冒険者のシリス
孤児院から私の足で、二十分ほど歩いた先にギルドはある。
表通りを行けばもっとかかるけど、裏道を知りつくした私ならではの最短コースを通れば楽な道程である。
あっという間に石造りの立派な建物へと到着した。
訪れた者を萎縮させる険呑な雰囲気を放つ、この場所こそが冒険者ギルドだ。
最初から気圧されることもなかった私は、いつものように両開きの扉をくぐると軽い足取りでカウンター横の掲示板へと近寄った。
貼られているのは街中の住民から寄せられた依頼だ。
ここから依頼内容と報酬を吟味して、受けてもいい依頼があれば剥がし、受付カウンターのギルド職員に受注する旨を伝えるのだ。無事に達成すればギルドを通して依頼主から報酬を受け取り、また次の依頼へと向かう。
そうして日々の生活費を稼ぐ者を、開拓時代からの名残で冒険者と呼んでいる。
マムは傭兵こそ許可しなかったものの、冒険者として活動することまでは禁止しなかった。それというのも冒険者にはランクが付けられており、危険な依頼は高ランクでなければ受注できない仕組みがあるからだ。
実際、冒険者ギルドでは老人から子供まで幅広い年齢層が活動しているし、例えば薬の原料となる葉っぱや木の実の採取依頼などは初心者向けとされている。
ちょうど隣にいた頭髪の薄いおじさんが難度の低い採取系の依頼を剥ぎ取ってカウンターへと向かった。きっと荒事は不得意なのだろう。
今度は反対側にいた少年三人組が同じように依頼の紙を……おや?
「ちょっと待って」
「えっ?」
「な、なんだよ!」
「どうしました?」
つい引き止めてしまうと、三者三様の反応を見せる少年たち。
中でも利口そうな子は冷静に対応しようとしたのだが。
「この依頼はオレらが先に取ったんだぞ!」
「いや、そうじゃなくてね」
「依頼は早い者勝ちのはずだろ! ねーちゃんは他の依頼にしろよ!」
横取りされると勘違いしたのか食ってかかる強気な少年。
ううーむ、この感じはやっぱり……。
「落ち着いてください、ジン」
「でもよケイン、依頼は早いもん勝ちのはずだろ! そうだよなキール?」
「ぼ、ボクはその……」
勝気なのがジンで、利口そうなのがケインというらしい。
あとひとりキールはオドオドと戸惑っているので、そっとしておこう。
うちの孤児院の子たちと同じくらいだけど、ギルドに設けられた年齢制限の関係から恐らく十歳ちょっとか。
とりあえずケインに事情を聞くのが早そうだ。
「えー、ケイン君でいいのかな?」
「はい……えっと、あなたは?」
「私はシリス、見ての通り冒険者なんだけど……君たちは初級者だよね」
「そうですけど」
悪びれる様子もなく答えるケインに、これは知らされてないのかと職員の怠慢を疑ったけど、念のために確認しておこう。
「その依頼は『魔獣』の討伐……つまり冒険者のランクが中級以上じゃないと受注できないよって言いたかったんだけど、余計なお世話だったかな?」
「えっ、本当ですか!?」
「ギルドに登録した時、職員の人から説明されなかった?」
基本中の基本なので本来なら尋ねる必要すらないのだが、子供たちだけで中級は難しいし、ナイフを腰に差すだけでロクな装備がなく、どう見ても落ち着きのない様子は初級者そのものだったので声をかけたのだ。
どうやら当たりだったらしく、三人はうっと気まずそうに顔を合わせた。
なにか事情がありそうだと追及してみたところ。
「実は……まだ登録してないんです」
「まだって、じゃあ冒険者ですらないってこと?」
「はい……」
より詳しく聞いてみればギルドに初めて訪れたのに加え、これから冒険者として活動するのだと気が逸ってしまい、つい掲示板に直行したのだという。
初心者にはありがちなテンションだけど、ここまでだと感心してしまうな。
いきなり討伐系の依頼に手を出すのも、ある意味では度胸がある。
だが、冒険者に必要なのは度胸より用心深さだ。
