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マムとプロンとメル

 私、マーム・ジュリークが孤児院を設立して二十余年。

 当初は立ち行かないことも多々ありましたが、どうにか子供たちの安心して過ごせる場所を維持してきました。

 ただし、それは私だけの力ではありません。

 この孤児院で育った子たちが、少しずつ環境を改善してくれたおかげです。

 特にあの子、シリスは格別でした

 ……異質と呼んでも差し支えないでしょう。


 私が初めにシリスを目にしたのは、とある事件から保護されたあの子を孤児院で引き取った時でした。

 当時およそ四歳で、十年も経った今では本人は覚えていないでしょうが、その頃のシリスはオドオドとして大人しく、控えめな性格だったと記憶しています。

 それから一年後、五歳になったシリスの行動は一変しました。

 積極性が増したどころか、毎日のように隠れて森へ入るようになり、時折なにか悩んでいるかと思えば、自分は男の傭兵で女の子に生まれ変わったと周囲に吹聴して回ったりと、とにかく奇行が目立ちました。


 手間がかからなくなった、という意味では大変助かりましたし、こっそり食べられる果実や山菜、時には野鳥の卵まで採取しては孤児院の子供たちと分け合って食べていたのも、当時の台所事情からすると非常にありがたいです。

 どこで得た知識なのか毒の有無まで把握していたので、途中からは私も公認として食材を調達して貰ったほどです。

 剣術の真似事を始めたのも体力作りと自衛手段の確立と考え、好きにやらせていましたが、まさかあれほどの使い手になるとは……。


 そんなシリスも今でこそ言動は落ちつき、むしろ孤児院の子供たちのために働く姿は優しさが増している気さえしますが、内面は変わっていません。

 やはり自分が男から生まれ変わったというのを信じているようです。

 だからなのか、密かに傭兵として活動していると知った時は驚きました。

 ええ、驚きましたとも。

 せっかく知りあいの冒険者に、それとなくシリスを頼んだというのに、傭兵に伝手などないではありませんか。


 ようやく目標の金額に近付き、所属していた傭兵団も北方へ移ったと聞いているのでしばらくは安泰でしょう。

 プロンという少女とパーティを組んだこともあり、これで今後は死霊騒動の時のような無茶をしないと一安心したものです。

 とはいえ、根本的な解決には至っていません。

 特にシリスの意識が問題です。

 財産目当てのようであまり言いたくはありませんが、あの子の容姿でその気になれば、かなりの良縁を結べるでしょう。

 シリスの幸せを思えば、より良い相手をというのが曲がりなりにも保護者の親心というものです。

 だからといって無理強いをするつもりは微塵もありませんが――。

 出会いの機会を増やすのは、悪いことではないでしょう。






 孤児院で魔力制御の訓練を終えた帰りのことです。

 今日も私、元聖女候補プロンは、真なる聖女シリスさんの噂を耳にしました。

 依頼をすればシリスさんが可愛らしいメイド服を着用して掃除に来てくれる、などという事実が曲解されたものでしたが、こういうのは珍しくありません。

 なにせこの一カ月、私が封印都市に滞在した日からシリスさんの噂を聞かない日は、ほとんどないのですから。

 今回のようにおかしな内容もありますが、基本的にはどれも好ましく、褒め称えるものばかりです。

 それらを知るたびに私は、恥ずかしながら自分のことのように喜び、心が満たされていくのを感じてしまいます。

 可憐な見た目は元より、圧倒的な実力にも注目されるシリスさんが評判となるのは当然の結果ですけど、やっぱり功績が認められるのは嬉しいものです。


 特によく耳にする噂は三つあります。もちろんすべて事実です。

 ひとつは孤児院のために冒険者として活動しているという話。

 二つ目は希少な薬草の群生地を公表したことで、他の冒険者たちが定期的に採取できるようになり、高騰していた薬が安価で出回るようになった話。

 最後はお小遣いが欲しい孤児院の子供たちのため、お仕事を探した話です。

 これは街角に転がるゴミを住人に代わって拾ったり、一日だけ畑の面倒を見るといった、ちょっとした人手が欲しいところを子供たちが手伝い、その報酬として賃金を支払うという仕組みで、シリスさんが色々な人に頼んで実現したそうです。

 おかげで街は清潔に保たれ、農家のみなさんも大助かりと評判は上々でした。

 そこまで細かい仕事となると冒険者ギルドで依頼しても、報酬が安すぎるからと見向きもされませんからね。

 ですが子供たちのお小遣いとしてなら十分な金額になります。

 シリスさんが目を付けたのは細かい隙間を埋めるようなものですが、結果としては誰もが幸せになれる、素晴らしい発想でした

 だというのに本人は決して誇示しません。明るく快活に笑顔を振りまいて、まるで見ているだけで活力を分けて貰えるようです。


 そんなシリスさんですから街ではファンの方も多いらしく、嘘か真かファンクラブなる秘密結社まであるそうです。

 私も入り……調査のために潜入を試みましたが、残念ながらどこで受け付けているのかわからず実態は掴めませんでした。

 ただ、シリスさんがどこでなにをしたか、といった情報を共有しているそうなので、意外と近くにいるのかも知れませんね。

 当のシリスさんはまったく気にしていない様子ですが、ひょっとしたらご存知ないのでしょうか?

