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とある冒険者

 その日、俺は休息日で朝から酒場にやってきた。

 だというのに酒を飲むでもなく、てきとうに料理を頼んで摘んでいる。

 他を見れば似たような冒険者が何人かいるのが確認できた。

 そんな中に上級冒険者パーティ、ドラグノフのメンバーもいたのは驚きだが、酒ではなく水を飲んでいる辺りから間違いない。

 俺たちの目的は同じだ。


 俺の名前はゴノラ。初級冒険者をやっている。

 若い頃は野良の傭兵として活躍し、評判もちょっとしたものだった。

 だが膝に矢を受けてからは戦場を駆けることもできず、仕方なく始めた冒険者稼業は足手まといだと誰もパーティを組んでくれない有様で、初級から上がれない惨めな薬草取りのおっさんとなってしまった。

 どうにか暮らしていく程度には稼げているが、若い冒険者たちからは、あの歳でまだ初級などと馬鹿にされる始末。

 俺自身も今の生活に生きがいをまったく感じられず、はっきり言って冒険者としての日々は地獄だ。


 そんな俺の人生に色を取り戻してくれたのは、ひとりの少女だった。

 初めて目にしたのは彼女が冒険者登録をしようとギルドに訪れた時で、シリスという名を知ったのはもう少し後だ。

 大きな街には可愛らしい娘が多く、貴族にも美しい令嬢が数多いる。

 だが俺は、その少女ほど魅力のある娘を知らなかった。


 念の為に言っておくと、俺にそういう趣味はない。

 魅力というのも外面だけではなく、内面を含めての話だからな。

 シリスという少女は、少女らしからぬ価値観と実力を秘めていたのだ。


 元々、冒険者という人種はパーティ内でのみ協力するもので、他のパーティはすべてライバルか、または敵という認識だ。

 依頼の受注が早い者勝ちなのは今と変わらないが、当時は後から奪う行為すら横行し、情報交換はおろか時には裏で妨害工作をして失脚させ、他者を蹴落とす者さえいたくらいだった。

 そんな状況を一蹴したのがシリスちゃんだ。

 あの少女は初め、誰もが通る採取の依頼から手を出したのだが、鋭い観察力と豊富な知識によって薬の原料となる希少な草花ばかりを集めていた。

 逆に、なぜ一般的とされる薬草はひとつも採取しないのかと聞けば。


『そっちに私が手を出したら他の冒険者に迷惑がかかるし、こっちは誰も採取してないみたいだからちょうどいいでしょ?』


 たしかに彼女が本気で薬草を集めれば、他の初級冒険者の取り分が少なくなって生活費を稼げなくなる。それに中級へと昇格する者も減ってしまえばギルド側からしても迷惑な話だろう。

 しかし、これなら他の冒険者はこれまで通りだし、ギルドは不足していた薬草が定期的に納品されることになり、誰も文句を言わない。

 僅か十歳の初級冒険者が、同業者との競合を理解していたのだ。

 この話ひとつ取っても彼女の特異性がわかるが、本題はここからだ。


 なんとシリスちゃんは自分が見つけ出した希少な薬草の在処や、そこまでの安全なルート、具体的な毒草との見分け方まで公表してしまったのだ。

 冒険者にとって情報とは財産だ。

 もし他の冒険者がこぞって、その薬草を求めれば価値は暴落する。

 だが彼女は。


『できれば中級以上の人は控えて、初級冒険者に譲って欲しいな』


 なんて甘いことを朗らかに語った。

 当初は嘲笑う者たちもいたが、すでに冒険者たちの心を惹き付けつつあった彼女の言葉を聞き入れる者たちも現れ始め、一時は言い争いも起きたほどだ。

 だが、彼女はそれからも新たな採取地を発見しては、取り過ぎて根絶やしにしないよう注意しながら情報を流し続けた。

 なぜ利益にならないのに公表するのか。

 理由はすぐにわかった。

 多くの冒険者が様々な薬草を採取した結果、材料確保の難しさから価格が高騰していた薬が安価で出回るようになり、その年からは病による死者が減ったのだ。

 これこそがシリスちゃんの目的だったと誰もが直感した。


 さらに、その後もシリスちゃんは森や山における注意点や、危険な場所を他の初級冒険者にアドバイスを続け、新人冒険者の死者も一気に激減し……。

 そうして現在では、初級冒険者のほとんどがシリスちゃんのおかげで中級に昇格できただけに留まらず、家族や友人を助けられたと多大に感謝しているのだ。

 かつて殺伐としていたギルドは、いつしか互いに助け合う良好な関係を築けるに至り、利益を独り占めしての稼ぎこそなくなったものの、安定した収入と安全が確保されたことで心に余裕ができていた。