「とりあえず、先に受付で登録を済ませて来なさい。それから職員の人にちゃんと指導を受けて、できれば先輩の冒険者からアドバイスして貰うこと。採取系の依頼くらいならヒマそうにしてる人が教えてくれるから」
ギルドに隣接している酒場を指差す。
外からでは別の建物に見えるけど中では繋がっており、壁で仕切られてはいるものの未成年でも自由に行き来できるのだ。
というのも、ここでは簡単な食事も取れるため待ち合わせ場所として利用されたり、依頼達成後の打ち上げに使われることが多いのである。
つまり結構な売上が見込めるのだ。
そして休息日の冒険者が昼間から酒を飲んでいたりするので、時には先輩から貴重なアドバイスを受けられる場でもあった。
その際はこちらの払いで一緒に飲めば、一気に仲良くなれるのでオススメだと前世で耳にしたのを思い出す。ただ実践する機会はなかったかな。
この体になってからも、私には縁がないね。
……少年にオススメする方法でもないな、これ。
「まあ今の時間帯なら、まだ酔いも回ってないだろうし大丈夫でしょう」
「は、はい! ありがとうございます!」
うん、いい返事だ。
できれば付いて行って教えてあげたいけど、こちらにも優先順位がある。
もし彼らがうちの孤児院の子たちだったら話は違ったけどね。
代わりにしばらく様子を見ていると、ちゃんと言われた通りに登録を済ませ、自分たちのランクに見合った採取系の依頼を手にした。
すると、どうやら会話を聞いていたらしい冒険者のおっちゃんが、少年たちに声をかけて親切にも採取のコツを伝授し始める。
やがて三人はおっちゃんと私にお礼を言ってから、意気揚々と出かけて行ったのを見届けて、ようやく一息ついた。
これなら大丈夫そうだね。
私はおっちゃんに感謝の意を込めて笑顔を共に拳を向けると、照れ臭そうに軽く手を振っていた。ふと受付を見ればギルド職員のお姉さんに一礼される。たぶん初級者の案内をしてやったからだろう。私も軽く手を振って返した。
なんだか今日のギルドはあったかいな。
普段は依頼の取りあいなんかで殺伐としていることも多いけど、たまにこのような助け合いが発生してほっこりするのである。
そして私は、そんなギルドが割と気に入っていた。
気分も良くなったところで、そろそろ私も依頼を受けようかな。
「おー、こっちのギルドもなかなか良さそうじゃねえか!」
「わざわざ来た甲斐があるってもんだなぁ!」
どやどやと入って来たのはヒゲを生やした男の二人組だった。
中年になりかけといった感じで、その獰猛な表情からは自信が窺える。
あまり見かけない顔だけど、このギルドは他所の街から冒険者が訪れることも多いので珍しい話ではない。
……まさか、あれで初級者ってことはないでしょ。
つい先ほど特殊な事例に遭遇したせいで神経質になっているようだと、視線を逸らして自分のことに集中する。
残っている依頼から受注できる範囲で、なおかつ報酬がいいのは……。
「って、これかぁ」
奇遇にもケインたちが受注しようとしていた討伐系の依頼だった。
結果として依頼を横取りしたみたいな形で後味が悪いけど、他に良さそうなのもないしガマンしよう。
内容はブレードベアの角を納品すること。
かなり凶暴な魔獣だけどなんとかなるだろう。
これが毛皮の納品であれば傷付けずに狩るのが難しくて悩むところだったが、角であれば非常に硬く、そうそう折れたり欠けたりしないので遠慮はいらない。
上手く狩れたら毛皮も売れて追加報酬をゲットできるので、そういう意味では今の私にちょうどいい依頼だ。
早速、受付に持って行こう……としたら目の前にヒゲ男たちが立ち塞がった。
「よお、お嬢ちゃんひとりかい?」
「その依頼はちょっと厳しいんじゃねえか?」
これが正真正銘、依頼の横取りである。
「ちゃんとランクに合った依頼なのでお構いなく」
