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4.千年の

 千年を治めた魔王がいた。

 魔王の資格は実のところ魔力量でも魔力濃度でもないが、彼の王はどちらも秀でており、他の追随を許さなかった。

 無尽蔵に力を揮い、世界のすべてを圧倒する。誰もが王に平伏し、従属し、逆らう者はなかった。


 この世界では、世界そのものを「調整」する力を持つ者が魔王の名を冠する。歴代魔王はこの固有の力により世界を治めた。

 気候を安定させ、生態系を維持し、偏りを防ぎ、繫栄させ、時に抑制し、ひとの営みを守る。

 この力は世界にひとりしか発現せず、死によって次代に受け継がれる。血筋に寄らず指名でもなく、完全に世界の気まぐれにより選定される。


 先代の魔王の治世は実に千年を数えた。

 15年前、突然の訃報がその終焉を告げるまで。





 王宮に、玉座に今、王はいない。


 空白の15年を支配した3人の権力者は、玉座の間に向かう少年を遮るように取り囲んでいた。

「魔王の跡目、ですか」

 宰相プロメテウスは玉座と少年のちょうど中間に立ちはだかり、胡散臭そうに言った。

 怜悧、冷徹と噂される宰相は、猜疑心が強い。先代亡き混乱の最中に、実際の政治を担ってきた手腕は広く認められている。千年の治世のうち半分の500年を片腕として働いた男でもある。

 柔らかな純白の髪を足元まで伸ばし、細身の肢体と中性的な顔立ちをしているため、一見女性と見紛うほど美しい。ただ、鋭い翡翠の双眸に一瞥されてなお、委縮せずその美貌を直視し続けられる者は少ない。


「確かに、魔力量は相当なもののようだが」

 少年の背後から、頭二つは高い身長の大男がついと近づいた。軍事を司る元帥アルタイルである。

 魔王軍を率いる生粋の武人だが、粗野な印象はない。身体つきこそ筋骨逞しく、圧倒的な威圧感を誇るものの、理知的な声音は落ち着いた人柄をうかがわせる。

「どうでしょう? 仰る通り並外れた魔力を感じますが、ソル殿下には敵わないのでは?」


 プロメテウスは玉座の横に佇む最後の男に視線を向けた。

「関係ない」

 低く、素っ気なく答えた男は、千年を治めた先代の直系の子孫にあたる。

 3人の中では最も実年齢が若いが、信奉された魔王に似通った容姿と、先代と比しても遜色ない魔力量から、血族の中でも特別に、王の代理として敬われている。

「魔王の証は『調整』の力」

 ソルは紅玉を嵌め込んだかのような瞳をそっと伏せ、頭を振った。先代魔王と唯一異なる目の光彩が隠されると、いよいよ彼の王が甦ったかのごとくに見えた。


「私は中継ぎに過ぎぬ。新たな王権者が現れたとあらば、辞して下ろう」

「異存はないのか?」

 アルタイルが意外そうに訊いた。

「認められるのか、このような、急に降って沸いてきた得体の知れぬ小僧を?」

「オートロードです」

 振り返って少年が自身の名を告げた。

「お見知りおきを。アルタイル元帥」


 侮られたにも拘らず、少年は愉快気だった。オートロード、言うまでもなく更田某である。

 更田はあちらの世界から王宮の庭園に転移した後、堂々と玉座の間まで歩いた。尋常でない魔力に城勤めの兵も官も皆阻むことはできず、結局対峙したのはこの世界の最高位にある3人の男だけだった。

 それでよかった。少年の敵も味方も、今すべてここにいる。

「俺はまあ、自分が魔王だって自分でわかっているから、あなた方の言い分なんて正直どうでもいいんですが」

 明らかな挑発を込めて、更田は言い放った。

「試されてあげても、いいですよ?」


「……何を」

「待て、宰相」

 苛立つプロメテウスをソルが制した。

 黒髪を翻し、玉座の脇から出でて赤い絨毯で覆われた段を下る。纏う空気の重厚さは、まだ子どもの域を出ない自称魔王とは比ぶべくもなかった。どちらに王者の貫禄があるか。民衆が王を選定できる世界であったならば、更田など歯牙にもかからなかっただろう。