 かくいう俺も、初級のまま薬草採取を続けるのもいいか、などと思えるようになったのはシリスちゃんのおかげだ。


『薬草を採取し続ける人がいるから病気や怪我で困っている人たちは助かるし、私たちも安心して魔獣を討伐できるんだから立派な仕事じゃない? 少なくとも私はおっちゃんに感謝してるよ。だって、いつも質のいい薬草を集めてくれてるんでしょ? ギルドの人も言ってたよ。私はもう魔獣討伐ばっかりだし、今の初級は新人ばかりだから、熟練者がいると助かるんだ。できれば続けて欲しいけど、あまり無理は言えないよね……え、いいの? ありがとー!』


 そんなことを言われたら、おっさんは否応なく奮起してしまうもんだろう。

 まあ、ちょっとした昔話だ。




 もうそろそろだと、僅かに浮ついた雰囲気が酒場に流れた頃。

 両開きの扉を押して姿を見せたのは、あれからずいぶん成長したものの、まだまだ可愛らしさが勝る、艶やかな黒髪の少女。

 始めてギルドへやってきた日から、およそ四年が経つ。

 顔だけは正面のグラスへ向けながら、視界の隅にその姿を捉えた。

 最近の彼女は勘が鋭く、迂闊に盗み見しては気付かれるからだ。


 そう、俺たちがここにいるのはシリスちゃんに会うためだった。


 ……傍から見ると、色々と危ないのは承知している。

 だが少なくとも俺に邪念はない。あるのは娘を見るような慈しみの心だろう。

 あの子の役に立って気に入られたい、というのは邪念に入らないはずだ。

 ただし他の連中に関しては、話が変わる。

 あと数年も待てばシリスちゃんも立派な大人だ。俺のようなおっさん連中や、剛鉄組のご老人方は娘や孫のように接しているが、若い連中からすれば将来のパートナーとなる可能性があった。夢を見るのは仕方のないことだ。


 今日もシリスちゃんは掲示板に向かって依頼を探し始める。

 彼女が孤児院のためにお金を稼いでいるのは、この街の冒険者なら誰でも知っていると言える。

 いくつかの農家などが、格安で野菜を譲っているのを見かけることもあった。

 あまり贔屓にすると本人が遠慮してしまい……それもまた健気で構いたくなるのだが、依頼を引き受けてくれたお礼といった理由を付けなければ彼女は受け取らないのだ。

 だから、俺たちはシリスちゃんが困った時にだけ手を差し伸べられるよう、暇さえあればこうして待機するのが日課となっている。

 密かにシリスちゃん応援隊などと呼ばれているが、別に組織立って行動しているわけでも、他の奴らと示し合わせているわけでもない。

 むしろ我先にと、競っていいところを見せるため躍起になっている。

 特に、若い奴らほど先の理由からわかりやすい。


 しばらく掲示板を吟味していたシリスちゃんだったが、初心者と思われる少年たちに声をかけた。

 どうやら魔獣の討伐という、中級者以上が前提の依頼に手を出したようだ。

 放っておいても受付で断られるし、職員と周囲から笑われて若かりし頃の苦い思い出となるだけだが、無視できないのが彼女だった。


「この依頼はオレらが先に取ったんだぞ!」

「いや、そうじゃなくてね」


 なにやら揉めているらしい。

 だが、ここは余計な口を出さずに静観する。

 この程度の問題なら彼女ひとりで容易に乗り越えるからだ。

 そうこうしている内に少年たちも過ちを理解したようで、素直にシリスちゃんの言葉を聞き入れ始めていた。さすが。


「まあ今の時間帯なら、まだ酔いも回ってないだろうし大丈夫でしょう」

「は、はい! ありがとうございます!」


 聞き耳を立てていたところ、少年たちに薬草採取のアドバイスを先輩冒険者から受けるよう指示したのがわかった。

 もしや、俺の出番じゃないか?

 採取依頼は誰もが通る道だからコツを教えるのは簡単でも、その年によって薬草の群生地や、季節毎の花や茸などの成長度合いといった森の事情は大きく異なる。

 俺のように現役で採取をしていなければ的確なアドバイスはできないだろう。

 周りの中級冒険者たちも、下手なことを言ってしまえばシリスちゃんの評価が下がると理解して誰も動けずにいる。

 なら今回は譲って貰うぜ。

 おもむろに、俺は少年たちへ近付いた。


 一通りのレクチャーを終えると、意外にも少年たちは礼儀正しく感謝を口にしてギルドを出て行く。さっきまで威勢よく吠えていた子もずいぶん大人しかった。これも彼女の影響だろう。

