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5.お誘い

 丸二日ほど旅路を進むと、ショッキングピンクの大地が薄紅色に変わった。

 大変残念なことに、旅程はすべて徒歩で、野宿である。

 ルナはひたすらシャランに付いて歩いた。食事も寝床もシャランが慣れた風で用意した。水の魔法があるため身体を清めるのも容易だ。時折最初に遭遇した紫毛玉や色違いの毛玉が現れるが、やはりあっさりとシャランが撃退した。


 歩く以外殆ど特にすることもないので、シャランは暇つぶしを兼ねて、この世界のことや、日本にいた時のことを語る。正直異世界の政治事情だのはどうでもよかったが、更田の幼少期のエピソードなどはまあまあ興味深かった。いつか弱みに使えるかもしれない。

 二日後に街に出た。いや、街と言うよりキャラバンのような移動式テントが点在している。露店も数多く展開しており、人の往来も盛んだ。

 近くに聳える高い山々は、ルナがあちらで見慣れた深い緑色だった。





「緑林山。あの辺りはちょっと理由あり地区だから近づかない」

 露店で食事をしながら、シャランは説明した。

 肉感的な美女と、珍奇な服装の少女の組み合わせは、通りすがりからの視線を集めているが、両名とも無頓着である。


「ワケあり?」

 鶏肉(多分)を煮込んだスープを掬う手を止め、ルナは首を傾げた。

「武装蜂起してるんだよ」

「襲われるとか?」

「まあ徒に民を虐げることはないと聞いてるから、そんなに危険でもないとは思うけど、念のため。……あ、これも食べな」

 シャランは小麦ではない穀物で練られた大きなパンを無造作にちぎり、ルナに分けた。


「どうも。……武装というのは?」

「この世界だと魔力戦、だね。ルナちゃんも魔力使えてたよね、会ったときに」

「あー……なんか使えました」

 あれ以来必要もないので発動していないが、あのときルナは水を操った。他の術も試せばよかったかもしれない。

「向こうでは私もあの子も魔力なんて一切使えなかったから、この世界に起因する力なんだろうね。今のルナちゃんからはとても濃い魔力の気配がする。魔力量は普通っぽいけど」


 魔力には量と濃度がある。どちらも生来の資質であり、術は研鑽により磨くことも可能だが、絶対値は覆らない。量が少なくとも濃度が高い場合、少しの魔力でも大きな力が引き出せる。

「あの子はルナちゃんと逆で、魔力量半端ないけど濃度は普通だったな」

「次期ナントカなのに両方スゴイとかじゃないんですね」

「そりゃあ千年様じゃあるまいし」

 大抵の場合はどちらかに振れるらしい。平均して値が高い型はいなくもないが稀少だ。傑出したと言えば先代魔王だろう。


「千年……」

 ルナはふと、この世界を千年治めた魔王のことを考える。

「なんていうか……信仰、みたいな」 


 圧倒的な魔力、絶大な支持、気が遠くなるほど永い治世をひとり……ただ独り、君臨した。

 先代魔王の公式の死因は「寿命」である。この世界の人の寿命は個体差が激しく、あちらの世界の「人間」とさして変わらない者もいれば、何百年を生きる者もある。老化はなく、肉体の最盛期で成長が止まり、命数が尽きると体力が衰え、眠るように死んでいく。

 その中でも千年は短い時間ではない。だからこそ彼の王はその名を冠され、謳われ、崇拝されていた。死した今は一種の神のようなものだ。


「緑林山の連中は『そう』らしいね」

「信者?」

「かなり右寄りの。中央も手を拱いているとか」

 シャランは少しだけ声を抑えた。緑林山は目と鼻の先だ。批判と取られる言動は差し控える方が賢明だろう。尤も中央の専横や「千年様」への不敬以外には至って寛容とも聞くが。

「そこを迂回するとして、どうするんですか?」

「10日ほど迂回路を行くと大きな街道に出る。首都に行くなら途中まで大陸の外周を船で行く方が早いかも? 港町に向かって海路にするかなー」

「結構適当ですよね、シャランさん」

 まあねー、とシャランは気にした風もなく豪快に笑う。

 見知らぬ異世界に渡り、王の跡取りを育てた女傑だ。多少大雑把でも、神経質過ぎては務まらなかっただろう。


「どっちがいい? 陸路も飽きない?」

「船か……文明レベルはあんま高くないんですよね。ていうか、普通の転移魔法とかは?」

「無暗に使える術じゃないよ」

 それを初心者のくせに軽く扱ったのが更田なのだが、シャランは特に気に留めた様子もなかった。あれは規格外なのだろう。

「じゃあ海にしましょう。なんか必要なものってここで揃えた方がいいですよね。……ん?」

「だね……って、ルナちゃんポケット?」

「え? スマホ?」



 不意にルナの制服から振動があった。

 よくある通信用携帯端末機器だ。

 微小な魔力の流れを感じた。

 バイブ音に急かされ、ルナは躊躇いながらポケットからスマホを取り出す。

「着信?」

「まさか? 使えるの?」

 こちらに来てから二日以上、すでに電源は切れていたはずだ。

 そのうえ異世界で繋がるなど……有り得るのか?

 画面の名前を確認する。


「さらだくん……?」


『ルナ先輩』


 向こう側の声は間違いなく傍迷惑極まりない後輩のものだった。相変わらず憎らしいほど落ち着き払っている。

「更田くん……」

『シャランと無事合流できたようですね』

「あー……まあ無事だけど」

『まったく心配してませんでしたけど、やっぱり巻き込んだ手前、一応気を遣いました』

「人としてどうよ、それ」

『だって無用でしょう、先輩には』

「いやいやいや」


 久々に苛っとした。

 相変わらず後輩はルナに対して不遜な態度が過ぎる。彼の外面は単なる慇懃無礼だと知ってはいたが、笑顔で誤魔化せない分電話だと顕著である。


「君ね」

『あ、この通話、ご想像の通り、魔力使って無理矢理繋げているだけなんで、長くは維持できません』

「電話じゃなくてもシャランさんには連絡取ってたのに?」

『シャランには一方的に思念飛ばしただけです。お互いに通話というか念話となると結構難しいんですよ。適当な媒介があってよかった』

「で? わざわざ変則的な手間かけてるくらいだから、用件あるんだよね? あー……シャランさんに代わる?」

『いえ』


 更田の声音が少し変わる。

『先輩と話したかった』

 恋人に囁くように甘く言う。あまりの胡散臭さに、ルナは思わず砂を吐きそうになった。

『先輩とはね、やっぱり運命だと思うんですよ』

「……切るよ」

 科白だけ情熱的に並べる相手の真意が知れない。背中がざわざわと落ち着かず、ルナの応対が氷点下まで下がる。相手はものともせず、うっとりと戯言を呟いた。

『次に会ったら抱きしめます』


 いい加減気色悪い。

 だが勿論、どんなに不快な感情を撫でられても、ルナは聞き逃してはいなった。

 あまり通話時間がない中での用件――つまり、本題だ。


「どこで?」

『ははっ』

 更田は笑いを堪え切れなかったようだ。

 当たっている。

 多分これは、あまりよろしくない……どころか完全に面倒くさい案件に間違いないと確信し、ルナは眉間に皺を寄せた。


「さらだくん」

『デートの待ち合わせですね、先輩』

 本気で切ろうかと思案したルナに、更田がようやく告げる。

『……緑林山で、会いましょう』


 そして電源は切れた。

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