ディーネとシリスと
やばい。
なにがやばいって?
魔力制御が一向に進歩しないのもそうだけど、収入が少なくてやばい。
ここ最近、冒険者ギルドへの依頼が少なくなっているのが原因だ。
依頼とは基本的に商人が、魔獣から得られる素材を調達するのに討伐依頼として出すのだけど、これが少し前から減少していたのである。
商人たちは常に同じ商品ではなく、より売れる物を求めるから、たまにこういう時期が訪れるのだ。
反対に支出が増え、メルのために貯めていた入学費用が危うい。
これはプロンがパーティに加わったので思いきって簡易テントを購入したり、ついでに古くなった道具を新調したり、さらに新しい剣の注文等々……出費が重なったためなのだけど、すべて必要経費というやつだ。
でも剣に関しては、エドから借りているカタナがあった。
こちらの懐事情を知ってなのか、しばらく預けると本人に言われているけど、素直に甘えると返せなくなりそうなんだよね。
なので、少し無理をしてでも剣の注文に踏み切ったのだ。
安い数打ちものだと壊れやすいから特注にした方が結果的に安く済む、という考えがあったんだけど、やっぱり間に合わせと割り切るべきだったかも。
「うぅーん……」
「シリスさん、大丈夫ですか?」
テーブルに突っ伏して唸ると、対面席のプロンが心配そうに声をかける。
「うん。ごめんね、ちょっと考え事してて」
「いえ……」
とは言ったものの、正直なところ厳しい。
そんな心境を察したのかプロンの返事はもの憂げで、どうしたものかと私は視線を逸らしてしまう。
昼食時だというのに、ギルドに隣接する酒場は閑散としていた。
目的である依頼がないのだから当然だ。訪れているのは私たちのように今後について話し合っている者たちか、完全に休暇と決め込んだ者のどちらかである。
厳密に言うと、依頼がまったくないわけじゃない。
ただ相変わらず都市内での仕事ばかりで、討伐と比べれば報酬は格段に落ち込んでしまうのだ。
こんな時、普通の冒険者が取るべき手段は二つあった。
ひとつは、他の冒険者ギルドがある街へ拠点を移すこと。
商人が求める素材がここではなく他所にあるのなら、依頼もそちらで増えているはずだ。
現にフットワークが軽い中級パーティのいくつかは、すでに移動している。そうしないのは色々な事情から地元を離れたくないとか、そもそも資金が足りなくて移動できない無計画なパーティくらいだろう。
もうひとつは安くても雑用依頼をこなすこと。
数をこなせば、それなりの額にはなるんだけど……。
私の場合、前者は孤児院から離れてしまうから論外である。
そして後者は、やっぱりメイド服の一件が尾を引いて躊躇してしまう。
だけど自分の都合でプロンにも迷惑をかけてしまうのは申し訳ない。
「ごめんねプロン。私がこだわらなければいいだけの話なのに……」
「シリスさんは悪くありません。少しだけタイミングが悪かったのと、その赤い髪の変質者のせいです」
「でもプロンは、お金とか大丈夫なの?」
「蓄えがありますので、どうか気にしないでください。今はシリスさんの目的である、メルさんの学費を捻出することに集中しましょう」
「プロン……」
そんなこと言われたら、いつまでも落ち込んでいられないね。
前向きに打開策を考えてみよう。
冒険者ギルドがダメなら、なにか他の分野で稼ぐのはどうだろう?
例えば商売、あるいはその手伝いとか。
そう簡単に稼げるなら初めから冒険者なんてやってないけど、別にずっとじゃなくて、この一時だけ凌げればいいのだ。
商人の知りあいもそれなりに多いし、試す価値はあるかも。
「問題は、商売をするとなると商人ギルドの登録が必要になることかな」
「すみません。私は詳しくないのですが、商人ギルドというのは?」
「簡単に言えば、冒険者ギルドが冒険者を管理する施設なら、商人ギルドは商人を管理する施設かな。商品の流通とか物価の調整とか、あと禁制品の取り締まりと税金の徴収も請け負ってるかな?」
「税金ですか?」
「冒険者やってると無縁だけど、商売をする時は税を収める必要があるんだ」
無税なのに手軽にそこそこ稼げて、でも命の危険がある冒険者。
税金は払うけど成功すれば一攫千金、失敗してもお金の損失で済む商人。
どちらが良いかは、一概には言えない。
ちなみに、ギルドに無登録の商売をすれば良くて財産の没収、悪くて処刑という大罪である。過去に危険な薬が蔓延したとかで厳しくなったみたいだ。まともな商人なら無登録なんて絶対にあり得ないけどね。
「物を売るというのも難しそうですね」
「私はお祭りの時に、孤児院の出し物を手伝ったりしてるから少しは慣れてるつもりだけど、具体的になにをどう売るとか、売り上げの計算とかはマムとメルが担当してたからなぁ」
よくよく考えれば店番をしていただけで、裏方の仕事はなにひとつ知らない。
こんな有様で、どうやって商売をすればいいんだ?
