こっちで問い質しておいたから大丈夫だ。むしろ修繕されて新品同然だぞ」

「そ、そうなんだ……ちなみに誰が……」

「おっと、それは聞かないでおいてやってくれ」


 団長がそこまで言うなら、まあいいかな?

 大事に保管されていたみたいだし。


「じゃあ、ありがたく受け取っておくよ。ありがとう団長」

「せっかく用意したんだ、そうしてくれると助かる」

「あ、それと私これからご飯なんだけど、団長は……」

「……すまんな。せっかくだが先に食っちまったし、あいつらも待たせてる」

「あれ、もう?」

「屋台が並んでいる通りを歩いているだけで、ついな……」


 買い食いし過ぎちゃったと。じゃあ仕方ない。


「うん、わかった。じゃあそろそろ行くよ」

「悪いな」


 そうして団長は軽く手を挙げながら去って行った。

 うーん、アテが外れてしまった。

 当初の予定通り、私もプロンたちを探しに行くとしよう。






 数分後。私は無事にプロンとベティに合流することができた。

 向こうも私を探してくれていたみたいで、外套のおかげで囲まれることもなくなったから、意外とあっさり見つけられて助かったよ。

 でも知り合いからすると、逆に白い外套が目立つみたいでディーネ、ヴェガ、アルルたちには発見される形で合流した。

 そしてディーネと顔を合わせた時、少しだけ言葉に詰まったけど……。


「今年は無念にも負けてしまいましたが、次は勝利して見せますわ!」

「……うん!」


 自身たっぷりに、不敵な笑みのディーネを見て安心する。

 どうやら、もう敗北を乗り越えていたみたいだ。

 だったら私も、変に気を遣うべきじゃないよね。

 アルルも視線でなにか訴えかけて来ているから、私はいつも通りの態度で迎え入れることにした。

 ちなみに、さっき試合したばかりのヴェガとは特にわだかまりもなく『お、また会ったね』くらいの感覚だ。

 ただ、あの魔力波について改めて聞かれてしまい、それにディーネが興味を持って質問攻めにされてしまった。


 とりあえず、ゆっくり話すためにも私たちは揃って移動する。

 屋台じゃなくて座れるお店に行こうと提案して、大通りから外れた小道にある比較的、新しい店に赴く。

 ここは少し変わっていて、店内ではなく通りに面した店前にイスとテーブルと置いて、外の空気と景色を眺めながら料理が楽しめる店主こだわりのお店である。

 まだまだ知名度は低いけど、主に女性を中心に流行りつつある穴場だ。

 人通りは多くも少なくもないため、会話が隣のテーブルには届かず、会話を邪魔されない程度に賑やかなのも私は気に入っている。

 おまけに料理も美味しい!


「シリスさんは、色々なお店を知っていますね」

「まあ地元だからね。プロンとベティちゃんは、もう慣れた?」

「はい! 水も料理も美味しくて、治安もいいから住みやすいです! ベティはこの街が気に入りました!」

「私も近隣住民のみなさんには良くして頂いています」

「それなら良かった」


 まだ二人とも、ここに来て半年も経っていないくらいだ。

 なにか不便していないか少し心配だったけど杞憂だったね。


「料理と水に関しては、私も同意ですわね」

「うむ、この街の料理はどれも格別だ」

「それは本当にね……最初に王都で食べた時の気持ちは忘れられないわ」


 興味深い感想をディーネ、ヴェガ、アルルが口々に話す。


「そんなに王都の料理は悪いの?」

「王都が悪いというより、この街が特別というべきですわ」


 王都ほど発展していれば美味しい料理もあると思っていたけど、その認識は改めたほうが良さそうだ。


「料理そのものは王都のほうが凝っているというか、種類が豊富ね。でも味に関して言えば……そうね、こっちでは普段から食べている料理が、向こうでは高級料理レベルって考えればわかりやすいわよ」

「この街の高級料理だと?」

「間違いなく貴族や王族のテーブルに乗っていても文句は言われないわね」


 あのアルルがそこまで言うのなら、間違いなさそうだ。


「やっぱり水のおかげかな?」

「料理人の腕も考えられるけど、そもそも水が良質だから食材の質も良くて、腕利きの料理人が集まっているみたいだから……やっぱり水とも言えるわね」

「ちなみに王都の水ってどうなの?」

「別に悪くはないわよ。でもそこまで重要視する人は少ないわ。例えばここの川水はそのままでも飲めるけど、それだけって考えられているみたいだし」


 一度でも口にすれば違いがわかるんだけどね、とアルルは不満げに締める。

 かなり王都の料理には鬱憤が溜まっていたみたいだ。


「それじゃあ水の精霊に感謝しないとだね。あと水の勇者にもかな?」

「……正直に言いますと、あまり自覚がありませんわ」


 水の勇者であるディーネは、ちょっと気恥ずかしいように答える。


「いきなり勇者などと呼ばれても困りますし、勇者だからといっても、ちょっと水を操れるだけで、水そのものは精霊のおかげですもの」

「そういうもの?」

「あら、シリスこそ黒髪の歌姫と呼ばれている自覚はありまして?」

「……それは初耳だよ」

「随分と噂になっていますわよ? 直接は聴いていないはずですけど、評判が独り歩きしていますわね」


 ついさっきも追いかけ回されたけど、想像よりも話が大きくなっているのかな。

 孤児院に迷惑がかかりそうだし、あまり騒ぎになりそうなら対策を考えよう。


 それからは料理に舌鼓を打ったり、お店のお茶が美味しいとか、私と団長たちがどんな関係なのかを誤魔化したりと他愛もない話で楽しく過ごした。

 だけどふと、メルがいないことに少し気分が落ち込む。

 朝から見かけないけど、もう孤児院に戻ってるのかな?

