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シリスと武術会1

 予選が終わり、私たちは控え室に集まっていた。

 ここにいる十六名が、今年の武術会に出場する者たちとなる。

 その中でも注目を集めているのは……やっぱりアルマティアだった。

 仮面という風体と、瞬時に勝利してしまった剣技もそうだけど、実力をまったく隠す気のない戦い方が一部の人たちに人気が出ているようだ。

 逆に警戒するような視線も他の予選突破者に多く見られ、結果的に誰よりも試合が気になる選手と目されている。

 ここまで計算しているとしたら、なかなかの策士だ。


 もうひとり気になると言えば、ルクスという少女かな。

 こちらは反対に、まったく未知数の実力を秘めている……はず。

 一応、剣を扱うらしい、というぐらいしか情報がないから、どんな戦い方をするのかすら予想できない。

 とりあえず、目立った動きをするつもりはないのは確実だろうけどね。

 それならそれで、なんで参加しているのかも疑問だし、色々と謎の少女だ。

 あり得そうなのは賞金が目当か、私みたいに強者と戦いたいとか……?

 狂戦士仲間ができるなら、ちょっと嬉しい。


「お待たせしました! ではひとりずつ順番にクジを引いてください!」


 予選試合後の小休憩も終わり、のんびり待っていたらギルド職員が慌ただしくやって来た。両手には木箱を抱えている。

 どうやら今年は、クジ引きで試合の組み合わせを決めるらしい。

 去年までは運営側が進行を考慮して決めていたはずだけど、きっとまた不満が噴出するのを抑えるために、もっとも公平な方法にしたのだろう。

 目論み通り、特に文句も出ないまま木箱から木片が引かれて行き、私も緊張が半分、期待が半分の面持ちで引いた。

 木片に描かれた数字が、組み合わせになるようだ。

 やがて全員が引き終わると、木片はその場で回収されていく。


「それでは結果を発表します!」


 職員が告げると同時に、私たちの前に大きな板が掲げられた。

 これが対戦表みたいだ。

 表の下部には参加者たちの名前が並び、上に向かって線が伸びる。

 名前が隣り合った者同士で試合を行って、勝者は線を辿って次の試合に進み、頂点に上り詰めた者が優勝となる。

 これは例年通りのシンプルな試合形式だね。

 私は自分の名前を探し……見つけた。



 ――第七試合:シリス 対 ルクス



「初戦からいきなり、あの子か」


 さり気なく視線を向けると、ルクスはぼんやりと対戦表を眺めていた。

 なんだか気が抜ける態度だけど、うっかりしていると初戦敗退もあり得そうな相手なので、油断せずに気を引き締めよう。

 それから全体の組み合わせを見ていると、だいたいは予選免除組と、予選突破組が激突するような形で試合が行われるようだった。

 唯一、免除組同士、突破組同士で組まれたのが以下の二組。



 ――第五試合:ランドルフ 対 ガラン


 ――第二試合:アルマティア 対 ルドルフ



 上級冒険者パーティの『剛鉄組』と『ドラグノフ』の副リーダー同士。ガランとランドルフの試合は、とても興味が引かれる組み合わせだ。

 この対戦表は今ごろ観客席でも公表されているはずだから、きっと賭けで盛り上がっているに違いない。


 一方でアルマティアの相手は見慣れない名前だけど、あの予選試合で瞬時に打ち倒されてしまった九人のひとりだと気付いた。

 まさか予選に続いて本選でもかち合うなんて……。

 これもクジ次第なので仕方ないけど、ちらりと様子を窺う。

 すでに敗北を想像しているのか、ルドルフという青年は生気のない瞳で対戦表を何度も見直している。

 目を何度もごしごし擦る姿が、なんとも言えない悲壮感を漂わせていた。


 き、気を取り直して、武術会の進行について確認しておこうかな。

 ここからは十六名が二人ずつ試合をして、初戦から勝ち進めるのは半数だけだ。

 今日中に八試合が消化され、残りは明日の朝から夕暮れにかけて行われる。そして優勝者は夜に大勢の前で表彰され、そのまま祝いの宴に突入して精霊祭のシメとするのが例年の流れだったかな。

