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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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学園内頂上決定戦


 トーヤとイース、二人の初会合から二週間がたった。

 この二週間、イースにとって人生でもっともと言っていいほど、濃密な時間を過ごした。

 普段の生徒会業務、加えてイベントの準備、さらに多くの厄介ごと。


 貴族派と庶民派の争いの原因を、友人たちと共につきとめた。

 カナン・ヘルトと模擬戦を行った。

 Sクラスの女生徒に刺された、などなど。


 友人の一人(・・・・・)がしばらく姿を見せていない事を除けば、イースにとってこの二週間は濃密で充実した日々だった。

 

 だからこそ、イースの身に重くのしかかるトーヤ・ヘルト暗殺という任務。

 それは、せっかくできた友人、果てはこの国に住まうすべての人々を裏切る行為。


 日を追うごとに、友人たちと親交を深めるとともに、トーヤ・ヘルトという人間の人物像を知っていくたびに、持つべきではない迷いが生じる。

 その迷いに、イースはただ目を逸らす。

 まだ先のこと、本当に暗殺することになるかはわからない。

 そうして、ずるずると胸の中に渦巻く葛藤を抱えたまま、イースにとって運命を変える日が訪れる。

 




 学園内頂上決定戦

 前生徒会長が生み出した悪ふざけの産物。

 持てる権力をフル活用し、自らの楽しみのためだけに開催したそれは、もはや王都において建国祭に並ぶ大規模なイベントの一つに数えられる。


 シール王国における様々なⅤIPまでもが訪れるその行事は、当然のことながら学園主催のものであり、生徒会の面々は当日の朝ギリギリまで最終調整を行っていた。

 特にここ一週間は学園に泊まり込み、臨時の役員まで募集して作業を行うありさま。


 そんなイースたち生徒会面々の血を吐くような努力の結果(実際二人吐いた)、無事大きなトラブルもなく、当日の朝をむかえる。




 一般へと解放された学園内エリア。

 そこには多くの出店が並び、学園の生徒も、一般の人々も、果ては亜人種まで。

 年齢、身分、人種、種族まで問わず盛大に賑わっている。


 まだメインイベントまでは時間があるにも関わらず、この盛り上がりよう。

 話に聞いていた以上の光景に、生徒会の仕事として見回りをしていたイースは驚嘆する。


「どう? すごいでしょ。1年目はもう少し規模が小さかったのだけれど、年々大きくなっていったのよ」


 一緒に見回りをしていた会長のエマが、とても誇らしげな様子でイースに語る。

 実際、エマは1年目の時から運営に関わっていたため、自分たちでここまでの行事にしたという自負があった。


「はい、まさかこれほどまでとは思いませんでした」


 イースは、ただただ素直な気持ちを言葉にする。


 しばらく歩いていると、一際盛り上がりの激しい区画があった。

 遠くからでも分かるほど、怒号のような声が飛び交っている。


 しっかり耳を傾けてみると――


「さあ賭けた賭けた!! 今一番人気は二年のツエルだ!」


「優勝者のほかにも、一戦一戦細かい賭けもあるよー!」


「カリナに1万!」


「ツエルに5万!」


「俺は大穴のイースに10万だ!!」


 それは、人々の叫び声と札束が飛び交う異常な光景。

 だがそのおかげで、あれがなんであるかイースは一瞬で理解できた。


「あの……」


「どうしたの?」


「あれは――」


 隠す気などさらさらないそれ(・・)を、イースは指さす。

 学園内ではどのような賭け事も禁止されている――にも関わらず、そんなものはないと言わんばかりに賭場が開かれていた。


「何を指さしているの? 私には何も見えないけれど」


「え、でも」


「イースくん。私たち生徒会には、決して見えないものや、絶対に聞こえないものがあるの」


 そう言って、ニッコリと貼りつけたような顔でエマは笑う。

 

 ああ、こうなってしまえばもう何を言っても無駄だ。

 これまでの経験から、イースはこれ以上その現場について追及するのをやめる。


 ちなみに、その賭場を運営しているのは、当然ながらSクラスの生徒だった。

 さらに言えば最高責任者はトーヤであり、還元率は50%。

 この還元率がどのくらいなのかというと、シール王国においてはかなり悪徳な還元率であるとだけ言っておく。







 見回りの時間が終わり、エマとも別れたイースは、学園の入り口前である人物を待っていた。


 その人物は、ほぼ約束の時間通りにイースの元へと現れる。


「久しぶりねイース。少し見ない間に、顔つきがたくましくなったわ」


「お久しぶりです。ナディアさん」


 ナディアと呼ばれたその女性は、まさしく大人の女性といったオーラが漂っており、周りの学生たちよりも一回り年齢を重ねているのがわかる。

 イースに手を振る姿から、周囲の者たちはナディアをイースの姉、もしくは若い母かと推測する。

 しかしそのどちらも外れであり、このナディアという女性こそ、イースの所属するコクマの上司――

 

