第二十四話 『始源のG』
これは、とある世界に生まれ落ちた、一人の少女の物語。
その世界は、地球とは似ても似つかない、ファンタジーの産物とでも言うような世界だった。
そこには魔法があって、モンスターがいて、亜人がいて、魔人もいた。もちろん、魔王と呼ばれる存在も。
少女は孤児だった。スラム街の人通りのない路地裏に捨てられていたのを奇跡的に通りかかった一人の司祭が連れ帰り、彼の教会で運営していた小さな孤児院で育てられる事となったのだ。
その孤児院は決して裕福ではなく、子供達の日々の食事を用意するので精一杯と言うような状態であったが、少女は司祭やシスター達からの厚い愛情を受け、すくすくと育っていった。
いつも明るく、それでいて細やかなところに気のつく優しい性格に育った少女。
しかし、彼女には一つだけ、司祭達を悩ませることがあった。
少女はギフテッドだったのだ。
ギフテッドとは約百万人に一人発現する先天的な魔法能力、『ギフト』を持った人間のことだ。
彼らの能力は家系や体質などとは無関係に発現し、一様に特殊な魔法能力と高い魔力親和性を持つ。
大半のギフテッドが生まれ持っているギフトはろうそく程度の火がつけられるとかそよ風を起こせるとかその程度のもの。基本的には高い魔力親和性が重要で、将来有望な魔術師となり得る。
ただし、少女の場合は少しばかり状況が違った。少女の持っていたギフトは虫と会話できる能力だったのだ。
いくら魔法が一般的な世界とは言え、虫に関わる能力は忌避される可能性が高い。普通のギフテッドであれば少しばかり無理をして最寄りの大都市にある魔法学校に通わせれば良いのだが、彼女の場合はその能力のために差別されるかもしれない。そこまで行かなくともいじめられることは間違いない。
心優しい司祭達はできる限り少女に幸せな未来を与えるために頭を悩ませ、そして少女に問うた。
「……は魔術師になりたいですか?」
当時六歳だった少女は一も二もなく頷いた。自分が魔法学校に通うと言うことがどういうことなのか、当時の彼女が理解していたならきっと頷くことはなかっただろう。だが、童話の中の魔法に憧れる無邪気な少女にそんな背景など知るよしもない。
司祭は全力を尽くし、少女は司祭の知り合いの貴族の出資で王都の魔法学校に入学できることになる。
結論から言えば、彼女に司祭が想像したような不幸は訪れなかった。
それは、司祭の努力のたまものとも言えるが、なにより彼女自身によるものだと言えるだろう。
人当たりの良い少女は誰とでもすぐに仲良くなった。多少変わったギフトの持ち主ではあったが、そんなことは気にならないくらい周囲から好意的に見られたのだ。
なおかつ、彼女はギフテッドの中でも抜きん出た魔法の才能を持っていたため、成績も常に学年トップ。圧倒的な才覚を誇る彼女に手を出せる者はまずいなかった。
しかし、終わりはいつでも突然に訪れるもの。
それは、奇しくも少女が十五歳の誕生日を迎えたその日のことだった。
少女は王都を離れ、生まれ育った街に向かっていた。
この世界では十五歳で成人する。
そのため、司祭が少女の成人を祝うパーティを開いてくれることになったのだ。
孤児院の子供や司祭達のためにたくさんのお土産を抱えて、久しぶりの帰郷に心を躍らせながら、孤児院のある街へと飛んでいた。
飛行魔法は現役で活躍する魔術師でも一握りしか扱えない魔法であったが、この頃には少女はすでに一流の魔術師と比べても遜色ないほどの実力を身につけていた。
その道のりの途中、後30分も飛べば街に着くというところで、少女は魔獣に襲われたのだ。
襲ってきたのは背に黒い翼を生やした悪魔型の魔獣。悪魔型の中でも偵察、尖兵役を担う知能の低い下級悪魔、ガーゴイルだった。
魔獣に襲われること自体はそこまで珍しいことではない。魔王や上級魔族の放つ魔力が収束して生み出されたと言われる魔獣は世界各地に生息し、人や街に度々害をなしていた。
とはいえ現れたのは偵察を主にするような下級の魔獣。少女にかかれば敵ではない。
少女は襲ってきたガーゴイルを一撃の魔法で打ち落とした。
だが、どうしてか彼女はまとわりつくような嫌な予感を拭いきれなかった。
そしてその予感は当然というか、お約束とでも言うように現実のものとなる。
燃えさかる炎にとりかこまれ、崩れ落ちていく故郷の街。と言う形で。
街を惨劇に陥れたのは上級魔族率いる魔王軍。少女が打ち落とした下級悪魔は魔王軍の尖兵の一体だった。
人知れず復活したばかりの魔王が手始めに侵攻しようとした街がたまたま少女の故郷だったのだ。こんな辺境の小さな街に、魔族と戦えるほどの力を持った者などほとんどいない。
炎に焼かれて助けを求める者。魔族に捕まり、泣き叫びながら殺される者。焼け落ちた建物の下敷きにされて苦痛のうめき声を上げる者。
少女は必死だった。
己の持てる力のすべてを行使して目に入る限りの人々を救い、暴れ回る魔族を打ち倒しながら、孤児院へ向かって駆けた。
だが、どれだけ祈ったところで、どれだけの善行を重ねたところで、その現実は変わらない。
すでに炭と灰の山となった孤児院を目の当たりにして、少女は膝から崩れ落ちた。
「……して。どうして、どうして……」
無防備な少女の背後に牛型の魔獣、ミノタウロスが迫る。
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで!」
ミノタウロスの手が、うつむく少女を掴んだその瞬間。
