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無意識のシリス

 メイド事件から三日が経った。

 貰ったメイド服は仕立てがいいので捨てるには惜しく、かといって貰い物をいきなり売るのもどうかと思い、とりあえず自室の衣装棚に放り込んでおく。

 もう二度と着る機会はないだろうけどね!


 それと予想よりも早くギルドから案内があり、プロンは中級へと昇格した。

 ちょっとした試験があるんだけど難なく突破できたようでなによりだ。

 まあ事前に教えておいたから当然だけどね。

 これはズルとかではなく、よき先達から指導して貰うのも冒険者として必要な技能なのだ。

 ともかくプロンが中級になったことで、討伐依頼も受けられるようになった。


「だから、そろそろ許可を出して貰えないかな―なんて……」

「構いませんよ」

「ホントに!?」


 魔獣の討伐依頼を受けてもいいかダメ元でマムに尋ねたところ、あっさり了承されて拍子抜けと同時に安堵する。

 思わず笑みも浮かぶけど、それは長続きしなかった。


「メルが良いと言ったら私は構いませんよ」

「えっ、そこは別々なの?」


 てっきりメルと意見が合致していると思っていたんだけど、なんとメルはメルで許可が必要らしい。

 そんな事実を院長室で知った私は自室に戻り、ベッドに突っ伏した。

 ある意味メルは、マムよりも手強い相手になるからだ。


 きちんと説明し、道理が通っていればマムは理解してくれる。

 だけど、メルに関しては感情面が重要なので不安要素があると納得しないのだ。

 つまるところ死霊騒動において私が死にかけたのが不安の原因で、おまけに私が無理をしたせいだと問題点もはっきりしている。

 だから、その部分をどう崩して安心させるかを考えないといけないのだ。

 もっと慎重に行動する、と約束しても説得力はないだろう。


「シリスねえー、お客さんだよー」

「いま行くー」


 ノックと共に扉の外から聞こえた声に文字通り飛び起きる。

 この時間に訪れる私のお客さんはひとりだけだ。急いで乱れた髪を簡単に整えてから部屋を出る。

 悩んでわからないことは、あとで考えるのが私という在り方だった。

 問題の先送りとも言うけどね。




 時刻は昼過ぎ頃。

 二階から降りると、孤児院の玄関口に佇んでいたのは予想通り、いつもの甲冑に身を包むプロンだ。

 外は日差しも強いというのに、やはり汗ひとつ掻いた形跡は見当たらない。

 そんな涼しい顔も、声をかけると途端に綻ばせる。


「こんにちはシリスさん。こちらはお土産です」

「ありがとー……って、これは!?」

「美味しいと評判らしいです」


 受け取ったのは、とある店の特別な包みだった。

 中身は黒くて四角い、とろける甘みがあることで人気なお菓子に間違いない。

 南方の国より海を渡り、東の港町から荷馬車に揺られて輸送されるため、この辺りで販売されている物は相応に値が張る。

 それでも求める者がいるほど美味しく、かくいう私も好きな一品だ。


「で、でもこれ高いのに、ホントにいいの?」

「シリスさんにはお世話になっていますので、皆さんと一緒にどうぞ」


 なんて良い子なんだろう……!

