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シリスと武術会2

 試合を終えたランドルフが控え室へと戻って来た。

 途中からは危うい展開だったけど、結果を見れば無傷での勝利だ。

 同じパーティであるジークも、よくやったと労っている。


 一方、負けてしまったガランは、そのまま外へ退場していた。

 厳しい処遇に思えるけど、これは過去に負けた腹いせで、他の参加者へ危害を加えた者が出たために定められたルールだ。

 あのガランなら、そんなことは間違ってもしないけど、特例を許すと他の人から不満が出るから仕方ない。


 そんなガランの敗北を黙って見ていたエドは、先ほどまで残念そうにしながらも健闘を称えて拍手を送っていた。

 そして今は、ランドルフにも称賛の言葉を送っている。


「素晴らしい槍捌きだったのう」

「……身内が負けて悔しくないのか?」

「あやつの詰めの甘さが敗因だからの。大方、若造と侮っておったのだろう。これくらいは良い薬になるわい」


 さすが剛鉄組のリーダー、エドだ。

 老成しているだけあって身内であるガランのミスを見極めているし、勝者であるランドルフに対しても、むしろ満足気で朗らかな顔をしている。


「たしかに最後はそれに助けられたが、あのジイさんも大したもんだよ。この俺が槍ではなく、短剣を使わせられるなんてな……魔槍の名折れだ」

「なに、お主はまだ若い。それだけ自信を持っている槍だけに頼らず、予備として別の武器を用意する周到さも持っておる。さらに経験を積み、冷静さを保つ精神力を得られれば、より上を目指せよう。ガランも同様にな」

「あのジイさん、まだ強くなるのかよ……とっとと若者に道を譲れっての」

「年寄りとはいえ、まだまだ若い者に負けられんからの。ふぉっふぉっふぉっ」


 わざとらしく老人のように笑いながら、エドは舞台へ向かって行く。

 あ、次の試合ってエドの番だったっけ?

 対戦表を確認すると相手はゼフというらしい。予選突破組の人だから、私も詳しく知らないけど……。

 今のうちに言っておこうかな。ご愁傷様です。


 エドが勝利を収めたのは、それから一分後のことだった。

 それを見ていたランドルフの『あれのどこが年寄りだよ』という呟きには、誰もが同意したと思う。






 ここまでで六試合が終わった。

 次はいよいよ七試合目……私の番だ。


「さてと、それじゃあ行ってくるね」

「シリスに限ってまさかとは思いますが、あのルクスという子は油断ならない相手ですわよ。気を付けなさい」

「うむ、得体の知れぬ気配を感じる。注意しろ」

「ありがとう二人とも」


 ディーネとヴェガの激励を受けて、私は舞台へと向かう。

 対戦相手であるルクスは、先に舞台に上がって待ち受けている……というべきなのかな? なんか、ぼぉっと立っている。

 これから試合をする雰囲気じゃないんだけど、こういうところをヴェガは警戒しているようだ。

 私としては相手にされていないような態度に思えて、それが侮られている感じで少しムッとしてしまう。

 ……いや、これも作戦の内かも知れないからね。挑発には乗らないよ。

 いつも通り、私は私のやり方で戦おう。


 改めてルクスを観察してみる。

 あれ……なんか、違和感があるような?

 予選の時と変わらない格好のルクスだったけど、なにかが違った。

 服装は同じだ。マントも同じ。髪型も同じ……剣は?

 そうだ、予選では借りた木剣を手にしていたけど、今回は素手のままだ。腰に差しているわけでもなく、他に目立った武器も見当たらない。

 徒手空拳は禁止されているから……となると、マントの中か?

 今回は予選と違って逃げ回るだけでは勝てないから、なにかしらの攻撃を仕掛けるつもりだろうけど、直前まで隠し通すつもりのようだ。

 ひょっとして暗器使いとか?

 とりあえず最初は距離を取って、様子を見てみよう。


 念のため、私は試合会場にも目を向ける。

 精霊歌唱会でも訪れて歌っていた場所だけど、さすがにそのまま同じ舞台を流用しているわけじゃない。

 場外負けを判定するため舞台が一段高くなっているし、昨日はアルルが舞台上を大きく動いて歌っていたのに対して比較的、舞台が狭くなっている。

 だいたい端から端まで十メートルくらいかな。

 思いきり動いたら、あっという間に落ちそうだから気を付けないとね。


 最後に、つい観客席のほうへ視線が行ってしまう。

 見えるのは大勢の観客たちと、そこに紛れるようにプロンとベティ、アルルの姿が確認できた。次に団長たちを見つける。あとは……。

 やっぱり、いないか。

 どこにいても決して見逃さない、あの真っ白な髪は見つけられなかった。

 ……まだ初日だからね。明日はきっと来てくれるよ。


「準備はいいですか?」


 いつの間にか審判が近くに立っていた。

 向かいのルクスは返事をせずに、こくりと頷いている。


「こっちも、いつでもいいよ」


 私は『桜花』を抜きながら答えて、意識を目の前に集中させる。

 そうだ。明日に繋げるために、まずはここで勝たないと意味ないからね!

