シリスと傭兵団とアルル
「さーて、まずはどこからにしようか!」
「その前にシリスに聞いておきたかったんだが……」
いざ食べ歩きを開始しようという間際に、団長から待ったがかかった。
戦場では上司……つまり団長の指示に従うのが当然だった私は反射的に浮いた足を止めてくるりと振り返る。
ふわっとスカートが膨らんでしまい、おっといけないと慌てて抑えた。
いつものハーフパンツじゃないから少し動きにくいね。
「どうしたの団長?」
「ああ、その格好についてと、そのままでいいのかってことをだな」
「格好って……ッ!」
指摘されて気付き、それから刹那の間に、私は過去を振り返った。
そして疑問が氷解すると共に、膝から崩れ落ちてしまう。
ああ……そうだった。すっかり忘れてしまっていた。
今の私の格好は見紛うことなき……『メイド』だということを!
うわあぁぁーーー!
声にならない悲鳴をあげて頭を抱えても、もう遅い。
最初に再会した時にみんなの反応が妙だったのは、そういう意味だったのだ。
そんなことも気付かずにメイド姿の私は嬉しそうに駆け寄り、なおかつそのままお祭りの案内を引き受けてしまっていた。
うぁぁぁ、とんでもなく恥ずかしい……っ!
まさか傭兵団のみんなに、こ、こんな醜態を……!
穴があったら入りたいとはこのことだよ! もう自分で開けてでも入りたい!
「別に俺たちはシリスがどんな格好をしていても気にしないぞ」
「おう、ちょっと驚いたが似合ってるぜ!」
「ちゃんと女の子らしい一面があったと知れて安心したぐらいだよな」
「シリスのスカート姿なんて、初めて見たしな」
「まあその服は少し早い気もするが、気に入ってるなら……」
「違うよ!? これ私の趣味とかじゃないからね!?」
なんとかみんなの目から逃れようとするけど、残念ながら近くに隠れられそうな場所もない。状況は私に不利だ。一方的な視線に身を晒してしまう。
そうなるともう私は敵地へ放り出された新兵のように、わたわたと両手を振ることしかできない。支援を要請する! 誰かタスケテ!
「別に照れなくてもいいんだぞシリス」
「いや本当に違うんだって! これは売り子の衣装で……!」
「話は歩きながらにして、そろそろ案内を頼むぞ」
「ちょっと待って……って笑ってない? ねえ団長?」
「ははははっ」
……どうやら、わかっていて私をからかっていたみたいだ。
久しぶりだからって、ちょっとはしゃぎ過ぎだよ。まったく。
それと、このメイド服のまま行くのは決定なの?
街中をこれで闊歩するの?
せ、せめて上からなにか羽織らせてくれないかな……?
一悶着あったものの、団長の外套を貸して貰うことで解決した。
サイズが合わなくてブカブカだけど、覆い隠せる分には問題ないね。
頭のホワイトブリムさえ外せば、これで見た目は旅人風だ。
ふう、一時はどうなるかと思ったよ。
街のみんなにメイド姿が知れ渡ったら、明日から表を歩けなくなるところだ。
そんな心配をさせた団長には、償いとしてたっぷりオゴって貰うけどね。
去年までメルの学費に充てるため私の食事は軽く済ませるだけだったし、そうでなくとも贅沢するつもりはなかった。
だからオゴリと聞いて私は、たぶん自分で思っているより浮かれている。
でも仕方ないよね。
そこには『たくさん食べられる』という理由の他に、もうひとつ重大な事実が関わっているのだから。
人が多いだけあって、この封印都市には他の大都市……それこそ王都にだって負けないくらい物が充実している。
そして古くから、この辺りは精霊のおかげで水が良質かつ豊富だった。
