プロンとメルと
ちょっと短いです
無事にシリスさんとパーティを組めた私は、意気揚々と孤児院を後にします。
少し体温が高くなり、気分が高揚しているのを自覚しました。
パーティが無理なら同じ冒険者仲間としてシリスさんを間近で観察し、時には手助けができたらと考えていましたが、私は幸運だったようです。
これでシリスさんが『真の聖女』なのかを見極められます。
いえ……見極めるなどと、おこがましいです。
そもそも私は、すでにシリスさんを真の聖女だと確信しつつあります。
悪漢のみならず死霊さえも赦し、罰するのではなく改心させてしまう慈愛と、自己犠牲に満ちた精神……。
あのシリスさんを聖女と呼ばず、他になんと呼べばいいのか私は知りません。
私も聖女候補のひとりとして選ばれて以来、多くの研鑽を積んできましたが、今となっては滑稽に思えます。
当代の聖女候補は私を含めて六人いました。
候補として選ばれた者はいくつもの試練を受け、その功績から聖天教会が判断を下し、ひとりだけが真の聖女として認定されます。
ですが試練とは曖昧なもので、嫌がらせのような雑用も、死霊退治という命がけの任務も等しく試練として指示されます。
私は、誰かの為になるのならと努力しました。
それは聖女になりたいからではなく、聖女の人助けをする姿に、私は憧れていたからです。
聖騎士の鎧を着用できる私なら、いずれ多くの助けを待つ人を救えると信じて試練を受けてきたのです。
――いつからでしょうか。
命を奪うのに手が震えなくなったのは。
夜中うなされることもなくなったのは。
笑ったり泣いたり怒らなくなったのは。
気付いたら、私は目指した場所とは程遠いところにいました。
それが当然の行為だと、なんの違和感もなく、私が救いたいと願っていたはずの相手を手にかけようと動いていたのです。
目が覚めたのは、つい先ほどシリスさんに私の本心を、私自身も自覚していなかった本当の思いを見透かされたからでした。
『嫌なことや、やりたくないことは、やらなくていいんだよ?』
まさに私にとって福音のような言葉でした。
胸のつかえが取れた気がします。
このことからもシリスさんが聖女だとわかりますね。はい。
根拠は他にもあります。
魔力の強さや、多くの冒険者に慕われる人望、孤児院のために働く献身さ。
そして死霊騎士の一件は、特に顕著です。
シリスさんが目覚める前、あの騎士は去り際に最敬礼をしました。
騎士の最敬礼には二つの意味があります。
ひとつは主君に対する礼儀です。
もうひとつは、王家の血を引く者への礼儀……のはずです。
古い国の騎士なので正確には違う可能性もありますが、少なくとも現代の騎士においては、この二通りになります。
なぜ死霊騎士がシリスさんに最敬礼をしたのかは私にはわかりませんが、きっと死霊騎士にもなにか感じるものがあったのだと思います。
つまり聖女です。間違いありません。
ですが、なぜシリスさんが聖女候補として未だに見出されていないのかは気になります。七至宝のひとつに未来を予知する道具がありますので、大半の候補者はそれによって見出されました。今回の死霊大発生も同様です。
……いえ、これはむしろ良い機会かもしれません。
すでに私は聖女候補を辞退し、聖天教会からも抜けるつもりです。
今なら、いかに無理難題を押し付けられていたのか、他の聖女候補の派閥からのみにくい嫌がらせを受けていたのかを理解できます。
むしろなぜ、これまで黙って従っていたのかが不思議です。
そんなところにシリスさんを預けられません。
シリスさんには、シリスさんがやりたいように動いて貰うのが一番です。
私はその手助けをすればいいのです。
とても革新的でワンダーです。
「少しいいかな?」
声をかけられて足を止めます。
孤児院を出てすぐの物影に見覚えのある人が立っていました。
髪から肌まで真っ白な少女……名前は。
「メルフィナさん、でしたか」
「そう。シリスの親友のメルフィナ」
ちょっと引っかかる言い方でしたが気にしません。
「なにか私にご用ですか」
「プロンは、シリスのことどう思ってる?」
「どう、とは」
彼女の意図するところが私には理解できません。
「言葉通り。思ったまま答えて?」
私がシリスさんをどう思っているか……。
であれば、答えはひとつしかないです。
「シリスさんは聖女です」
「……え?」
「シリスさんは聖女です」
「あ、はい」
よくわかりませんが、納得してくれたようです。
「そう、ね。シリスは聖女……うん」
「それでは失礼します」
小声でなにか呟き始めたメルフィナさんを置いて私は宿へ帰ることにしました。
明日も朝からシリスさんと打ち合わせがありますので、早く帰って休みます。
……それにしても、ここは強い魔力を持つ人が多いですね。
数日後、とある遠い場所、とある冒険者ギルドにて。
とある妙齢の女性が、とある情報を耳にして不機嫌に端正な顔を歪めた。
「シリスが……パーティを組んだ、ですって?」
まるで、この世の終わりのような声であった。
「間違いないわね。死霊騒動で色々と調べてたら、そんな情報があったわ」
「ふむ、あれが誰かと組むなど想像できんな」
応対するのは二人のパーティメンバーだ。
「そっそそそそ、それで! どこの誰だというの!?」
「さすがに名前まではわからないわよ」
「じゃあ、行くわよ!」
「うえぇ!?」
「むっ、帰るのか」
本人の知らないところで、新たな騒動が駆け足で訪れようとしていた。




