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9.終わって

 燃え盛る山の麓は混戦状態だった。

 否、一方的と言っていい。

 熱と煙から逃亡をはかった山中の賊共を、統制された軍が蹂躙する構図だ。


「アルタイル元帥」

 空中に転移した更田は威風堂々と掃討戦の指揮を執る人物を見つけた。同時に相手にも気づかれ、双方に視線を交わす。

「ルナ先輩、降りても?」

「いいけど?」

 警戒しながら二人は地上に向かう。


 アルタイルは飄々と更田を出迎えた。

「これは次期魔王殿」

 元帥を取り巻く麾下の将兵からどっとざわめきが起きる。

 更田と連れのルナは完全に好奇と不審をない交ぜた注目の的だ。

「元帥は首都におられたのでは?」

「緑林山に異変ありの報を受け、転移の陣により急行した。ご存知か知れぬが、災禍の地故、いつでも軍勢を送り込める手配は調えている」

 昨日の今日でこうも事を起こすとは想定外だったが、とアルタイルは肩を竦めてみせた。

 悪意は感じられない。おそらくテストには及第点をいただけたのだろう。 


「そちらはお姫様は?」

 アルタイルは更田が腕に護る愛らしい存在へと興味を向け、揶揄した。

「……知らないなら、気にしなくていいですよ」

「含みがあるな。ただのお姫様ではないようだ」

 粗野で乱暴な見た目を装っているが、意外に勘のいい男である。

 異世界からの来訪者だと知れば、ルナをどう扱うだろう。接していればいずれ、悟るかもしれない。


「問題ない、更田くん」

「先輩?」

「そのときは、しょうがないことだよ」

 淡々と小声で何事かを更田に告げる風変わりな装束の少女に、アルタイルは妙な得体の知れなさを感じた。

 まだ保護すべき子供の年齢に見える。双眸が暗闇を宿す漆黒のせいか、顔立ちの幼さに反してやけに冷たい印象を受けた。

「女は怖いからな……気をつけるがいい、新王よ」

「ああ、聞いてます」


 関心をルナから移すべく、更田はわざとらしく王宮の誰もが知る名を口にした。

「宮中にも女怪がいるとか……確か、寵妃アナスタシア」

「あの雌狐か」

 アルタイルは吐き捨てるように不快を露にした。

「小僧、俺はお前を認めてもいい。条件は達成している。相応の力もあるのだろうしな。あの女にいつまでもうろつかれるより到底マシだ」

「そこまで相容れない相手ですか」

「気色悪いだけだ」


 見知らぬ少女より既知の女怪への忌避感が勝ったらしい。

 ルナの存在は意識の外へと追い遣り、アルタイルは更田に取引を持ち掛ける。

「あれを放逐できるのであれば、後見につくのも構わぬ」

「企みでも?」

「あの雌狐はここの連中と大差ない狂信の徒だ。千年王の威光をちらつかせる分なお質が悪い。何をしでかすか」

「なるほど? まあ正直やぶさかではありませんが……まだ色々と情報が足りないのでね」

 渋面の元帥をやんわりといなしながら、更田は即答を避けた。


 利用されるのは構わないが、自ら進んで王宮の権力争いの駒になる気はない。ルナのこともあり、慎重に考慮したかった。

「期待している」

「善処しますよ」

 長居しても言質を取られそうなので、更田は連絡手段や残務処理等の実務的な遣り取りをした後、速やかにその地を離れた。





 夜明け過ぎに二人はシャランと合流した。

 キャラバンの街は緑林山炎上の余波を受けて混乱していたので、街道をやや進んだところに位置する小さな街の入り口で落ち合った。

 示し合わせた訳ではなく、たまたまシャランが上司に連絡を取るために赴いたのがその街で、更田は承知で向かったのだ。


「オートロード……あんたね」

「久しぶり、シャラン」

 元保護者は脱力しているが、更田は悪びれない。

「ルナちゃん、待っててって言ったのに……」

「すみません。苦情は更田くんが承ります」

「謹んでお断りします」

「いやわかってるから。全部このクソガキのせいだと思うから」


 本当は待機依頼を無視したのはルナの判断だ。更田の思惑など邪推せず、放置してもよかった。

 独断で危険地帯に飛び込み、成り行きで山一つの崩壊を招いた。主因は概ね更田だが、ルナにも幾ばくかは責任がある。

「シャランは基本的に俺に厳しいよね」

「育ての親の義務だよ。まったく、可愛いルナちゃんを巻き込んで」

「でも先輩は大丈夫だから」

「あんたのその根拠、どっからきてんの……」

 頭を抱えるシャランを、当のルナはやや醒めた目で見る。

 更田はルナを知っているが、シャランは知らない。善意からくる心配もただの杞憂だ。こればかりは後輩の方が正しい。


「私は平気です、シャランさん」

「何、健気?」

「事実です。そちらこそ、首尾は?」

 ルナが尋ねると、シャランは周囲に目を配りながら、場所を変えるよう促した。

 早朝とはいえ活動する者が皆無ではない。道端で話し続けるのも憚られる。



 三人はさほど遠くない、シャランが以前から借りているこじんまりとした一軒家に移った。通信手段を設置してあるという拠点だろう。

 おおよそひとが暮らしているとは思えない殺風景な部屋の中央には、申し訳程度に粗末な椅子が二つとテーブルが置かれてた。少年少女は勧められ、古びた椅子に腰をかけた。

「何もなくてごめんねー」

「お構いなく」

「偽装にしても手抜き過ぎじゃないか?」


 ここはシャランの仮住まいですらないただの臨時立ち寄り所だが、周囲に不審を抱かれるようでは仕事上の支障にならないか。更田は呆れて指摘する。

「いいのいいの。別にあんなクソ上司の都合いい展開なんてムカつくし」

「相変わらずどういう信頼関係なんだ、あんたら」

「……? シャランさんはそのクソ上司さんの命で動いていたのでは?」

 おそらくはただの軽口だろうが、更田でなくとも訝しく思う。


 ルナはシャラン自身からその上司が生後間もない次期魔王を救ったと聞いた。尤もそこに打算がないとは断じ切れない。むしろ権力の中枢での出来事であれば、単なる人助けである可能性の方が低い。

「もちろん、賛同できる範囲では上司命令を順守するけど?」

「ルナ先輩のことは」

「報告してないよ。当たり前、上司より魔王サマのが偉いじゃん」

 実のところ更田は最初から信じていたようだ。

 不思議な縁が結んだ義理親子の絆は、世界を越えてなお、健在だった。

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