加えて、数多くの食材が山々から採取できるとなれば、料理という文化が発展するのも時間の問題だっただろう。
つまり……食べ物がどれも美味しいんだよね。
前世で各地を巡って食べた料理群を含めても、たぶんこの街が一番だよ。
パンひとつ取っても、味わいに違いが出ているからね。
必然的に住民の舌も肥えるから、屋台であっても半端な食べ物なんかじゃ売れないし、周囲のライバルたちは試行錯誤を繰り返している。
食材が珍しいうちの屋台なら心配いらないけど、他は市場で手に入るもので勝負しないといけないから大変だね。
おかげで多種多様な料理を楽しめる隠れた美食の街として、食通の間からは噂されているとかいないとか。
まあ私が勝手に言っているだけだけど。
ちなみに、この精霊祭は料理人たちにとって、密かに新たな料理を発表する場となっていることも私は知っている。
だからこそ年々、観光客が増えてお祭りの規模が膨らんでいるんだろう。
普通に精霊への感謝を捧げる祭りなんてやっても、興味も持たれないからね。
そんなわけだから、過去にこれまで屋台巡りなんて余裕がなかった私が、この好機に心躍らせるのも仕方ないのである。
「んぐっ、んむ……ごくりっ、よし次はあっちのスープにしようか!」
「本当に……その小さい体のどこに入るんだろうな」
苦笑しながらもお金を払ってくれる団長。ゴチです。
ふむふむ、この辺りでは珍しい海の魚介スープのようだ。
悪質な店だと悪くなった魚を使うから怖いけど、ここの店主の腕は把握しているからね。心配は無用だ。
……うん、やっぱり素晴らしい。期待通りの味わいに溜息が漏れちゃう。
「ってか、さっきから案内されてんの食いもんの屋台ばっかりだな」
「でも全部うめぇんだよな。これが」
「マジで知り尽くしてるんだな……」
「オレとしちゃ、あのウマそうに食ってる顔を見れただけで満足だぜ」
「それには同意する」
後ろのほうから文句めいた声が聞こえたけど、なんだかんだで食べたらなにも言えなくなっている。美味しいからね。
それに私も案内役を放棄したわけじゃない。
ここまで重いお肉を中心に攻めていたからスープで少し休んだあと、軽くフルーツ類をつまんで、またお肉や魚をメインに移行するつもりだ。ちゃんとバランスを考えてるからね。
幸い、傭兵団には食が細いなんてヤワな鍛え方をしている者はいないから、まだまだ余裕で入るはずだ。
この調子でガンガン行こう!
そうして次の屋台までの道順を考えていると、前から見知った顔が現れた。
「あ、見つけたわよシリス!」
「知り合いか?」
「そうだけど……どうかしたのかな?」
金色の髪をなびかせて走り寄って来たのはアルルだ。
とりあえずスープは手早く飲み干しておこうかな。
木製の器は洗って再利用されるから専用の回収箱へ捨てる。道端にポイ捨てしようものなら、手酷い罰金が科されるから注意しないとね。
きちんと団のみんなにも言い聞かせる。私との約束だよ。
「朝からずっと探してたのに、どこ行ってたのよ?」
「どこと言われても、お祭りなんだから色々と回ってたよ」
団長たちは気を利かせてくれたのか、少し下がっててくれる。
きっと私との関係を説明するのに、うっかりボロが出ると困るからだ。
私もみんなを無理に芝居に付き合わせようとは思ってないので、ここは私だけで切り抜けないと。
「シリスがお祭りを? まあいいわ、それよりも……」
いつもとは違う私の行動に、ちょっとだけ訝しむアルルだったけど、すぐに気を取り直して一枚の紙切れを突きつける。
なんだこれ?
