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真夏のシリス

「はぁっ……はぁ……、はぁ……っ」


 ジリジリと照りつける太陽の下、背の短い草むらに寝転んで息を整える。

 汗が頬を伝い、袖のない白シャツや黒いショートパンツ、その中までびしょびしょに濡れてしまったけど、時折吹き抜ける風が火照った体に心地良い。


「いつも、このような鍛錬をしているのですか?」

「ま、まあっ、じかんが、ある時、だけどねっ」

「すみません。ゆっくり休んでください。水を汲んで来ます」


 言いながらプロンは水袋を手に小走りで泉へ向かい、すぐに戻った。

 小さな手から差し出された水を、私は起き上がって勢いよく飲み干す。


「んっ……ぷはっ、ありがとプロン」

「いえ、パーティとして当然です」


 涼しい顔で言い放つプロンは、実際汗ひとつ掻いていない。

 いつもの甲冑姿だというのに……。

 これも聖騎士の鎧にかけられた魔法なのか。ちょっと羨ましい。

 

「しかしシリスさんの高い運動能力は、日々の努力による賜物だったのですね」

「そりゃ5歳の頃から色々やってるからね」


 というのは、私が前世の記憶を取り戻した後の年齢だ。

 初めは戸惑っていたものの、どうあれ体は鍛えておきたいと考えた私はマムや周囲の目を盗んでは森に入り、独自メニューの鍛錬を続けていたのである。

 もっともマムにはすぐバレたし、最初の数年は孤児院の食料事情を改善すべく森を奔走していただけで十分に鍛えられたけどね。

 今日は練習用の木剣を使っての素振り数百回や、離れた木の間を全力で往復する走り込みと基礎的なトレーニングを終えたばかりだ。


 ただ今回、森を訪れた目的は薬草の採取依頼だったりする。

 すでに必要数を集め、あとはギルドへ納品するだけとなったところで時間が余ってしまい、ついでに少し鍛錬して帰ろうと考えたのだ。

 初めは個人的な用事にまで付き合わせてしまうのはプロンに申し訳ないと思っていたら、本人はむしろ拝見したいと言い出したので、じゃあいいかと例の泉を訪れたのである。

 この泉を選んだのは誰にも邪魔されないのと、すぐに汗を流せるといった利点からだ。さすがに冬季だと厳しいけど、逆に今のような季節なら泳ぐのも涼しく楽しくて素晴らしい鍛錬場だった。


 そう、現在は夏季の真っただ中。

 あの死霊騒動から一月が経っていた。

 私もささやかながら衣替えをしており、鈍色のジャケットなんて暑くて着てられるかと脱ぎ捨てて白いシャツ――それも袖がないタイプを私は好んでいる。

 暑くとも前はボタンでしっかり閉め、首元の襟も整えているけど、たぶんこれ元は袖があったんじゃないかと思う。

 恐らく腕の部分が汚れたか破けたかで袖を肩の辺りから切り落とし、そういうデザインとして販売していたのだろう。同じのが数着もあったのは驚きだが。

 そのおかげで通常の服より安かったのでまとめて購入できたし、動きやすい上に涼しいので不満はないけどね。一切三傷(いっせつさんしょう)というやつだ。

 一度剣を振れば三つの軌跡を生じさせたとする架空の剣豪から、一度で三つも得をするという意味の言葉だとかなんとか。

 うん、どうでもいいね。


「シリスさん、休憩ついでに魔力制御の訓練も始めますか?」

「え、ああ……それはまた今度にしようかな……」


 乗り気じゃないのは諦めたからではない。

 ただ肉体的に疲れた状態だと、とても辛いからだ。

 おまけにプロンが妙にやる気を出してしまって、ちょっと難儀していたり。

 いやいや、とってもありがたい話なんだけどね。


「えーと……そう、今日は魔力講座の続きを聞かせてくれない?」

「わかりました」


 なんとか話題を逸らせてほっと一安心する。


「前回は基本まで話しましたね」

「まず自分が持つ魔力の総量を把握しないといけないんだっけ」

「はい。どれだけの魔力を持っているのかを知らなければ、加減もできずに魔力が尽きるまで消費してしまいます」


 魔力切れの恐ろしさは身に染みて理解している。

 あの抗い難い眠気は、今後も勝てる自信がないからね。

 問題は、この一カ月の間ずっとプロンから指導を受けていたのに、未だに私はこの初期段階で躓いていることだ。


「シリスさんの魔力は桁違いですので時間がかかっているのだと思います」

「でもプロンは三日でできたんだよね?」

「い、いえっ……私はその、シリスさんとは比べられるほど大した魔力は持っていなかったからですので、参考にならないと言いますか……」


 あ、ついイジワルをしてしまった。

 プロンの慌てて弁解する顔がかわいいので、たまにやってしまうんだよね。

 冗談だよと謝って続きを頼む。


「……こほん。それでは魔力による身体強化についてお話します」

「うん? この前も聞いた気がするけど……」


 首を傾げながら、その時の内容を思い出す。

 魔力というのは普段から肉体に影響を及ぼしているものだ。

 ただし総量から見ると使われているのは半分ほどだけで、残りは常に眠っている状態にあるらしい。

 なぜかはハッキリしていないけど、肉体が大きな傷を負ったりすると活性化して治癒力を高めることから、本能が緊急時に備えているのだと推測されている。

 そしてこの余力のすべてを身体強化へと回すのが魔力制御だとか。


 プロンが教えてくれた例えがわかりやすい。

 魔力を持たない者が歩いているとすれば、魔力持ちは早歩き状態だ。

 そして全力疾走が魔力制御になる。

 体力(まりょく)が尽きれば倒れてしまうってわけだね。


 より緻密な操作ができれば拳や足だけといった部分的な強化も可能だけど、その場合は肩や腰といった負担がかかる部分まで一緒に強化しないと大怪我をするそうなのでオススメはしないとのこと。

