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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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同じ夢を見たい


 小さいころ、英雄譚が好きだった。

 それ自体、何もおかしなことはない。

 この国に生まれたほぼすべての子供たちは、ヘルトの物語に憧れ、英雄になりたいと夢を見る。

 特に初代英雄家当主・オーヤ・ヘルトの物語は、歴代ヘルトの中でも圧倒的な人気を誇り、ファンも多い。

 私もそのうちの一人。


 ただ、私が他の子たちと違ったのは、太陽のように光り輝くオーヤ・ヘルトではなく、それをずっと支え続けた『影』に憧れたこと。

 

 英雄譚の中では、比較的地味な書き方ばかりされるその人物(・・・・)

 決して主を裏切らず、時に汚れ役を引き受け、敵をせん滅する。

 己が光を浴びることはない――それでも、主と同じ夢を見られるのならばかまわない。

 

 そんな生き方に憧れ、親と同じ『影』としての生き方を選ぶのに、迷いは一切なかった。


 正式に影の一員となり、『ツエル』の名と、ある権限(・・・・)をもらった私が真っ先に向かったのは、ヘルト家特別書庫保管室。

 ヘルト家および影に所属している人間でなければ、立ち入りが制限されるその場所で、私は目的の書物を見つけ手に取った。


 チエーニの手記

 それは、私の憧れた人物――影の設立者『チエーニ』が書いたとされる書物。

 影で主を支えたという立場上、チエーニに関する書物はほとんど残されていない。

 だから私は、この書記を読むのをなによりも楽しみにしていた。


 ああ、一体どんな輝かしい活躍が書かれているのだろうか?

 そんな期待を胸にして読み進めたそれは、私の予想していたものとは全く違っていた。


 そこに書かれていたのは、後悔と懺悔の記憶。

 主であり、親友でもあったオーヤ・ヘルト。

 そのオーヤを信じられず、裏切り、死なせてしまったことを悔やみ続け、その思いを残したまま生き続けたことが(つづ)られていた。


 ショックだった。

 信じていた英雄像が、頭の中で崩れ去っていく感覚がした。

 同時に怒りも沸いた。


 なぜ、最後まで信じられなかったんだ。

 なぜ、裏切ったんだ。

 なぜ――


 そんな怒りと共に、ある思いが生まれた。


 私は絶対に主を裏切らない。

 例え何があろうと、誰一人として主の味方がいなくとも、世界の敵になろうとも、最後まで付き従おう。

 そう思える主を見つけ、この忠誠を捧げよう。

 チエーニが叶えることのできなかった、主と同じ夢を見るために――


 それは決意であり、覚悟であり、譲れない夢。

 今の私という存在が生まれた瞬間。

 たった一度しかない人生を、まだ見ぬ主のために尽くすと決めた瞬間だった。




 多くの者たちが途中で脱落する影の訓練も、何一つ辛くなかった。

 絶対的なモチベーションが私の中にはあったから。


 けれど、私が生涯仕えたいと思える相手は、なかなか見つからない。


 真っ先に候補に挙がるヘルトの人たちは、私が支えるには強すぎた。

 ヘルトの目指す強さは、完成された強さ。

 言ってしまえば、一人で何でもできてしまう存在であり、セーヤ様はその象徴とも言える。


 もしかすると、ヘルトに仕えていては私の夢が叶わないかもしれない。

 そう考えていた時、トーヤ様の存在を知った。


 落ちこぼれ、魔力なし、才能なし、トラブル製造機、転んだら起き上がる前に人の足を引っ張るクズ。

 聞こえてくる噂はひどいものしかなかったが、この人ならもしかしたらと思った。


 トーヤ様に仕える、その機会が訪れたのは15の時――







ーーーーーー



「それからは、トーヤ様も知っての通りです。トーヤ様は、私の想像していた以上の人物でした。誰よりも苛烈で、誰よりも破天荒で、誰よりも問題児で、誰よりも英雄らしく、そして――



 誰よりも仕えたい、そう思った」


 ツエルの語る夢と、その夢を持つに至った経緯。

 それをトーヤは黙って聞き続けた。


「私の夢は、トーヤ様といることで叶えられる。トーヤ様の隣にいる以外の未来は、私には必要ないんです。どうか、私を傍において下さい! トーヤ様と同じ夢を見させて下さい!」


