第十五話 『逃走するG』
人工の光が一切存在しない暗闇を、月明かりだけがかすかに照らす。
鋭利な金属が月光を反射しキラリと光った。右から薄く風を切る音。
「ッ!」
その音が聞こえるやいなや、僕は思いきり左へ飛ぶ。
つい一瞬前まで僕がいた場所をナイフの刃が薙ぐ。
次の瞬間には右から風の音。今度は前に飛び込むように回避。前転して立ち上がる。
背後に殺気。僕はもう一度、地面に倒れ込む勢いで斬撃をよけようとする。しかし、
「ガッ!!」
背中に焼けるような痛みが走る。服と一緒に皮一枚持って行かれた。
それでも、息をつく暇なく斬撃は続く。僕はそれを必死でよけ続ける。男がナイフで襲いかかってきてから一分。それはもはや戦闘と呼べる代物ではなかった。
「おやおや、動きが悪くなってきてますよ?」
しかも、よける僕は必死なのに、男の方は汗一つかいていない。襲いかかってきたときからずっと、気味の悪い微笑みを顔に貼り付けたままナイフを振るってくる。
「『お友達』には頼らないんですか? このままだとあなた、死にますよ?」
男があざ笑うような口調で言う。
「クッ!」
こいつ――僕がそれをできないことを知ってて言ってやがる!
ここまでの男の口ぶりからすると、おそらく僕の能力の詳細や弱点はすべて把握されている。
僕の能力は無数のゲートを作り出し、そこから無限に虫を生み出す能力だ。だけど、ゲートを作るのには短くとも一分の集中が必要となる。もう一つ、ノータイムでゲートを作る方法もあるにはあるが、リスクが高すぎて使えない。
何にせよ、このような満身創痍で回避に全神経を使っているような状況下でおいそれとできることではないのだ。
時間、時間が足りない。なんとかして時間を稼ぐことができれば、後は……
ならばとるべき選択肢は一つ。
逃走だ。
そう決めると、僕は左から繰り出された斬撃にかまわず全力で走り出した。
ナイフが左腕をなでるが気にせず走る。目指すは山の中。木々の中に紛れてしまえば月明かりも届きにくい。しかも僕はこの山の中で一ヶ月も生活していたのだ。地形も分かるし、崖の上で開けている今の場所よりは有利に動けるはずだ。
対する男は一目散に逃げる僕を見て、一瞬虚を突かれたような表情になったが、
「ああ、そういう手で来ましたか。いいですよ、鬼ごっこは嫌いじゃありません」
そう呟くと、余裕の笑みを浮かべ直して後を追い始めた。
足下が全く見えない暗闇の下、僕は足場の悪い山の中を全力疾走していた。
「隊長! ナビゲートは任せるよ!」
僕のパーカーのポケットに潜り込んでいた隊長を呼び出し、肩の上にのせる。これで、僕が気づかなかった障害物は隊長が教えてくれる。
集中だ。集中しろ! 逃げながら一分でゲートを完成させるんだ!
あの男相手にそう何分も逃げおおせるとは思えない。
だから、なんとしてでも見つかるまでに応戦する準備を整えて置かないといけない。
最悪、もう一つの方法を用いることになるが、これは本当にどうしようもなくなった時の、最後の手段として以外では使いたくない。
小川を飛び越え、ぬかるみをよけて僕は山の中を突き進む。一ヶ月もこの空間を毎日駆け回っていれば、見えなくてもどこに何があるかは大体分かる。この山はすでに僕のフィールドだ。
だが、慢心には必ず失敗がついて回る。
いける。このまま逃げ切れる。そう僕が思ったその瞬間、
「キチッ!」
隊長が障害物を知らせる鳴き声を上げる。
でも、油断していた僕は反応が一瞬遅れた。そのまま足を踏み出した僕は足下にあった木の根に足を取られて派手にすっころぶ。
傾斜のついた地面をゴロゴロと転がり、五メートルも転がったところで木にぶつかって止まる。
「グッ!」
思わずあげそうになった声をこらえ、フラフラしながらもなんとか立ち上がる。
しかし、不運はそれだけにとどまらない。
「おやおや、見つけましたよ?」
少し離れた場所から聞こえたその声は、何の特徴もない、どこで聞いても全く印象に残らない。そんな声。でも僕の脳裏にはあの不気味な微笑みを貼り付けた平凡な顔が浮かぶ。
背中に悪寒が走ると同時に僕は反射的にしゃがみ込む。瞬間、飛んできたナイフが僕の髪を数本刈り取って背後の木に突き立った。
「本当に、勘だけはいいですね」
ほんの少し、余裕にいらだちが混じった声の主が、姿を現す。
「でも、今度こそ終わりです」
男は新しいナイフを取り出して構えると、僕に襲いかかろうとする。
でも、僕だってやられっぱなしではいられない。ジャスト一分。作戦通り時間はきっちり稼いだ。
「さあ、みんな。食事の時間だ」
ほんのかすかに月明かりが差し込む暗闇の中。暗闇よりも黒く深い漆黒のゲートが無数に現れた。
読んで下さりありがとうございます!
久々の戦闘(?)シーンですが、上手く書けていたでしょうか?




