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シリスと武術会6

 アズマとディーネの試合が終わり、次はいよいよ本日三試合目となる。

 組み合わせはドラグノフの副リーダーである魔槍のランドルフ。

 そして、剛鉄組のリーダー、カタナのエド。

 昨日の試合ではランドルフが、剛鉄組のガランを下したことから因縁がありそうで、実際のところ特になかったりする。

 エドがこれっぽっちも気にしてないからね。


 控え室でも二人はこれといって気負う様子もなく、試合舞台へと向かった。

 いや、エドはたしかに自然体だったけど、ランドルフは緊張気味なのか、少しだけ動きが硬いようだ。

 それも当然かも知れない……なにせ、エドは昨年の優勝者だ。

 言い変えれば、この街で最も強い冒険者と呼べるからね。

 そんな相手と試合するのだから、なにも思わない冒険者はいないよ。


「シリス、お前の予想を聞かせてくれ」


 隣に立っていたヴェガが、こちらに振り向きもしないで問いかける。

 予想とは、どちらが勝つか、という意味だろう。

 ならばと私は悩まず即答した。


「エドだね」

「それは何故だ?」

「えーと、ランドルフには悪いけど、やっぱり実力?」

「ふむ……断言するほどの差か」

「私が去年、優勝を逃した理由だからね」

「なるほど」


 納得したようにヴェガは目を細める。

 彼女は最近ディーネと一緒に王都から戻ったばかりだけど、以前この街に滞在していたこともあるし、エドのことは知っているはずだ。

 でもヴェガとエドが手合わせをした記憶は、少なくとも私にはない。

 たぶんだけど、剣技を目にしたこともなかったんじゃないかな?

 故に、私の評価で興味を抱いたみたいだ。


「以前より『カタナのエド』の通り名は知っていた。それこそ王都まで届いていたからな。私は自分の眼で見なければ判断できないが……噂は正しいようだ」

「……ん? どういうこと?」

「シリスが言うのであれば、間違いはない」


 えーっと、ヴェガの考え方はよくわからない場合が多いんだけど、私の見立てを信用してくれてるってことかな。

 とりあえずエドの実力は理解してくれたようだ。


「エドの名は僕も知っているけど、シリスがそこまで高く評価していたのは初耳だったよ」


 さっき話し終えて離れていたはずのアズマが、急に参加してきた。

 というか聞いてたの?

