第三十一話『立ち上がるG』
――熱い。それから、寒い。
心臓は燃えるように熱いのに、体中から力が抜けていって、どんどん寒くなってくる。
――そうだ、私は銃とナイフで……。
たぶん血が足りなくなってきているんだろう。不思議と痛くはない。あまりのショックで感覚が麻痺しているのかそれとも、
――私、もう死んじゃうのかな
そんな考えが頭をかすめる中、ふと、おにーちゃんのことを思い出した。
おにーちゃんは大丈夫かな。
もうろうとした意識の中、何かが焼け焦げる強烈な臭いが鼻を突く。
あのあと、戦いが起きたのかも。
一体何が起きて、今私の周りはどうなっているのか。確認したいけど、もう身体に力が入らない。立ち上がるどころか、手を伸ばすこともできない。
真っ暗な暗闇の中、たった一人。今から私は死んでいく。せっかくおにーちゃんに助けてもらった命が、たった一日で今にも尽きようとしている。そう思った途端、急に怖くなってきた。
――せめて、もう一度おにーちゃんの顔が見たいな。
最後に残された力と気力を振り絞り、私は鉛のように重いまぶたを開く。
でも、ぼやけた視界には何も映らない。黒一面で埋め尽くされた真っ暗な世界が広がっているだけ。
――そっか。もう、本当に……
冷たいしずくが頬を伝う。
もう諦めてしまいそうになったそのときだった。
『泣いちゃだめだよ』
そんな声が、聞こえた。
それだけじゃない。
『がんばれ! だいじょうぶ!』
『絶対に守り抜く』
『こんな終わり方をさせてたまっかよ!』
聞こえる。たくさんの声が。
私を取り囲むように、四方八方から。
聞き覚えのある、優しい声。似てはいるけどみんな違う、一人一人の声。
『私たちの名にかけて、このままでは終わらせない!』
ひときわ強く響いたその声は、
「隊長…さん?」
おにーちゃんの肩の上に乗っていた、ゴキブリさん。
『総員、散開しつつ全方位に警戒を継続! ハルカ殿を死守せよ!』
その瞬間、真っ暗だった私の視界が今度は真っ赤になった。急に入ってきた光で少し頭がくらんだけれど、すぐになれる。
世界が、赤に染まっていた。夕暮れ時の空の赤。遠くの街が燃え上がる炎の赤。そして、地面と空を埋め尽くすゴキブリさんたちの、怒りに染まった瞳の赤。
その先に見えるのは――おにーちゃん。
でも、あれは違う。おにーちゃんだけどおにーちゃんじゃない。おにーちゃんは優しくて、ふわっとした感じがする。でも今は、怖くて、悲しい顔。
「どうして、あんなことに…」
『ハルカ殿が倒れたのを見て、怒りが爆発したのだろう。その怒りが同胞達にも伝わってしまっているのだ。ハルカ殿のすぐそばにいた私たちはなぜか正気を保てているのだが…。もしかしたらハルカ殿の力は私たちと話すことだけではないのかもしれないな』
虫さんとお話しする他に、能力があったなんて――いけない。
確かにそれは気になるけど、今はそれどころじゃない。私がおにーちゃんをなんとかしないと!
全身に力を込めて、私は立ち上がろうとする。だけど、
「ぐっ!」
身体に意識を向けた途端に、おなかの傷が痛くなった。痛い。こんな痛み、今まで感じたことない。
思わずまた力が抜けて地面に倒れ込む。
『寝ていなくてはだめだ。血が止まらなくなってしまう』
「でも…、私がなんとか、しないと」
私のそばから離れると隊長さんたちは他のゴキブリさんたちみたいに普通じゃなくなってしまう。今のおにーちゃんを止めることができるのは私しかいない。
だから私は立ち上がる。痛いのなんて関係ない。きっと一番痛いのはおにーちゃんなんだから。
「ぐううぅ!」
痛みに歯を食いしばりながら、もう一度身体に力を入れる。
腕で上半身を支えながら身体を起こし、立ち上がろうとする。一瞬でも気を抜くと、すぐにまた力が抜けて倒れそうだ。
私が悪戦苦闘していると、
『本当は絶対安静なのだが……仕方がない。我々が力を貸そう』
隊長さんの声と同時に、急に身体が軽くなった。
『我々が後ろからハルカ殿の身体を支える。タイミングを合わせて立ち上がるんだ!』
振り返れば、ゴキブリさんたちがみんなで私の事を押してくれている。
「みんな、ありがとう」
『礼を言う必要はないさ。さあ、行くぞ! いち、にの、さん!』
隊長さんのかけ声に合わせてみんなが私を押す力が一層大きくなる。
そしてついに、みんなの力を借りて私は立ち上がった。
今日は珍しく二話更新します!