 彼女とパーティを組んだのは間違いではなかったと心から感じた瞬間である。


「なにそれー?」

「シリスねえ、なにもらったのー?」

「おかしー?」


 美味しい物の匂いを嗅ぎつけたのか、わらわらと集まる子供たち。

 たくましく成長しているようでなによりだ。


「みんなに美味しいお菓子だってさ。こういう時はどうするんだっけ?」

「ありがとー」

「プロンおねーちゃん、ありがとーございます」

「いえ……」


 素っ気ない態度で返すプロンだけど、子供たちを嫌っているわけではない。

 これは最近知ったのだが、何気にプロンは人見知りをするのだ。

 より正確には、事務的な対応なら誰とでも話せるけど、関係が一定以上の距離まで近付くと反応に困るらしい。

 私に対してはずっと普通に接してくれていたので気付けなかったよ。

 ただ、実はもうひとり人見知りをしない相手がいると判明していた。

 それが――。


「あ、プロンさん来てたんだ。いらっしゃい」

「こんにちはメル」


 そう、意外などと言ったら失礼だけど、メルである。

 この二人は仲が良く、話が盛り上がっているのを見かけるようになったのだ。

 私としては、どちらも大切な友人なので嬉しいんだけど、ちょっとだけ寂しく思うこともあって複雑でもあり……いやなにを考えているんだ私は。

 妙な思考は振り払って、そろそろプロンを案内しよう。


「それじゃ部屋に行こうか」

「はい」

「シリスの部屋だよね? すぐにお茶持ってくから」

「あ、ついでにこれもお願い」


 気の利くメルに礼を言いつつお土産のお菓子を渡し、私はプロンを連れて自室へ向かった。

 彼女が孤児院を訪れた目的は、私の魔力制御の訓練をするためなのだ。


 例の清掃依頼での一件。

 あれから街中における依頼を受けるのはどうも躊躇われ、その理由を尋ねたプロンにも説明したら全面的に同意はしてくれた。

 まあ初めは怒った様子で抗議に行こうとすらしたけど相手が相手だし、特に被害があるわけでもなかったので抑えて貰った。

 同じ状況になったら、また投げ飛ばす自信があるけどね。


 しかしそうなると討伐依頼は自粛していたので、受けられる依頼は報酬が安い採取系のみとなり、それなら一度訓練に時間を費やそうと考えたのだ。

 これまでは片手間にやっていたけど、みっちり体に叩き込めば覚えの悪い頭でも会得できるはず。

 などと単純思考で始めたはいいけど。


「どうですか?」

「うんんんんんんんん……」


 現在やっているのは魔力を認識する訓練だ。

 なんとなく、これかな? という感覚はあるけど、これが正しくできると他人の魔力も感じ取れるそうだ。私はできない。

 なので基礎中の基礎であり、魔力持ちなら誰かに教えられずとも自然と得ているという『魔力という力の認識』を、よりはっきり掴むための訓練をしている。

 例えるならば、水を飲む練習みたいなものらしい。

 もしかしたら私は魔力持ちとして落ちこぼれなのかと軽くへこむ。


「ごめん……やっぱりダメみたい」


 プロンに手を握って貰い、そこから流されたプロンの魔力を認識できればあるいは、という提案から試しているけど成果は出ていない。

 集中力はあると自分では思っていたけど自惚れだったのか。

 落ち込んでベッドに倒れ込むと、プロンも隣に座って項垂れる。


「すみません。私がもっと魔力に明るければ……」

「プロンが謝ることじゃないよ。あとは自分でやってみるから、少し休んでて」

「いえ、私はまだ大丈夫です」

「いつもより魔力、多く流したでしょ?」

「わかったのですか?」

「全然。ただプロンなら、そうするかなって」


 目を逸らしたので図星か。

 ありがたい話だけど、あまり無理をされても困る。

 だけど手詰まり感があるのも否めない。

 やっぱり、きちんとした知識を持つ人に頼んで、指導して貰わないといけないのだろうか。

 そうであれば、お金がかかるみたいだから諦める他ないのだが。


「まあ、もう少し頑張ってみようかな」


 悩んだってしょうがない。

 剣の腕だって、最初からすぐに上達するわけじゃないからね。

 前世からの経験が上乗せされているおかげで通用するけど、もしも記憶が戻らずに今の剣技を会得しようとしたら、あと五年は必要だったはずだ。

 つまり魔力制御もまた、あと五年はかかる意気込みで臨めばいい。

 無くて元々の力なんだから焦る必要はないのだ。

 そう心に決めると、不意に誰かの言葉を思い出す。


 やれることから始め、一歩ずつ着実に進めば必ず辿り着くさ。


 聞き覚えがあるけど誰の言葉だったかな?

