シリスとプロン
私たちが街に戻ってから二日が経ったらしい。
そう、あれから二日だ。
気付けば私は自室のベッドで、なんと丸々二日間も眠っていた。
なんでも街に到着した途端に倒れてしまい、北門で監視をしていたギルド職員が応援を呼んでくれたそうだ。
原因は極度の疲労だとかで、そのままぐっすりである。
一時的とはいえ死霊に取り憑かれたのだから当然の結果どころか、それだけで済んで良かったと喜ぶべきだね。
それからジンも手当てを受けたけど、同じく意識を失っているだけだったようで私よりも早く目覚めたという。
いずれ様子を見に行こうかな。
……今はちょっと外に出して貰えないので先の話になりそうだ。
「三日は安静にしていなさい」
「い、いえマム、もう私は元気に――」
「メル、後は頼みましたよ」
「え、メル?」
「ねえシリス……信じてるって言ったでしょ?」
「あ、あのねメル、無茶したのはホントにごめんだけど、あの時は仕方なかったというか……怒ってる?」
「シリスがそう思うのなら、マムの言うこと聞いてくれるよね?」
「……はい」
「やはり私よりも、メルの方が効果的ですね」
というわけで三日間はのんびりと過ごすことになったのである。
おまけに、その後もしばらく魔獣の討伐は禁止とされてしまった。
すでに死霊騒ぎは収束したとして、ギルドでも以前の活気を取り戻しているそうだから少し残念だけど、大人しく従っておこう。
孤児院には以前からの蓄えがあるから、例え私が今後一切の仕事をしなくとも数年は心配いらないみたいだし、学院の入学費に関しても思わぬ収入があった。
ジンたちの捜索成功と死霊騒動の解決が私たちの功績として認められ、特別報酬を得られたのだ。
まあ失った剣を調達するのに、そこから少し引かれるけどね。
ともあれ、せっかくの休息日なので孤児院の仕事を手伝ったり、みんなと遊んだりして過ごした。
そして三日目の昼頃、プロンがお見舞いに訪ねてくれた。
どうやら、まだ私が寝込んでいると思ったそうだ。ずっとギルドにも顔を見せていないのだから勘違いするのも仕方ない。
ちゃんとしたお礼もしたかったので、ひとまず私の部屋に招いたのだけど、なにやらメルの様子がおかしいのが気になる。
「どうかしましたか?」
「なんでもないよ」
首を傾げるプロンは以前よりも柔和な印象がした。
今日も白銀の甲冑を身に着けていたけど、前のように兜だけ外している。
恐らく会話の時はそうするのだろう。
そんなちょっとした所作からも彼女が育った環境を窺い知れる。
「元気そうで安心しました」
「うん、ちょっと心配性な保護者と親友がいてね」
「あれだけ魔力を消費したのですから心配は当然です」
「魔力……?」
「はい。シリスさんの魔力は枯渇状態でしたので」
「え、私って魔力あるの?」
「ご存知なかったのでしょうか?」
初耳だ。私は魔力を持っているのか。
魔力というのは一部の人間だけが持つ力で、そういう人はみんな魔法使いになるものだと思っていたけど。
「差はありますが生き物はみんな魔力を持っています」
「マジで!?」
「死霊を払っていた際、剣に魔力を纏わせていたので、てっきり魔力を操作する知識と技術を身に着けているのだと」
「あれも魔力のおかげだったのか……」
まったく気付かなかった。
途中から死霊を楽に倒せるようになったのは、その時から無意識に魔力を使っていたからのようだ。
「じゃあ私が倒れたのは疲労じゃないの?」
「魔力切れです。死霊に取り憑かれたことで急激に消耗してしまい、残った魔力も街へ戻ると同時に尽きてしまったのでしょう。シリスさんが平然としていたので私も気付くのが遅れました。すみません」
「いやいや、私が勝手に疲れてるだけって勘違いしたせいだから」
あの時は妙に眠気があったけど、それも疲れのせいだと思ってたよ。
