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2.異世界

 今日は体育の授業があって良かった。

 リュックかばんの中からジャージを取り出すと、躊躇いもなく制服のスカートの下に履く。

 慌てても仕方がないので、ルナは落ち着いている。とても、落ち着いている。

 たとえここが、異世界と呼ばれる地であっても。





 しばらくは気を失っていたようだ。

 愕然としたが、ルナは目が醒めた時すぐに事態を把握した。


 己の居る場所は日本ではない。どころか今までいた世界ですらない。

 空は鮮やかな黄緑色だった。オレンジの雲がゆっくりと流れる。

 ショッキングピンクの大地に水色水玉模様の草木が生い茂り、漆黒の花々が風に揺れていた。その周囲を、ガラス細工で出来た蝶らしき虫の群れが飛び交う。

 ちょっと見渡せる辺りを確認しただけでも一目瞭然である。


「まさか」


 世界が、違う……。


「いやいやいや」

 否定してみるも、眼前の異質な風景が常識離れした現実を主張する。

 もし後輩が「魔王」を名乗るならば、まさかここが「魔王」だのが支配する世界であると言うならば、仮に「魔界」とでも名付けけるべきだろうか。

「巻き込まれた……?」


 異世界転移って本気か。

 魔王って、中二病患者でもなく事実なのか?

 謝られても困る。

 ルナは何故かこの場にいない後輩に内心で激しく突っ込む。

 当の後輩はどこに行ったのか。それどころか周囲に人気もなかった。


「異……世界……」

 信じ難いが、夢でなければこの状況では否定する材料はない。

 真偽の程は兎も角として、自称「魔王の後継者」である後輩が、あのとき帰還の途に就こうとしていたのは事実だったのだ。

 たまたま居合わせた不運に見舞われ、ルナは帰郷に巻き込まれた。おそらくはあの光る石碑が元凶だろう。

 ルナがあの場にいたのは本当に偶然なので、まさか故意ということはあるまいが、奴は人当たりの良い外面とは裏腹に食えない性格なので、真意はわからない。


 戸惑いを払うようにルナは頭を振った。

「どうしようもない。それより」

 状況整理と対策と方針が必要だ。

 一体ここはこの世界のどのあたりで、更田はどこにいる?

 自分は元の場所に戻れるのか?

 更田を探して動くべきだろうか。あちらから見つけてもらうのを待つか。

 直前の科白からして、ルナの転移は織り込み済みだ。なぜ今、彼は共にいないのだろう。

「……あれは、わざと?」


 別れ際を思い出す。

 また会おうと言っていた。最初から、ひとときの別離を想起させる言葉を口にしていたではないか。

「なんだかなー」

 可能性を推測する。

 どうしても物理的にあの時点で一緒に転移するのは困難だったか。

 もしくは、彼は敢えて別の場所にルナを転移させたのか。いつかは合流するつもりだったとしても、当面は共に行動しない方がいいと判断したのではないか?

 悩んだところで回答は得られないが……。


 だがルナは冷静である。生来感情の起伏が乏しい性格というのもある。

 現況をどう理解すべきか、理性で考えている。

「でも今更どうにもなぁ……うーん……」

 頭を抱えて唸りながらとりとめもなく歩を進めると、座り心地の良さ気なトラ柄ストライプの岩(多分)を見つけた。

 腰を掛け、ルナはそれこそ今更ながらに自分の身体を確認する。


 特に身体的には目立った怪我も不具合もないようだった。

 骨にも内臓にも異常は見受けられない。あの転移の際に感じた落下の感覚も筋肉の軋む音は何だったのだろうか。夢とも幻とも断じ切れないが、現状は影響なしと判断する。

 周囲の気候も、景観こそかけ離れてはいるものの、気温湿度共に日本の春先と殆ど差異はなく、今のところ緊急に対処すべき案件はない。

 安堵に顔を緩ませると、途端に弛緩した胃腸からも主張があった。

「……お腹すいた」


 差し当たってはまず補給でもするかと、ルナはかばんから常備おやつのスナック菓子を取り出し、いくつかつまんだ。朝食はしっかり取ったはずだが、思ったより時間が経過しているのだろうか。

 空腹感をいなすようにゆっくりと咀嚼を終え、ペットボトルのお茶を含む。

 異形の景色を愉しみながらなんて、とんでもないピクニックだ。

 

 おやつ休憩が終わる頃、ルナは少しずつ近づいて来るひとつの気配に気がつく。

 あまり穏便な相手ではないように思えた。

 視線を向けると、突如現れた奇怪な生物がルナを獲物として見定めているのがわかった。





 奇妙な獣……のようなものがいる。


 ルナは接近する異形を注意深く観察した。

 紫色の毛玉に獰猛な牙が生えている。手足はなく、威嚇するような唸り声に知性は見出せない。獣の吐く息には時折少量の炎が混じっていた。

 奴が「魔王」で、ここが「魔界」なら、化け物じみたこの毛玉はさしずめ「魔物」か。

「うん、まあ……想定内」

 治安が悪いとか猛獣危険とか予想はついていた。異世界なのだから変わった生き物がいても不思議はないだろう。

 このまま襲われてもルナは闘う術を持たない。手荷物にも周囲にも残念ながら武器になるようなものは見当たらず舌打ちする。


「迂闊だったよ」

 こんな雑魚っぽいキャラ(多分)にやられるなど御免だ。

 どうせ異世界転移ならば、折角「魔界」とやらに来たのだから、いっそ自分が「魔法」でも使えるようになればいいのに。


 不意に思い至ったら、ルナの周辺の空気が微かに震えた。


 毛玉が察知して一歩後ずさる。

「もしかして」

 ルナは自分の内より湧き起こる「何か」に意識を向ける。現実感がなく超常的な……それこそ「魔力」とでも呼ぶべき力を感じた。まさかとは思うが、これは。


 いけるかもしれない。


 認識が発現を促したようだ。

 ルナの意識した空間に、何かが収束するように集まる。


 湿気……水滴?


 濃い水のイメージが水球を作る。炎に対抗するための発想だ。

 ルナは水の塊を毛玉の方角に動かすよう意志を込めた。

 毛玉は緊張に耐えられず、弾かれたようにルナ目掛けて直進してきた。

 吐き出された炎が無秩序に飛来し、あちらこちらに火の玉が駆け回る。

 熱い。

 即座に水の塊から分かれた細かい水球が炎を覆い相殺した。


「意外と使える……、と」

 呟いた時には、毛玉がルナの目前に迫っていた。僅かな隙をつかれたのか。

 ルナは自分の倍以上ある巨体に視線を上げる。

 毛玉が捕食のためか威嚇か、鋭い牙を誇示するように口を開ける。


 ――どうしようか。


 だが逡巡は結論まで保たなかった。



「伏せなさい!」



「っ!」

 突然の声に反応して、ルナは咄嗟に身を屈める。

 頭上近くを何かが通過した。直後に濁った断末魔が響き渡る。

「え……」


 顔を上げると、槍のようなものが毛玉の牙の隙間を縫って口内を貫いていた。槍は水で出来ているのか、数秒後には溶解した。続いて、その的も緩やかに崩れ、蒸発するように消失する。

 当面の脅威が失われたことを確認すると、ルナは警戒しながら声がした方を振り返る。

 少し離れた位置から手を振り向かって来る投擲手の姿が見えた。

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