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3.美魔女

 槍投げの名手は肉感的な美女だった。

 赤い髪が艶やかに波打つ。ギリシャ神話の女神のようなヒラヒラした服を身に纏っている。年の頃は、元居た世界ならば20代半ばといったところか。その佇まいは凛として麗しい。

 明らかに日本人ではない容姿だった。現地のひとに相違なかろう。

 灰褐色の瞳にルナの怪訝な表情が映る。

 自身を舐めるように観察する視線を受け流しながら、ルナは軽く面を上げた。


「……あー……こんにちわ? ありがとうございました?」

「えっと……ルナちゃん、でいいんだよね?」

 獰猛な水槍で化け物を屠った美女は、何の衒いもなくルナの名を呼ぶ。

「私はシャランっていうんだけど、一応、君を助けに来たというか」

「はい?」

「だから一応」

 シャランと名乗った美女は癖のある赤毛を自らの手でかき混ぜて、困ったように笑った。


「ええっと、つまりあれなんだけど」

「あれ?」

「多分、ルナちゃんの言うところの……さらだ?」

「……はぁ?」

 後輩の名に、ルナは面喰らう。

「更田くん?」

「そうその、さらだくん……に頼まれて、君を回収しに来たんだよ。ちょっと前に突然、私のいる座標近くに知り合いを送ったから保護してくれって連絡、というか一方的な知らせ? 命令? ……があったのね。だから近辺を探ってた訳だけど」

 シャランは面白そうに蠱惑的な赤い唇の端を揺らした。

「あれ自身は君のことはあんまり心配いらないと言ってたけど。まー流石に向こうからいきなり連れて来られて一人で放置とか、絶対困っていると思って結構急いで探したよ」

「言ってた?」

「うん、『ルナ先輩は大丈夫だから』って」


 意味がわからない。

 心中で後輩を罵倒しながら、ルナはシャランに説明を促した。

 彼はいったい彼女に何を頼み、どこにいるのか。そもそも彼女は更田とどのような関係なのか。

「あれの素性、どこまで聞いてる?」

「更田くんのですか?」

「魔王というのは?」

「次期ナントカとかは。殺されそうになって逃げて成人したから戻されるって話は聞きましたが」

「じゃあ概ねわかってるね」


 いや全く説明不足だろう。

 だいたい、ルナと更田が今朝会って別れるまで10分にも満たないのだ。直後に異世界転移に巻き込まれ幾ばくもない。何を知れると言うのか。

「わかりません」

「そう? じゃあ移動しながら説明するかな。歩ける?」

「はい」

 ルナは屈んだ際にジャージに付いたピンクの砂を払って、歩き出すシャランの後を追った。





 シャランはこの風貌のくせに3年前まで日本にいたそうだ。

「育ての親ってやつなんだよね」

「……道理で」

「上司の命令で赤ん坊だったあの子を連れて、君のいた世界に逃げたんだ」

「上司?」

「この世界の偉いひとだよ」


 掻い摘んでシャランは説明する。

「なんていうか……当時の魔王様が謎の死を遂げた後、その後継候補と思される新生児が次々と襲われる事件が発生してね」

 彼女の上司は早々に更田を見出だし保護すると共に、赤児が成長し刺客から己が身を守れるようになるまで、その存在を隠すことを決めたのだ。誰も追えない遠い異世界に。

「と言っても、子どもひとりで生きられる訳ないからね。私が保護者になった訳だけど」

「なるほど。でもシャラン……さんは3年前に、先にこちらに戻ったんですか?」

「もともとそういう予定でね。あちらでは魔力が使えないから、戻るには最初から転移魔法を設定しておく必要があった」


 設定は二つあった。更田の成人の日である15年後の誕生日、つまり今日と、シャランが帰還した3年前である。発動条件は時間と場所、言うまでもなく高等部のあの石碑だ。

「私は謂わば斥候かな。生活力と必要な知識は小学校卒業までに叩き込んで、こっちがあの子を呼び戻して大丈夫なのかの確認と、本命の帰還にあたって不測の事態が起こったとき対処するために、先行して待ってたわけ」

 シャランは「不測の事態」たるルナをちらりと見遣る。

「転移とほぼ同時に魔力が使えるようになったあの子は、ルナちゃんを更に飛ばしたみたい。瞬時に私のいる座標を探索して、近いところに」

 同時にシャランの思念に遠隔で呼び掛けた。どれをとっても高度な術だ。

「さすが魔王の後継だよね。確かに知識は教えたけど、ぶっつけとかないわー」

「うわー」


 ルナの脳裏に更田のわざとらしいほど涼し気な顔が浮かぶ。出会った頃から勉強も運動も委員会の仕事も難なくさらりとこなす後輩だった。

「ムカつくよねー」

 親世代にしては(まあ見た目は20代だが)軽い口調でシャランは毒づく。

「あいつ昔から何するでも余裕な態度なんだよ。ルナちゃんから見ても?」

「中等部からしか知りませんが」

「私がこっち帰ってからの付き合いなんだ?」

「委員会が一緒だっただけで」

「でも、あの子が手間かけて危険地帯から避難させたくらいだから、そこそこ親しいんだよね?」

「危険地帯?」


 不穏な単語にルナは眉を顰めた。

 更田が自分からルナを引き離した理由は、危険だから、なのか。

 では、彼の転移した先は……。

「ここは、更田くんのいるところからは大分遠いんでしたよね?」

「この辺りは僻地だよ。この世界って離島以外は全部地続きの大陸で、ここはその端っこ。あの子は王宮のある首都、つまり大陸中央部に転移したはずだから」


「……シャランさん、あの」

 想像はつく。逃れた子どもは成長したが、身の安全は未だ保障された訳ではないのだ。

「さっき言ってた……ええっと、魔王候補暗殺事件ですけど、その」

「今以て解決はしていないね。刺客だか黒幕だかの正体も判明していない」

 ルナの問いかけを待たずにシャランは答えた。更に物騒な言葉を続ける。

「ただ、うちの上司見立てでは」


「先代様を殺した犯人と同一人物だろうって」

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