 前世の記憶といっても、古すぎると普通に忘れちゃうんだよね。

 シリスとしての意識が増しているのも、それが理由か。

 自覚があるうちは問題ないけど、もし完全に私がシリスとなったら、いったいどうなってしまうんだろう。

 ……それこそ悩んだってしょうがないか。

 やっぱり考えても解決しない悩みは先送りするに限る。


 益体もない思考に耽っているとメルがお茶を持って来てくれた。

 ちょうどいいタイミングだ。

 訓練が上手くいかずに心が弱っているから、余計なことを考えてしまうのだ。

 ひとまず休憩として、メルも混ざってプロンのお土産を頂く。

 ああ、疲れた心に甘いお菓子が染み渡る……。




「というわけで魔獣の討伐依頼を受けたいんだけど、ダメ?」

「んー」


 しばらく三人でお茶会を楽しんでから、私はメルに討伐依頼を受けるのを許してを貰えないか切り出した。

 特にこれといった説得案はない。

 和やかな雰囲気からならイケると勢いで意気込んだのだが、半ばやけっぱちな部分もあったからか、やはり雲行きは怪しい。


「じゃあ、二つ約束してくれたらいいよ」

「二つ?」

「まずは絶対にプロンさんと一緒に依頼を受けること」

「パーティだから、それは当然だけど」

「もうひとつは……」


 ごくりと誰かの喉が鳴った。私だ。

 いったい、どんな無理難題を出されてしまうのだろうか。


「もしまた無理をしたら、なんでも私の言うことを聞いてね」

「うん、いいよ」


 私は二つ返事で頷いた。

 それなら普段と変わらないからね。よかったよかった。

 もっとも、メルはあまりワガママを言わないけど。


「本当に? 嘘じゃない?」

「う、うん」


 思いきり近くで瞳を見つめられ、なんとか逸らさずに言い切る。


「わかった。それならいいよ」


 私の答えに満足したようにメルは笑顔で離れた。

 ちょっと不穏な空気が漂っていた気がするけど、まさかメルに限っておかしなことは言い出さないだろう。

 うん、きっとそうだ。


 妙な不安を残し……いや不安などない。ないので私は訓練を再開する。

 せっかく来て貰ったプロンには、そのまま休んでいて貰う。本人は手伝うと言ってくれたけど魔力が回復し切っていないのは顔色から明白だからだ。

 もうしばらくメルとのんびりして欲しい。


 私は窓辺に立って目を閉じ、意識を集中させる。

 肝心の魔力というのは結局のところ私の内側にあるのだから、精神統一をすればと考えたのだ。

 瞑想は得意じゃないけど、心を落ち着かせて感覚を鋭く尖らせるのは傭兵だった私にとって日常茶飯事だった。

 肉体を休めるため、どんな環境でも眠れるのと同じくらい必須スキルである。

 すぐに周囲の音は遠ざかり、私は静寂に包まれた。

 まるで部屋に誰もいないかのようだ。


「だからね、シリスにはもっと――」

「そうですね。シリスさんには――」


 とても遠くからでも、はっきり耳に届く声があった。

 私? 私がいったい……じゃない!

 もっと意識を集中させないとダメだ。

 深く、深く、もっと深く……むむむむむ。


「つまり聖女に加えて別の要素が必要ですね」

「うーん、シリスはどんなのがいいかな?」

「はい、本人の好みを無視しては意味がないですね」


 集中、集中……。


「参考までに、どのような二つ名があるのでしょう」

「シリスから聞いたのは剣豪とか剣王とか、あと剣鬼?」

「見事に剣ばかりですね。さすがはシリスさんです」


 剣と付く二つ名なら断然『剣聖』かな。

 魔物の王を討伐した勇者たちの仲間で、その偉業を讃えた呼び名だけど、物語によれば一振りで十の魔物を切り裂き、駆ける姿は陽炎の如く、だとか。

 要するに剣士の間で、最も有名かつ最高の褒め言葉みたいなものなのだ。


「じゃあ剣聖女? ちょっとシリスのイメージと違うかなぁ」

「私としても聖女というのは、もはやシリスさんを表現するのに足りないかと」

「もうひとつ、なにか欲しいよね」

「そうですね」


 剣と言えば他にも……てぇい! 集中しろ私!

 空想の自分を思いきり叩いて戒める。

 いつもの集中力はどうしたのか、なんて考えすら放棄する。

 無だ。心を無にするんだ!