 まあ、控え室はそんなに広くないから、どうしても耳に入ってしまうか。


「聞こえてたなら言うまでもないと思うけど、私は去年エドに負けてるからね」

「だが、それは去年のシリスだ。今のシリスは違うんじゃないか?」

「わかるの?」

「ほんの僅かな期間でも、シリスの成長ぶりは目を見張るものがある。一年も経っているなら、少しは勝ち筋が見えていると僕は予想しているんだけど?」

「どうかなぁ……」


 負けるつもりはないし、むしろ今年こそ優勝するつもりだから、今から弱気になっていたら勝てるものも勝てない。

 だけど、今の私なら勝てる、なんて慢心めいた言葉も口にしたくない。

 結局、私は曖昧な返事だけに留めておいた。


 そんな会話をしている間に、当の二人は舞台上で向かい合っていた。

 あとは審判の合図を待つだけ……いよいよ試合が始まる。


「それでは、試合開始!」


 合図と同時に、ランドルフが勢いよく後方へ飛び退いた。

 先の試合から間合いを詰められる技量の差というものを思い知り、確実に懐へ入れないように徹するつもりだろう。

 対するエドは、一歩も動こうとしない。

 それどころかカタナを鞘に収めたままで、奇妙な格好を取っている。

 姿勢を少し低くして、腰に差したカタナを抜き放つ寸前のような……構えだ。


「エドはどうしたんだ?」

「たぶん、あれも剣術のひとつだと思う」


 隣で観戦しているアズマの疑問に、私は自然と答えていた。

 いや、確証はないんだけどね。


「シリス、あれを知っているのか?」


 聞き逃さなかったヴェガからの追及に、なんとなく思い浮かんだ予想を話す。


「予想が合っているなら、あの構えから攻撃を待って、それが届く前に相手を両断することもできるはずだよ」

「まだ抜いてもいないのにか」

「うーん、たぶんね」


 私もよくわかってないので詳しい説明を求めないで欲しい。

 なぜか、ふと頭に浮かんだだけなんだよ。

 でも答え合わせのようにエドは構えを取ったまま動かず、警戒するランドルフから視線を外さない。

 とはいえ、それが『待ち』の戦術であることはランドルフも察したのか、迂闊に攻め込むこともできず、これまでの試合と一転して膠着状態となってしまった。


「ふむ、あまり長引かせても見ている者が退屈かのう」

「なにを……」


 エドの飄々とした言葉に、ランドルフは眉をひそめていた。

 まるで相対している緊張感を感じていないのか、涼しい顔をするエドから得体の知れない不気味さが漂っている。

 そして警戒心か、恐れからか、ランドルフはさらに数歩下がってしまった。


「臆するようでは、まだまだ負けるわけにはいかんの」

「ど、どうなっているんだ!?」


 距離を取ることで冷静さを取り戻すつもりだったようだけど、ランドルフは先ほどまでとまったく変わらない距離にいるエドを目にして心を乱した。

 どうやら逆効果になってしまったらしい。


 たしかにランドルフは一歩下がり、エドは動いていないように見える。

 でもエドは構えを解かないまま、離された間合いを詰めていたのだ。

 それは足先だけを動かし、地面を擦るように歩むことで重心の乱れを最低限に抑える独特の歩法だった。

 一見すると不動に思えてしまうほど、エドの動きは洗練されている。


「くっ!」


 ようやく気付いたランドルフは、迫るエドに苦し紛れの槍を放つ。

 万全ではないとはいえ、さすがは一流の冒険者だ。魔槍の名は伊達ではなく、鋭さと重さを兼ね備えた一撃だった。

 並大抵の相手であれば、それは十分に通用したはず。

 だけど、エドには届かない。


 ――パキィィィンッ。


 甲高い音が響くと、舞台上に刃先が突き刺さる。

 それは槍の先端部……ランドルフの槍がカタナによって切断された証だ。

 恐らくランドルフは、いつエドがカタナを抜いたのか、認識すらできなかったのだろう。唖然としたまま折れた槍を見つめている。


「さて、まだ続けるかの?」

「……いいや、降参だ」

「そ、そこまで! 勝者エド!」


 ランドルフが敗北を認めたことで、審判も慌てて勝者を告げた。

 次の瞬間、静まり返っていた観客たちも止まっていた時間が動き出したかのように喝采を送る。

 その中で、どれだけの人がエドの剣技を見切ったのかは定かではないけど、口々に誰もが称賛を送っていた。

 前回優勝者に相応しい剣技だったと、頭で理解できずとも肌で感じたのだ。


「シリスの言った通りになったみたいだね」

「ふむ、あれほどの剣捌き……これは予想以上だ」


 アズマとヴェガも、今の一戦から思いを巡らせている。

 どうやら自分が戦うとしたら、どう立ち回るかを想像しているようだ。

 かくいう私も、まったく同じ状況なんだけどね。

 あれだけの剣速……私なら、どう受けようか?


 ――っと、あまり考えてばかりもいられない。

 今ので本日三試合目が終わった。

 当初は十六人いた控え室も、今では五人に減って寂しくなりつつある。

 残っているのはアルマティア、アズマ、エド、私とヴェガだ。


 そして、次は四試合目。

 つまり私とヴェガの試合である。

 勝ったほうが次へ進み、エドと戦うことになるだろう。

 あのカタナの対策を考えるのも大事だけど、今はヴェガに集中しよう。


 エドが控え室に戻って来たタイミングで、私は隣のヴェガに振り返る。

 向こうも同じことを考えていたのか、私たちは自然と目が合った。


「じゃあ行こっか」

「うむ、言うまでもないが全力で頼む」

「あはは、もちろんわかってるよ」

「……これから試合をするとは思えない和やかさだね」


 私とヴェガの会話を聞いていたアズマが苦笑いしていた。


「うん? そんなに変かな?」

「変とは言わないけど、普通は知り合いが相手でも口数が減るものだからさ」


 そんな、別に敵対しているわけじゃないんだし……。

 でも言われてみれば、これまでの試合前は、みんな少しピリピリしていた。

 てっきり緊張しているからだと思っていたけど、あれって対戦相手を敵視していたからなのかな?