 私もこの歳で腰痛は避けたいので、全身をまとめて強化するほうが無難か。

 一方で死霊にも効果があった武器に魔力を纏わせる行為は、魔法の武器ならプロンが持つ剣のように浄化の魔法が発動するといった恩恵がある。

 じゃあ普通の武器では意味がないのかと言えば、単純に強度をあげられるので安物の剣でも折れ難くなる程度の効果が期待できるらしい。

 刃毀れすら防げると聞いて、ぜひ習得したいと思ったものだ。

 研ぐのって面倒だし、頻繁に店に頼むと費用がかさむんだよね。


「今回お話するのは、強化における限度です」

「限度?」

「例えばですが……」


 足下に転がっていた小石を拾い集めるプロン。

 なにかと例えるのは癖なのか。イメージしやすいからありがたいけど。


「ここに小石が十個ありますが、これをひとりが持つ魔力の総量とします」


 さらに少し大きな石も隣に添える。


「こちらは魔獣の魔力です。単純な計算ですが、この魔獣に勝つには魔力三割の力が必要だとします」


 小石を三つ、大石の前に置いた。

 すると大石が追加される。


「同時にもう一体の魔獣に勝つには、魔力をさらに三つ追加します」


 同じように小石が三つ移動する。

 続けて大石も増えた。

 これで魔獣は三体となり、残りの魔力は四つだ。


「そして三体目の魔獣ですが、これに勝つには魔力が四つ必要です」

「え、なんで?」


 これまでの通りなら魔獣一体につき、魔力三つで勝てるはずだ。

 そしてプロンは小石と大石を増やして同じ動作を繰り返して行くと……。


「十体目の魔獣を倒すのに必要な魔力は十一個、ここまでの合計で六十六個か」

「これが限度です。最初は飛躍的な能力上昇が見込めますが一定量を超え、さらに長時間に及ぶと効率が悪くなります。そのため、どれだけの魔力があっても個人では群れに勝てないのです」


 それはちょっと考えていたことだ。

 もし膨大な魔力を持つ者、例えばひとりで軍を相手にできるほどの者がいるとしたら危険ではないのかと。

 実際は多ければいいってものでもないみたいで安心した。

 だとしても、この例えでは六十六の魔力があれば魔獣十体に勝てるようなのでまったく無意味ってわけでもないようだ。

 より多くの魔力があれば、それだけ強くなれるのは否定されてないからね。

 ……これ脳筋ってやつかな。

 プロンには馬鹿だなんて思われたくないので見方を変えてみよう。

 そういえば、さっきプロンがなにか言っていたような。


「えっと要するに、ひとりではなく仲間が大事ってことだね」

「さすがシリスさん、その通りです。これも単純計算ですが、ひとりでは魔獣四体に魔力十五が必要ですが、二人ならそれぞれ魔力六で足ります。ワンダーです」

「わんだー?」


 ともかく正解を出せたようで良かった。


「ちなみに魔法もそんな感じなの?」

「いえ、私も専門外ですが、魔法はそういった枠を越えた奇跡です。身体強化の魔法を使ったとすれば、魔力三つで魔獣を十体倒せてしまうようなものです」

「身体強化の魔法なんてあるんだ」

「すみません。今のは仮定ですので私も知らないのです」


 しょんぼりと答えるプロン。

 彼女も自分が魔力を扱える一環として知識を有しているだけで、特に魔法に詳しいわけじゃないから仕方ない。

 前世でも魔法は存在こそ広く知られていても、かなり珍しかった。

 比較的、身近なもので教会の癒しの魔法があるかな。

 高額のお布施を要求されるから一度も目にしたことなんてないけどね。


 そもそも本来なら魔法使いが秘匿する知識を得るのに法外な対価が必要だというのを最近知ったので、善意からプロンがあれこれ教えてくれている現状は恵まれているのだと感謝しなければならないだろう。

 私だけがその利益を得るのも申し訳ないようにも思えるけど、例え上級冒険者でも一定以上の魔力を持たなければ教える意味がない、というのはこれまでの講座で理解していた。

 むしろ自分が持たない才能を他人が持っていることに嫉妬して逆恨みされるそうで、そんな理由からも多くの魔力持ちは知識を明かさないようだ。

 大半は同業者への対抗心や、お金が目当てみたいだけど。


「ところでシリスさん、そろそろお昼になりますが」

「あ、もうそんな時間か。色々と付き合わせてごめんね。お腹空いた?」

「だいじょ……」


 絶妙なタイミングできゅぅぅぅと小さな虫の音が聞こえた。


「いえ、ちょっとだけ……です」


 頬を朱色に染めながら俯くプロンは愛らしいけど、あまり触れないであげよう。


「少しだけ待っててね。すぐに汗だけ流しちゃうから」

「ご、ごゆっくりどうぞ」


 急いで荷物から着替えを出しつつ服を脱ぎ捨てる。

 話に集中していて水浴びするのをすっかり忘れていた。

 ゆっくり泳ぐつもりだったけど、早めに上がるとしよう。

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