大湿地帯のシリス2
「よしっと……これで十五体目だったかな?」
「はい。ちょうど魔石の数も十五個あるので間違いありません」
大岩の陰にある小島で狩り続けて数時間。
巣から遠いせいか、わざと血を流して誘き寄せているのに散発的に現れるだけで効率は良くなかったけど、無理なく楽に戦い続けられた。
私は元より、プロンもリザードマン相手は慣れてきた様子だし、順調だね。
ただ、そろそろ拠点へ戻らないと魔石が結構な量になりつつある。
袋に詰め込んではいるけど拳大サイズの魔石はかさ張るし、大人の男だったら大した量ではなくとも、私の体格では運ぶのに一苦労するのだ。
そんな物を小さなベティに背負わせるわけにはいかないし、プロンは鎧に袋が引っ掛かってしまうので、やはり運搬は私が受け持つしかないだろう。
プロンは自分が持ちますと反対していたけど、代わりに帰りの道中でリザードマンに襲われた際の対処という、大事な仕事を任せると納得してくれた。
そちらは私より槍を持つプロンの方が適しているし、適材適所というやつだ。
「それにしても魔石だけ残して、体は消えちゃうなんて不思議ですね」
「しばらくすると、その魔石も消えちゃうんだけどね」
「え、そうなんですか!?」
「うん。気付いたら塵になっちゃうんだ」
「ふえぇ……」
ベティは魔石を手にまじまじと見つめながら、なんとも言えない声で呟く。
この謎に関しては、たしか未だに解明されていなかったと思う。
いわゆる魔物七不思議とされるひとつで、そもそもなぜ魔石を失った体は消えるのに、魔石自体はしばらく消えないのか。
一説では魔力が強く残留しており、だから魔力が抜け切るまでは存在を保つのではないかと考えられている。
逆に魔石を失った肉体は一気に抜けて、即座に崩れてしまうのだろう。
どうせならずっと残ってくれたら素材として使い道があるのに、なんともイヤらしい性質だ。
一応、新鮮な魔石は研究材料として扱われているそうだけど、詳しくは魔法使いにでも聞いてみなければわからないね。
「で、では急いでギルドに提出しましょう!」
「消えるといっても、一週間は先だから大丈夫だよ」
慌てるベティをなだめつつ、どちらにしても日が暮れる頃合だから少しだけ急ぐとしよう。
リザードマンは夜目が利くらしく、夜の湿地帯は奴らが圧倒的に有利な領域となってしまい、ギルドも夜間活動は禁止するほどだ。
続きは明日の朝からとしよう。
討伐はまだ始まったばかりだからね。
ベースキャンプに戻ると、なにやら人が増えている気がした。
少し離れた場所に複数のテントが建てられ、大勢の人だかりができているくらいだ。ざっと数えて三十人ほどで……もはや確実に気のせいではなかった。
追加の冒険者がやって来たのかとも考えたけど、どうもそんな様子じゃない。
なんというか……あれ、宴会やってない?
「おかえりシリス」
「うん、ただいまー」
ひとまず自分たちのテントまで戻ると、メルはテント前で支給された組み立てイスに座って本を読んでいた……なぜか水着姿で。
「えっと、メルも着替えたんだ」
「暑かったから……変かな?」
本を置いて立ち上がったメルは、上下が繋がった紺色のオーソドックスなタイプの水着を着ている。
基本的に子供用の水着とされるけど、メルが着ると雪のように真っ白な肌と髪がより映え、儚げな印象と相まって美しさすら感じられるね。
夏、万歳。
「とっても似合ってて可愛いよ」
「ふふっ、シリスに褒められちゃった」
正直な感想を口にしただけだったけど、喜んでくれたようでなによりだ。
「だけど、その格好で出歩かないようにね。ここには男の冒険者も多いから」
万が一、メルの水着姿に欲情する輩が出ては大変だからね。
そんな冒険者はいないと信じたいけど、前世は男、今生は女となった私ですらグッとくる可愛さだから、現役の男共からしたら魔獣の群れに生肉を放り込むようなものだろう。
ここは私が、しっかりと注意しておかないと!
