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第三十話 『対峙するG』

――暴走から約六時間後――


 本州東北部を制圧したゴキブリたちは依然その数を増しながら日本最大の都市、東京へ到達しようとしていた。死者はすでに火災、建造物の崩壊に巻き込まれた者を含めて百万人を超える。

 都会人達は自分の危険よりも仕事を優先する傾向にあるためか、いまだ避難は6割ほどしか完了していない。怒りにまみれた黒の軍隊が日本の人口の三分の一が集まる関東圏へ押し寄せる。


 その様子をゼクスはビルの屋上から眺めていた。

「このままでは日本が壊滅してしまう。それだけは、なんとしても食い止めなければ……ですか。簡単に言ってくれますね。しかし忌み子の力を抑え、災厄を防ぐのが我々の本来の役目。やるしかありませんね」


 そう呟くと、ゼクスは無地の白い仮面を取り出し装着する。そして、


「久々に全力を出すとしますか」


 五十メートルを超えるビルの屋上から飛び降りた。


 空中で一回転し、体勢を整えると足下に魔方陣を展開。着地の直前に魔法が効力を発揮しゼクスの落下速度をゼロにする。


 音もなくふわりと降り立ったゼクスは侵攻を止めて臨戦態勢に入ったゴキブリたちに優雅に腰を折る。


「少しばかりお付き合い頂きましょう」


 刹那、ゼクスの周囲に無数の魔方陣が現れた。




――ミツケタ


 憎むべき宿敵が一人。突如として彼の前に現れ、児戯のように彼を出し抜いた男。彼と少女を異世界で一生籠の鳥にしようとした男。そして、少女をナイフで刺し貫いた男。

 その名はゼクス。


――骨マデ食イ尽クシテ、コノ世界カラ消シ去ッテヤル!



 黒の軍団が束になってゼクスへと襲いかかる。

 銃弾のようにぶつかっていくゴキブリたちはしかし、その全てが鈍い音を立てて跳ね返される。


「やはり、間近で見ると少々気持ちが悪いですね」


 視界を黒一色で埋め尽くされた光景を眺めながらゼクスが呟く。半径三メートルに見えないバリアを張っているためとりあえず喰われることはないが、無尽蔵のゴキブリに対して魔力は有限。このままではジリ貧だ。


「さて、こちらからも反撃といきましょうか。しかし、あれほどの数。私一人でどれだけ削り取れることやら」


 バリアの魔法を解除。瞬間、彼を押し潰そうと群がっていたゴキブリたちが支えを失って崩れ落ちてくる。それらが身体に当たるよりも早く新しい魔方陣を展開、魔法が発動する。


 爆発。


 至近距離で砲撃を受けたゴキブリは一瞬で焼失し、他のゴキブリたちも爆風で吹き飛ばされながら炎上する。一発でゼクスの周囲半径十メートルが更地になった、


 さすがのゴキブリたちもこれには足を止める。ゼクスはその隙を見逃さない。

 今度は魔方陣を横に広く展開。地面のゴキブリたちに向けて炎の魔法が発動する。火炎放射器のように魔方陣から炎が噴き出し、蠢く黒の絨毯を赤く染める。

 視界いっぱいのゴキブリたちが断末魔の悲鳴を上げて燃えていく。


「やはり炎は効果的でしたね」


 次々と炎を繰り出しゴキブリたちを燃やしていく。

 だが、ただ指をくわえて見ているゴキブリたちではない。地面がだめならばと一斉に飛び上がり、滑空するように空を飛んでゼクスに飛びかかる。


「させませんよ!」


 風の魔法を発動。台風並みの暴風が魔方陣から放たれる。風はゼクスの意思に従って自在に動き、ゴキブリたちを吹き飛ばす。


「こんなことも出来ますよ」


 風が渦をまき小さな竜巻ができあがる。竜巻は飛びかかってくるゴキブリたちだけでなく地面にいた燃えているゴキブリたちをも巻き上げた。


 炎は竜巻の中で消え去るどころかその強さを増し、赤々と燃える竜巻が完成した。


 そこに巻き込まれたゴキブリたちは風に煽られてなすすべもなく燃えて散っていく。

 

 空から攻撃しても地面から攻撃しても返り討ちにされるゴキブリたち。

 しかし彼らはゼクスに向かって突貫することをやめようとしない。


 すぐ目の前に殺すべき敵がいるのだ。何が何でもゼクスと白木を殺すようにインプットされて生まれてきた彼らは、例え相手がどれほど自分にとって脅威であろうとその動きを止めようとしない。


 彼らは自らの命に重きを置かない。自分の生命を賭したその先に目的を達成できるのならば己の身体を最大限まで活用することを厭わない。


 ただ、己の屍を乗り越えて仲間が、主が勝利を掴むことが出来ると信じて敵に向かって飛んでいく。


 その結果はゼクスの想像よりも早く、如実に表れた。

 ゴキブリたちが、向かってくるのだ。

 炎に包まれその身を焦がされても、足が動く限りは前へ。竜巻に吹き飛ばされ、足が吹き飛んでも、羽が動く限りは前へ。

 限界まで前へ。否、限界を超えて一歩。

 もはや断末魔の声など聞こえない。

 その赤々と輝く眼に宿すのは果たして主の憎しみだけなのか。


「何故だ! どうして動ける! 召喚されたとはいえ、生存本能に抗うことはできないはず!」


 その一瞬、ゼクスは失念していた。虫達にもそれぞれの自我が存在するということを。ただ本能に流されるのではなく、己の意思で行動を決定できるということを。

 だから、ついに。身体全体を燃やしながら、一匹のゴキブリがゼクスの足にとりついた。


 キィィィィィ!!


 と、そのゴキブリは鳴き声を上げて絶命した。しかしそれは断末魔の鳴き声ではない。なすべきことを成し遂げた、勝ち鬨の雄叫びだ。


 その鳴き声を聞いたゴキブリたちの勢いが増す。

 あいつにできて俺にできないはずがない。そう言わんばかりの勢いでゼクスに向かって突進する。


「クソッ!」


 その勢いにゼクスは思わず防御に移る。最初に使ったのと同じくゼクスを囲むように全方位に張られるバリアだ。


 だが、時はすでに遅い。バリアで囲った内側の範囲もすでに、ゴキブリで埋め尽くされている。


「なっ、そんなっ!」


 ゼクスの視界は、こんどこそ黒一色に埋め尽くされた。

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