 相手にも失礼だし……なにより、せっかくのお祭りだ。

 悩むのはやめて、今この瞬間を思いきり楽しもう!


「それでは……始め!」


 審判が合図を出した直後、私は大きく後ろへ下がりつつ、ルクスの動きを観察していた。ほぼ同時にルクスは右腕を後ろに回している。


 やっぱり、背中の辺りになにか隠してる!


 そこにある物を引き放つように腕を振り被ったルクスは、その勢いのまま袈裟切りの動きで腕を振り下ろした。

 少女とは思えない機敏さで、手の先端がブレて見える。


 あれは飛び道具……じゃない! まさか!?


 投げナイフだと予測していたら、ルクスが握っている武器の正体に気付いた。

 剣の柄に似ているけど、刃は付いていない。

 代わりに紐が伸びている。その長い長い紐が、ルクスが振った軌跡をなぞるように、ほんの数瞬だけ遅れて飛来し――。


「うわぁ!?」


 ――パァンッ!

 まるで空気が破裂したような音だった。

 咄嗟に真横へ跳んで避けられたけど、最初に距離を取っていなかったら直撃していたかも……って、わわわっ!


 避けた直後に、さらに追撃の一振りが襲いかかる。

 剣で防ぐにしても、先端を止めないと剣を絡め取られる恐れがあるし、その先端が速すぎて捉えられないので、転がるように避けてルクスから離れる。

 どうにか射程から逃れられたところで、その武器の全貌が見えた。

 ルクスの身長よりも長い紐が、彼女の手によって巧みに引き戻されていく。


「やっぱり鞭だったか……」


 直前で気付けたおかげでルクスの腕の振りから軌道が読めたけど、もし前世のグレヴァフが体験していなければ、きっと対処に遅れていたはずだ。

 あれを見てから避けるなんて無理だからね。

 それに加え、さっきの音だ。

 あの破裂音は、完璧に鞭を扱えている者が鳴らせる熟練者の証である。そこまで技を磨かれた鞭は、とんでもない速さで敵を打ち付ける。

 鎧を纏っていれば怖くないけど、ちょっとした衣服なら容易く引き裂いてしまうほどの威力があり、まともに受ければ裂傷は確実だろう。

 たしかに武術会に武器の決まりはないけど……さすがに予想外だ。


「うーん、ちょっとやり辛いかも」


 思わず独り言を呟いてしまった。それだけ私は困っている。

 なにせルクスが振るう鞭の射程は、恐らく三、四メートルほど。これを剣で防ぐのは難しく、どうにか距離があれば避けられる状況だ。

 ほんの一瞬でも隙があれば懐まで飛び込めそうだけど、冷静にこちらの動きを観察しているルクスの様子から、闇雲に動き回っても効果はないだろう。

 ダメージ覚悟で突破するのも……難しいかな。

 これがグレヴァフほどの体格の持ち主ならガマンすればいい話だけど、私が喰らったら間違いなく衝撃を流し切れない。

 怯んで動きが止まれば、ルクスは即座に追撃を仕掛けるはずだ。そんな冷徹さが、さっきの攻撃からも想像できる。

 どこまでやるつもりかは知らないけど、審判が止めるか、私が負けを認めない限り、鞭で打たれ続けるハメになるだろう。

 こんな衆人環視の中で服をズタボロにされる上、乙女の柔肌に無数のキズを付けられたくはない。


 ……あれを使うべきか?


 たぶん、今の私では勝てる見込みは低い。

 とにかく武器と、試合のルールの相性が悪かった。これはどうしようもない。

 だけど……あれを使えば間違いなく勝てる。

 もちろん控えておきたいところではあるけど……。


 私が動けずにいると、先にルクスが動きを見せた。

 その場で鞭を激しく振り始め、縦横無尽に旋風が吹き荒ぶかのようだ。しかし離れている私には届いていない。


 いったいなにを……!?


 少しずつ、ほんのちょっとずつだけどルクスは移動していた。

 それに伴って鞭の暴風域もまた、私を呑み込もうと近付いている。

 このままだと一分も持たずに、全身を鞭で打たれることになるだろう。

 相変わらず、ぼぉっとしているルクスの表情だけが、こちらを見つめていた。


 ……たぶん、これって棄権するなら今のうちってことだよね?

 じりじりと迫るルクスから離れても、狭い舞台では逃げ場なんてない。

 やがて鞭に打たれて負けるか、棄権するか、舞台を降りるか。

 どれも結果は変わらないけど、鞭で打たれるくらいならと、先に負けを認めてしまってもおかしくない。

 勝利するために挑むという道を見失わせ、自ら敗北を選ぶ……この攻撃の真骨頂は、そんな迫り来る恐怖そのものなのだろう。

 優しいように思えて、ちょっとイジワルな攻撃だ。


「じゃあ私は、負けてあげない」


 ひょっとしたら本当に優しさで猶予をくれたのかもだけど、これは私に対する挑発でしかない。

 ……ああ、君は私を侮っているんだね?

