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シリスと傭兵団と追う者たち

昨日には投稿する予定が少し遅くなりました。

 私にとってアルデバラン傭兵団は、もうひとつの家族みたいな存在だ。

 初めこそ、ちょうど近くの村に滞在していた傭兵団のウワサを聞きつけて、稼げればいいかと加入させて貰った程度の関係だったけど……。

 いつの頃からか、私はそこに居心地の良さを感じていた。

 かつてグレヴァフとして傭兵をやっていたのも関係していると思うけどね。

 だから団のみんなのことは、孤児院の子供たちと同じくらい大切だ。


 特にシュバルトス団長は、私が尊敬する人のひとりでもある。

 これは前世での経験談だけど、大勢の傭兵をまとめあげるのは大変だ。

 今だって、たった二人のパーティを率いるのに苦労しているくらいだからね。これは私が不甲斐ないだけで、プロンとベティが問題児ってわけじゃないけど。

 もし仮に団長をやってくれと頼まれても、私は丁重に断るよ。

 数十人の命なんて、私には背負えそうにない。


 そう改めて考えても、団長は凄いと思う。

 これだけ癖のあるメンバーを率いて、各地の戦場で活躍しているのだから。

 実のところ私は、そんな団長のことを……兄のように感じていた。

 グレヴァフの精神からしたら年齢的にもそれはどうなんだって、ちょっと思うところがないわけじゃないけど……シリスとしては至って自然な感情でしょう。

 別に他意はないし、純粋に敬意を抱いてるってだけだからね。

 それに孤児院には姉や妹、弟はいても、兄と呼べる者はいなかった。

 だからまあ……ちょっとした憧れも混ざっているのかな?

 頼れる年上の男がいなかったからね。

 実際、私は団長から弟分のように扱われているし……いや、妹分?


「なあシリウス、そろそろ説明してくれないか?」

「あ、ごめん」


 とにかく屋台から離れようと夢中になってしまった。

 だいぶ遠ざかったので団長の腕から手を離すと、みんなが付いて来ているのを確認してから事情を説明する。


「つまりシリスが本名で、偽名を使って傭兵やってたことを隠したいんだな?」

「もしバレたらと思うとマムが……孤児院の院長が怖くて」

「シリウスが怖がるって、どんな人なんだ?」


 鬼教官のような人です。

 なんて言ったら、どこから伝わるかわからないので濁しておこう。


「とにかく口裏を合わせてくれないかな?」

「もちろんシリウス……いや、シリスの頼みだからな。構わないさ」

「オレたちも手伝うぜ、シリス!」

「ありがとう、みんな」


 ふう、ひとまずこれで安心だ。

 ちゃんとした傭兵はふざけているように見えて、口が堅いからね。

 敵方に情報が伝わったら自分だけじゃなく、仲間の命まで危険に晒してしまう。

 そんなお喋りは、傭兵になっても長生きできない。


「で、シリスはこれからどうするんだ? さっきの屋台に戻るのか?」

「あぁ……どうしようかな」


 つい焦って、みんなを放って来てしまった。

 屋台は交代の子たちが急いでくれるから大丈夫だとして、メルたちはあれからどうしたのかな?

 ちょっと心配だけど、別に仲が悪いってわけじゃないからね。うん。


「なあシリス、もしヒマがあるなら案内を頼めるか?」

「案内?」

「俺たちは昨日ここへ到着したばかりでな。まるで土地勘がないんだ。加えて祭りのせいで、どこも混雑しているだろう?」


 団長の言う通り、裏路地はともかく表通りは酷い有り様だ。

 とにかく人、人、人で溢れているから、ゆっくり見て回るなんて難しい。初めて訪れた観光客なら、怪しい露店商にぼったくられるだろうね。

 その点、私はこの街を知り尽くしている。

 どこの路地を通れば近道なのか、どこの地区が穴場なのか、どこの店が良心的なのかを瞬時に判断して、的確にみんなを案内できるはずだ。

 自分で言うのもなんだけど、案内人としては最適だね。

 私としても、せっかくみんなと再会できたから、もう少し話をしたくもある。

 次の交代は夕暮れだから、それまで特に用事もないし……。


「うん、わかった。じゃあ今日は私が案内するよ」

「そうしてくれると助かる。よろしく頼んだぞ」

「任せて」


 そんなやり取りを団長としていると、後ろのみんなが沸き立った。


「おい、今の聞いたか!?」

「よっしゃぁ! みんな喜べ! 我らが姫様が直々に案内してくれるぞ!」

「うおぉぉ! やったぜ!」

「シリスちゃーん! 食べたいもんあったら奢るぜー!」


 おや、今のはしっかり聞いちゃったよ?

 振り返った私は、にんまりと笑みを作ってみせる。


「うん? いいの? 遠慮しないよ?」

「しまった! シリスちゃんの食欲を忘れてた!」

「本気になったら五人前は食うからな、うちのお嬢様は」

「あれでも抑えてたって話だぜ?」

「マジか」

「ってことはよ、本気は十人前ってことか?」

「おいおい、あいつのサイフ死んだわ」


 いくらなんでも失礼だな。

 さすがに本気を出しても七人前くらいだよ。


「し、シリスちゃん……せめて半分は残して……」

「冗談だよ。手加減はするから」

「いや、それなら今日のシリスの分は俺が持つことにしよう」

「え、いいの団長?」

「ああ、案内料だと思って遠慮しなくてもいいぞ」

「やった! さすが団長!」


 どうやら今日は胃袋を完全解放しても良さそうだ。わーい。

 ちょっとやそっとじゃ団長のサイフは死なないからね。

 他の団員だったら、それでも控えめにするところだけど、団長はみんなよりも取り分が多くて稼ぎがいいのだ。よーし!