軽く見ただけでわかったのは、歌を唄う大会が開かれることだけだ。
「これに一緒に出るわよ」
「やだよ?」
「え、なんで?」
予想外だとでも言いたげな顔で驚かれた。
そりゃあ、いきなり出場しろと言われて引き受ける人はいないよ。
「だって、出る理由がないからね」
「それなら私との勝負ってことでいいじゃない」
「どうしてアルルと歌で勝負することになるのさ?」
「ディーネとの勝負は受けたでしょ」
「うっ、あの時はお金に目が眩んでいたから……」
あれについては本当に反省しているから、あまり傷を抉らないで欲しい。
「とにかく一緒に出なさいよ。勝てば賞金だってあるし、負けたからって失うものはないんだから」
うーん、私だって強い剣士がいたら手合わせを願いたい時だってある。だからその理由はともかく、ここまで言うのなら勝負として受けてもいい。
それにアルルとはリザードマンの一件以降、とても友好的な関係を築けていた。
同い年だし、以前から仲良くしたいとは考えていたんだ。なにかがすれ違っていたのか、なかなか上手くいかなかったけどね。
それが現在、こうして参加を誘ってくれるのも、きっと仲良くなれた証なのだと思う。だから、やっぱり受けたい気持ちはある。
……でも、歌なんだよね。
「ちょっとよく見せて」
ひとまず気になっていた紙切れを確認してみる。
そこには『精霊歌唱会』という、今年から始まるらしいイベントについて書かれていた。
こんなのやるなんて知らなかったな。
賞金を得られるのは優勝者のみで、金貨10枚とそこそこ大きな額だ。これなら初めての開催でも賞金目当ての参加者が集まるし、観客も増えるだろう。
そうなると……。
「ごめん、やっぱり無理かも」
「どうしてよ?」
「これって大勢の前で歌うんでしょ?」
「まあ、もちろんそうなるわね」
「そんなの恥ずかしいよ」
「……今さらなにを言ってるのよ。どうせ武術会にも出るんでしょ? 似たようなものじゃない」
まったく違うと思うんだけど、残念ながらアルルの理解は得られそうにない。
「それに人前で歌なんて、やったこともないし……」
「ん? いや歌っていなかったか?」
と、ここで急に団長が口を挟んで来た。
「どうしたの団長?」
「シリスが歌っているのを聴いたんだが……」
「オレたちも、ってか自分で歌ってて気付いてなかったのか?」
「……え?」
いったいなにを、と言いかけて思い出す。
そうだった……前にメルとプロンに指摘されて知ったんだけど、どうやら私は無意識に歌ってしまう癖があったらしい。
自覚したのがつい最近で、ベティにも知られてからは意識して歌えるようになった影響なのか、逆に無意識に歌わなくなったので、すっかり忘れていた。
でも傭兵団に所属していた頃だと、もしかして歌いまくってた……?
みんなの反応を見る限り、耳にしなかった者はいないみたいだ。
うぅ……過去の恥ずかしい記憶を掘り返された気分だよ。
「あの歌なら、その大会でも優勝できるんじゃないか?」
「で、でも団長、あれは別に聴かせるための歌じゃないというか……」
そもそも、どこで覚えたのかすら記憶にないものだからね。
じゃあなんで知っているのか聞かれたら困るけど、ひょっとしたら前世の記憶の中で自然に忘れてしまったものかも知れない。
「歌えるなら、なんでもいいじゃない。そちらの話だと、そんなに下手ってわけでもないみたいだしね」
「ああ、あの歌は戦場で荒んだ心に染みるんで、他の部隊にも人気があったな」
ちょっと待って。
私の歌って、まさか他の傭兵たちも聴いてたの?
というか味方陣営の正規兵とか、下手したら捕虜とかも……。
それはさすがに恥ずかしいを通り越して、もう、なんか頭が痛くなってきた。
「……ところで、あなたたちは冒険者なの? シリスの知り合いみたいだけど」
「あ、ああ俺たちはだな」
「さっき戦場とか部隊って言ってたけど、なんだか冒険者っていうより――」
「わぁ! わかったよアルル! 私も出るよ!」
「ホント? それでこそシリスね!」
あ、あぶなかった。
もうちょっとで傭兵だって勘付かれるところだったよ。
アルルに知られたら、どこからメルたちに伝わって、マムに届くかわからないからね。念のために傭兵団である事実は伏せておきたい。
でも団長たちも気を抜き過ぎだよ。まったく。
ちょっと恨みがましい目で見ていたら、団長がこっそり両手を合わせて頭を下げたので……まあしょうがないな。
今回は許すことにするよと、軽く手を振って返した。
「じゃあ行くわよシリス」
「行くって……そういえば何時から始まるの?」
「もう始まってるのよ! だから急いで!」
「ええっ!?」
飛び入り参加もできるからとアルルは言うけど、いくらなんでも急過ぎる。
みんなの案内はどうしようと焦っていたら、団長たちは一緒に付いて来るつもりだった。
……ひょっとして、みんなの前で歌うの?
明日も投稿します。きっと。




