1.誕生日に(プロローグ)
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後輩の少年は今日が誕生日なのだと告げた。
先輩の少女は自分は先月だったと応えた。
桜が散り始めた季節の早朝の話だった。
「さらだくん……」
「ルナ先輩」
後輩は口端だけを笑んで先輩の名を呼ぶ。
日本人にしては色素の薄い少年の髪が柔らかく風に靡いた。
端正過ぎる顔立ちとの組み合わせにも拘わらず、穏やかな表情のせいか、軽薄さはなく大人びた印象を与えている。
「ていうか更田くん、なんでこんな朝っぱらから高等部に?」
「おはようございます、ルナ先輩」
中等部からの先輩であるルナはこの春高等部へ入学した。1年後輩の更田は未だ中等部の3年である。
現在二人は高等部の敷地内、校舎裏の目立たない一画にいる。日当たりが悪く、壊れた石碑のようなものがひっそりと佇む、人気のない場所だ。
ルナは単に早く登校し過ぎたため、暇潰しにまだ慣れない高等部をぐるっと一周回っている最中だったが、中等部の更田がいるのは不自然である。
「先輩」
中学生にしては長身の後輩は、小柄な先輩を失礼にならない程度に見下ろした。
「先輩には以前、話したことありますよね。俺がそのうち日本の学校で学んだことなんか役に立たない別の場所に行くって」
「はぁ……?」
唐突な言い回しに、大きな黒い瞳を瞬かせて、ルナは首を傾げる。サラリと肩まで伸ばした黒髪が揺れた。可愛らしいと言っていい容姿は、後輩よりもずっと幼く見える。
「そういえば言ってたね、いつか外国行くとか」
「ついにその日が来たってことです」
更田は笑みを崩さず続けた。
「成人年齢の15歳になったので呼び戻されます」
「ああ、誕生日って」
随分成人の早い国もあったものだとルナは肩を竦める。
「いつから?」
「今です」
「は?」
謝っておきますね、と後輩はいっそ爽やかに微笑んだ。
「実は俺、次期魔王なんで」
「……」
ルナは沈黙する。
「いや……先代は既に亡くなってるから、もう魔王かな」
敬愛する先輩の双眸がうろん気に細められたのを視認して、更田はやや笑みを深くした。
「産まれたとき、命を狙われてこちらの世界に来ました。刺客が手を出せないこっちで平和に学生やりながら向こうのことも勉強して、成人したら魔王を継承しろって言われて育ちました」
眉を寄せ、人差し指でこめかみを抑えたルナに、長い影が一歩近づく。
「と言っても俺は魔王の息子とかじゃなくて、生まれながらに魔王に必要な要素があって。力の種類というのかな。まあそんな素質があったんですよ」
「……わかった」
ルナの嘆息はとてもわざとらしかった。
「つまり更田くんはこれから予定通り生まれ故郷に帰って稼業(?)を継ぐわけだ。それで世話になった私にわざわざ挨拶に来たと」
「挨拶はちょっと違いますけど」
ルナは敢えて淡々としている。
くくっと更田はとうとう声を立てて笑った。
そう、この幼気な先輩が見かけ通りの小動物であるなら、後輩は決して興味を抱くことはなかった。
彼女は極めて冷静な人柄だ。だから。
「謝っておきますね」
再度謝罪を嘯いて、少年は一瞬だけ真顔になる。
直後に、傍にあった風景でしかないはずの石碑らしきが仄光る。
二人の立つ地面が揺れた。
「さらだくん?」
「巻き込んでしまって、すみません」
石が砕ける。
周囲の色彩が消える。
重力が歪む。
落ちていくのか浮遊しているのかも判然としない視界の中、ルナは更田の言葉を聞いたと思った。
おそらく――また会いましょう、と言っていた。