 終盤は連戦となるため、なかなかハードスケジュールだけど、そこは相手も同じなので誰も文句は言えないし、言わせてくれない。

 運営側としても、無理を押してでも精霊祭が催されている間に終わらせないといけないから大変なのである。お疲れさまです。


「組み合わせが決まったところで、基本的なルールについて確認します」


 別の職員がやって来ると、初参加の人が多いためか改めて説明が入った。

 予選と同じであり、事前に知らされているはずだけど、勘違いがあっても面白くないからね。

 審判が判断するのは、大雑把に以下の四通りだ。


 ひとつは、降参すること。

 単純に力量差や、体力的な面などから負けを宣言すれば、審判がその時点で勝敗を認めてくれるので、潔い人同士の試合だとこれが多くなるかな。


 二つ目は、武器を完全に失うこと。

 これは予選でアルマティアが他の九人の武器を弾いて、戦えない状態に持ち込んだ場合を差している。

 一時的に取り落としても、すぐに拾えれば審判も見逃してくれるので、これで勝ちたいなら武器を場外に弾き飛ばすのが確実だね。

 素手で戦おうとする人もいるけど、武器を相手に徒手空拳は無謀すぎるので、原則として格闘術のみの人は参加できなかったりする。

 武器さえ手にしていれば、あとは戦い方に口出しされないけど、その場合でも武器を失えば審判は厳正に判断を下す。

 どうしても参加したい人向けだね。


 三つ目は、試合の舞台から外へ出てしまうこと。

 うっかり……なんてこともあるけど、思いきり体当たりするなり、突き飛ばすなりして場外へ押し出すのも、戦法のひとつとしては有効だ。

 舞台の中央に陣取っていれば、なかなか起きない決着でもある。


 四つ目は、戦闘続行が不可能となること。

 あまりオススメしないけど武器を手放さず、場外へも出ず、負けも認めない。

 そういう人は徹底的にぼこぼこにされて、ようやく動けなくなると、審判が決着を認めてくれる。

 試合相手からしても面倒で良い気分はしないし、観客も楽しくないので、はっきり言って最悪な手段だね。


 とはいえ審判が判断を下すまでは負けないから、逆転を狙って耐え続ける人がいたりするのが困った話だった。

 だいたいその戦法を選ぶような人は、実力差が明確で逆転できない。

 時間制限があるならまだしも、自分から攻撃しないと勝てない試合において耐えるだけ意味はないし、お互いに疲弊してしまえば狙いとは違った箇所に当たってしまい、思わぬ重傷を負うことだって考えられる。

 運営側も、これは悪手だとして注意を促していた。

 せっかくのお祭りなんだから、どうせなら楽しんで戦わないとね。




 そんなこんなで本選が始まった。

 私の試合は七番目だから、かなり後半になる。

 しばらくは大人しく観戦することになるんだけど……予想通りの試合展開が続いてしまって、あっという間に前半の四試合が終わった。

 いや、これはクジ運が悪かったとも言えるかな。

 ただ運営の目利きは、概ね正しかったとわかったよ。


 第一試合はジークとサム。

 ジークが圧勝。試合時間が十秒にも満たないうちに降参させた。


 第二試合はアルマティアとルドルフ。

 これはルドルフが棄権したので、アルマティアの不戦勝となった。


 第三試合はディーネとワイス。

 華麗にディーネの勝ち。槍の連撃で剣を弾いたのが決め手となった。


 第四試合はアズマとオルド。

 無難にアズマの勝ち。やっぱり炎だけではなく剣の扱いも一流だった。


 という感じで、ここまで本当にあっさり終わった。

 みんな強いとは思っていたけど、ここまでとは予想外だよ。

 観客席でも無難に賭ける人や、大穴を狙って賭ける人で別れているようで、歓喜の声と、断末魔のような声が入り混ざって大盛り上がりしている。

 ただ私としてはアルマティアが戦うところを見れなかったのが、ちょっと残念だったかな。その試合だけ賭けが成立していなかったみたいだし、仕方ないのかもしれないけど……。