 むむむむむ――。




「あのシリスさん、今のは?」

「え、なに? どうしたの?」


 そんな言葉で、ふと現実に引き戻された。

 完全に無意識になっていて、なにがなにやら。

 振り返ればプロンは少し驚いた様子で、メルは微笑みながら私を見ている。

 あれからさほど時間は経っていないようだ。


「気付いていないのですか? シリスさん、歌っていたのですが」

「たまにシリスはこうなるんだよ」

「え、えっ?」


 私が歌っていた?

 あまりに突拍子もない話に思考が停止する。

 いくつか知っているけど、歌を唄ったことなんてないはずだ。


「本当に無意識だったのですね」

「たまにしか聞けないけど、すごくキレイだよね」

「はい、だからこそ凄く驚きました」

「なんていうか、心に響く感じで」

「透き通る歌声に思わず聞き惚れてしまいました」

「な、なな、なんでそんな、お、お世辞なんて……」

「本当のことだよ?」

「はい。すべて事実です」

「うぐっ」


 まっすぐ目を見つめて断言されてしまい、私は頬が熱くなるのを感じた。

 だって、いきなり歌が上手いなんて言われても困るし、自分ではまったく気付いてなかったし、あとなんか二人に褒められると胸がドキドキする……。


「シリスさん顔が赤いです。大丈夫ですか?」

「ふふっ、シリスってば照れてるの?」

「あぅ……」


 その後も褒めちぎられ、うろたえてばかりの私はしばらく弄ばれるのだった。

 ちなみに魔力制御はまったく進歩しなかった。

 でもたまには、こんな日もいいかな。






「それで、見つかったのか?」

「もちろんです。というのも高名な方でしたので……」

「そうなのか?」


 赤髪の男が一枚の紙を手渡され、記された内容に目を走らせる。


「なるほど、孤児院にいるのは本当だったか」


 そこにはシリスに関する情報が、報告書の形でまとめられている。

 似顔絵を始めとして冒険者ギルドでの活動状況から、住んでいる孤児院、封印都市における評判……果てには、おおよその目算という前置きで身長と体重、体形に至るまで細かく記載されていた。

 もはや違法行為ギリギリだったが、徹底して極秘に調べあげているためシリス本人ですら気付いていない。

 もっとも、それを依頼された老執事は意図すら知らされておらず、犯罪の片棒を担がされた気分である。


「あの、アズマ様。そのシリスという少女がどうかされたので?」


 前に尋ねた時は答えをはぐらかされ、単なる世話役でしかない老執事は深く追求することはしなかった。

 そして今回も、アズマと呼ばれた赤髪の男は同じように答える。


「なんでもないさ」


 明らかに『なにもない』わけがなかったが、老執事は黙して頷くのみだ。

 ここまでの勝手が許されるのはアズマの立ち場が特殊なおかげであり、この封印都市への突然の移住も関係していたが、本人の自覚は薄い。

 問題を起こさないだろうかと、老執事は内心で溜息を漏らす。


 一方でアズマもまた、噴水の縁に腰掛けて想いを馳せていた。

 そこは屋敷の中庭。つい先日まで荒れていた場所だが、今ではすっかり整えられており、彼が投げ飛ばされた雑草だらけの地面も見違えるほどだ。

 しかし記憶は鮮明に残されている。

 少女との出会い、幻想的な光景、凛とした声、全身を駆け巡った衝撃。

 それらを振り返りながら、アズマは再び手にした報告書を眺めるのだった。






 シリスが怪しい男に目を付けられていた頃。

 封印都市より少しだけ離れた町の宿で、三人組の女性冒険者が騒いでいた。


「せ、清掃の依頼ですって?」

「そうみたいだけど、どうかした?」

「どうもこうもありませんわ! パーティを組んだというのに、どうしてそのような依頼を受けていますの!?」

「わ、私に聞かないでよ」

「もしや、そのプロンというパーティメンバーが足を引っ張って……?」

「あのシリスが見定めた者ならば、相応の使い手だろう」

「なんにせよ、やはり戻って来たのは正解ですわね。更に急ぎますわよ!」

「えぇ……」

「どれだけ急いでも、まだ数日はかかるのだがな」


 新たな騒動の到来は近い。






「この街にシリス様が……もうすぐですよベティ!」


 同時に、新たな出会いもまた訪れようとしていた。

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