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10.口づけ

「守護者の叛乱の次は、千年様のお妃サマ、ねぇ。元帥閣下にいい様に使われてるんじゃ?」

「強かな人柄のようだし、そこそこ打算的だからこそ、取引相手になり得る。件の人物は、いずれ手を付けるべき問題には違いないしね」


 世界の「調整」を司る魔王が問題視するということは、世の安定に弊害を齎す要素という意味だ。

 噂にしか聞かぬ王宮の花に、シャランは薄ら寒いものを感じた。

 アナスタシア、即ち千年を治めた魔王の最後の妃だった女性は、王の死後も王宮の奥に住まう。

 君臨した千年の間に、魔王は幾人かの妃を迎えた。王の子孫であるソルはずっと以前の妃との末裔なので、噂の寵妃とは血縁はない。

 誠実か気まぐれか、千年の魔王は常にひとりの妃しか傍に置かなかった。歴代の妃は夫より先に寿命を終えた。妃が亡くなると備品を交換するよりも気軽に新しい女性が娶られる。治世のすべてではないが、ここ数百年かはその繰り返しだったという。

 最後のと冠されるアナスタシアは、文字通り千年王の死に寄り添った寵妃と言われる。けぶるような金髪の美しい女で、周囲からは清楚可憐とまで形容される。


「雌狐というのは中傷?」

「伝聞だからね。本性はわからないよ。女が裏表あるなんて常識だし。ねールナちゃん」

「どうでしょう」

 ルナはこてんと小首を傾げる。

「その……アナスタシア、が何か良からぬことを企んでるというのは?」

「根拠はあります」

 更田が疑問に答えた。

「こっちの世界に来て、王宮にいたとき、常に隠れて俺を観察している視線を感じていました」

「アナスタシアが?」

「多分。元帥を含む王宮の偉い方々と話していた際……会話中、偶然なのか相手が動揺した瞬間がありました。ほんの一瞬です。見えたのは」

 更田が掌を広げると、小さな立体映像のようなものが浮かんだ。


 

 王宮の奥、豪奢な一室に女がいる。

 部屋の中央には、ひとよりも一回り大きいぐらいの白い球体が鎮座していた。

 禍々しく不吉な……。

 

 ――卵?



「卵?」

「意味わかんない。お妃サマが卵を育ててるってこと?」

「何が孵ると思う?」

 更田は巧妙に隠蔽された魔力の蓄積を感じ取っていた。気配の種類に憶えがある気がしたが、確証はない。女のねっとりした思念も邪魔だった。

「いやな予感しかしない」

「おっけーおっけー。これはヤバそうだし、クソ上司にも伝えとく。王宮のことなら多分何か手は打つはず」

 シャランは再び通信装置を起動させるべく、二人を居間に残して家の奥にある部屋へと急いだ。


 両手を合わせることで映像を消すと、更田は立ち上がり、座ったままのルナの背後に移動する。

 黒髪を掬い肩を抱き寄せる不埒な動作を、ルナは今更敢えて止めなかった。慣れたというべきか。

「先輩は、どう思ってます?」

「実はあまり関心がない」

 訊かれて、ルナは冷ややかに言った。

「けど、あの中身は何となく想像できる」

「でしょうね」


 更田も面白くもなさそうに同意した。

 お互い察しがいいのは幸いか不幸か。

「予想してましたか?」

「だから興味ないんだって」

 ルナは鬱陶し気に頭を振り、更田の腕を強く解いて向き直る。

「……更田くん」



「私は運命じゃない」



 つれないですね、と更田は苦笑し返した。

「飽くまで傍観者を貫きますか?」

「自分でも既に干渉しているとは思うけど、領分を侵すつもりはないよ」

「異世界人だから?」

「第三者だから」

「世界の……意思が働いているのだとしても?」


 更田は納得がいかない様子だった。

 本当はルナも自信がない。

 なぜ自分がこの世界に来たのか。

 何故、更田と出会ったのか。

「運命と決めた方が楽でしょうに」


 つ、と更田が指先をルナの顎に滑らせる。

 色素の薄い瞳が少女の唇を映していた。

 そのままゆっくりと迫り、


 ……口づける。


「俺の意思です」

「……さらだくん」

「あなたのことを、知っています」

 少年の視線は決して熱を帯びてはおらず、冷静さが逆にルナを戸惑わせた。

「運命でなくても」

「私は」

「理由なんてどうでも」


 もう大分以前から、後輩が自身を理解していた事実を知らされ、ルナは表情には出さずに驚く。

 そして気づかされる。

 ……どこにも、ない。

 ルナの意思が存在していたことは、この旅路の当初から一度もなかったのだ。






 ◆ ◆ ◆



 千年を揺蕩う。

 男は遠く遠くこの世の涯より更に向こうを見つめている。

 絶望ではない。

 諦念でもない。

 過去を振り返ると孤独ですらなかった。

 誓った友も、慕う部下も、愛する子も、世界にはすべて在った。


 だのに今になって、何故。

 誰の声も虚しくくだらなく、つまらぬ言葉として消えてゆくのだろう。


 証が欲しいと女が求めたので、束ねた黒髪を無造作に切り落として与えた。

 未来が欲しいと小鳥が囀ずるので、金の片眼を刳り貫いて与えた。


 友が泣いた。

 もう片眼をやろう。

 友が泣いた。

 両腕もやろう。

 友が泣いた。

 両脚もやろう。

 友が泣いた。

 希望もやる、仇もやる。

 悲哀も憎悪も遍くすべてをやる。

 永遠の愛をもくれてやる。


 友が泣いた。

 女も泣いた。

 小鳥も鳴いた。

 心の臓も捧げよう。

 友が泣いた。


 ……ただ、このくすんだ魂だけは。


 世界の終わりに捨て置かせてくれ。

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