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真夏のシリス2

 冒険者ギルドはすっかり元通りの活気となって今日も賑わっている。

 ただし波というものがあり、朝早くはその日の依頼を我先にと競い合って手にするので慌ただしく、昼過ぎには午後から活動する者たちが第二陣として押し掛けて忙しく、夕暮れになると依頼から戻った冒険者でごった返すのだ。

 そして現在。

 閑散としたギルドでさっさと薬草と報酬の受け渡しを済ませ、依頼を完了させた私たちが隣接する酒場へと足を向ければ打って変わり喧騒に包まれた。

 当然ながら、お昼時はこちらの方が大繁盛なのである。


「今日は孤児院に戻らないのですか?」

「夕方頃に戻るって言っちゃったから、たぶん戻っても私の分まで用意してないんだよね。それに、たまにはプロンと一緒に食べようかなって」


 せっかくのパーティを組んだのに、あの非常食以外では一度も食事の席を共にしていないというのは、ちょっと寂しく感じていたところなのでちょうどいい。


「あ、でもひとりの方がいいなら私は席を外すけど……」

「そんなことありえません。ぜひ、ご一緒しましょう」


 ものすごい力強く了承されたのでご一緒しましょうとも。

 運よく中央付近の席が空いていたので二人で座ると、すぐに店のお姉さんが来てくれたので料理を注文する。

 私は鶏肉と野菜を挟んだパンにミルク、プロンは甘いソースを絡めたパスタだ。

 すると、これまた素早く料理が運ばれて来た。

 おかしい……周りを見れば明らかに混雑している。

 席が空いていたのは偶然としても、なぜ私たちの注文だけ早いのだろう。


「どうかしましたか?」

「なんでもないよ」


 プロンはまったく気にしていないようなので私もやめた。

 ちょっと視線を感じた気がしたんだけど、気のせいだろう。

 それよりも、お腹がぺこぺこだ。


「いただきまーす」

「恵みに感謝します」


 それぞれ食前の祈りを口にして最初の一口をぱくり。


「ん……?」


 この噛むと絡みつくような食感に濃厚な味わいは……!

 一番安い料理を頼んだはずなのに、ちょっと高いチーズ入りではないか。

 まさか店員が間違えた? 

 だ、だとしても向こうの責任なので料金は変わらないはず!

 なによりもお金が心配になってしまう私だけど、先ほど料理を運んでくれたお姉さんが再びやって来ると、やけに明るい声で謝り始める。


「ごめんねぇ~! さっきの間違えちゃったみたいだけど、値段は同じでいいから良かったら食べちゃって!」


 ふう、予想通りでよかった。それならと私は快諾する。

 むしろチーズが追加されたことで思わぬ得をした。

 店員さんが間違えたんだから仕方ないよね。ありがたく頂こう。やったー。


「……なるほど、その手が」

「……考えたな」

「……次はオレが」

「……よせ、さすがに気付かれ」


 喧騒に混ざってなにか相談するような声が聞こえたけど、チーズチキンサンドを頬張る私には意味を成さない雑音でしかなかった。もぐもぐ。


「シリスさん、そのままで構いませんので聞いてください」

「ん」

「この一カ月で、私も初級の星五つまで上がりました。ここまで早いのは珍しいとギルドの方にも言われましたがシリスさんのおかげです」

「……急にどうしたの?」

「早く中級へ昇格して、シリスさんの足を引っ張らないようになりたいのです」

「そんなに急がなくても、まだ討伐系の依頼は禁止されてるし」

「ですが早いに越したことはないと思います」

「うん。やる気があるのはいいことだよ」

「そこでお時間があれば、午後も依頼を受けたいのですが……」

「ああ、そういうことか」


 最近のプロンは頼み事をするのに回りくどい言い方をする。

 元から謙虚な部分があったけど、どうも私に対して畏まっている感じだ。

 パーティなんだから、もっと気安くていいんだけどな。

 ……だからこそ逆に距離感がわからないとか?

