シリスとベティと
「ええっと、誰かの知り合いかな?」
「シリスのお知り合いではありませんの?」
「まったく。名前どころか見覚えすらないけど」
「ベティです!」
元気よく名乗った女の子、ベティは満面の笑顔でトコトコと近寄る。
可憐な容姿に目を奪われそうになるけど、注目すべきは彼女の服装だろう。
純白のブラウスに、深紅のフレアスカートはシワひとつない滑らかな質感。
手足はピカピカと光を反射する精巧な装飾が施された防具で覆い、同じ職人の手によるものだろうデザインの胸当てを身に着け、頭の上にはティアラを模した銀の髪飾りが明るい桜色の髪を飾り、気品のある装いにまとめている。
手にする杖の先端に至っては鈍色の金具に水晶が嵌め込まれており……。
つまりベティという少女は、上から下まで高級品に包まれていたのである。
ディーネが貴族の令嬢といったイメージなら、ベティは小国のお姫様か。
いちおう防具を着けているし、杖を武器だと主張すれば冒険者と呼べなくはないけど、どうも纏う空気が上品なので荒事に向かない印象が拭えない。
そんな少女が魔物討伐に名乗り出たのだから、私でなくともビックリだよ。
とはいえ、せっかく協力するという申し出だ。無下にしては悪い。
「そ、それじゃあベティちゃん? 確認するけどランクは中級でいいのかな?」
「これから冒険者になるところです!」
「はい?」
ひょっとしたら初級じゃないかと疑ったんだけど、冒険者ですらなかった。
「でもベティは魔法が使えるので、きっとシリス様の役に立てますよ!」
「魔法だって!?」
もしやベティの正体は魔法使いの血筋の者かと私は推測する。
だけど代々、魔法使いの家系は技術や情報を秘匿するそうだから、あっけらかんと話すベティは違う気がした。
だとすると、魔法を学べるほどの大金持ちの家か。
「どちらにせよ今から登録しても初級だし、悪いけど……」
「あら、初級でも参加は出来ますわよ?」
「え?」
「魔物を討伐するのに必要なランクは上級ですけど、パーティ全員が上級である必要はありませんもの」
「そうなの?」
「そうですわ。シリスが上級相当なのはギルドも認めていましたし、特に今回は中級でも参加が許されるほど審査が甘いですから、心配いりませんわよ」
ずっとソロだったから知らなかったな。
じゃあもしかして、プロンが初級の頃でも魔獣討伐の依頼を受けられたのか。
受ける依頼がなかったと思うけど。
「もちろん全責任をリーダーが背負いますけど、そのくらいの覚悟は持っていて然るべきでしょう?」
「さすがは上級パーティのリーダー。言うことが違うね」
「当然ですわ」
得意げに肩にかかった髪を軽く払うと、ディーネは続ける。
「加えて、本当に魔法使いなら冒険者のランクは関係ないでしょうし、即席パーティという点を考慮しても余りある戦力ではないかしら」
「……わかった。でもその前にひとつだけ。ねえベティちゃん」
「はい!」
私はベティを正面から見据え、その赤い瞳をまっすぐに見つめる。
彼女の真意は後回しとして、これだけは先に確認しなければならない。
「魔物を討伐するのは危険な仕事なんだ。もちろん私やプロンができる限り守ってあげるけど、絶対じゃない。もしかしたら大ケガをして、死んでしまうことだって十分にありえるんだ。それでも君は参加してくれるの?」
私だけが覚悟しても仕方ない。
当人にも、その覚悟があるのか。私に命を預けられるのかを問いかける。
「ベティはまだ小さいですけど、ちゃんと自分で考えているつもりです。だからシリス様、ベティを一緒に連れて行ってください。必ず期待に応えますので!」
しっかりと私の目を見つめ返して答えた。
少なくとも、軽い気持ちで言い出しわけじゃないと判断するには十分だ。
なにがベティにここまで言わせるのかは理解できないけど、決まりだね。
「それじゃ、よろしくベティちゃん」
「はい! よろしくお願いします!」
手を差し出すとベティは手甲を外し、現れた小さな手としっかり握手する。
その白くて柔らかい指に、金色の指輪が光っていたのが印象的だった。
勝負はリザードマン討伐が開始される三日後の昼となる。
当日の朝にギルド側が大湿地帯までの馬車を用意しており、現地では食料が配給され、数日は滞在可能な資材が用意されている。
などといった細かい点を確認するとディーネは最後に、負けたパーティは勝者の命令をなんでもひとつ聞く、というルールを徹底させた。
もちろん限度はあるけど、絶対に無理でなければ私も極力従うと約束する。
なにを命令されるか見当はついてるけどね。
ちなみに助っ人であるベティに関しては当然ながら除外させておいた。万が一、私たちが負けたとしても、彼女が不利益を被ることがないように取り決める。
「では三日後ですわね。体調を崩さないよう注意しておきなさい!」
「まあせっかくだし、本気でやるからね」
「間接的とはいえ勝負事だ、手は抜かんぞ」
