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第二十六話 『決意するG』

「ハルカ!」


 壁の向こう側にいたのは、いなくなっていたハルカだった。


「おにーちゃん!」


 その声に、僕は思わず駆けだした。銃口をこちらに向ける男達に構わず、僕はハルカの小さな身体を抱きしめる。


 その途端、ハルカは張り詰めていた糸が切れるように、大きく泣きじゃくり始めた。


「おにーぢゃん! ひぐっ、おにーぢゃん、おにーぢゃん! 怖かったよ! 寂しかったよ! う、うわあああああん!!」


 しっかりした子ではあるが、それでもやはり小学生。監禁状態は応えたのだろう


「大丈夫、大丈夫だよ。もう一人にしたりしないから」


 もう二度と離さないと、そう誓いながら。

―――――――――――――――――――――――――――――――


 感動の再会、なのだろう。


 だが、私にとっては反吐が出るような光景だ。

 許しがたい、今すぐにでもぶち壊してしまいたい。そんな衝動に駆られる。


 何よりこの少年が自分の息子であると言うことが私の内情を狂わせる。


 私は息子そのものが嫌いなわけではない。実の息子を嫌う父親がどこにいるというのだろうか。


 私が憎んでいるのは、息子の身体に宿った力。虫を無限に生み出し、意のままに操るという異能なのだ。

 その憎しみはとても、とても大きなものであった。息子への愛情を凌駕するほどに。


 私は元々この世界の住人ではない。

 これは私がまだ十代の年端もいかない少年だった頃の話。


 私のいた世界は、魔法と科学の融合技術によって今の地球と同レベルの文明を築いていた。

 ごく普通の庶民の家に生まれた私は、両親と妹と、慎ましく平凡な暮らしをしていた。

 余裕があるとまでは言えないが、それでも休日には家族そろって出かけ、遊ぶくらいのことはできた。

 そんな生活に私は満足し、幸せを感じていた。


 だが、悲劇というのはいつでも唐突に訪れるものだ。

 何の前兆もなく、いかなる警告もなく、私の住む街に多種多様な虫が大量発生した。

 一匹一匹は何の変哲もないただの蟻や蜂や蝶。中には強い毒を持つようなものもいたが、一匹だけなら対処できないことはない、普通の虫たち。ただ、その数だけが、その物量だけが異常だった。

 十秒前まで普段通りだったはずの帰り道が蟻たちのひしめく黒い川に変わった。

 雲一つなかったはずの青空がバッタの大群に覆い隠され、一瞬にして夜のように暗くなった。


 町中で起きる悲鳴は虫たちの羽音にかき消される。電線は切断されて日の光どころか人工の光すらなく。混乱して乱射された火の魔法が引火してどこかの家が燃え出す。炎は街を埋め尽くす虫たちを導火線にして恐ろしいほどの早さで広がっていく。


 皮肉なことにそうしてできた赤い輝きによって初めて、私は自分の置かれている状況を知った。

 それはまさに地獄と言うに相応しい光景だった。

 炎を全てを飲み込んで広がり、その中をお構いなしに突き進む虫たちの群れ。

 燃え尽きた家の瓦礫が音を立てて崩れ落ちる。燃えてはいけないものが炙られ、焦げる匂い。虫たちに体中を覆い尽くされ、悲鳴を上げながら貪られていく。助けを求める声は空の羽音に全てかき消され、どこにも届かない。そもそもその声が届くような場所に希望はない。


 気がつけば私は走っていた。身体にまとわりつく虫たちを振り払い、口に入ってきた虫を吐き出し、足下の虫を踏み潰しながら。変貌してしまった廃墟の中、記憶を頼りに自分の家に向かって。


 やがて私はたどり着く。そこにあるのは焼け落ち、原型を留めていない瓦礫の山。思い出が、私の十数年という時間の全てが詰まっていた場所はすでに、この世から消え去っていた。

 そして私は気がつく。否、気がついてしまった。瓦礫の山の中に一カ所だけ、不自然に多くの虫が密集している場所があることに。


「ぁ……」


 かすれた声が漏れる。

 その下にあるものが何かなどと考えるよりも前に、虫たちの隙間から見え隠れする白いワンピースが全てを物語っていた。


 体中から力が抜けて、膝から地面に崩れ落ちる。

 次なる獲物を見つけた虫たちが私の身体をよじ登り始めた。私はそれを振り払うことすらせず、ただ真っ暗な空を仰いでいた。


 私にはこの状況を打開できるような身体能力や魔法の素養はない。だから、たとえ私が妹の隣にいたとしても私が彼女を救うことはまずできなかっただろう。でも、それでも、


「……ふざ、けるな」


 ふつふつと怒りがわき上がってくる。何もできなかった私自身に、理不尽すぎる世界の不条理に、そしてこの状況を作り出した元凶となる何かに。


「ふざけるなアアアアアアアアアア!!!!」


 天に向かって力の限り叫ぶ。だが、だからといって私に今を生き延びる力はない。だからこそ、私は誓う。もしも次があるのなら、もしも来世があるのならば。


 絶対にこんな悲劇は繰り返させないと。絶対に妹の敵を討つと。


 そして私は妹と同じ苦しみを味わって死ぬべく眼を閉じた。


「ぐうっ……!」

 

 虫たちが一斉に私に食らいつく。噛みつき、噛みちぎり、咀嚼する。

 少しずつ身体を削り取られる耐えがたい苦痛にうめき声が漏れる。

 この世の地獄を体現しながら、それでも私はそのときどこか満足していた。


――これで、死ぬことができる……



 しかし、世界はどこまで行っても残酷だった。


 ポツリ、と。天を仰いだまま身体を貪られる私の顔に一滴の水滴が当たる。

 ポツリ、またポツリと落ちてくる水滴は瞬く間にその数を増す。そして水滴は数える間もなく滝のような豪雨となった。

 恐らくは広範囲で起きた大規模な火災に雨雲が重なって生み出されたつかの間のゲリラ豪雨。


 数分もたてばやむであろうそれはしかし、虫たちにとっては他の何よりも恐ろしい天災だ。

 私の身体にたかっていた虫たちはおろか、地面を埋め尽くす勢いだった群れは蜘蛛の子を散らすようにその姿を消した。


 私はただ、ただ空を仰いでいた。


 フェルディナント騎士団は全てが終わってからやってきた。彼らに保護された私はすでに身寄りもなく、そのまま騎士団に入った。

 やがて、騎士団の一員として動く中で私の家族を殺したのは『セクトニアの忌み子』と呼ばれる者の持つ異能によるものだと知った。

 あの事件を起こした能力者はすでに死に、その異能はどこかの赤子達に引き継がれていくのだと言うことも。


 それから長い、長い時間が過ぎた。私はこの地球という世界に配属され、この世界の女性と恋に落ち、結婚までした。


 幸せだった、私は確かに幸せだった。あの悲劇はたまに頭の片隅をよぎる程度のものになっていたのだ。

 息子が生まれるまでは。

 どれだけその残酷な運命を呪ったことだろう。例えば息子に宿ったのが他の異能であったなら。私は息子を愛し続けただろう。


 しかし、消えかけていた私の増悪の炎は再び燃え上がってしまった。もはや、何者にも消すことは出来ない。



 繰り返すが、私は息子が嫌いなわけではない。

 ただ、その身にセクトニアの力を宿すなら、例えそれが息子であったとしても


 その異能もろとも焼き尽くす。


読んでくださりありがとうございます。

やっぱりエタらせてしまうのは嫌だったので続きを書こうと思います。なんとかやっていくので応援して頂けると幸いです

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