 最近は魔力制御の訓練に集中していますから、その影響もありそうです。


 私がもっと魔力に詳しければ、もっとお役に立てたのですが……。

 教会に属していた頃の私は、ただ言われたことを実行するだけの人形でした。

 魔力について知っているのも学ぶよう指示されたからであり、私自身に興味も意欲もなかったため、本当に最低限の知識しかないのです。

 今となっては当時の自分を叱りたい気分でした。

 ですが終わってしまったものは仕方ありません。

 シリスさんも後悔せずに、これからどうするかを考えた方が楽しいと、素晴らしい教えを私に授けてくれました。

 魔力に関してはいずれ、しっかりと再学習する機会を見つけるとしましょう。


 それにしても、メルさんにも乞われて魔力制御の訓練を教えたのですが、あっという間に習得できたのは驚きましたね。

 強い魔力を秘めているのは知っていましたが、それも含めて内密にしておきたいようでしたので、まだシリスさんには話していません。

 こっそり練習して驚かせたいからだそうですが、すでにシリスさんよりも先へ進んでしまっています……。

 やはりこれはまだ、シリスさんには秘密にしておくべきでしょうか。






 シリスは私の一番の友達。

 きっとメルフィナという私の存在も、シリスにとって一番の友達。

 最近できた新しい友達のプロンさんも、シリスのことが大好きみたい。

 だけど私とシリスの方が、ずっと前からの付き合いだもん。


 昔からシリスは元気で優しくて、なんでも出来ちゃうすごい女の子だった。

 ただ強いだけなら他にもいたよ。

 でも、誰かのために……弱い子のために頑張るのは簡単なことじゃない。

 それは私自身がとてもよく知っている。


 当時の私は、自分で言うのもなんだけど、酷く扱いにくい子だったと思う。

 この孤児院に引き取られたのは私が五歳で、シリスが六歳の頃かな。

 初対面から私はみんなを敵視して、誰も信用していなかったのを今でも覚えている。もちろんそれはシリスとマムに対しても同じで、世界中が敵に見えた。

 理由はたぶん、引き取られる前に受けていた仕打ちかな?

 もうほとんど覚えてないし、どうでもいいことだけどね。


 とにかく孤児院に馴染もうとしない私は孤立して、だけど病弱だったからすぐ体調を崩して、でもやっぱり誰にも頼ろうとしないで……。

 そんな放っておけばいずれ死んでいた厄介者の私を救ったのはシリスだった。

 シリスは私の不調をすぐに見抜いて、なにかと面倒を見てくれた。

 それすら突き放そうとする私を根気よく看病してくれて、何度も何度も叩いてしまった私を笑って許してくれて――。


 少しずつ心を開き始めた私だけど、今さら遅くて孤児院での立場は悪かった。

 なにより体力がないから、掃除や料理といった仕事も満足にできなくて、年上の先輩たちからはお荷物扱いされていたみたい。当然だよね。

 でも、やっぱりシリスが傍にいてくれた。

 私でも出来ることはないか、一緒に探してくれたんだ。

 ようやく体を使うのはダメでも、頭を使うのは得意だって気付いてからは、一生懸命に考えた。

 孤児院に所蔵されていた本を読んで、わからない文字はマムに教わって、計算は自分で覚えて――。


 気が付いたら、私は孤児院の子たちに勉強を教えるようになっていた。

 もうお荷物なんて言われない、立派な孤児院の一員になれたんだ。

 最近はシリスに教えることも増えて、そんな時は心の底から暖かいなにかが溢れて、どうにかなってしまいそうになる。

 こんな私でもシリスの役に立てるんだって、自分が誇らしく感じられるんだ。


 だけど、まだ足りない。


 私が今ここに、こうして生きているのは、みんなシリスのおかげ。

 もしもシリスがいなかったら既に死んでいたかも知れないし、しぶとく生き残っていたかも知れないし、すべてを恨んで凶行に走ったかも知れない。

 仮定の話だからわからない。現実にはシリスがいる。思考は無意味。無用。

 必要なのは手段の模索。私はシリスに救われた恩返しをしたい。

 学院に入るのは、その一環。より多くの知識が手に入るし、これまでの努力が報われるとシリスが喜んでくれるから。

 プロンさんに魔力を教わったのもそう。

 私に使える力は、すべて利用する。

 すべてを、シリスのために使う。

 もし、シリスに敵が現れたら。

 その時は私が――しよう。

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