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シリスと予選1

 結局、私が屋台へ戻れたのは本日の販売を終えてからになってしまった。

 集まった周囲の目が落ち着くのを見計らっていたとはいえ、仕事を任せ切りにしてみんなに申し訳ない。

 おまけに、ただでさえ忙しいのに余計な面倒事まで呼び込んだのだから、もうなんと言っていいのやら……。

 そのことでマムから小言が出ると覚悟していたけど、その予想は外れた。

 どうやら売上が好調だったことから、一日目の販売分も早期に完売してしまったらしく、予定していた閉店時間も早まったそうなのだ。

 おかげで一時的には忙しくなったけど、全体的な仕事量は減ったとか。

 不幸中の幸いと言っていいのかな?

 それと明日からの武術会だけど、こんな状況下で私が留守にして良いものかマムに聞いてみたところ……。


「また妙な輩に屋台の周りをうろうろされても迷惑ですから、あなたが目立つところへ出て、そちらで引き受けてくれるのなら、むしろ助かります」


 などと、いい笑顔で言われた。

 屋台の当番については事前に調整していたけど、厄介事を招いた本人が屋台を放っといて遊んでいるのは、いくらなんでも気が咎める。

 だけど実際は真逆だったようなので、遠慮なく出場することに決めたよ。


 団長たちも応援に来てくれると言ってくれたからね。

 みんなに情けないところは見せられないし、今年も頑張ろう。

 ちなみに、団のみんなにも出場しないか確認したら、あまり興味ないそうだ。

 傭兵団のみんなが戦うのはお金のためで、武術を競ったり、見世物にされるのは苦手だとか。

 一応、賞金も出るとは言ったけど……まあ戦場とは勝手も違うからね。

 観客として楽しんでくれるなら、それはそれでいいと思うよ。




 そして翌日!

 ついに精霊祭の二日目であり、武術会の始まりだ!

 朝からテンションが高いのを自覚して、なんとか抑えつつ準備を進める。


 武器はいつも通り、カタナの『桜花』と『星宝剣(ミスリルソード)』だ。

 どちらも手に入れたのは最近だけど、すっかり気に入った私にとって今や愛剣とも呼べる二振りとなっている。

 それにしても、去年は数打ち物のショートソードで出場したことを思えば、凄まじく進歩した気がする。

 大事なのは武器じゃなくて技術だけどね!


 服装は、こちらも日常的に着ている『森妖精の黒絹(エルフィンシルク)』のインナーとスパッツの上下セットと、清潔な白色のシャツと黒いショートパンツ、そして仄暗い色合いの魔獣の革製ジャケットを着込みに、編み上げブーツをしっかりと結べば準備完了だ。

 鏡に映った自身を眺めて、おかしなところはないか確認する。


 ……おっと、忘れるところだった。

 長い髪が邪魔にならないよう後ろで束ねておかないとね。

 慣れた手付きで結び、軽く頭を振ると真っ黒な髪が尻尾のようにふさふさと揺すられる。こんなものかな。

 最後に鏡で確認すれば……うん、問題なし。

 森や山で魔獣狩りをするのとは違って、今日は大勢の前に出るからね。

 せっかく優勝しても、みっともない格好じゃ締まらないので、いつもより念入りにチェックしてから部屋を出た。


「おはようシリス」

「うん、おはようメル」


 いつものように同時に部屋から出てきたメルに挨拶する。

 ……あれ、今日は念入りに準備していたから遅くなったはずなのに、メルが同じタイミングなのはどうしてだろう?

 そういえば昨日は珍しく寝坊していたし、もしかして今日も?

 恥ずかしいだろうし、聞くのはやめておこう。


「ねえシリス。今日は武術会に出るんだよね?」

「うん、そのつもりだよ」


 きっとメルのことだから『応援に行くね』って言うつもりだろう。

 なぜなら毎年そう言ってくれるから、これは間違いないね!