「でもホントにみんなが魔力を持ってるなら、どうして誰も知らないんだろう」
「それは魔法使いが知識を秘匿しているせいです。だからといって公表しても、ほとんどの人は魔力が弱いのであまり意味はありません。シリスさんのように魔力が強くて自覚のない方は稀です」
「私は剣士だから、あまり嬉しくはないけどね」
「すみません。説明不足でしたが、魔力は運動能力にも影響します」
「えっと、どういうこと?」
プロンによれば魔力の強さは肉体強化に繋がるため、魔力が強いほど運動能力も高くなるという。
例えば小柄な少年が、いくつもの武器を集める大男を相手に一歩も引かない戦いを繰り広げたという逸話がある。少年は身軽な身のこなしと、大男の弱点を突くという戦法によって勝利したと見なされているが、これも魔力による影響があったとすればあり得ない話ではないそうだ。
「じゃあ私は知らない間に肉体強化の魔法を使ってたってこと?」
「いいえ、魔法とは別です。魔法は魔力を用いて奇跡を起こす技術ですが、単純な肉体強化は自然と身に着いてしまうものですので『気功』と区別されることもあります。魔力を操作して部分的な強化、あるいは治癒を促したり、武器に纏わせるのはすべて同様です」
「わかったような、わからないような」
「身近な物で例えると、魔獣です」
「なるほど」
これは理解しやすかった。
魔獣の体は、体内の魔石によって骨から筋肉、毛皮に至るまで魔力を帯びて強靭かつ頑強になっている。それと同じ原理が人間にも作用しているのだろう。
少し考えてみればわかることだけど、まさか魔獣と人間が同等というのは、人によっては受け入れ難い部分がありそうだ。
「そうなると、上級冒険者のみんなも魔力が強いのかな」
「あの人たちは通常より、やや強いです。シリスさんが一番ですが」
「え、でも私よりみんなの方がずっと強いよ?」
「魔力だけで強さが決まるわけではありませんから。それにシリスさんは、まだ持っている魔力を扱い切れていないようです」
つまり魔力に限らず、本来の肉体や技術、経験が重要なのは変わらないようだ。
これまでの努力が否定された気分だったけど、無駄じゃなくて良かった。
「ちなみにプロンの魔力は?」
「底が見えないシリスさんとは比べられないので、一般的な魔法使いとの比較になりますが、おおよそ三倍程度はあります」
「ちょっと待って」
今、おかしな言葉が聞こえた気がする。
「プロンが通常の三倍なら、比較できない私ってどういうこと?」
「言葉通りです。相手の魔力が自分より下回っていれば感覚で測れますが、シリスさんの魔力は見当も付きません」
「わ、私ってなんなの?」
「シリスさんは……いえ、私にも断言はできませんが、ここまでとなると血筋に関係があるかと。魔法使いは代々、魔力をより強く継がせるため結婚する相手にも強い魔力を求めるそうですので」
物心が付く前から孤児院にいたから私は自分の生まれなんて知らないし、興味もなかった。この先も気にも留めない自信があった。
だけど今、この瞬間だけはちょっとだけ気になる。
もしかしたら魔法使いだったのかな。
「ですが、その魔力のおかげで今回は助かりました」
「うん、そうだね。両親が誰かは知らないけど感謝しておくよ」
「私もシリスさんがいてくれたので気兼ねなく魔力を使えました」
魔力について聞いた時なにか言いかけてたけど、このことだったのかな。
「でも魔力があっても使い方がよくわからないからなぁ……」
「あの、よろしければ私にできる範囲でお教えしましょうか」
「え、いいの? 秘匿されてるとかは?」
「私は魔法使いではありませんし、教えてはいけない決まりもありません。ただ逆に魔法使いではないので、あまり多くは教えられませんが……」
「ちょっとでも嬉しいよ。こっちはなんにも知らない赤ん坊みたいなものなんだからね。ありがとうプロン」
「お役に立てれば幸いです」
