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13.邂逅

 次代を名乗る少年は、ひとりではなく連れを伴って凱旋したらしい。

 そのうち、まだ子どもと思われる少女の素性は不明だが、艶然とした赤い髪の美女については王宮で知る者があったため、重鎮たちにも速やかに伝えられた。


「シャラン……というと、確か軍部で知れた名と思ったが」

「辰砂鉱山地方軍に所属し名を馳せた将軍ですね。毒紅とも呼ばれる。アルタイルの麾下でもかなりの手練れでしたが、中央を厭い専ら辺境勤めに従事しており……ただ随分以前に現役を退いていたはず」

 直前まで諍っていた気配をおくびにも出さず、プロメテウスは明晰な頭脳に蓄えた膨大な記憶から情報を探査する。

「15年ほど前です」

 その符合にソルも軽く目を瞠く。

「育児退職となっていますね。彼女は未婚でしたので、軍部も怪訝に思ったものの、個人の事情を深堀はせず退役を認めています」

「……何を、育てていたと」

「直接うかがうよりほかはないでしょう」

 二人は急ぎ次代候補がいるという玉座の間へと向かった。






 ◆ ◆ ◆



 鏡の中には男がいる。

 黒髪に金の妖瞳、超越し達観し老い疲れた精神を抱く表情に乏しい青年の姿を、ルナは知っていた。

 これは夢だ。

 王宮という古い魔力のこびりついた場が見せる幻、白昼夢の一種だろう。


『逃れられない』


 幻影が告げる。

 ルナに対してか、はたまた遠いいつか、過去の記憶の内なのか。


『そのときは、しょうがない』


 男は何かを愁いていた。

 何かを諦め、投げ出していた。


『何もかも』


 感情のない声がつまらなそうに言う。


『世界など』

『望みなど』

『叶わぬことなど』


 男は自嘲する。


『……長すぎた』


「でも放ってもおけない」





 + + +



「先輩?」


 不意に何かを呟いたルナに、更田が不思議そうな目を向ける。

 一瞬意識が吞まれていたルナは、何でもないと頭を振る。

 ここは王宮、それも玉座の間だ。歴史的な積み重ねにより残留する思念も魔力も桁違いに濃厚である。少し感覚の鋭敏なものであれば、当てられても仕方がない。


「一緒に来てもらって、すみません」

「何を今更」

「嫌なんでしょう?」

 ふてぶてしい後輩にしては珍しく、いつになく申し訳なさそうに謝罪する。

「愉快ではないけど」

 巻き込まれついでだとルナは軽く言った。

「この場所がちょっと気持ち悪いだけだから。更田くんが気を遣うことじゃない」

「気にしますよ。もしかして引きずられたり?」

「大丈夫。自我を脅かしたりはしない」

 強い瞳で否定するルナの頬に、更田の長い指が伸びた。


「……こらこら、弁えなさい。いらしたようだよ」

 シャランが諫め、更田の軽挙を制止する。

 促した先には千年を治めた魔王の子孫ソルと、500年を仕えた宰相プロメテウスの姿が揃って在った。先に遭遇した元帥アルタイルはいない。おそらく未だ緑林山から帰還を果たしていないのだろう。