なんだか一気に自信がなくなってきたぞ……。
「や、やっぱり商売は無理っぽいかな」
「そうですか……」
結局、振り出しに戻ってしまった。
このままジッとしていたって始まらない。気は進まないけど、またどこかの清掃依頼でも受けてみようか……。
そう考えてギルドの方へ顔を向けると。
「え、まさか?」
「シリスさん、どうかしま――」
「困っているようですわね! シリス!」
自信と覇気に満ち溢れる声が、人気の少ない酒場によく通った。
プロンを含め、誰もが声の主へと振り返ると、知る者は表情を引きつらせる。
そんな視線を気にも留めず、彼女は私たちのテーブルへと一直線にずんずんと向かってくると、再び口を開いた。
「久しぶりですわね! シリス!」
「ああうん……久しぶり、ディーネ」
そう、彼女の名前はディーネ・ビースワン。たしか今年で十六歳。
晴れ渡る空のような青髪をなびかせる姿は優雅かつ美麗で、私より頭ひとつ分ほど高い身長に抜群のプロポーションと、裾の短いチューブドレスから覗かせる脚が色っぽくて、私から見ても美人だなぁと感心してしまう。
でも挑発的な目つきをして、性格もかなり高圧的で強引なところがあるから、常に近寄りがたい雰囲気を放っているのが残念だ。
かくいう私も以前はちょっと苦手だったはずだけど、しばらく距離を開けたのが良かったのか、今は旧友と再会した喜びの方が強いかな。
「シリスさん。こちらの方が、あのディーネさんですか?」
「そういう貴女は、プロンですわね?」
私が懐かしんでいたら、なにやらプロンとディーネは顔を合わせるなり、一触即発の空気を漂わせ始めた。
「あ、あの、二人とも……」
「なにしてるのよディーネ」
「目的が違うのではないか?」
私がうろたえていると、ディーネの後ろから二人の少女が現れた。
片方は柔らかい金髪に青いリボンとエプロンドレスという人形のように愛らしい少女で、名前はアルル・イータ。私と同い年の十四歳だったかな。
もうひとりは淡い翡翠色の髪を後ろでまとめ、発育の良い体を露出度の高い南方の衣装に包んだ少女で、名前はヴェガ・ハルプ。こちらは十五歳だ。
どちらもディーネのパーティメンバーで、以前からの知り合いである。
「二人とも久しぶり。元気そうだね」
「まあね。シリスもあまり変わらないみたいでなによりだわ」
「……どこを見て言ってるのかな?」
「身長に決まってるじゃない」
明らかに視線が胸に向いてたよね。
別にそっちは気にしてないからいいけど。
「ふむ、胸ならばアルルもシリスと大差ないようだが?」
「ヴェガは黙ってなさい! 持つ者は持たざる者の気持ちが理解できないの!」
そういえば彼女らのパーティだと、アルルだけ小さいようだ。
どこが、とは言わないけどね。
「ちょっとシリス、目がすべてを語っているわよ」
「お?」
じーっとアルルに睨まれたので視線を逸らす。
その先には、未だにディーネとプロンが目と目で火花を散らしていた。
「ディーネったら、いつまでやってるのよ」
「よくわからないけど、とりあえずプロンも落ちついて」
アルルが止めに入ってくれたので、私も加勢しようと動く。
そこでふと原因に思い当たり、こっそりプロンに耳打ちする。
「ねえプロン、もしかして前にディーネのこと話したから……?」
「それもありますが、あの人は少しよくない気がしました」
「え、ディーネはちょっとアレだけど悪い人じゃないよ」
「いえシリスさん。そういう意味ではなく、あの人は――」
「なにをコソコソ話していますの!?」
自分のことを言われていると気付いたのかディーネに咎められてしまった。
おまけに、さっきよりもイライラが増している感じがする。
な、なにか怒らせようなことしたっけ?
「はいはい、話が進まないから。ここに来た理由はなんだっけ?」
「そうでしたわね……こほん」
佇まいを正すディーネの所作は、どこかのご令嬢に思えた。
そんなイメージはすぐに霧散したけど。
「シリス。貴女、私の誘いを頑なに断っておきながら、これは一体全体どういうことですの? 納得のいく説明を要求しますわ!」
なるほど。
かつて勧誘を断った私が、プロンと組んでいるのが気に食わないのか。
まあ、自分が拒否されたのなら怒るのも頷けるけど。
「理由は何度も話したでしょ。私は孤児院を優先するから足を引っ張るって」
「ええ、それは理解しましたわ。友人のために貯蓄していることも」
あれ? わかってくれたの?
どうやらディーネも成長してくれたようだ。良かった。
でも、それならなにが問題なのかな。
「重要なのは、私との約束でしてよ!」
「……約束?」
「やはり忘れていたようですわね」
ディーネと約束なんて……ん?