 それとなく、みんなにも聞いてみると……。


「メルさんであれば、先ほど会いましたが」

「え、本当?」

「実はシリスさんに伝言を頼まれましたが、すでにシリスさんはお会いしているものだと思っていました。言うのが遅くなってしまい、すみません」


 それは構わないけど、わざわざ伝言?

 きっと時間が合わなくて、直接は会えないと思ったからと無理やり納得する。


「それで伝言って?」

「はい、決勝を楽しみにしてるよ、以上です」

「そっか……」


 どうやら応援してくれているみたいで安心した。

 なにか機嫌を損ねてしまったのではと、ちょっと不安だったけど、そういうわけでもないみたいだ。

 ただ優勝ではなく、決勝というのが気になる。

 去年は大口を叩いて負けちゃったから、決勝まで行ければ優勝できなくてもいいよ、というメルなりの気遣いだろうか。

 いやいや、今年こそは優勝するよ?

 次の相手はエドだし、決勝はたぶんアズマだろうけど、また投げ飛ばすよ!


「やあ、こんなところで奇遇だね」

「うぇ!?」


 振り返ると、そこにはアズマが立っていた。

 まさか心の声が聞こえたのかと、あり得ない想像に心臓が跳ねてしまう。

 というか、誰かと待ち合わせをしていたんじゃなかったっけ?

 見る限りでは、アズマはひとりだけだ。


「楽しそうなところ悪いけど、ちょっと話があるんだ。いいかな?」

「……まあ、構わないけど」


 みんなには聞かれたくないみたいだから、私は付いて来る気配がしたプロンとベティに、少し行って来るだけだからね、と言い含めて席を立つ。

 すると周囲から注目を集めているのに気付いた。

 私というよりアズマが、だけどね。

 この辺りは女性客が多いし、アズマは見た目も勇者然とした凛々しさがあるから目を引くのも仕方ない。

 でも、この状況で付いて行くと今度は私が注目を浴びてしまう。悪い意味で。


「じゃあ行こうか」


 まったく気付かないアズマに、私は諦めて同行する。

 外套で顔も隠しているし、たぶん大丈夫だ。


 アズマに付いて歩くこと一分ほど。

 ようやく人目の少ない路地裏に入ったところで立ち止まった。


「わざわざ悪いね。こんなところまで呼び出してしまって」

「あんまり聞かれたくないんでしょ? これくらい、いいよ」

「そう言ってくれると助かる。といっても大したことじゃないんだけど……」


 遠くから届く喧騒は小さく、アズマの呟くような声でもはっきりと聞こえた。

 なにか言い辛いことなのかな?


「もうすぐ武術会も終わる頃だ。僕の予想ではシリスは決勝まで来るだろうし、僕もそのつもりでいる」

「うん、ということは決勝戦でアズマと会うことになるね」

「次の試合は僕だから、先に行って待っている……って、言いたかったんだ」


 ずいぶんとキザなセリフだ。

 意外と言い慣れているのか流暢だけど、その言い回しはどこか初々しい。

 どうにも、ちぐはぐな印象だ。


「結果はどうなるのか終わらないとわからないけど、私も今年は優勝するつもりだからね。相手がアズマでも、それは譲らないよ」

「あ、ああ、もちろんわかっている。手加減なんて必要ないこともね」


 そこでアズマは自分を落ち着かせるように軽く呼吸を繰り返したようだった。


「結果は確かにわからない。でも……もし僕が優勝したらシリスに聞いて欲しいことがあるんだ」

「アズマが優勝したら?」

「ああ、そうでないと意味がない」


 よく意味がわからないけど、アズマにとって重要なことなんだと感じる。

 それに聞くだけなら、なにも不都合はないよね。


「うん、わかった。でもそうなると、聞けるかどうかは私が勝つか負けるかにかかってるんだね。気になるけど……」

「手加減はしないでくれよ?」

「もちろん!」


 私たちは互いに笑顔で約束を交わす。

 結局、アズマの話は本当にそれだけだったみたいで、私もみんなのところ戻る。

 すぐに色々と質問されたけど、アズマは聞かれたくないみたいだったから、私も曖昧な返事で誤魔化しておいた。

 まあ、もしアズマが優勝して、その聞いて欲しいことをみんなに教えてもいいって言ってくれたら、その時は存分に話すつもりだ。




 でも、残念ながらと言うべきか、その時は訪れなかった。

 次の試合でアズマは、アルマティアに敗北してしまったのだから……。

即落ちアズマ。

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