などと、それぞれ言い残してディーネたちは去って行った。
これから遠出をする準備に入るのだろう。
三日というのは、長いようでいて意外と短い。
「私たちも早めに準備しないとだけど……」
必要な道具を思い浮かべ、それらを揃えられる店と、どこが一番安いかを検討したところ、あちこちに店が点在するため時間がかかりそうだった。
「もう昼過ぎだから今から店を回ると遅くなっちゃうし、先に明日からの予定を決めておこうと思うんだけど、それでいいかな?」
「私はシリスさんに従いますので、ご自由にどうぞ」
「あの、シリス様……」
「ベティちゃん、どうかしたの?」
プロンはいつも通りとして、先ほどと打って変わって元気がないベティを心配していると、申し訳なさそうに俯く。
「その、先ほどはお話の最中に割り込んでしまってごめんなさい。つい興奮してしまって……ベティは、本当はシリス様のお邪魔ではないですか?」
弱気な発言に、私はつい口元を緩めてしまう。
少し猪突猛進なところがあるように感じたけど、杞憂だったようだ。
「大丈夫だよ。ベティちゃんが言い出してくれて私は感謝してるから。まあ魔法に関しては明日にでも実際に見せて貰おうと考えてたけどね」
「ベティの魔法でしたら、今からでもお見せできますよ」
「……それって、ここでみんなに見せちゃっても平気なの?」
「ダメなんですか?」
少ないとはいえ、店内には私たち以外にも客はいる。
ディーネたちとの一幕から注目を浴びていたし、すでに魔法が使える宣言は聞かれただろうけど、ただ口で言うのと、実演するのとでは大きな違いがある。
今ならまだ、言い方は悪いけどウソでしたで済ませられる。
でも実際に魔法を使ってしまえば誤魔化しは効かず、ベティちゃんが魔法使いという情報は冒険者の間に広まってしまう。
その危険性を理解していないのなら、無闇に見せるべきではないだろう。
というより。
もしかして魔法使いがどれだけ希少なのかわかってないのかな?
冒険者の常識からして、あまり素性を詮索するつもりはないんだけど、このまま放っておくのも危険な気がする。
「ひとまず……魔法のことはあまり言いふらさないようにね」
「はい、シリス様!」
素直に言うことを聞いてくれるから問題はなさそうだ。
妙に慕われているおかげもありそうだけど……。
「そういえば聞いてなかったけど、どうして私たちに協力してくれるの?」
「実はベティは、シリス様の噂を聞いてこの街へ来たのです」
「ウワサ?」
「えっと、わかりやすく言うとベティはシリス様のファンでして!」
「そ、それは……どうもありがとう?」
身を乗り出しながらキラキラと輝く瞳で見つめられ、たじろぐ私。
いきなりファンとか言われても、なんだ、困る。
でも、それなら『様』と付けて呼ぶのも納得できる……のかな?
ちょっと引っかかるけど、本人がそう言っているんだから良しとしよう。うん。
「じゃあ明日からの予定……の前にベティちゃんの登録を済ませちゃおうか」
「はい!」
こうして臨時だけど、新しいメンバーが私のパーティに加わった。
まだ前途多難といったところだけど、悪い子ではないと思う。
これから少しずつ、ベティのことがわかるといいな。
酒場からシリスたちが去った後、残された者たちは熱気に包まれていた。
話題に上がるのは当然、シリスとディーネの勝負である。
ある意味で有名だったディーネが帰って来たのみならず、この街で最も有名と思われるシリスに勝負を挑み、負けた方はなんでも言う事を聞く、などというルールまで設けてしまったのだ。
暇を持て余す冒険者からすれば、これは格好の娯楽となる。
つまるところ、賭けだ。
「シリスちゃんの勝ちに三十! いや四十だ!」
「こっちはディーネ嬢に五十枚賭けるぜ!」
「おおっと、これでディーネが優勢だ! 引き分けに賭ける奴はいないか!?」
「なら僕はシリスという少女に百を賭けよう」
銀貨が詰まった小袋が無造作にぽんと投げ渡され、どよめきが生まれる。
「これで再びシリスが優勢! っと、あんた見かけない顔だな。なんて名だい?」
「ああ、最近やって来たばかりでね。アズマと呼んでくれ」
「おっしゃ、アズマだな!」
新顔が高額を賭けたことで、負けじと賭け金を釣り上げる冒険者たち。
当人らが知らない場所で、勝負はますますヒートアップしていく。
「あんた、ずいぶんとシリスを見込んでるようだが知り合いかい?」
「ちょっとした縁があったんだ。それより賭けの内容は知っているが、具体的にどういう状況なのか教えてくれないか?」
「は? そんなことも知らないで賭けたのか?」
変わったやつだと思いながらも、その冒険者は事の経緯を話す。
「なるほど、大湿地帯のリザードマンか……」
「お、なんだもう行くのか。盛り上げてくれた礼に一杯奢らせろよ」
「悪いが、急用ができたんでね。また来るよ」
そう言い残してアズマは颯爽と酒場を後にする。
彼の脳内では、着々と予定が組み上げられていた。