ま、待って、そういえばディーネたちがこの街を出る時になにか……。
「必要なお金が貯まったら、その時は私と組みなさいと言ったはずですわ!」
言った……ような気もする。
でも私はいつものことだと思って聞き流して、返事をしなかった気もする。
「いやそもそも、まだ目標に届いて……」
「いない、とは言わせませんわよ。すでに十分な金額が貯まっていると調べはついているんですからね!」
どこからそんな情報が……って隠しているわけじゃないから、調べようと思えば簡単にわかることか。
でも、実際はまだ足りていない。
マムを心配させないよう、そういうことになっているだけだ。
だからこそ、こうして昼間からプロンと相談していたのに、どこをどう経由して伝わってしまったのやら。
「だというのに私より先にそんな――」
「待って、話はわかったよ。でも訂正すると、実はまだお金は貯まっていないんだよ。プロンとパーティを組んだのも問題ないと判断したからで……」
「黙らっしゃい!」
えー……。
「理由はどうでも良いのですわ。肝心なのは、貴女がこれからどうするか!」
「どうと言われても」
「シリス、貴女はそのプロンというパーティで満足しているのかしら?」
急になにを言い出すんだろう。
「先ほども、困った様子で相談していたようですし、あまり相性がよくないのではないかしら?」
「なにをっ……」
「そんなことないよ」
プロンが反論しようとしたけど、私が先に答えた。
「プロンはマジメで頑張り屋で、この前はもう中級に上がったし、いつも私を気遣ってくれて助かってる。頼りになる仲間だよ」
「シリスさん……ありがとうございます」
「くっ……わかりましたわ」
わかってくれて嬉しいよ。
「でしたら、ここはひとつパーティ対抗の勝負としましょう」
「なんで?」
「自慢の仲間なのでしょう?」
安い挑発だ。
でも、だからこそ効果的なこともあるけど。
「……内容は?」
「こちらをご覧なさい」
そう言ってディーネは一枚の紙をテーブルに広げた。
紛れもなく冒険者ギルドの依頼で、ここに至って私は、初めからディーネの目的はこれだったのだと気付いた。
たぶん勝負に勝ったら、私を引き抜いて自分のパーティに組み入れるとか、そんなところかな。
まだ内容を確認しただけで受けるとは言っていないから、断ればいいだけの話なんだけど――。
目を通した私は、受けたいという気持ちでいっぱいになった。
「こ、これは……」
「簡単に説明しますと、ここより南方の『ノズリヌ大湿地帯』で増殖を確認されている『魔物』を討伐するものですわ」
魔物とは、魔獣と異なり高い知能を持つ怪物だ。
体内に魔石を有しているといった特徴は変わらないけど、討伐難度は高く、上級冒険者でなければ受注できないよう設定されている。
そして、この依頼における討伐対象は『リザードマン』である。
爬虫類に似た外見で、武器として槍を扱い、テリトリーへ近付く者を容赦なく襲う危険な魔物だ。
でもまあ、そんなのはどうだっていい。
私が注目したのは報酬だ。
討伐数によって得られる報酬が上がる仕組みらしく、百体も倒せば一気にお金の悩みなど解決してしまう。
これは、チャンスではないか?
「見ての通り、勝負の内容は討伐数ですわ。そして敗者は勝者の言うことをなんでもひとつだけ聞くというのは、どうかしら?」
ということは、勝てばディーネたちが得られる報酬も丸ごと貰える?
ごくり、と思わず唾を飲み込んだ。
「でも、これって上級じゃないと受けられないでしょ」
「心配は無用ですわ」
自信たっぷりの説明によれば、これは大討伐に近い形式を取っているらしく、他にも上級パーティが複数参加するのだという。
揃って同日に湿地帯へ向かい、ギルドからも職員が同行して一斉に討伐を開始するなど、安全はしっかり確保されることになる。
そのため今回は特例で、中級パーティは補助という名目で参加が許されているそうだ。もちろん可能なら討伐すら許される。
「シリスの参加を打診したところ、実力的には上級だから喜んで承認しますと、ギルドのお墨付きで受注できましたわ」
「って、まさかもう受注したの?」
「辞退もできますけれど、しないでしょう?」
たしかに魅力的な報酬で、参加もできるとなったら……。
「プロン、私はこれを受けたいと思うんだけど」
「シリスさんが決めたのであれば、私は全力でお手伝いします」
そう言ってくれると思ったよ。
だけど勝負事となれば、無視できない要素がある。
「こっちは二人で、そっちが三人なのは不公平だよ。どうするの?」
「どうしてもと言うのであれば、こちらも二人にしますけれど、魔物討伐に際して戦力を削るというのも愚策でしょう。できれば助っ人として三人目を見つけることをオススメしますわ」
「と、言われてもなぁ」
他に仲間のアテなんてまったくない。
知り合いの冒険者という意味ならいくらでもあるけど、魔物討伐に加えられるほどとなると基本的に上級パーティに絞られる。
エドやジョン辺りなら頼めば来てくれるだろうか。
向こうのパーティにも事情があるだろうし、難しいかな。
「その話、ベティが乗らせていただきます!」
思考を遮るように可愛らしい声が響く。
何事かと私たちが振り向いた先に、桜色の髪を編み込んだ小さな女の子が立っているのを見て、まさかと疑う。
でもその女の子は、再び大きな声で宣言した。
「このベティが、シリス様を援助いたします!」