「どうも」

 更田は警戒を緩めず、わざとらしく作り笑いをひけらかす。


 重鎮らは少年よりもまず伴われたシャランに気を留めた。

「これは如何なることか? 毒紅の将よ」

「元ね」

 シャランは臆することなくいっそ軽薄に応じる。

「名立たる方々に名を憶えていただいていたとは、光栄の至り」

「無礼な」

 ソルは王の代理に相応しく、支配的に威圧する。

「元将軍であれ次代候補を隠匿した罪、如何に弁明すると?」

「保護なんですけど? そちらこそ失礼な」

 勝手過ぎる上からの断罪に、当然シャランは屈しない。

 在りし日は辺境とは言え軍を率い、最近では見も知れぬ異世界を行脚してきた海千山千の戦士であるシャランが、王宮の権力者とはいえ容易に畏まる訳もない。


「落ち着いてください、ソル殿下。彼女にも事情があるでしょう」

 プロメテウスが翡翠の双眸で冷たく見つめる。口調は丁寧だが容赦はなかった。

「問題は、当時の……15年前の、世界全土で起こった新生児の失踪、あるいは惨殺事件に関与していたか、です」

「秘匿事件じゃないんですか?」

 軽々しく口にしていいのかと揶揄うように更田が突っ込む。

「承知の上です。尤も、当時も緘口令が敷かれていたはずですが」

「シャランは犯人ではないですよ。宰相殿にわざわざ主張する必要もないと思いますが」

「そうそう。無垢な子どもを殺して回るとかあり得ないし。しかも魔王候補を? だいたい魔王になる御方を殺しちゃってどうするわけ? 常識的に考えて、世界ヤバイって道理だし」


「と、まあシャランはこういう性格ですから」

「……巫山戯た物言いを」

 表裏のない乱暴な発言に、ソルが不快気に眉を顰める。王宮育ちの高貴な身の上には、市井の粗雑さはそれだけで受け入れ難いのだろう。

 経験値の豊富なプロメテウスは却って冷静に場の一同を見据える。

「犯人と断じる訳ではありません。ただ無関係とも証明できませんね?」

 きょとんとするシャランに、美貌の宰相は淡々と告げた。


「宰相たる私の権限で元将軍シャランなる者を拘束します」

「はぁっ?」

「かつての功績と地位に敬意を表し、監禁場所は宰相宮の客間とします。後程、私が事情聴取を行いましょう。ただし審議は元帥アルタイルの帰還後。よろしいですね、ソル殿下」

「……構わぬ」

 有無を言わさぬプロメテウスの決断にソルも異論を述べず、控えていた兵がどっと押し寄せる。

 シャランは抵抗せず更田を見遣った。

「無体なことはしないでくださいね」

「オートロードめ……」

 助けようとしない養い児に薄情者と悪態を吐く。その場で逃亡も不可能ではないが、計算もあり、とりあえずシャランは捕縛を受け入れた。


 連行される虜囚を見送り、プロメテウスは更田に振り返る。

「さて」

「あなたの思惑は知りませんが、乗ってあげますよ、宰相殿」

 保護者に手を出されても少年は動じない。

「思惑など。むしろ早く私の条件に応えていただきたいだけですが、次代殿」

「勿論そのつもりでここに来ました」

 プロメテウスの慇懃な挑発を更田は受け流す。

「ですからご協力願います」

「協力?」

 当然、としたり顔で更田は切り出した。

「現場百遍、ですよ」





 ソルは両者の間に散る火花を傍目で眺めながら、少年の余裕に王の資質を認めた。泰然として掴みどころなく、世界を遍く「調整」するが故の俯瞰……千年王にも同様の一面があった。

 祖たる魔王に思いを馳せると陰鬱とした気が増す。あのすべてを見透かす金の瞳は、現在の状況、即ち当時であれば確定できぬ未来の一幕である今をも見通していただろうか。

 自分にも次代にも引き継がれなかった、支配者の象徴たる、あの金色は……。


「……?」

 ふと思考が遮られる。

 不意にどこからか自分をじっと見つめる視線に気づき、ソルは玉座の間をぐるりと見渡した。


 ――子ども?


 部屋の片隅に、不思議な衣装を纏った子ども、いや小柄な少女がいた。

 深く、どこか寒々しい漆黒の瞳が、じっとソルを捉える。

 得体が知れない。

 不気味な、それ以上に何かを思い出させるような恐怖に近い感情すら齎された。

 焦燥感が湧き起こる。

 ただの小娘にしか見えぬのに、何故。


 少女はやがて退屈気にソルから目を逸らす。

 一瞬、何かを呟いたような気がした。

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