「ツエル、お前……」


 懇願するツエルにトーヤは何かを言いかけるも、思いとどまるように口を閉ざす。


「魔人に鬼族……それらの相手に私は遅れを取りました。ですが、今の私にはこの力(・・・)があります」



 ツエルがそう口にしたのと同時に、辺りには()が広がった。

 煙ではない。影でもない。

 世界を覆いつくすように広がる闇としか表現できないそれは、まるで生き物のように蠢いている。


 魔力を感じ取れないトーヤでも、その闇が恐ろしい力を秘めていることが瞬時に理解できた。


「……これ、制御できてんのか?」


「もちろんです。マヤさんにも協力していただき、完璧にこの力を制御下に置くことができました。この力があれば、どんな敵からもトーヤ様を守って見せます。どんな敵だろうと打ち倒して見せます。殺せない敵を殺して見せます」


 確かな自信と、目に宿る揺るぎない意思。

 そんなツエルの姿を見て、トーヤは大きく息を吐いた。


「こりゃ何言っても無駄だな」


「っ! では――」


『連絡、連絡。本戦に出場する選手は、今すぐ会場3番ゲート前に集合してください。繰り返します。本線に出場する選手は――』


 ツエルの言葉を遮るように響いたその音は、魔法による場内アナウンス。

 本線とは、もちろん学園内頂上決定戦のこと。

 出場予定のツエルは、アナウンスで呼ばれた人物に当てはまる。


「行ってこいよ。呼ばれてるぞ」


「しかし……」


 念願の言葉を聞けるかもしれない絶好のタイミングでの呼び出し。

 そのことに戸惑いを見せるツエルだが、トーヤはその戸惑いを解決させる言葉を告げる。


「戻ってきたら、今度は俺の夢を話してやるよ。親父でさえ知らない、ガキのころ抱いた俺の夢を」


 トーヤの告げる言葉の意味、それを理解したツエルは顔に出る喜びを必死に抑えようとする。


「~~!! では、行ってまいります!」


 普段声を張り上げることがめったにないツエル。

 そんなツエルが、今日何度目かわからない大きな声を出し、元気よくトーヤの元を離れていく。







 ツエルが離れ、一人になったトーヤに別の少女が近づく。


「盗み聞ぎとは感心しねえな」


「すいませんね。私は将来有望じゃないもんで」


「なんだよイン、拗ねてんのか?」


「そりゃ拗ねたくもなりますよ。影の同僚、それも同室で数年過ごした私には一切語ってくれなかった夢を、会ってたった1年のトーヤ様に話しちゃうんですから。あんな表情豊かなツエルは初めて見ましたよ」


 不満気な顔を隠そうともしないイン。

 そんなインの様子を見てトーヤは苦笑する。


「いいんですか? ツエルは巻き込まないって話でしたけど」


「しゃあねえだろ。あそこまで言われたら、さすがの俺だって絆されちまう」


 その言葉通り、トーヤの表情はどこか嬉しそうだった。


「あと思ったんですけど、ツエルって――」


「イン、口に出さない方がいいこともある。俺だって開きかけた口をなんとか閉じたんだぞ」


「将来ダメ男に引っかかりそうですよね」


「言うなっつったろが」


 トーヤによる制止の言葉を無視して告げられた言葉は、かなり辛辣なもの。

 だが実際、トーヤの頭にもそれは浮かんでいた。


「あれは私が支えなきゃ~ってなるタイプですって絶対」


「いいじゃねえかダメ男でも。本人が幸せなら」


「部下にいい縁談持ち掛けるのも上司の務めですよ。というわけで私に良い男紹介してください。お金さえ持ってればある程度は妥協します」


「全身が灰色で体長が15メートルほどあるやつならすぐ紹介してやるよ」


「すいません、せめて同族でお願いします。というか、それトーヤ様がメリダさんから借りてる灰竜のオスですよね?」


 わがままな奴だとつぶやくトーヤに、インはさらに食って掛かる。

 そんなくだらない口論をしばらく続けたのち、インは本題を思い出しトーヤに伝える。

 そもそもトーヤの前にインが現れたのは、それ(・・)を尋ねることが目的だった。


「今日の計画の方はどうするんですか?」


「予定通りだ。なんの問題もない。



 英雄らしく、組織に利用される哀れな少年を救うとしようか」


 


 一人の少女の運命が大きく変わったこの日、一人の少年の運命も大きく変わることになる。



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