 本気で勝利を狙っているなら、たしかにそれくらいの気迫でも不思議じゃない。


「そうだね、シリスたちは勝つだけじゃなくて、試合そのものを楽しもうとしているからなのかな。他とは違う雰囲気を感じるんだよ」

「一応これでも優勝を目指しているけどね」

「無論だ。そうでなくては楽しめん」

「その……勝利を目指す過程すら楽しむところが、僕には眩しく見えるよ」

「え、だって楽しくなかったら剣を振ってる意味なんてないでしょ?」


 不思議なことを言うアズマに、私とヴェガは揃って首を傾げてしまった。

 などと話していたら私たちの名前が呼ばれたので、二人して駆け足で舞台へと向かう。




 ……さて、ちょっとバタついたけど準備は万端だ。

 私はいつも通り、カタナの『桜花』と『星宝剣(ミスリルソード)』を構える。

 ヴェガは『舞曲剣』と呼ばれている弓状に反った愛用の剣を携えていた。


「準備はいいですか?」

「いつでも」

「構わん」


 審判の声に即答すると、それを確かめるように私たちを眺める。

 そして問題なしと判断したのか手を大きく上げ――。


「それでは……始め!」


 振り下ろされると同時に、私は斬り込む。

 とにかく先手必勝だ。ヴェガを前にして後手に回るのは悪手でしかない。

 一方的に、ひたすら自分のペースを保ち、逆に相手のペースを乱し続ける。

 だけど、さすがにそう簡単には勝たせてくれそうにない。

 こちらの剣を弾くように、ヴェガは的確に舞曲剣を操る。


「ひとつひとつが速く、鋭く、重い……また強くなったなシリス」

「ヴェガこそ、まだ余裕みたいだね」


 ペースを乱すつもりの猛攻だったのに、ヴェガには通用していないみたいだ。

 激しい剣戟が示し合わせたかのように打ち鳴らされ、その音が五十回に届きそうな頃だった。

 僅かな違和感から、私は攻撃を諦めて後ろに飛び退く。


「ふむ、もう見破ったか」

「もしかして、また新しい剣舞かな?」


 ほんの僅かに、剣が噛み合わない。

 こう来ると予想していたヴェガの剣が、少しずれていたのだ。

 なんとなく、もう何度か合わせていたら完全に目測を誤っていたと予感する。


「大した技ではない。少しだけ速くしたり遅くしたりするだけだ」


 説明下手なヴェガの言葉は置いといて、緩急を付けた剣の動きで錯覚を引き起こしていたみたいだ。

 それも最初はごく僅かな差で、徐々に大きくずらしていたのだろう。

 もし気付かずに打ち合い続けていたら。最後には致命的な一撃を喰らっていたかも知れない。危ない危ない。


「小細工で決着が付くとは思っていない」

「だよね」


 今のはヴェガが得意とする技の応用に過ぎないはずだ。

 つまり、距離を取ったここからがヴェガの本領発揮となる。

 こうなる前に終わらせたかったんだけど、仕方ない……正面から打ち破ろう!


「ゆくぞ」


 その言葉を皮切りに、ヴェガの体が左右に揺れ始めた。

 ゆらりゆらりと水面を揺蕩(たゆた)う木の葉のように、あるいは、くるりくるりと旋風に身を任せて舞う花弁のように。

 試合舞台の上を、思うがままに踊っている。

 一見すれば優雅であり、どこか異国情緒を感じさせるそれは、相対する者からすれば恐怖でしかない。

 なぜなら私には、ヴェガの姿が幾人にも増えて見えるのだから。


「相変わらずめちゃくちゃだよね……」


 先ほどの剣と同じく、錯覚による分身……それこそがヴェガの『剣舞』だ。

 これがディーネやアズマのように魔法ではなく、純粋な技術によるものだというのだから世界は広い。

 いや、正確にはヴェガも魔力制御によって身体能力を強化しているから、多少はその恩恵もあると思う。

 逆に言えばそれだけで、再現しろと言われたら私は絶対に無理だと答えるね。

 これはヴェガの一族に伝わる秘伝の技みたいだし。


「どうしたシリス、攻めて来ないのか」

「ちょっと作戦会議中」

「そうか。ならば今のうちだな」


 言うやいなや、隙を突くように複数のヴェガが斬り込んで来る。

 もちろん本当にぼけっと隙を晒していたわけもなく、私は剣で防ごうとするフェイントをかけてから後方へ逃げた。

 まだ、どれが本物なのか見極められないんだよね。


「どうした? まだ本気を出してはいないだろう」

「もうちょっとしたらね」

「……なにを狙っている?」


 答えるわけもなく私は黙って観察を続ける。

 やはりというか、残念ながら目で見分けるのは困難だ。以前のヴェガなら、ちょっとした差異で区別できたんだけど、この数年によって欠点を克服したのか通じなくなっていた。

 そこで別の手段……魔力による探知を開始する。

 体の内側に滞留している魔力を解放し、周囲に浴びせることで無理やり反応を引き出す荒っぽい方法だ。

 例えるなら、辺り一面に冷水をぶっかけるような感じかな。

 そーれ。


「……っ!?」


 効果は覿面(てきめん)だった。

 絶え間なく舞い続けていたヴェガの動きが、びくりと震えて一瞬だけ止まる。

 止まれば、さすがに分身を維持することもできず、残るのはひとりだけ。


「そこだ!」

「くっ!」


 間髪入れずに飛び込む私を迎え撃とうとするヴェガだけど 急に剣舞を止めたせいで不安定な体勢から剣を受けていた。

 それでは長く続かない。

 二撃、三撃と追い込むように連撃を叩き込めば……!


「降参、してくれるよね?」

「……残念だ」


 私の剣がヴェガの首筋に突きつけられている。

 敗北を認めた証として、ヴェガは振り被っていた自身の剣を、そのままゆっくりと下ろした。

 審判もヴェガの意思を察して、試合終了を宣言する。


「そこまで! 勝者シリス!」

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