 ふと見れば、シリスちゃんが俺に可憐な笑顔と共に拳を向けた。

 ――これだ。

 彼女の愛らしい容姿で、人懐っこい少年のような仕草をされると年甲斐もなく心が跳ねてしまう。

 それを知られるのが照れ臭くて、ついぶっきら棒に顔を背けると手を振って返してしまった。

 幸いなことに悪いようには受け取られなかったようだが、もうちょっと上手くやっていれば、名前を覚えられていたかと思うともったいない。

 まあ顔くらいは印象に残ったかも知れないので良しとしよう。


 それからヨソ者との一悶着があったが、こちらはドラグノフが介入して上手く収めていた。さすがは上級か。

 あれで飲んでいるのが水でなければ、もう少し格好が付いただろうが、酒臭い息を吐いてシリスちゃんに話しかけるのは躊躇われるのだろう。俺もそうだ。

 おかげで酒を飲む頻度も減り、以前と比べて体の調子が良くなった気もする。

 ともあれ今日もシリスちゃんの元気な姿が見れて良かった。




 死霊が出たという報せが飛び込んだのは、その日の昼過ぎだった。

 報告者はシリスちゃんだったそうだが、あいにくと俺は宿へ戻ってしまっていたので噂で耳にした程度だ。

 なんでも、とても怯えた様子で緊急事態だと語り、震えながらも急いで森を閉鎖するようにと訴えていたらしい。

 そんなシリスちゃんを一目見たかった……という邪念は振り払う。

 死霊の恐ろしさは誰もが聞いたことがある。どんなに勇敢な戦士でも目にすれば血の気を失い、触れれば生気を奪われて死ぬという化物だ。

 普段は気丈に振舞っていても、まだまだ子供。怖かったに違いない。

 だというのに彼女はギルドで揉めたヒゲ男の二人組を救い、森から抜ける際にすれ違った冒険者たちにまで声をかけて引き返すよう促したという。

 その誠意に応えるべくギルドは迅速に動き、おかげで死霊による被害は今のところ報告されていない。

 まったくもって計り知れない少女だ。


 しかし翌日になって、その認識すら甘かったと思い知る。

 先日の少年たちが森へ出かけたまま戻らないと、東の孤児院から捜索の依頼が出されたのだ。

 この街に孤児院は二つある。

 西の孤児院はシリスちゃんがいることで有名だが、東の孤児院はあまり知られていない。あの少年たちは東側の出身者だったようだ。

 まず間違いなく死霊に襲われたのだろう。

 今も生きているかすら定かではなく、リスクを考慮すれば捜索に出向くなど、よっぽどの命知らずと言えた。


「参加します」


 凛とした声がギルドにいる全員に届いただろう。

 昨日の様子からでは考えられない発言に誰もが言葉を失う。

 ギルドの職員ですらも戸惑っている。

 だが、それがシリスちゃんだ。

 自分だって怖いはずなのに、知りあい程度の少年たちを助けるために自ら危険に飛び込むことも辞さない。

 その覚悟に心を打たれた様子で、偶然にもこの場に集まっていた上級冒険者たちまでもが参加を表明した。

 俺は……できれば協力したかったが、この足では囮にもなれない。

 己の不甲斐なさに辟易とする。


「捜索に向かわない人にも頼みがあるんだ」


 そう切り出したのは、やはりシリスちゃんだった。

 彼女は俺たち街へ留まる者にも、重要な役目があると教えてくれる。

 捜索へ向かった者に負傷者が出た場合の受け入れ準備と、死霊が街まで降りてしまった場合の対処だ。

 すでにギルドから監視役こそ出ているが、あくまで森への立ち入りを制限するもので死霊に対する備えではない。

 死霊が森の奥深くで留まっている内は安全だろうし、避難するまでもないとギルドが判断しているためだが、それも絶対ではない、油断してはいけないとシリスちゃんは警鐘を鳴らしているのだ。


 これは冒険者の義務ではない。

 上級ならともかく、中級以下は自由が約束されている。

 だから、これは意地と矜持だ。

 いざとなれば俺たちが時間を稼ぐ。


「……わかった。足手まといになると思って言い出せなかったが、それくらいなら任せてくれ」


 他の中級冒険者も口々に了承する。

 全員の心がひとつとなった光景は、以前の冒険者ギルドでは考えられない。

 これも、すべてシリスちゃんの影響だとすれば本当にすごい子だ。

 もしかしたら、彼女には秘められたなにかがあるのでないか?

 例えば聖天教会の聖女や、精霊の愛し子と呼ばれる勇者のようなナニカが。


 翌朝、そんな予感を裏付けるようにシリスちゃんは少年たちを保護するだけではなく、死霊騒動すら解決して街へと帰還した。

 その反動なのか、すぐに倒れて二日間も眠り込んでしまったようだが、大きな怪我もないそうなので安心する。

 ギルドは今回の一件でシリスちゃんへ特別報酬を渡す他、ランクを上げることを約束したようだ。

 ただ上級への昇格には同ランクの三人以上のパーティでなければならず、残念ながら現状のシリスちゃんは中級の星五つが限度となる。

 だとしても受けられる依頼の幅は、大きく広がることだろう。


 今度はどんな活躍を見せてくれるのか。

 いつの間にか、そんな風に楽しみにしている俺がいるのだった。

本編の補足的な話でした。

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