「それならシリスも同じでしょ?」
「え、どうして?」
「……プロンさん、ベティさん。シリスをお願いね」
「心得ています」
「お任せください!」
「……えっ? なに? なんで?」
「シリスにはヒミツ」
なぜか仲間外れにされてしまった。
メルがプロンやベティと仲良くできていることの方が嬉しくて、あまり嫌じゃなかったけどね。
ただちょっと、メルも私に隠し事をするようになったのかと、妙な感慨に耽ってしまう。これが親心というものか。
「ところでメル、あっちの人だかりってなにか知ってる?」
「あの人たちは観客って言ってたよ」
「観客?」
あまりの騒がしさに何事かと気になったメルは、すでにギルドの職員に事情を聞きに行ったらしい。
するとあれはギルドとは無関係に訪れた者たちで、賭けの結果を誤魔化されないよう自分たちの目で確かめに来たのだと話しているという。
ついでに酒や食べ物まで持ち込んだようで、あの宴会というわけだ。
討伐には一切関わらないから観客なのか。
肝心の賭けの内容がわからなかったみたいだけどノンキなものである。
「まあ、あまり気にしなくてもいいのかな」
「その通りですわよシリス!」
「お、この声は……」
振り返れば、やはりディーネたちも戻ってきたところだった。
「私たちは、私たちの仕事に集中するだけですわ」
その手には袋に満載されたリザードマンの魔石が下げられている。膨らみ具合から推測して二十個はあるか。
どうやら、初日の成果は負けているようだ。
向こうも私が手にする袋から、それを悟ったらしい。
「フフフッ……まずは一歩リードですわね!」
「まだまだ、明日からが本番だよ」
「その言葉を聞いて安心しましたわ。この程度で諦められては張り合いがありませんもの。討伐期間は定められていませんけど、今回の規模からすると残り二日といったところ……最後まで気を抜いてはいけませんわよ!」
言うだけ言って優雅に去っていくディーネ。激励かな?
「あれ、ディーネなりに発破かけてるだけだから」
「わかってるよ」
「ならいいわ」
続けてアルルと――。
「シリスよ。ディーネは今回の勝負、願い事を抜きにしても楽しみにしていた。できれば期待に応えてやってくれ」
「手加減はできないけどね」
「うむ、それでよい」
ヴェガの二人はそう言い残して、ディーネの後を追って行った。
ディーネはずいぶんとパーティに慕われているな。
だいたい楽しみにしていたなんて、お互い様だろう。
私だって、久しぶりのディーネとの勝負に胸の辺りがうずうずしているのだ。
頼まれたって手加減なんてしてやるものか。
「あそこまで宣言するのでしたら遠慮はいりませんね、シリスさん」
「どこまでお役に立てるかわかりませんけど、ベティも頑張ります!」
「私は待ってるだけだけど、応援してるよシリス」
こっちもこっちで、やる気は十分だ。
明日からは場所を移して、一気に数を伸ばしてやる。
そのためにも休息はしっかり取らなければならない。
「よーし、それじゃあご飯にしようか!」
「おおー!」
完全に日が暮れる前に、まずは美味しい食事の支度だ。
こうしてリザードマン討伐の一日目は終了したのだった。
「あのシリスの様子ですと、間違いなく明日からは本気を出しますわね。のんびりしていたら、あっという間に追い抜かれてしまいますわ」
夕食のあと、私たちはテント内で作戦会議をしていた。
パーティ用に購入した自前のテントは、ギルドの支給品よりも大きいサイズなのに非常に軽くて丈夫っていう、魔獣の革を利用した特殊加工の特注品だ。
三人で使えばスペースにも余裕があって、快適に過ごせるのが気に入っている。
「じゃあ私たちも、明日はもっと奥地に行ってみるのはどう?」
私がそう提案するとディーネは少しだけ悩む素振りを見せたけど、すぐに決意を固めたみたいだ。
「ええ、アルルの言う通りですわ。多少リスクは高くなりますけど、今以上に効率がいい狩り場を探すには奥地へ向かうしかありませんわね」
「うむ。今日一日リザードマンを狩った感じからすると、やはり水場と数に注意すればさほど脅威ではない。問題はないだろう」
ヴェガも相槌を打って賛成してくれた。