 そして次に私は『ありがとう。今年こそ優勝するよ』と返すつもりだ。

 去年もそう言っておきながら準優勝だったけど、今年こそは……。


「頑張ってね」

「ありがとう。がんばる……?」

「じゃあ私は行くから」


 それだけ言い残して、メルは去って行った。

 ……え?






「――っと、シリスっ聞いていますの?」

「はっ……ディーネ?」


 気付けば目の前に、ディーネの不思議そうな顔があった。

 周囲には屈強な人たちが集まって、なにか話していたり、剣の素振りをしたりと思い思いに過ごしている。中には見知った顔もいくつかあるようだ。

 ここは……もしかして武術会の控え室?


「先ほどからどうしましたの? 体調が悪いのではなくて?」

「あ、うん、いや、大丈夫」


 そうだった。これから武術会の組み合わせが発表されるから、参加者は開会前に集まらないといけないはず。

 でも周囲の様子からすると、私はすでに会場入りしているみたいだ。

 ……どうやら無意識のうちに、体が勝手に動いていたらしい。

 それだけメルの言葉はショックだった。


「そろそろ発表ですわよ。今からそんな有りさまでは先が思いやられますわ」

「心配かけてごめんね。もう平気だよ」

「べ、別に心配していたわけではありませんわ。せっかく久しぶりにシリスと試合が出来るとたのしみ……ではなく、シリスに勝利する機会が訪れたというのに、気が抜けて本調子ではなかったのでは張り合いがありませんもの」


 ディーネの言い分はもっともだ。

 みんなが勝利を目指して参加しているのに、私だけ傷心して集中できなかったなんて情けない結果は、誰よりも私自身が許せない。

 しっかりしよう。メルのことは、試合が終わってから考えればいい。


「うん、もう大丈夫。試合は全力だから覚悟してね」

「それでこそシリスですわ」

「正気に戻ったか、シリス」


 私とディーネが視線で火花を散らせていると、参加するはずなのに姿が見えないなと思っていたヴェガが、ひょっこりと現れた。


「あらヴェガ、もう偵察はよろしいの?」

「十分だ。なかなか楽しくなりそうだったぞ」


 なにかと思えば、参加者の中に強者がいないか見ていたそうだ。

 戦闘狂のヴェガらしいと言えばヴェガらしい。


「とはいえ、ほとんどは退屈しそうな相手だった。面白そうなのは外から来たのが数人と、この街の冒険者たちだ。特に剛鉄組とドラグノフのメンバーは良い」


 言いながら好戦的な笑みを浮かべるヴェガは楽しそうだ。

 なるほど。たしかに、ざっと見回した限りだけど、知り合い以外で実力が未知数なのは顔も知らない外部の人だけらしい。

 なぜか仮面を付けている人もいたので、本当に外から来た参加者なのかもわからないけど……どことなく不思議な気配が感じられる。


 あとはヴェガの言う通り、剛鉄組の『カタナのエド』や、ドラグノフの『竜剣のジークリフト』と試合ができたら楽しそうだ。あ、あとアズマもいる。

 さすがに全員とはできないだろうけど、もし選べるなら目移りしちゃうね。

 ……こういうのも男漁りと呼ぶのかな?

 誤解を招きそうなので『好敵手探し』としておこう。


 それで言えば、隣のディーネとヴェガも相手にとって不足なしだ。

 いったい、誰と試合をすることになるんだろう……。

 ああ、早く発表されないかな!

 体がウズウズするので軽く腕をまっすぐ上に伸ばしたり、膝を曲げたり伸ばしたりして、なんとか逸る気持ちを落ち着かせていると、ようやく冒険者ギルドの職員が姿を見せる。

 同時に誰もがそちらへ顔を向けて、静まり返った。

 いよいよだ!