そうして、この日はプロンの魔力講義となった。
講義というよりは無意識で操作していた魔力の感覚を掴んで、意図的に操れるようにする特訓だったけどね。
そう簡単に会得できないようで、結果は半日を費やしてもまったく進歩しなかったのが悔やまれる。
まあ初めてだったし、有意義な時間を過ごせたと前向きに考えよう。
焦らず今後も続けてみましょう、というプロンの励ましが心に染みた。
ついでと言ってはなんだけど、プロンが身に着けている白銀の甲冑についても聞いてみた。
魔法の鎧に、剣と盾なんて、金額にしたらいったいどれだけの財産となるか。
見た目だけなら美しい武具という程度だけど、もし秘められた力が知られたら賊に狙われるのは間違いない代物だ。
だから私を信頼できず話せなくとも当然だと前置きしておいたのだけど。
「これは聖騎士の鎧、そして同じく聖騎士の剣と盾です」
あっさり解説してくれた。
いつの間に、こんなにも信を得ていたのだろう。
それとも私の想像が突飛なだけで、そこまで高価な物じゃないとか。
「この鎧は体調を最善の状態で保ってくれる他、重さの軽減と肉体を保護する効果があります。剣は浄化の魔法が込められています。盾は気配を遮断する結界と前面への防護壁を展開する結界の二種類があります」
「……うん、それって最高級の魔法の武具だよね?」
「はい」
ホントにあっさり答えた。
私が知る魔法の剣なんて斬った箇所が燃えるとか、その程度でも金貨で数百枚という価値がある。
だというのに、この白銀の美少女はなんと涼しい顔をしているのか。
「そんな簡単に話しちゃって大丈夫なの?」
「なにか問題がありましたか?」
いや、たしかに私がどうこうするつもりは一切ないんだけども。
「他の人には気軽に言ったらダメだよ」
「私から説明するのはシリスさんが初めてです」
「もし私が誰かに話したらとか考えなかったの?」
「シリスさんがそのようなことをするとは思えませんが、その時は仕方がありません。誰にでも失敗はあります」
なんという信頼感だ。
私はいったいプロンになにをしたのだろう。
あれか、死霊を退治したからか。それとも非常食を分けたから?
などと悩んでいる間にもプロンの口は止まらない。
「聖騎士の名を冠しているように、これは聖天教会の七至宝のひとつで、この武具に選ばれた者だけが装備できるそうです。私は八歳の頃に偶然ながら資格があると判明しました。それ以降、普段からこれを身に着けています」
割と、とんでもない話である。
聖天教会は魔物の王を封印したという聖女を教祖した一大勢力であり、代々聖女を選定しては、その名の下に結束を深めるという。
前に教会関係者と言っていたけど、この聖天教会に属しているのだろう。
しかし武具といい、やっぱり聖騎士なんじゃないのかな。
「私は……いえ、これはもう終わったことなのでやめておきます。ただ、ひとつだけシリスさんに嘘を言ってしまいました」
「嘘?」
「はい。私は冒険者ではないのです。あの森へ入ったのも、あらかじめ死霊が発生すると予期していたからです」
「ああ、じゃあ浄化に派遣でもされたってこと?」
「そうです。あの時は事情があってシリスさんに真実を話せず、すみません」
「別に構わないよ。でもそんな凄い武具を持っているのに、たったひとりで派遣されたの? いくら死霊に効果があっても不用心だと思うけど」
「それは……すみません」
「い、いや、プロンを責めてるんじゃないよ。教会はどうして護衛や従者も付けなかったのかなって」
「…………」
なにか話し辛い理由がありそうだ。
私も無理に聞き出すつもりは微塵もないので、ここは話題を変えよう。
「えーと、あの死霊たちってもう現れたりしないのかな?」
「あの大発生は死霊騎士が放つ、負の波動によって山々に眠っていた者たちが目覚めたのが主な原因です」
