15.現場
元帥アルタイルが戻ったのは翌日だった。
帰って早々、かつて麾下にいたシャランについて取り調べめいた尋問を受けたようだ。真実か演技かは知れぬが青天の霹靂といった様子で、予想外の展開に驚き、また疑惑の的となり不愉快を隠そうともしない。
王宮は疑心暗鬼の渦にあった。
プロメテウスはシャランから有意義な情報を引き出せなかったのか、表情が険しさを増している。
更田たちの身柄を預かるソルは、対象から妨害を受け、思うように監視ができていない。
後宮の深窓は沈黙を続ける。
「雰囲気悪いですね。いいんでしょうか?」
「さてね。何が本当かはわからないよ」
ルナと更田は小声で話し合う。
二人は重鎮たちに案内され、目的の場所――即ち千年を治めた魔王の居室へと臨んでいた。
観察されている三者も、同様に次代とその連れをはかっている。
アルタイルはやや前方で先導するプロメテウスに密かに尋ねた。
「あのお姫様は何者だ?」
「存じませんよ。次代殿曰く個人的な助っ人だとか。ああ、あなたの報告にもありましたね」
「緑林山でも連れていた娘だ。どうにもな……何とも言えんが妙に気になる。調べていないのか?」
「名前と風貌から各方面を調査していますが、現時点では何も」
プロメテウスは後方の更田とルナをさりげなく振り返る。
気にかかるのは単に次代が連れているからか、素性が知れないからか。しかもどうしてかソルも少女を気にしている節がある。
「尽かぬことをおうかがいしますが」
既知のはずもないが、プロメテウスは試みに訊いてみる。次代への揺さぶりと他の二人への牽制でもあった。
「ご令嬢とは何処かでお会いしましたか?」
「……」
返答はない。
代わりにルナが微かに桜桃色の唇を横に引く。誤魔化すよりも揶揄うような笑みに見えた。
傍らで更田が苦笑しつつ曖昧に答える。
「何処で、でしょうね」
そうこうしている内に辿り着いた魔王の居室は、独立した円柱形の建物だった。王宮でもやや奥まったところ、後宮の手前に位置する。
大きさはそれなりだが、奇妙な建築物でもあった。通常の高さに窓はなく密閉されているようで、逆に高い天井に大きな天窓がある。
ひとつしかない大扉を開くと、虚ろな空間が広がった。頭上が解放されているため昼間は光が差し、灯を点す必要もない。
室内は魔王の亡骸を除けば当時のまま保存されていた。
「ここが現場……」
更田が室内に踏み込み、ルナもそれに続いた。
二人を監視する名目でアルタイルが随行する。ソルとプロメテウスはいったん扉近くに留まった。
「検証など今更」
「真に次代魔王であれば見出せるものがあるやもしれません」
「其方は認めるのか、宰相よ」
ソルが不審の目を向ける。次代を名乗る少年を最も警戒しているのは、己ではないのかと。
「ご存知でしょう。私は彼の王に忠誠を捧げた者」
少し痛まし気に、プロメテウスは魔王の遺体を確認した場所を見つめる。
年月が徐々に記憶を風化させても、死者と培った更に長い時間が勝手な忘却を許さない。年若いという理由だけでなく、ソルには理解できないだろう。
血族に連なる者たちにとって、繁栄を齎す偉大な祖であり祀るべき存在の魔王だが、プロメテウスが共に生き支えたのは、血が通った生身の相手だ。
せめて守護者のように盲目に走り、寵妃のように執着に染まれれば、心は楽だったかもしれない。芯なき今、理性を維持し続けるのにも忍耐がいる。しかし。
「職務放棄をする訳にも」
「宰相?」
「いえ。……参りましょう。次代殿の魔力探査が始まるようです」
年長者の愁いを帯びた背中に、何故かそれ以上声をかけることが叶わず、ソルは踏み止まる。
部屋の中央では淡い魔力光が広がり始めていた。
「魔力的に密閉状態の建物に、自動浄化作用付とはね。事件直後ならまだしも残留思念で再現映像くらい作れたのに……」
「どうした次代殿、お手上げか?」
「まるで先代殿が犯人を隠蔽したかの如くですよ」
魔王が倒れていた場所を中心に探査を続ける更田が肩を竦める。
ルナは飽いたのか別に思案があるのか、建物内を浮遊し、ずっと天窓の外を見ていた。その程度であれば、更田も他の者も特に行動を制限しない。
細かい探査のため、室内には魔力光が小さな球形をとって無数に散らばっている。僅かでも遺留物、あるいは残留思念があれば見逃さない……はずなのだが。
「魔王の居室は『調整』のため安定が保たれるよう設計されておりましたから。15年で自然と浄化が進んだのでしょう」
「15年前……も、検証はされたんですよね?」
魔力を収束させながら更田が尋ねると、プロメテウスは肯いた。
「当時は混乱の極みでしたから、精度には自信はありませんが」
「結果は?」
「千年王を凌駕した何者かの気配が探れたか……という質問なら、否だ」
アルタイルも答える。
「軍部も探査に加わった。戦闘があったと見做せるほど濃い残存魔力はこの部屋にはなかった。強いて言えば千年王の魔力の残滓が一番強烈だったな」
「戦闘はなかった?」
「あっただろう? この建物の密閉結界の中で展開されたなら外には漏れない。だが、あのご遺体の損傷からすれば……」
「然り」
扉の影からソルが補足する。
「聞き及んでおろう。何者かが千年王の手足を捥ぎ心臓を穿ち死に至らしめ、……その後、眼を抉ったと。更には」
「片眼を持ち去ったんでしたね。うーん……」
更田は腕を組み首を傾げた。
「状況的には自死かな」
推理小説であれば噴飯物ですが、と冗談めかして更田が嘯くと、三様に反論が挙がる。
「まさか、あり得ません」
「くだらぬ戯言を」
「不敬だろう、小僧」
「だって本人の気配しかないんでしょう? ああ、片眼が行方不明か。最低誰かひとりは介在しているとして……うーん、そうですね。あ、なるほど、逆なのかな」
思いつきを呟く更田に、三者が一斉に注目した。
「逆?」
「ええ、逆で」
何でもないことのように更田は続ける。
「片眼を抉り取られてから、殺されたんじゃないですか?」