「ほお……だが仲間がいないってこたぁ、中級の星ひとつってとこだろ」
「オレたちゃ星三つだ。悪いことは言わねえから、そいつを寄越しな」
悔しいが男たちの見立ては正しく、私は中級者でも最低ランクの星ひとつだ。
討伐系の依頼を受けるには中級者以上であるのが条件なので、その中で星によるランク付けは関係ないのだが、依頼書には適性値として星による大まかな難度をギルド側が設定している。
この依頼も本来なら星二つの冒険者が二人以上のパーティが望ましい。
あくまで通常の話だが。
「そう言ってるけど、そっちも大丈夫なの?」
「はあ? 疑うってんならギルドカードを見せてもいいけどよ……」
「じゃなくて、この街に来たばかりで大丈夫なのって聞いてるんだよ」
煽りでもなんでもなく、本気で心配しているつもりだったのだが。
なぜか二人してガハハハッと大笑いされた。
「ガキに心配されるほど落ちぶれてねぇよ!」
「わかったら、さっさと……」
「じゃあ討伐対象のブレードベアがどんな魔獣か知ってる?」
面倒になってきたけど、例えヨソ者が本人のミスで野垂れ死のうと、死人が出ればギルドの評判が悪くなるのだ。
私もギルドのみんなにはお世話になっているので、粘り強く説得する。
だがヒゲの二人も、私がしつこいので苛立ち始めているようだ。
「ただのデカい熊だろ? それがどうしたってんだ」
「その認識だと、やっぱりこれは渡せない。どこでどんな魔獣を狩ってランクを上げたかは関係なく、まず情報を仕入れて土地勘を養うところから始めないと」
「うるせえっ! いいから寄越しやがれってんだよ!」
とうとう痺れを切らした男が太い腕を伸ばして強行手段に出た。
予想はしていたので軽い足取りで後方に避けると、私が素早いと理解したのか今度は二人掛かりで囲むように迫る。
こうなるとギルド側としても黙ってはいない。
受注前の依頼を横取りするのはマナー違反だが、まだ荒くれ者たちなりの交渉のひとつとして黙認されている。元よりそれくらい自力で跳ねのけられなければ実力不足として判断される程度のものだ。
だが暴力沙汰となれば明らかな犯罪行為とみなされ、その場で捕縛される。
なので、こんな分からず屋は自分で制圧しても良かったんだけど、その前に動く者たちがいた。
「おうおう! テメェらッ! その子になにしてやがんだァ!?」
ギルドを震わせるほどの怒声を浴びて、ヒゲ二人組は動きを止める。
恐る恐る振り返れば、先ほどから様子を窺っていた屈強な冒険者たちに取り囲まれているのに、ようやく気付いた。
彼らは上級の星四つの冒険者を中心とした、当ギルドでも一、二を争う高ランクパーティである。
どう足掻いても、中級の星三つが敵う相手ではない。
「……手を引くなら、これが最後のチャンスだ」
オーガと見紛うばかりの筋骨隆々とした大男が鋭い眼光を放つ。
「ひっ、な、なんだよ……」
「お、おい、もう行くぞ!」
わざと開けておいた隙間から慌てて逃げ出して行くヒゲたち。
うーん、手間をかけさせちゃったな。
私はリーダーである大男……ジークリフトに礼を述べる。
「ありがとうジーク」
「……フン、礼儀知らずにマナーってのを教えてやっただけだ。だいたい手出しなんぞしなくとも問題なかっただろう」
「だとしても助かったのは事実だからね」
「……フン」
それだけ言うと、仲間と共になにか軽口を叩きあいながら酒場に戻った。
今日は休息日なのだろう。グラスに入った飲みかけの水……なわけがないか、透明度の高い澄んだ酒をグビリと飲み始めた。
なかなか渋い男だ。
前世の私には仲間こそいたけど友人がいなかったので、ああいう仲間に慕われるような男に憧れる部分があったりする。
それから私は他の冒険者たちとも挨拶を交わしつつ、今度こそカウンターで依頼を受注すると、ようやくギルドから出て仕事を開始するのだった。
なんだか朝から色々と起きる日だな。
何事もなく終わればいいけど。