 ともあれ、次の試合は見逃せない。

 第五試合の組み合わせはランドルフとガランだ。


「シリスはどちらが勝つと予想していますの?」


 試合を終えて控え室に戻っていたディーネの質問に、私は少し悩む。

 二人は『戦斧ガラン』と『魔槍のランドルフ』と呼ばれているように、それぞれ斧と槍を得意としている。


「対人戦なら、射程が長い槍のほうが有利だけど……」

「私の槍を掻い潜って懐に潜り込む貴女が言っても説得力がありませんわね」

「まあ……それくらいのことをする上級冒険者もいるからね」


 とはいえ、それはディーネがまだ未熟だった頃の話だ。

 今ならわからないし、ランドルフの腕前も達人と言える。


「勝率で言えばランドルフかな」

「うむ、私もあの槍捌きは見たことがあるが、見切れるかは怪しいな」


 珍しく弱気なヴェガ……かと思えば、ずいぶんと好戦的な目付きをしていた。

 相手が強いほど燃えるからね。わかる。

 そして、そんなところが狂戦士と呼ばれる由縁なのかな。うん。


「ガランの大斧は、魔獣や魔物が相手なら有効だけど、人を倒すのにそんな威力の高い武器はいらないからね」

「単純に相性が悪い、というわけですわね」

「それは本人も理解しているから、なにか対策しているとは思うけど……」

「む、来たぞ」


 ヴェガの言葉に視線を戻すと、ちょうどランドルフとガランが舞台へ上がっているところだった。

 そこで意外な光景を見てしまい、思わず私は首を傾げてしまう。


「あれ……ガランが大斧を担いでない」


 トレードマークとも呼べるそれを手にしていないなどと、私の記憶にある限りでは過去になかった。


「いや、まさか……そういうこと?」


 遠くからだと存在しない大斧に意識を取られて気付くのが遅れたけど、ガランの腰には二本の手斧が下げられていた。

 所定の位置に到着すると、片手にそれぞれ斧を掴み、軽々と振り回す。

 あのガランが大斧を諦めて、小回りの利く手斧にするなんて……相手がライバルであるドラグノフの副リーダーだから、今回は本気で勝ちに来てるのか。


「シリス、あれなら勝負はわからないのではなくて?」

「いやディーネ。お前ならばそうだろうが、普通は扱い慣れていない武器では十分な性能を発揮できんぞ。あのガランは手斧も扱えるのだろうが、やはり普段から大斧を振っているのであれば、僅かでも差が生じる」


 そして達人同士の試合で、その差は決定的な隙となる。

 私が言おうとしたことをヴェガがすべて言ってくれたので、引き続き舞台へ意識を集中させる。

 いよいよ試合開始だ。


 審判が合図を出す。

 先手を取ったのはランドルフだった。一気に距離を詰めつつ、自身にとって最適な距離から槍を突き放つ。

 これを手斧で弾いて、すぐさま反撃に転じようとしたガランだったけど、やっぱり間合いが遠く、あと一歩届かなかった。

 仕方なく下がるガランに、追撃するランドルフ。

 なんとか防いではいるものの、成す術もなく防戦一方の展開だ。


 元々ガランは、強烈な一撃によって獲物を怯ませる戦法を得意としている。

 パーティでの狩りは役割を分担させるのが基本だから、仲間がいる状況なら頼もしい存在だけど……ひとりで戦うとなると、なかなか厳しい。

 普通なら、このまま敗北が決まっていただろう。普通だったらだけどね。


 膠着した攻防に動きがあった。

 堅牢な守りを突破できずにいたランドルフは焦ったのか、ほんの少しだけ踏み込んでしまったのだ。

 その瞬間、それまで守ってばかりだったガランは急激に動きを速めた。

 きっと近くでガランの笑みを見たランドルフは、悔しげに顔を歪めていたことだろう。なにせ届かなかったあと一歩……それを自分から埋めてしまったのだから。

 ついに手斧の一撃が敵を捉えるも、しっかり槍で弾き返して距離を取ろうとするランドルフ。それを逃すまいと追随するガラン。

 先ほどとは真逆の展開に、いつしか観客席からは歓声が消えていた。

 息もつかせぬ攻防とは、まさにこのことだ。


 そんな手に汗握る試合も、終わりは一瞬だった。

 ほんの僅かな隙に、ガランは斧ではなく体当たりという意表を突いた動きによってランドルフの体勢を大きく崩し、トドメに手斧を振り上げた。

 つい決着が……と、そう思ったところで両者の動きがピタリと止まる。

 陰になって見えないけど、どうやらランドルフが仕掛けたようだ。


「……ふぅぅーーー、しょうがない。ワシの負けだ」


 静かなガランの声が、やけに大きく聞こえた。

 深い溜息が、その悔しさを滲ませている。


「勝者、ランドルフ!」


 審判が降参を認めると、観客席は一気に爆発したかのような歓声を上げた。

 それに応えてランドルフが軽く槍を振ると、二人は舞台を後にする。


「今の、いったいどうなりましたの?」

「たぶんだけど、ランドルフがナイフを隠し持っていたんじゃないかな」

「ナイフ? それは反則になりませんの?」


 ほとんどの人が気にしない細かい部分だから、ディーネも見逃したのかな?


「えーと武器に関するルールだけど、事前に申告すれば二つの手で持てる分……つまり二種類の武器を使えるんだ。ランドルフは槍の他に、ナイフかなにかを登録しておいて、いざという時のために隠していたんだと思うよ」


 結果、勝利を前に油断してしまったガランは、ガラ空きの首元にナイフを突きつけられてしまい、手斧の振り下ろすよりも早く首を掻き切られると判断した。

 途中までは老練したガランの思い描いた通りの試合展開だったんだろうけど、若手のランドルフが決して相手を侮らずに準備していたのが、最大の勝因だ。

 ……うん、やっぱり楽しいね!


「私も、なんだか疼いてきちゃったよ」

「わかる」

「……シャクですけど、ちょっと気持ちはわかりますわ」


 おや、ディーネにも狂戦士の素質があったのかな?

 なんてね。武人なら誰でも、そういう一面があるものだ。

 だから私も狂戦士ではなく健全な剣士のひとりなのである。きっと。

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