 冒険者なんて初めてだろうから、慣れるまでは仕方ないのかも。

 別に不手際があったわけでもないので気長に待つとしよう。


 ランクに関しては本人の言う通り、もうすぐ中級になれるはずだ。

 これは死霊騒動の解決に貢献したのが加味されている。

 当時まだ冒険者登録していなかったにも関わらず功績として認められたのは、ギルドからプロンへの感謝の証でもあった。

 その上、実力的には鎧のおかげで申し分なく、私からの口添えも多少あったのは本当だが……ここまで早く駆け上がれたのはプロン自身の努力が大きい。


 というのも冒険者のランク付けには二つの意味がある。

 ひとつは実力で、もうひとつは信用だ。

 どれだけ有能な人材でも、依頼を身勝手に放棄したり、犯罪に手を染めるような輩では話にならない。

 そういった者を見分けるためにもギルドは能力だけで判断するのではなく、きちんと依頼を成功させて実績を重ねなければ昇格させない決まりとなっている。

 もちろんプロンに後ろめたい部分などあるはずもなく、この一カ月もの間、毎日欠かさず依頼を完遂していたのは私が証人だ。

 死霊騒動の解決と、冒険者となってからの働きぶり。

 その二つだけを考慮しても中級への昇格は当然の評価である。

 恐らく、あと数日もしないうちにギルドから案内があるはずだ。

 来なければ直談判してやる。


「わかった。あまり遅くならないようなのがあれば、午後もやろうか」

「はい。ありがとうございます」


 ぱっと花が咲いたような笑顔で喜ぶプロン。

 断るつもりはなかったけど、これが見られただけでも受けてよかった。


「シリスちゃんたちも、この後まだ続けるの?」

「だったら私たちと同じの行こうよ。結構な人数を募集してるみたいでさー」


 会話が聞こえたらしく、通りがかった顔見知りの冒険者たちに声をかけられた。

 二人とも中級で、若い女性だけのパーティだ。

 たしか十五、十六歳くらいだったか。

 女性限定のパーティというのは意外と珍しく、他に三組……今となっては私たちを含めて四組ほど知っているけど、そのひとつは封印都市を離れているため希少度はより高い。

 そして若い女性となれば、やはり若い男共が放っておくはずもなく、彼女たちが勧誘されている場面を幾度となく目にした記憶が蘇る。

 どれもこれも下心が透けているかのようだったな。

 私の場合、当時は若すぎたのと、誰とも組まないという噂が広まっていたようなので勧誘は少なかったけど……ある意味では他人事じゃなかった。

 ほろ苦い記憶まで思い出しかけたところで意識を切り替える。


「その依頼ってどういうの?」

「えっとね、これこれ」


 依頼書を手渡されたのでプロンにも見えるようテーブルに広げる。

 真っ先に報酬を確認すると、なかなかの額が貰えるようだ。

 次に依頼内容へと目を通す。


「……これは、清掃の依頼?」

「中央の辺りに大きなお屋敷があるでしょ、あそこなんだってー」

「数日掛かりで掃除するから、とにかく人手が欲しいみたい」


 とはいえ、大きな屋敷なら高級な調度品や、値打ち物も多くあるだろうから迂闊に部外者を入れるわけにもいかない。

 だから下手に人を雇うより、厳しいランク付けの制度と、過去の冒険者たちが積み上げた信用がある冒険者に依頼するのが鉄板だ。

 これも、そういった案件だろう。


「厄介なのは、なにか些細なミスで報酬を減らされたり、うっかり調度品を傷つけたら賠償させられることかな」

「へへーん。その点はご安心を! ちゃんと調べておいたからね!」

「この屋敷に近々、誰かが住むとかで急いで整えたいそうなの。だから報酬をケチったせいで変な噂が流れて、冒険者に避けられるような真似はしないと思うよ。あとは、こちらがミスしなければいいだけね」

