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6.緑林山 1

 少女と初めて会ったときの胸のざわめきが忘れられない。

 何の変哲もない日常の放課後だった。


 ……寂しい?


 その頃、ずっと傍にいた保護者が先んじて故郷に帰り、ひとりの生活を余儀なくされたのは確かだが、特に孤独を感じていた訳ではなかった。


 哀しい、虚しい。

 ずっと、永遠に、

 ここでも、何処にいても、

 自分は。


 この焦躁はなんだろう。

 苛立ち紛れに、少女に絡んだこともある。

 悩みを打ち明ける可愛い後輩のふりをしたこともある。

 師に見立てて慕い、姉のようだと甘え、時に仕事ぶりを見せつけ、頼れる男を演じた。

 やがて焦がれる本心を自覚する。


 知ってしまった。

 あの想いは誰のものだったのだろう。


 あなたは。


 この気持ちは厄介だと思った。

 彼女の本質を考えれば、それ以上に複雑だ。

 だからこそおそらく、自分達は出会ってしまったのだろうけれど。


 昏い帳も隔てる檻も、もうここにはない。

 また、会いましょう。

 そのときは、きっと、





 ◆ ◆ ◆



 緑林山には「守護者」がいる。

 清廉な呼び名だが、もともとは各地の要所に置かれた支配者の代理的存在、監察職の一種で、地方領主に対するお目付け役に過ぎない。

 30名から成る守護者すべてが、ある日を境に一斉に反旗を翻したのは、この世界では古い記憶ではなかった。


 15年経った。

 今もなお健在なのは、この緑生い茂る要所に鎮座する者だけだった。緑林山地方の守護者を除き、元帥アルタイル率いる魔王軍に蹂躙され、滅ぼされたのだ。


「守護者クロイツ」


 彼が抗い続けていられるのは、偏えに緑林山が天然の要塞であるからに相違なかった。

 守護者には殆ど個体差がない。彼らは魔王の人形であり手足に過ぎず、創造主たる魔王以外に従う意思を持ち得ないのだ。

 信奉者など生易しい。

「神の奴隷……かな」


 ルナは叛乱後も絶望に打樋枯れ長く引き篭ったままと噂される、死した王の眷属を哀れんだ。

 民の多くは知る由もないが、千年を治めた魔王が自分の目となり耳となる道具として創ったのが守護者という存在だ。この世界に自然に誕生したものとは異なる。

 当然のこと、彼らは造物主亡き後の中央政府にはまったく阿らなかった。守護者の価値観は唯一しかない。彼らは自らの神に、いや魔王に殉じたのだ。

 おそらく、最後の一人もいずれはとその瞬間を待っている。


「どうしようもないけどね」

 憐憫はできても解決はしない。

 あまり踏み込みたくはないんだけど、とルナは独り言ちる。

 兎に角、ここを登らなければならない。

 無茶な要求を通す我儘勝手な後輩が悪い。


 会いたくは、ないのだけれど。


 深く息を吸い、ルナは覚悟を決めた。





 緑の木々は、あちらの世界とはまるで趣が異なっていた。

 毒蛇に似た幹から分かれた枝に、人の手を模した巨大な葉が付いている。時折風にも寄らず不自然に蠢いた。向こうの植物と同じなのはどうやら色だけである。

 枝は侵入者に攻撃を仕掛けてくる。山中には入り組んだ洞窟が天然の迷宮を作っていると聞いたが、その入口まで辿り着くことさえ難しい。

 訓練された兵が巡回し、操られたらしき魔物も彷徨いている。強行突破はそこそこの腕を持つシャランがいても厳しいだろう。


 そのうえルナは今、単独行動である。

 あの通話の後、シャランはいったん上司に連絡を取るとルナの傍を離れた。遠くない場所に通信装置のような手段があるらしい。戻るまで待つように指示されたが、ルナは聞かずに動いた。

 後輩の意図を考えると、非常に不本意且つ気が進まないながらも、ルナひとりで向かうしかなかったのだ。

「デートの待ち合わせって」


 保護者は要らない。

 二人きりで会いたい。


 隠された更田の思惑を理解してしまい、ルナは少しだけ悩んだ。指定場所が面倒くさ過ぎる……。

 とりあえず、水と光を組み合わせて簡易ステルス魔法(?)を構築する。正攻法の正面突破など非効率極まりないため論外だ。

 当座の目は逃れられるが、物理的に登山の労力はかかるのは変わらない。履き物が女らしくないスニーカーなのは行幸だった。

 要塞への侵入口を探しながら進む。時折敏い兵が違和感を覚えて視線を動かすこともあるが、運良く見つからずに済んだ。

 山の中腹まで来ると、やけに守りの強固な横穴があった。


 あからさまか? 罠の可能性もある。しかし。

 ルナは意識的に気配を最小限に抑えて、こっそりとすり抜ける。


 ……ああ、いやだ。


 気づかれる。

 わかってはいた。魔力を十全には行使できない自分では、この領域を支配する守護者の目は誤魔化し切れない。

 緑林山が震える。

 ひとも獣も樹も騒ぎ出す。

 ルナは遠くから強く絡みつく思念を逆から辿るように、洞窟の奥へと駆けた。





 + + +



 その頃、山頂より遥か高く、空中からの侵入を試みていた更田は、山全体に走った動揺から、ルナの存在が知られたことを悟った。

「思ったより早いな」

 自分も急がないといけない。

 浮遊魔法を緩やかに解除し、頂きに降り立つ。

「どう思う? 忠実な守護者クロイツ」


 愚かで哀れな狂った人形よ。

 奥深くでルナのみならず更田の様子すら覗っているであろう要塞の主に、今はまだ届かぬ問いかけを口にする。

「あなたなら、わかるのかな」

 足下の地面が返答の代わりに揺れる。

「あのひとを、知っているなら」


 正解はまだわからない。

 少年は今しばらくは謎を追わなければならず、人知れず吐息した。

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