第五話 『襲撃するG』
僕の目の前の空間に突如出現した無数のゲート。その漆黒の穴から現れたのは千匹を超えるゴキブリたちだった。
「食い尽せ!」
ゴキブリたちが一斉にマッチョ男へ向かっていく。その先頭を駆けるのは僕の肩に乗ってきた隊長だ。
「こんな虫けらどもに何が――おい、登ってくるな! くそっ、落としても潰してもキリがねえ!」
「無駄だよ。彼らは一度狙った獲物は逃さない」
仲間を潰されたことで、僕の心に怒りが湧く。だが、それ以上にゴキブリたちの怒りが燃え上がる。
マッチョ男の足から上へ上へと這い上るゴキブリたちはその勢いを緩めない。ついに首のあたりまで登ってきている。
「お、おい、なんだよこれ! なんでこんなに! やめろ、上ってくるな! 誰か助けッ、アッ、顔はまッ、ちょ、そこげほあっ」
僕の指示から物の十秒でゴキブリたちはマッチョ男の足から頭までを覆い、真黒に染め上げている。どうやら口の中にまで侵入してきたようで必死でせき込んでいる。あれは中々えぐいよねぇ。
「おい! 大丈夫か! チッ、こうなったらこのガキを人質にして――」
言いながら振り返ったナイフ男の目が驚きに見開かれる。
何故ならそこにいるのは女の子ではなく僕なのだから。
「させるわけないでしょ」
既に十数匹のゴキブリたちに女の子を縛るロープは切ってもらっていた。安全な場所に避難させる時間はなかったから、縛られていた木の後ろに隠しただけだけれど、怒りで視野の狭くなっている男にはこれでも大丈夫だろう。その証拠に、
「どこだ! あのガキをどこへやったんだ!」
女の子を見つけられずに一層怒り狂っている。
「じゃあ、やっちゃって」
マッチョ男に群がっていた残りのゴキブリたちが、怒りに我を忘れたナイフ男の方へとたかり始める。
そしてまた、マッチョ男と同じようにナイフ男もゴキブリたちに包まれて真黒の光を反射し始めた。
ここから先は色々な意味で見ていたくない。いろいろと聞きたいことはあったが、こうなってしまっては僕に止める方法はない。僕はそろそろお暇させてもらおう。
「さあ、今のうちに行こう」
僕は隠れていた女の子に声をかけた。
「でも……」
女の子はあまりに突然いろいろなことが起きすぎたためか、混乱した様子でぐるぐると目を回している。
「しかたないなあ、それじゃあしっかりつかまってなよ」
女の子が回復するのをここで待つのも嫌なので、僕は女の子を背負いあげた。たぶん十歳前後くらいであろう女の子は軽く、あまり力のない僕でも簡単に持ち上げることができた。
僕はいまだに男達の悲鳴が聞こえる広場から、外へと踵を返した。
「ふう、軽いとはいえ、抱えっぱなしはちょっときつかったなあ」
女の子を背負って小屋に戻ってみると、いつの間にか女の子はすうすうと小さな寝息を立てていた。きっと衝撃的な体験を短期間に詰め込まれたせいで疲れ果ててしまったのだろう。
女の子を小屋のベッドに寝かせ、一息ついた僕は手のひらの上にゲートを一つ開く。そこから現れるのは先ほどの広場から呼び戻した隊長だ。僕の能力は自分で生み出した虫を呼び寄せることも可能だ。
「今回は十六匹……。本当に、本当にごめんなさいッ……」
命を落としたゴキブリたちのために謝罪と哀悼の意を込めて、僕は精いっぱいの祈りを捧げる。
僕の我が儘でこの世界に生を受け、その次の瞬間には死地へと向かわされる、そんなゴキブリたちのために。
彼らにも謳歌するべき一生があるのに、それを問答無用で切り捨てた自分を戒めるために。
心の底から思う。みんなと言葉を交わせたらいいと。
僕はみんなに何もしてあげられていない。それなのに、みんなは僕のために、命まで賭けてしまう。別に僕から何かしらの力をもらって生きているとか、そういうことは決してない。逃げようと思えば逃げてしまえるのに、みんなは僕から離れようとしない。僕を気遣い、庇い、守ってくれる。
「ねえ。隊長はどうして、僕のために戦ってくれるの?」
ポツリと呟いた僕の声に、返ってくる答えはあるはずもなく。ただ、僕の頭の上に乗った隊長の長いひげが、僕の髪をなでるばかりだった。
読んでくださりありがとうございます!
戦闘シーンを描くのは難しいものですね。変なところはなかったでしょうか?