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14.気になること

『あれはただの子ども』


 鏡の中の男は嘲笑する。


『手に入らないものを求めている駄々っ子だよ』

「入りすぎて枯れ果てた爺もどうかと思うけど」


 ルナは呆れて反論する。

 これは幻影だ。

 わざわざ口にする必要はないのだが。


『心配はない』

「別にしていない。少ししか」

『問題ない。ロメゥ、が……』





 + + +



 現場検証(?)の準備が整うまで、更田と連れのルナはソルの監視下に置かれることとなった。

 更田の不遜とも言える要求は何故か通った。ただ、封印された魔王の私室を解放するにはそれなりの手順が要る。また、不測の事態に備えて元帥アルタイルの帰還を待つことになったのだ。

 二人は貴賓室に通された。ルナの同行を強引に認めさせたのはいいが、寝泊りは同室である。無論、最低限の世話係と監視兵以外は近寄らない。


「二人きり……ですね。先輩」

 部屋の扉を閉じてすぐ甘く囁く更田が、室内を盗視盗聴するすべての術を無効にし、防御結界を張ったのがわかった。

「警戒されるよ」

「既にされてますし。プライバシー優先なので」

 ゆったりとソファに腰かけた更田は相変わらず飄々としている。先刻の自分が魔王の末裔の劣等感を刺激したなど、想像にも至らないだろう。

「ルナ先輩、さっきは大人しかったですね」

「うーん……話すのはちょっと」

「ああ、言語が違うから」


 高圧的なソルも犀利なプロメテウスも、ルナの存在に幾ばくかの不信感を抱かないはずがなかった。異世界から来たなどと信憑性を欠く与太話と断じられそうではあるが……兎も角まだ容易には悟られたくない。

「どうしたいですか?」

「……君は?」

「そうですね、シャランは大丈夫でしょうし、魔王殺害犯探しも正直どうでもいいです。俺が気になるのはやっぱり……」

「卵?」

 ルナの問い掛けを更田が即座に首肯する。


 気にしていたのはルナも同様だった。

「想定より淀みが酷いね。更田くんの方がよくわかると思うけど」

「こういうのって、ぱぁっとひと思いに『調整』しちゃいけないんですかね?」

「根本を絶たないと意味ないんじゃ?」

「つまり、あの卵……というか中身か」

 更田は以前のように掌に映像を浮かべる。徐々に縮尺を広め、王宮内で該当の部屋の位置を特定する。所謂後宮の奥だ。

「お妃ひとりしか置かなかったと聞いてますけど、随分とご大層な造りで」

「女なんて顕示欲や矜持を満たしておけばいいって感じだね」

「自分で言います?」

 容赦ない物言いに、更田は苦笑した。魔王の女性遍歴に興味はないが、囲われた相手は些か気の毒かもしれない。


「まあ兎も角……寵妃殿ですけど」

 立体映像が転換し、人物を拡大する。可憐な印象の金髪の女性が等身大で空間に投影された。

「お淑やか系美人ですね」

「そうかな?」

「見た目はね。元帥があれだけ嫌うぐらいだから、難あり物件なんでしょう」

「毒婦、かなぁ? どちらかというとメンヘラ?」

 ルナははっきりとはしない女の表情に狂気の欠片を見出す。


 陶磁のごとく白い肌に補強された儚げな出で立ちも庇護欲をそそるか弱さも、女が獲得した身を護る技術に過ぎない。

 妾妃の分際で王亡き後も辞せず、子もなく執政に貢献するでもなく王宮に居座る。その一事だけでも無欲や謙虚とは無縁であることの証左だった。

 加えて、あの卵である。

「明らかに原因だよね?」

「俺が最初に来たときはここまで育ってはなかったと思います。王宮内の空気がこうも短時間で安定を崩していれば、あの怖そうな殿下や切れ者宰相殿が気づきそうですが。泳がせているのかも」

「気持ち悪いな……本当はあんまり関心はなかったのに」

「放っておけない?」

「いや君がどうにかすればいいよ。……と言いたいところだけど」


 窓際に近づいて、ルナは不安定な黄緑色の大気に彩られた空を見上げた。

「そんなに猶予はないかもね……」





 + + +



『恋愛感情というのは難しい』


 金の瞳を揺らして、鏡に映った影が語る。


『友情もある。身内への情愛もある。通りすがりの縁すら多少の情はある。万物への博愛とも言える。だが個人への想いとなると難しい』


 絶望的な事実を突きつけられている気がした。

 ルナは恨めしく鏡を睨む。

 対称的に鏡像は笑った。


『あの情熱と欲に応えたいと』

「そう……なのかもしれない」

『相手の望みを叶えるだけなら』


 鏡の男はいつかの過去にそうしたように、自らの髪を切り落とし片眼を抉り取る所作をする。


『違う』

「違う」


 両者は同時に呟く。


「私が求めている、ということ?」


 ルナは問う。男に問う。自身に問う。


『もう長く……求めるものなどなかったんだよ』

「なぜ?」


 男は常に自嘲する。

 だからルナも懐疑的にならざるを得なかった。


「何故あのとき死んでもいいと思った?」


 男は答えない。

 後悔も葛藤もなく、やはりただ自嘲だけが男の心には残っていた。

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