 だったら挑んであげるよ。私の全身全霊で……正面から突破してやる!


 ルクスの鞭が届くのを待たずに、私は自分から飛び込んだ。

 その一瞬だけ、驚いたように目を見開くルクスが見れたので、ちょっとだけ私は留飲を下げる。

 でも、まだだよ。

 驚くのはこれからだからね!


 全神経を集中させて、迫りくる鞭を紙一重で回避する。

 肌を掠めるように風が吹いていたけど、私に当たることはない。

 ほんの僅かでもずれたら、あと少し遅ければ、きっとずたずたにされるだろう。

 それでも当たらない。

 吹き荒れる鞭の嵐の中、私は涼しい顔をして、内心では冷や汗を流しつつ、その中心へと歩み寄る。

 さすがにルクスも焦りを感じたようで、徐々に精妙さを欠き始めていた。

 そして、そんな隙を見逃す私じゃない!


 ついに、あと一息の距離まで近付いたところで私は勝負に出る。

 桜花を振り抜いて、荒れ狂っていた鞭を根元から断ち切ったのだ。

 これで終わり……ッ!?


 まだだ。ルクスの左手。鞭が。もう一本。ある!


 引き延ばされる感覚から時間がゆっくりに感じ、すべての事象が鈍く見えてしまう中、思考だけは正常に働く。

 最後の最後で、私は油断してしまった。鞭がもう一本あることを予想していなかったのは大失態だ。避けられない。今の体勢を考えると、胸に一撃を受けた私は一歩だけ後ろによろめいて、ルクスに距離を稼がれる。そこから先、ルクスはもう容赦しないだろう。逆転の機会を与えられず、ただ一方的に嬲られてしまう。


 つまり……ここが最後のチャンス!

 すべての動作が遅い世界で、私の体は加速していた。

 これを、『魂の覚醒(イグニッション)』を使うのは、ただ一瞬だけだ。

 前世(グレヴァフ)の身体能力を、今の私(シリス)に宿すその魔法は、ちょっと驚くほどの速度を引き出せる。

 空いている片方の手を動かす。向かう先は腰に差した、もう一振りの愛剣(ミスリルソード)

 引き抜いた勢いでもって、胸元へ迫る鞭を斬り上げる。

 同時に、魂の覚醒(イグニッション)を解除した。


「……ぷはぁ」


 止めていたわけじゃないけど、感覚的にそんな感じがして息を吐き出す。

 すぐ近くにはルクスの顔があった。彼女は驚いた顔をして断たれた鞭を見つめたまま動きを止めている。

 さすがに三本目の鞭はないはずだ。ルールでも二本が限度だし。


「そこまで! 勝者シリス!」


 根元から断たれては鞭も武器としての機能を失う。

 そう判断した審判によって私の勝利が宣言され、ようやく私も肩の力を抜いた。

 いや……初戦からこんなに疲れるとは思わなかったよ。

 とはいえ、ここでみっともない姿は晒せないので、なんともないように二振りの剣を鞘へ戻した私。どうも見栄っ張りです。


「お疲れさま。今回は私が勝ったけど、本当に凄かったよ。素晴らしい技だった」


 これで終わりでは寂しいので、私はルクスに向かって手を差し出す。

 人によっては嫌味かと怒る場合もあるけれど、私はできれば互いの健闘を称えて終わりにしたい。

 ワガママだとしても勝者なんだから、それくらい許されるよね。

 そして次もまた、どこかで試合をして欲しい。


「あなたは……?」

「うん? 私の名前? シリスだけど……」


 初めて聞いたルクスの細い声に、なんとなく名前を尋ねられた気がしたので素直に答える。


「シリス……憶えた」


 不意に、にこりと笑みを浮かべたルクス。

 それまで無表情だっただけに、とても愛らしく思えてどきりとする。


「自分はルクス……また来る」

「あ、えっと、そうなの?」


 よくわからないまま握手が交わされた。

 ルクスの手は小さくて柔らかいし、腕も細い。これであれだけの鞭を振るえたのは、きっと彼女も魔力制御によって身体能力を強化しているからだろう。

 本人が意識しているか、無意識かで異なるけどね。


 私たちの握手に観客たちも拍手を送ってくれたので、しばらく手を繋いだまま二人で手を振って応える。

 ルクスは私のマネをしているだけで意味を理解していなかったけど、なんだかさっきまでと違って楽しそうな表情だ。

 ……それにしても、ルクスは誰かに似ている気がするね。


 顔とかじゃなくて雰囲気が……そう、プロンとどこか似通っているような。

 まあ気のせいかな?

少し前くらいからドラグノフのリーダー、ジークリフトを

ジークと誤って表記してしまいましたが

略称という事でよろしくお願いします。

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