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7.緑林山 2

 異変あり。


 第一報が王宮に届けられたのは、次代候補が旅立った日の未明だった。

 緑林山に異変あり。

 山中に禍あり。

「燃えている」

 王宮の重鎮たちは各自それぞれの情報網から、同じ報告を受け取った。

 緑林山が燃えている。

 急ぎ軍が調えられたが、彼の地は首都から遠く状況は判然としない。

 王宮は不敵な挑戦者を待つしかなかった。






 ◆ ◆ ◆



 数刻前。


 ルナは追われていた。

 侵入を察した緑林山の首魁が、異物に兵を差し向け、排除を命じたようだ。

 洞窟内は迷路のごとく入り組んでおり、ただでさえ薄暗い中で更に姿は見え難くしているはずだが、センサーでも張り巡らしているのか、居所はすぐに知れる。

 逃げ回っても虫に似た形状の魔物の群れに遭遇し、進路を閉ざされた。


「邪魔」

 ルナは全く臆しもせずに気味の悪い生き物たちを水圧で潰し、水流で流す。既に水の操作は手馴れたものだ。

 風も火も意図すれば使える。流石に兵隊自体に殺傷を加えるのは出来うる限り遠慮したい。

「やむを得ない場合は割り切るけどね」

 言いながら、幾人かの兵の意識を沈める。周辺の酸素濃度を操れば容易だ。



  ……誰だ



 誰何の声が地響きとなって伝わってきた。

 ちょこまかと逃げ動き回る侵入者に業を煮やしたのか。


 

  誰だ誰だ誰だ



 地を這いずるように追ってくる。

 どろどろに纏わりつく不快な思念を、ルナは鬱陶しそうに片手で振り払う。


「煩い」


 ああ、本当にいやだ……。



  誰だ


  誰だ誰だ誰だ

  王よ

  王よ王よ王よ

  王ではない王は死んだ王よ王よ王よ

  誰だ王よ誰か王よ誰だあなたは


 

 拒絶が逆に刺激を与えたのか、仄暗い思念の奔流がルナを襲った。

 完全に正気でない相手の闇に触れる。

「やば」

 吞み込まれる。

 目の前が黒く染まり、身体の表面が実体のない無数の指になぞられた。

 気持ちが悪かった。


 意識の深いところで記憶が交差する。


 ――情景が変わった。





 + + +



 湖畔の水面にはひとりの男の姿が映っている。

 使役を悦ぶ守護者の熱のこもった眼差しも、孤影の主に向かっている。クロイツが最後に会ったときの彼の王だ。

 以前は長かった黒髪は、この頃短くなっていた。

 金色の双眸は妖しく美しく、何者をも寄せつけぬ孤高の輝きを宿す。

 強大な魔力を隠しもしない。


 跪くクロイツを支配するのは畏怖と忠誠だけだ。

 命を待つその表情には恍惚が見て取れた。

『お前の任はこの地を見守ること』

 クロイツを無条件に従える魔王は、何の感慨もなく言葉を落とす。

『王命に拠らずみだりに地の民を従えんとするものあらば』


 ……然るべき処置をせよ。


『御意に』





 + + +



 ああ、そうだ、彼は誓いを守るだけ。

 主の命令に盲目的に従い、自死も赦されず、ここに留まっている。


「不毛だ」

 惚けたのは一瞬だけで、ルナは自身の呟きですぐ我に返った。

 妄執の澱に触発され、記憶の欠片を見せられたルナは、深く嘆息する。

 怨念のような思念の波も、強い拒絶に見舞われ、何の手出しもできず通り過ぎていったようだ。

 いや、混乱したのか。

 あの記憶は彼の正気と狂気、いったいどちらに作用したのだろう。

「不毛だよ」


 ルナは繰り返す。

 呆れているのか嘆いているのか腹立たしいのか自分でも把握し難い。

 だが感傷に浸っている暇はなかった。地揺れにより動きが鈍ったものの、未だ攻撃を向ける兵も魔物も減った訳ではない。

 常の冷静さを取り戻して、ルナは再び慎重に歩を進め始めた。 





「先輩見つけた」

 蟻の巣のように巡る洞窟のかなり奥深いところで、先輩と後輩は再会した。

 ルナは朽葉を模した巨大虫擬きを数体切り裂いた直後で油断していた。不覚にも背後からの接近を許し、強い力で抱き締められる。


「っ……君ね」

「予告したでしょう」

「許可してない」

 どうせこちらの都合など聞かないのだろうが、増長させるのも業腹なので、ルナは絡む腕を振りほどこうと僅かに爪を立てた。

 更田は気にも留めず抱擁を続ける。口付けるように細い黒髪に顔を埋めた。

「ちょっと」


「俺も複雑なんですよ」

「それはお互い様だけど」

「驚いてませんね」

「いや驚いたよ」

「魔力も使えるし」

「……知ってたよね? 私は『大丈夫』だって」

 皮肉を受けて更田は苦笑した。


「器用ですよね。随分と力を希釈して使ってるみたいですが。魔力が濃いとそんな使い方もできるんですね」

「省エネなんだよ。どの程度保つかよくわかんないから」

 実のところ手探りにストレスを感じていたルナは、更田から溢れる魔力と技術を羨む。

 万能とまではいかなくとも、好き勝手やるには充分だ。思いもかけず巻き込まれてこちらに来てしまい、匙加減をはかりながら恐る恐る行使しているルナとは根本的に違う。

「もう慣れたんじゃないですか?」

「そんな簡単にはいかないよ」

「制御が?」

「そもそも抵抗がある」


 ルナが横から顔を上げて更田を睨めつけた。

 更田の腕を捉えた指先から、握る力がぎゅっと強められる。

「先輩は……何を危うんでいるんですか?」

「更田くんこそ、何を探ってる?」

 質問に質問で返され、更田は困った表情をした。

 ルナの小さな身体から片方だけ腕を放す。

 左腕だけでしっかりと少女の肩を掴まえると、右の掌に紅蓮の炎を灯した。


「……さらだくん?」

「見られてますね」

「知ってる」

 黒曜の瞳が微かに翳る。

 ルナはとうに気づき、厭っていた。


 ……ああ、いやだ。


 なるほど、と更田はルナの不快の正体に感づく。

「うーん……全部燃やしますかね?」

 紅い炎が温度を上げ、白く変わり、やがて青く拡がった。周辺に散逸していたモンスターの類を巻き込んで燃え盛り、奥へ、また逆に外へと走る。

 自分たちの周りだけは水の膜で保護した。酸素の限界量だけは注意しなければいけないが、いざとなればそれも作り出せる。

 多少の気掛かりはあるも、ルナは止めなかった。

「結構兵隊が詰めてたけど」

「警告ぐらいは送ってます」

 遠視の術も操れるので、人々の逃げ惑う様子すら知れる。

 あとはただ二人で待つだけだ。


「出てきてもらっていいですよね?」

「君が決めればいい」

 更田は追い打ちをかけるべく炎の勢いを強めた。


 結果としてその日、緑林山は燃えたのだ。

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