「う、ああああああああああああああああああ!!」
少女の喉から絶叫がほとばしる。それは決して掴まれた痛みによる物などではなくて。
絶叫とともに少女の魔力が波動となって解き放たれる。それは少女が本来持っているはずの魔力量を遙かに上回っていて。
吹き出したどす黒い魔力がミノタウロスの手を身体ごと吹き飛ばす。
ミノタウロスは壁にたたきつけられながらもその強靱な肉体で即座に立ち上がった。しかし、そのときにはすでに、魔獣の命運は決していた。
極限状態とあふれ出す膨大な魔力が、少女の本来の能力を引き出す。
うずくまる少女を取り巻く瘴気のような魔力が寄り集まっていくつもの漆黒の渦を形成する。
それはまるで地獄につながる扉のよう。
「ああ、あ、あああああああああああああああ!!」
少女の叫びに呼応するかのように、地獄の門はその鍵を開く。
そこから現れるのは、おびただしい数の虫、虫、蟲。
それはどこにでもいるような蜂や蝶のような虫だけでなく、凶悪な毒や巨大な体躯を持った虫型モンスターも混じっている。
ただ、どの虫も一様に少女の放つ黒い瘴気をまとい、その眼を真っ赤に輝かせていた。
起き上がったミノタウロスを虫たちが取り囲む。次の瞬間にはミノタウロスがいた場所は白い骨を残して跡形もなくなっていた。
しばらくして少女はフラリと立ち上がった。その瞳に仄暗い光をたたえながら。
少女は知らない。自分が『暴走』していると言うことを。否、気づいていない。今の少女にはこのような状況を生み出した魔族達を打ち倒すこと以外頭になかった。
少女は知らない。あふれ出す力が少女の負の感情によって生み出されていることを。そんな不安定な力を行使する『暴走』の先にある結末を。
少女は己の魔法と生み出した虫たちを使って街を襲った魔王軍を殲滅していった。
下級の魔獣は少女が放つ魔力の波動に圧されて近づくことさえかなわない。少女の前に立ちはだかる魔獣は彼女の魔法で切り裂かれ、穿たれ、焼き尽くされる。少女の背後から襲いかかろうとする魔獣は背後に控える虫たちに跡形もなく貪り尽くされる。
「我は偉大なる魔王の右腕、ヘル――」
「うるさい」
少女の行く道を妨げる者は、上級魔族ですら名乗りを上げる暇さえなく塵となった。
魔王軍の掃討を終わらせた少女はその背に漆黒の翼を生やし、飛び立った。
すべての元凶たる魔王を滅ぼすために。
すべてが終わって、少女はふと我に返る。
そして、少女はやっと気づく。
自分がもはや人間としての体をなしていないことに。
『暴走』
それは負の感情を糧に不安定かつ膨大な魔力を生み出すこと。そして、その魔力が術者の制御を離れ、ギフトを限界を超えて行使させること。
『暴走』が留まることなく魔力を生み出し続け、術者の持つ本来の魔力を飲み込み乗っ取るほどに膨らんだとき、変質した魔力は術者の体組織すら変質させる。
その結果として起きるのは術者の魔人化。
少女はすでに、魔王と呼ばれるに相応しい存在となっていた。
魔王にすべてを奪われた自分が魔王になると言う皮肉に少女は絶望する。
しかし、どれだけ絶望したところでその負の感情は魔力へと変換されて、むしろ少女の魔王としての力を増幅させた。
やがて少女の魔力は少女自身を侵食し始める。正常な理性を失った少女はその絶望の矛先を世界に向ける。
「……こんな世界、滅んでしまえば良い」
こうして希代の魔術師見習いは一夜にして史上最悪の魔王『セクトニア』へとその姿を変えた。
世界を破滅へと導くべく、セクトニアは侵攻を開始する。
しかし、人間達も指をくわえて蹂躙されるはずもなく、『勇者』と呼ばれる者を筆頭にした世界最強クラスの精鋭達が彼女に立ち向かう。
魔族を殺すことに特化したギフトを持つ『勇者』には、彼女といえどもこれまでのようには行かなかった。
激闘の末、セクトニアは『勇者』と相打つ形で倒れた。
そして、
「あ、れ……? 私……」
世界はどこまでも少女に対し、無慈悲だった。
死の直前、少女は意識を取り戻す。
少女は己が犯した取り返しのつかない大罪と、その結果として自分のすぐ横に倒れ伏す少年を目の当たりにしてしまったのだ。
もはや力尽きた身体には少年に手を伸ばす力もなく、絶望に流す涙さえない。
ならば、せめて、と。
だんだん薄れていく意識の中で少女は祈る。
――私の力を、必要とする人のところへ。私は奪うために使ってしまったけれど、この力を誰かを守るために使ってくれる、そんな人のところへ。傲慢な願いかもしれないけれど、この力はこんなことをするために生まれたものじゃないはずだから。
そうして少女は血に彩られて、その短い生涯を終えた。
少女の願いが天に届いたのか、その強大すぎる力は34に分けられ、いくつもの世界に分けられて人の身に宿った。
持ち主が死ぬと、力は次なる適正者を探し求めて世界を超える。そうして連綿と力は受け継がれていく。
やがて少女の生まれた世界では異世界の渡航法が確立され、渡った先でセクトニアの力の欠片が次々と発見されるようになった。
人々はその力と持ち主達を監視・保護するためにある組織を作り上げた。
それは、セクトニアと相打った勇者の名を取り、『フェルディナント騎士団』と名付けられた。
これは何百年も昔に、遥か遠くの世界で起きた、一人の少女の物語。
読んでくださりありがとうございます!
前回の投稿から大分間が空いてしまいましたが、なんとか書き上げることができました。これからも細々とやっていきますので、どうぞよろしくお願いします。