「お待たせしました! 調整に手間取りましたが本日の予定を発表します!」


 職員は手元のメモを確認しつつ、声を張り上げる。

 去年までの武術会では二人ずつ順番に試合を行って、最後まで勝ち上がった者が優勝となるシンプルなものだった。

 だから、ここで発表される組み合わせによっては初戦敗退もあり得る大事な場面であるため、誰もが真剣に耳を澄ませる。


 ちなみに初参加と思われる人たちは、できれば弱い相手に当たりたいと、祈るような面持ちで職員の発表を待つから、実にわかりやすかったりする。

 一方で誰が相手でも構わない、むしろ強い相手こそ嬉しい、という人たちは誰もが笑顔なので……こちらもまたわかりやすい。

 ちなみに私は後者だ。当然だよね。


「では初めに、今年は前回とは少し違った形で開催することを説明します!」


 そういえば人数が多すぎて、調整するとか言っていたっけ?

 あの時はまだ、具体的な方法は決まってなかったみたいだけど。


「まず、今年は参加人数が多いため予選を行います! 名を呼ばれた方は移動してください! 十人ずつ試合をして、勝ち残った二人だけが本選へ進めます!」


 ざわりと参加者たちがどよめいた。

 予選をするというのも初耳だけど、十人ずつという試合方式は、あまり聞いたことがないからだ。

 それってつまり乱戦状態で戦うってことだよね?

 でもたしかに、この場に集まった参加者は五十人近くはいるし、そのくらいやって一気に人数を減らさないと、二日で終わらないか。


「これを四回繰り返し、この場にいる人数を十六名にまで絞ります!」

「ちょっと待ってくれ。勝ち上がれるのが二人なら、四回やっても八人にしかならないぞ? どういうことだ?」


 誰かが当然の疑問を投げかける。


「名前を呼ばれなかった方々は、そのまま本選への参加になります! これは参加人数が多いための特例措置であると同時に、明らかに実力差がある参加者をふるいに掛ける意味もあります!」


 つまり、初めから実力者と見做された参加者は免除されるわけだね。

 そして予選で八人を決めるなら、すでに残り八人は決定しているようだ。


 でも普通に考えたら、予選がない分だけ休めるから有利と言える。

 案の定、これに文句を言い始める人もいた。

 だけどそれは自ら実力不足を認めているのと同義であり、周囲からの視線は冷たい。一方で職員側も、文句があるなら出場しなくて構いません、と強く出る。

 本当に辞退してくれたら、そっちのほうが嬉しいんだろうね。


 多少の不公平はあるにしても、これは王都で開催されるような大会じゃない。

 良くも悪くも小規模だからこそ、その辺りの大雑把さはご愛嬌だ。

 今回だって、ちょっとだけ有名になったから参加人数が増えただけで、例年なら二十人程度しか集まらないからね。


 どちらにしても実力を示せばいいだけの話なので、例え私が予選に出るとしても喜んで参加するよ。

 さっきの説明からすると、去年の武術会で準優勝だった私が予選に出られる可能性は、残念ながらなさそうだけど。


「では、呼ばれた方は移動してください!」


 結局、誰も欠場することなく武術会の予選が始まることとなった。

 名前を呼ばれた人たちが舞台へ向かったので、残った顔ぶれを眺める。


「残ったのは……やっぱり顔見知りばかりだね」

「それだけ貴女の周りには強者が多いというわけですわ」

「ふむ、腕が鳴るな」


 名前を呼ばれなかった参加者、つまり予選が免除されたのは私とディーネとヴェガ、それから剛鉄組とドラグノフから二人ずつと、アズマで八人だ。

 誰が残るのかワクワクしていたけど、なんというか……いつもの面々だね。


「やっぱり外から来た人だと、実力がわからないってことかな」


 まだ見ぬ強者がいないかと期待していたけど、予選が終わるまでお預けだ。

 それはそれでワクワクするけどね!

 とりあえず予選は観戦してもいいみたいだから、三人で行ってみよう。

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