「条件でも提示してください」

 更田は事も無げに言った。

 外見だけであれば、少年のそれは整ってはいるが取り立てて特徴もなく、平凡である。だが、三者三様の突出した個性に気負いもなく相対できるその余裕こそ、非凡であると言えるかもしれない。


「あなた方にさっさと認められた方が、今後の話が楽そうなのでね」

「……私から言うことはない」

 魔王の末裔は表情も変えなかった。

「オートロードとやら、其方が千年王と同じ力を持つというのであれば、私が何をするでもなく、世界が其方に恭順するであろう」

 ソルは歩を進め、自称次代も同僚二人も置き去りに玉座の間を去ろうとする。


「いや、俺は条件をつけよう」

 王国元帥が面白そうに更田の提案を受けた。思わずソルが振り返り、宰相も訝し気に眉を顰める。

「アルタイル、そのような戯言を」

「いいだろう、プロメテウス。小僧は本当に魔王かもしれぬ。だが、王であるならば臣下に力を示すのも務め」

「しかし」

「……好きにすればいい。して元帥、条件とは」

 ソルに促され、アルタイルは鷹揚に頷き、更田へと向いた。

「俺の条件は単純だ。まずは武威」

「なるほど? 戦争でもしますか?」

「その通りだ。千年王亡き後跋扈する順わぬ者共……即ち緑林山の討伐」


 アルタイルが挙げたのはこの15年で勢力を増した反逆者集団の本拠地だった。

 千年の魔王の狂信者により構成される私兵集団があり、王不在の中央政府から早々に離反を宣した。その勢力は緑林山を擁する地域一帯を呑み込み、民を侵害するでもないため屈強な魔王軍でも手を焼いている。

「この俺が平定できない地だ。うってつけだろう」

「へぇ……てっきり自分と闘えとか言うと思ったんですが、意外だな。まあいいですよ。尻拭いでも何でも」

 自信なのか無知故か、更田は殊更軽く安請け合いする。

「知らぬやもしれんが、叛乱の首魁は千年王がかつて封じた『守護者』だ」

「『守護者』……ああ、確か王直轄の監察官の役職名でしょう。なるほどね、王でないあなた方では認められないと」

「そんな連中は山といたがな。すべて潰した。残るは彼奴のみ」


 やれるものならとアルタイルは挑発する。

 ソルもプロメテウスも口を挟まなかった。無表情な前者の考えは読めないが、後者は計算高く損得をはじいている。結果、軍事のみならず政治的にもアルタイルの案を有益と判断したようだ。

「皆さんご納得ということで、その条件を受けましょう。じゃあ早速」

「……いえ、待ちなさい」

 早々に立ち去ろうとする更田を、プロメテウスが引き留めた。


 不服なのか、とアルタイルが怪訝そうに宰相を咎めた。

「アルタイルの案に否やはありません」

「では何が」

「ただ、それはアルタイルの条件」

 つまり自分は別の条件を出す。

 プロメテウスは拒否を許さぬ鋭い眼光で挑戦者を捉えた。

「ソル殿下が無条件に退くのも自由。アルタイルが自らの条件により取引するのも自由。私も好きにさせていただきましょう」

「まあそうですね。で、あなたは何を?」


 賢しい審判者からどんな難問を吹っかけられるか懸念はあったが、更田は特に反論もしなかった。今更、己から言い出した試練を受け入れぬ選択肢などない。

 条件は一つ、とプロメテウスは白い人差し指を玉座へと示した。

「私の望みは、知ることです」



「千年を治めた魔王」

 僅かに緊張が走る。

 そのとき、更田は気づかれない程度に室内すべてに目を光らせ、観察していた。

「つまびらかにしてください」

 美貌の宰相が淀むことなく不穏な、厭われるべき言葉を口に乗せた。

「如何にして、彼の王が死んだのか」


「誰が、魔王を殺したか」

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