もちろん提案した私は勝算があってこそなので異論はない。
リザードマン最大の脅威は、沼地や湖といった水場に引きずり込まれたり、水中からの奇襲って調べてあるんだから。
数に任せて押し寄せたり、囲まれるのも危険だから、迂闊に巣へ近寄らないよう注意も必要だけど、どこに巣があるのかも判明していないんだから気にしたってしょうがないでしょ。
それにシリスたちより、一個でも多くの魔石を集めないといけないんだもの。
シリスという少女を知ったのは、冒険者登録をして少し経った頃かな。
私もあいつも十歳で、まだ駆け出しの初級冒険者だ。
でも私の目的は依頼で稼ぐとか、ランクを上げるとかじゃなく、他の強い冒険者に気に入られて、報酬の分け前を楽して貰おうと狙っていただけだった。
……当時は知らなかったけど、寄生行為って嫌われるんだよね。
でも孤児院での生活にみんな苦労していたし、以前から人気のある華やかな女性冒険者という存在に憧れていたのもあったと思う。
なにより私は自分が可愛いと自覚していたから、そうすれば弱い私でも簡単にお金を稼げるし苦労しなくて済む……なんて。
今の私がその場にいたら確実に頭を叩く、ふざけた考えをしていた。
本当に浅はかな子供だったわ。
たしかに何人かは優しくしてくれたし、ご飯をごちそうしてくれたりもした。
だけど本当に人気のある冒険者というのは、確かな実力に裏打ちされて始めてなれるのだと、シリスに思い知らされたわ。
初めこそ可愛く着飾って愛想を振りまいた私が注目されていたけど、あいつが依頼を達成するたびに話題になって、気付いたら私は相手にされなくなった。
正直に言って、めちゃくちゃ悔しかった。
妬んだり、恨んだりしたこともあったけど、剣の腕は歴然としていたし、なにより周囲の目があるから表立って文句を言うこともできやしない。
だったら私も強くなってやる。
そう決心してからは毎日毎日、自分にできる依頼はどんどん受けて行った。
剣技で勝れなくても、私だって他の冒険者と同行しているうちに薬草の採り方も覚えたし、他にも張り合える部分はあるんだって思ったから。
結局はボロ負けだったけどね。
なにあれ。希少な薬草の群生地を教えちゃうとか、ソロでの魔獣狩りにおける最年少記録で将来有望、期待の冒険者って勝てるわけない。
もう張り合うのもバカらしくなるくらい、シリスは輝いてた。
いつの間にか私も、次はどんな偉業を成すのか楽しみになっているくらいに。
そんなある日だ。ディーネに勧誘されたのは。
以前からシリスに付き纏ってたのは知っていたし、ディーネ自身もかなりの実力者であることは噂になっていた。
だから、私みたいな冒険者の端くれをパーティに誘うのは不思議だった。
そう聞いてみたら。
『あなたもシリスに対抗心を燃やしているのでしょう? わかりますわ、その気持ち。でしたらもう私たちは仲間も同然ではなくて?』
燃え尽きた気がしていたけど、違ったみたい。
『私たちでシリスを見返し、そして向こうからパーティに入れて欲しいと頼み込むくらいの冒険者になりますわよ!』
再び、シリスと本気で張り合いたくなる私がそこにはいた。
ディーネと一緒なら、その自信満々に言い切る声を耳にしていたら、私でも本当にできるような気がしたから。
どうして今さらって感じだと自分でも思う。なぜだろう?
そう……。
勝手な想いだけど、私はあのシリスに認めて欲しかったのかもね――。
ふと、目を開けると私はテントの中で横になっていた。
作戦会議の後があまり思い出せない。
隣にはディーネとヴェガが静かな寝息を立てている。
「……いつの間にか、寝ちゃってたのか」
懐かしい夢を見ていたと思う。
シリスと出会った頃、ディーネに勧誘された頃、ヴェガが転がり込んだ頃。
今回の勝負はディーネが突発的に思い付いたものだったけど、いい機会だった。
私たちがどれだけ強くなったのかを、思い知らせてやるんだ。
あいつは、そんなこと知らないし、別に知られたくもない。
これは私が勝手にやって、勝手に満足するだけ。
それだけの、ことなんだから。
別に……認めて欲しいなんて思ってないんだからね。
風邪なのか体調不良気味です。




