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17.たたかい

 天井を壊す勢いで氷の矢が幾つも放たれた。

 シャランは仕方なしに身を隠すのを止めた。姿を現すと同時に崩れた壁を無数の石礫としてアナスタシアに向けて乱打する。

 虫も殺せぬか弱い見かけとは裏腹に、アナスタシアは扇を一振りするだけで攻撃を防ぐ。

 それも束の間、僅かな隙も見逃さずシャランが長剣で切り込んだ。


 ……避けられる。


 しかし相手は流石に一歩後ずさった。

 やや距離を取り、二人の女は対峙する。


「あら貴女……確かプロメテウス様に囚われていたのではなくて? 宰相の手を逃れるなど、随分と力ある方が後ろにいらっしゃるのね。驚きました」

 寵妃は艶冶な女戦士を睨めつける。

「お目にかかれて光栄です、お妃サマ。こちらこそ驚天動地でゴザイマスよ。お淑やかなお姫様というお噂でしたからね」

「嘘仰い」

 扇で口元を覆い、アナスタシアは戦闘中には似つかわしくなく優美な仕草でふわりと微笑んだ。

「大抵の女は、わたくしがどれほど風評と相違していても、さして驚かなくってよ。皆様一様に納得されるわ」

「化けの皮被った者同士だからバレバレってだけじゃ……いえ、麗しい花に棘があっても驚くには値しないってことでしょうよ、ええ」

「麗しいなど。貴女こそとても美しいわ」


 シャランは無遠慮に値踏みされる。

 これほどの美女が在野にあったとは、とアナスタシアは自分とは対極の魅力を持つシャランに感嘆する。情熱的な赤い髪も、女性らしい曲線美を描きながら引き締まった肉体も羨望に値するが、何より意志の強そうな面差しが凛として美しい。

「幸いでしたわ」

 アナスタシアは本気で安堵の息を吐いた。

「もし貴女のような方が王宮にいらして、あの方の目に留まっていたらと思うと」

「ご冗談を。私はただのオカン枠なので」

「ふふっ」


 相手の戯言に惑わされずに、シャランは言葉遊びの隙間を縫って小さな短剣を5本10本と投げつけた。対して、広げられた扇が宙を舞い、短剣の行く手を阻む。

「残念ね。一度でもあの方をご覧になっていたら、貴女も虜になっていたはず」

「ないわー」

 シャランが指先をパチンと弾く。

 床に落ちた短剣が再び勢いよくアナスタシアを襲った。氷塊が相殺する。短剣は何度妨げても自動追尾で攻撃を続けた。

「頭沸いてる輩に付き合ってられないんだよね」

 未だ余裕を保ったまま防戦する寵妃を傍目に摺り抜け、シャランは真っ直ぐに背後の目標へ向かう。


「……っ。まさか!」

 初めて悠然と佇んでいたアナスタシアに焦りが見えた。

 そう、シャランが帯びた密命は後宮に忍び込むだけではなかった。そして寵妃を探ることでも闘い屈服させることでもない。それは過程に過ぎない。

 彼女の仕事はアナスタシアが隠し護る何か……あの、卵のようなものだ。

 駆ける速度を上げ、シャランは気味の悪い卵に近づく。妨害の術が巡るが、下手をすれば卵自体を傷つけ兼ねない距離まで来たためその動きは鈍い。

 結果としては、アナスタシアの一瞬の躊躇がシャランの利に働いた。


 卵は接近する程に不気味だった。

 白く仄かに熱を持ち、脈打っている。

 アナスタシアが大きく悲鳴を上げた。

 シャランは思い切り魔力で物理的衝撃を目的物に与える。



 ――卵を割れ。



 上司の命は簡潔だった。

 受けた部下は優秀だった。

 パリン、と殻の欠ける無機的な音が響く。


 アナスタシアは絶望に膝を崩す。

 卵からは禍々しい黒い靄が噴き出し、ひびが瞬く間に広がってゆく。

 不吉な兆しに、戦士の本能が危険性を訴えた。

 シャランは瞬時に危機を悟り、可及的速やかに撤退の準備をはかる。すでに寵妃など構ってはいられない。


「あの……クソ上司」

 今は責めている暇はない。シャランは呑み込もうと迫る黒いうねりから、脇目も振らず一目散に逃走した。






 ◆ ◆ ◆



 それは功罪だろうか。

 

 魔王はその日、つまらぬものを見るように嗤い、くだらぬことを聞いたように答えた。

「欲しければあげるよ」

 何の予備動作もなく、自らの左眼を刳り出す。

 眼球が掌を転がり、無造作に差し出された。

 瞳には肉体でも最も強い魔力が宿る。たとえ片方だけでも、千年を治めた魔王のものであれば、並外れた魔力を有しているはずだ。


「こんなもの」


 動揺しつつも金の眼球を受け取った相手は、魔王の零した言葉に怒りを覚えた。

 つまらぬと断じ、くだらぬと貶められる「こんなもの」に羨望と憧憬で焼き焦がれそうな自分は何だ。欲して欲して欲して、自ら得ることは能わず、目溢しのように施される己は、まるで価値のない存在ではないか。


 ああ、そうであろう。


 偉大なる千年の魔王に認められたことなど、一度もない。

 遥か先を歩き、常に届かぬ高みに在り、追い縋る者に欠片も関心はなく、すべて等しく塵芥と見做している。

 自分だけではない。

 左眼を得ても、右眼が自分を映すことはない。

 好かれてもなければ嫌われてもいない。愛されも憎まれもしない。ただ朝窓辺を飛ぶ小鳥に向ける感情と何ら変わらない。


 どうして。

 どうしたら、


 あなたは。


 その後は衝動だった。

 握った魔力を元の持ち主に叩きつける。

 殺意は……あっただろうか。



『なぜ?』


『何故あのとき死んでもいいと思った?』

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