「そうと決まったら、のんびりしていられないね! 行こうみんな!」

「おおおぉぉーーー!」






 とても嬉しそうな笑顔のシリスが、大男の腕を取って駆け出す。

 そんな場面を、こっそり目にする者たちがいた。


「あの方たちとシリスさん、どういった関係なのでしょうか」

「シリス様、なんだか楽しそうですね!」


 プロンとベティは薄々と、彼らが傭兵団であると正体を察していた。

 しかし、それを秘密にするようシリスから頼まれていたため、この場では知らないように振舞う。

 特に害はないと認識しており、むしろ敬愛する少女が楽しげに話している様子を暖かい目で見守っているのだ。


「これはいったい、どういうことですの……?」

「シリス……?」


 信じられないといった様子で唖然としているのはディーネとメルだ。

 二人はシリスが傭兵団に所属していたことを知らないばかりか、シリスが男性と親しげに会話している光景すら見たことがなかった。

 それが今、目の前で繰り広げられている。

 自分たちを差し置いて。


「おい、あれってシリスちゃんじゃないか?」

「一緒にいるのは……誰だ? この街の奴らじゃないな」


 偶然、通りがかった冒険者たちもまた、シリスの姿を目撃する。

 他人が見れば親しい者と、祭りを楽しんでいるかのようだ。


「それにしてもシリスちゃん嬉しそうってか、ひょっとしてよ……」

「おぉ、ああいうの好みだったとはなぁ」

「若手の連中がこれ知ったら引退するんじゃねえか?」

「たしかにな!」


 けらけらと笑い合いながら冗談混じりに何気なく呟かれた誤解は、しかし彼女らの耳に届いてしまい、絶大な効果を発揮する。

 一気に顔色を悪くした二人は、互いに顔を見合わせた。


「ウソ……ですわよね?」

「でもシリスがあんなに嬉しそうなの、あまり見ないかな……」


 これから胃袋の限界まで食べられると、浮かれているだけである。

 だが、それを教える者はいない。


 そもそもシリス本人は弟、あるいは妹気分でいる。

 一方で傭兵団の面々もまた、シリスを妹のように感じていた。

 もちろん実力を認めたからこそ入団させたが、普段の扱いとしては彼らが常々口にしているように傭兵団の紅一点……お姫様である。

 今回この街を訪れたのも、シリスの様子を見たかったというのが大きな理由であることからも、シリスと彼らの絆の深さが窺い知れるだろう。

 そこに不純な動機も、意図もない。

 あるのは互いを信頼し、尊重し合い、慈しむ心。

 だからこそシリスは彼らを、もうひとつの家族と受け止めているのだ。


 だが、やはり……それを教える者はいなかったのだ。


「それで、どうするのですか?」


 成り行きを見守っていたプロンが問いかける。

 すなわち、このままシリス一行を追うのか、ここで引き返すのか。

 ベティはどちらでも構わないと、他の二人に選択を委ねたが、答えは決まっていると言わんばかりに二人は口を開く。


「……あの大男が悪人である可能性もありますわよね?」

「シリスが騙されてたら、目を覚まさせるのは友人の勤め」

「そうですか」


 プロンは予想していた通りの答えに興味を示さず、次に自身へ意識を向ける。

 傭兵団とシリスの再会に水を差す行為は避けたかった。だが、今のメルとディーネを放置するのはよくないだろう。

 ちらりと視線を向ける。


「しばらくは休戦、ということですわね」

「そうだね。意見が合っている間だけど、協力しよう」


 握手すら交わす二人の行動は、どう転ぶのか予想できない。

 となれば、自分もまた同行するよりないとプロンは方針を定める。


「ベティさん、あなたも同行してくれますか?」

「もちろんですよ! ベティもシリス様の今後が気になります!」

「真面目に。そしてシリスさんの邪魔はしないよう――」

「わかっています、大丈夫です。ちゃんと真面目ですから」


 不意にベティの口調から幼さが失われると、顔付きもどことなく大人びていた。

 見た目通り子供っぽいベティと、毅然とした佇まいのベティ。

 これは、どちらが本性というわけでもないのだが、一般的には猫を被っている等と良い印象を持たれないことは理解しているため、シリスの前だけではなくプロン以外の目がある場所では、ベティはこちらの顔はあまり見せていなかった。


 プロンは、普段からこっちのほうが話しやすいと思いつつ、言葉に出さない。

 同じシリスを敬愛する同士として、彼女の事情も理解しているからだ。

 ただ、それでも無邪気に振る舞うベティでは、本当にわかっているのか判断に迷ってしまうのである。


「今はとにかく、シリスさんの後を追うのが優先ですね」

「そうですわ! 見逃してはなりませんわよ!」

「集団で動いているけど、油断は禁物だね」

「ベティもガンバって追いかけます!」


 こうして屈強な男たちに囲まれて楽しそうな美少女(シリス)と、それを尾行する少女四人と……さらに後方から誰にも気付かれずに追跡する赤髪の男という、傍から見れば異様に映るであろう図式が完成されたのだった。

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