あの森や山は、過去にたくさんの人が亡くなっているからね。
それらが一斉に死霊となったのなら、あの膨大な数も納得できる。
問題の死霊騎士も、なぜか城の奥で大人しくしているみたいだし、本当に死霊騒動は決着したようだ。
「あ……ということは、プロンも任務を終えて帰っちゃうんだよね」
「そのことですが、私はしばらくこの街に滞在しようと考えています」
「えっ、ホントに!?」
「は、はい」
本日で一番、嬉しい情報だ。
つい身を乗り出してプロンに近付いたら慌てたように引かれた。
ちょっとヘコみながら元の位置に戻る。
「つきましては、滞在資金を稼ぐのに私も冒険者として活動しようと考えていまして、ぜひシリスさんのパーティに……その、加えて頂けないかと……いえ、やはり図々しいですね。すみません聞かなかったことにしてください」
「うん、いいよ」
「はい。しばらくはソロで活動を……え?」
今日のプロンは色々な表情を見せてくれて飽きないな。
「あの、ですが、えっと、いいのですか?」
「もちろんだよ。むしろなんで驚くのさ」
「シリスさんはソロを好むとお聞きしていたので」
「うーん、間違ってはいないけどね」
パーティを組まないのは、他の冒険者とでは方針が合わないからだ。
「私は孤児院を第一に考えているから、ランクを上げようとか、遠出して割の良い依頼を探すとか、そういうことはしないんだ。だからパーティを組むと相手に迷惑がかかると思ってね」
「では私は……」
「プロンはしばらく滞在するんでしょ? 無理にランクを上げるわけでもなく、滞在するために稼ぐ程度なら無理をする必要もないし、だったらいいかなって」
なにより、私はプロンを気に入っていた。
普段は冷静で感情をあまり表に出さない彼女が、時折ふと見せる本来の優しさと柔らかい笑顔が好きだ。魅了されたと言っても過言じゃない。
さすがに面と向かってそんなこと言えないけどね。
「よ、よろしくお願いします」
「うん、これからよろしく」
私にとって記念すべき、初めてのパーティが結成された瞬間である。
ちょっと長話をしてしまった。
私の謹慎処分は今日で最後だけど、しばらく討伐禁止の処分が残っている。今後の予定について話し合う必要があるのだが、そろそろ日も暮れる頃合だった。
続きは明日にして、プロンは宿泊先だけ言い残して部屋を出ようとする。
「そうだ。最後に言っておきたいんだけど」
「なんでしょうシリスさん」
「嫌なことや、やりたくないことは、やらなくていいんだよ?」
「え……?」
プロンは予想外の言葉だったのか小さな口を開いたまま止まった。
「いやさ、プロンが死霊に取り憑かれたジンを殺そうとした時だけど、ホントは嫌だったんでしょ? 教会から派遣された身としては事態解決を優先しなきゃいけないのはわかるけど、それでも嫌なことは嫌だって言っていいんだよ」
「で、ですが私は……」
真面目なプロンの性格からして、それが難しいのは予想している。
これまでも自分を殺して、手を汚すこともあったのかも知れない。
だけど彼女だけが責任を背負わなくてもいいはずだ。
「どうしてもって時は、まあ仕方ないけどね。でもあの時は私がいた。これからも私がいる。だから嫌だと思ったら、まず相談して欲しいんだ。二人で考えれば、きっといい方法だって思い付くだろうし、なにより諦めるのはもったいないからね」
「もったいない、ですか?」
「うん。それにこれからはパーティなんだから困った時はお互い様だよ。だからまず相談してね。私も目一杯プロンを頼らせて貰うつもりだから」
「はい……はい!」
うん、やっぱりいい笑顔だ。
書き溜めがなくなりましたので次話から投稿が遅くなると予想されます。
どうか気長にお待ちください。
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