「そこまで調べたんだ」

「もちろん、シリスちゃんのおかげだよ」


 言われて思い出したけど、前に様々なアドバイスをしたんだった。

 この封印都市は大きいだけあって人も多い。

 そうすると細かい仕事も増えるのだが、専門職がないため暇な知り合いに臨時で頼むか、冒険者に依頼という形で回って来るのだ。

 中には、そういった依頼を専門とする者がいるほど需要があった。

 でも時には悪用する者も紛れ込むもので、事前に調べておかないと犯罪に巻き込まれる危険性もある。

 残念ながらギルドもそこまで手が回らないので、こればっかりは個人で調査しなければならない。

 あまり報酬や待遇がいいと、特に注意が必要だね。


「だったら心配いらないかな……プロンはどう思う?」

「シリスさんがよければ、それでいいと思います」

「うーん、できればプロンの意見が聞きたいな。私たちはパーティなんだし」

「そうですね。では私は構いません。掃除も得意ですので」


 相方は問題ないみたいだし、掃除なら私も孤児院で手慣れているから不安はなかった。せっかくだから受けようかな。

 そう考えて振り返ると、二人は珍しい物を目にするような顔をしていた。


「な、なに?」

「えっとね、シリスちゃんにもやっといいパーティが出来たんだなって」

「そうそう! 前から話だけは聞いてたし、見かけたこともあったけど、実際のところどうなのかなーって心配してたんだよ」

「あ、あれ、まだ紹介してなかったっけ?」


 礼儀作法がしっかりしているプロンだから、てっきり挨拶くらいは済ませているものだとばかり……いいや、先輩として私から紹介すべきだったんだ。

 何気に私もパーティを組むのが初めてだから、その粗が出てしまったな。

 改めて、私はプロンを二人に紹介した。

 でも二人とも気にしていないようで、むしろ余計な気を遣わせてしまってごめんと謝られてしまう。

 お互い笑って水に流すとしよう。


「でもシリスちゃんさ、ディーネは大丈夫なの?」

「うっ……!」


 名前を耳にして、ほろ苦い記憶を明確に思い出してしまった。


「ディーネというのは、どなたですか?」

「あーそっか、プロンちゃんには話してないよね」

「余計なお世話だと思うけど、先に説明しておいた方が……」

「うん、わかってる。ちょっと失念していたというかなんというか」


 できれば忘れたままでいたかったけどね。


「えっとねプロン、そのディーネっていうのは……」




「貴女がシリスですわね! 気に入りましたわ、私のパーティに加わりなさい!」

「ごめんね」


 ディーネとの出会いは、そんな感じだった。

 急に、唐突に、情熱的に、出会い頭に、勧誘されたのだ。

 それも一度ではなく、断っても次の日には忘れたように現れるのである。

 あまりの強引さに周りも苦言を呈したけど三年前の当時、私は十一歳でディーネは十三歳だったのもあり、子供のやることだと見守る空気ができていた。

 なによりディーネは人の話を聞かなかった。


「わ、私のなにが不満だというの!?」

「いや、だからさ……」


 事情を説明しても言い訳と捉えられて納得してくれず、その果てには。


「ならば私と勝負し、私が勝ったら加入しなさい!」

「えぇ……」


 などということを数十回と繰り返し、半年ほど前ようやく諦めたのか、またもいきなり王都のギルドへ拠点を移してしまったというわけだ。

 それも、この数年で組んだパーティと一緒に。

 別に怒ってはいないんだけど、あのしつこさだけは困ったものだ。

 意地を張って、本気を出して全勝しちゃう私も大人げなかったかな。


 でも途中からは模擬戦をしたり依頼内容で競い合うのも、なんだかんだで私は楽しんでいた気もする。

 そう感じるのは、あれほど真っ直ぐすぎる好意を向けられ、悪意もなく挑まれ続けられたからだろう。

 そのせいか私はディーネ自身のことは嫌いではなく、むしろ好ましいとすら思っていたりする。


「というのがディーネなんだ」

「変わった方ですが、観察眼は優れている人ですね」


 よくわからない評価を下したプロンは、コクコクと頷く。


「問題はシリスちゃんがパーティを組んだと知ったディーネが、どんな行動に出るかだよね」

「うん、嫌がらせをするような性格じゃないけど、間違いなく私かプロンに対してなにか言うと思う……そうなったらごめんね」

「シリスさんが謝る必要はないです。それに迷惑でしたら私が対処します」

「ああいや、迷惑ってほどでもないんだけどね」


 ……こうして思い返すと、それほど悪い思い出でもないような?

 どうもディーネへの苦手意識だけが先行していたらしい。

 もし戻って来たら、少しは仲良くしてみようかな。

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