 コクマ シール王国統括支部 副支部長ナディア・コールディー


 シール王国において、数多く存在する支部をまとめ上げる統括支部。

 その統括支部のナンバー2にあたるのが彼女だ。


 そんな重役であるナディアが、わざわざイースの潜入先へと出張ってきたのは、イースの現在の状況を直接確かめるため。

 また、イレギュラーが発生しやすい今回の状況に応じて、迅速に具体的な指示を出すためのお目付け役といってもいい。


「じゃあ予定通り、私はあなたの姉という体で」


「わかりました。姉さん(・・・)


 イースの言葉に、ナディアはフフと笑みを浮かべる。


「どうかしま――どうしたの?」


「ごめんなさい。こんな若い子に自分を姉と呼ばせるなんて、少し罪悪感が湧いちゃって」


 少し恥ずかしそうに笑うナディアに、イースだけでなく、周りにいたものも例外なく目を惹かれた。


「っ……とにかく、ずっとここにいるのもなんだから、移動し――」


「よおイース、調子はどうだ?」


 その声に、イースは思わず息をのむ。

 だが想定はしていた。

 なにせ声をかけてきたその人物(・・・・)は、まさに神出鬼没なのだから。


「おはようございます、トーヤ様。調子は悪くありません。この日に合わせてコンディションを調整してきましたので」


「そりゃなにより」


 おそらく出店で買ったであろう食べ物を頬張るトーヤ・ヘルトは、友人に接する気軽さでイースと会話を交える。

 慣れもあり、とっさに対応できたイースと違い、今だ呆然としているナディアにイースが助け舟を出す。


「こちら、姉のナディアです」


「あっ、名乗るのが遅れて申し訳ありません。イースの姉のナディアです」


 あわてて頭を下げるナディアだが、イースは特に気にする様子もない。


「へー、美人な姉ちゃんじゃん。うらやましい」


「ありがとうございます。トーヤ様はお一人ですか? ツエルさんはどちらに?」


「さあ? 今ごろ必死に俺のこと探しまわってるんじゃない?」


「また機嫌を悪くされますよ……」


「気にすんな気にすんな。じゃ、お前も今日は頑張れよ。それなりに応援しといてやるから」


 最後にイースへエールを送ると、トーヤはとっととその場から離れていく。

 護衛も付き人もつけず、当然のように出店を回り、買い食いを行う貴族。

 報告以上の自由奔放さに、ナディアは言葉を失う。


「……ああいう人なんです」


「なるほど。確かにあれは警戒できないというか、警戒する気になれないわね」


 あんなのが、今コクマ組織内部でもっとも問題視されている、コクマ支部連続襲撃事件の容疑者の一人。

 イースもナディアも、にわかには信じがたい思いだった。







ーーーーーー


「トーヤ様!」


「おうツエル。これ食うか? 見た目のわりにうまいぞ」


 人混みのなかを必死に捜しまわり、なんとか主であるトーヤを見つけ、慌てて駆け寄るツエル。

 トーヤはその人混みから少し離れた、人通りの少ない場所で一人立っていた。

 そんなツエルに、トーヤは悪びれる様子を一切見せず、カエルの丸焼きを串刺しにしたようなものを渡す。


「……なんですか、これ?」


「食用としては出回ってない魔獣の肉だと」


「……」


「食わねえの?」


「い、いただきます」


 ツエルは怪訝な顔をしながらも、トーヤから渡された肉に口をつける。

 

 ヌチュリ――歯を突き立てた瞬間、つい顔を歪ませてしまうような食感がツエルを襲う。

 だが、その食感からは想像できなかった味がツエルの口の中に広がる。


「あ、意外とおいしいですね……」


「だろ」


「って! そうではなく――!」


「ちっ、ごまかせねえか」


 ツエルは忘れかけていた本題を思い出し、トーヤへと詰め寄る。

 私は怒っているんですよ――ツエルの表情は、そう言いたいのを必死に我慢しているものだった。


「先ほどまで何をしていらっしゃったんですか? あえて(・・・)護衛である私をまいてまで」


「プライベートな用事だよ。主人への過干渉はよくないぜ」


 ツエルの言葉をトーヤは飄々とした態度でかわす。

 自身の言葉がトーヤに対しまったく手応えがないことに、ツエルは悔しさを募らせる。


 今回だけではない。

 これまでもずっとそうだった。

 特に、デクルト山での黒竜事件以降――こうやって、自分には何も伝えられず、何か(・・)を行うことが格段に増えた。


 そんな不満が募りに募り、その言葉(・・・・)はツエルの意思とは無関係に漏れてしまう。 



「――私ではダメでも、インならかまわないんですか?」


「………………」


 仮に、トーヤが誰にも頼らず、一人で何かを画策していたのなら、ツエルもトーヤから手を伸ばされるまで我慢できたかもしれない。

 だがツエルにはわかっていた。

 自分ではなく、自分と同じ立場であるはずの同僚が、トーヤから頼られていることを。


「トーヤ様が何をお考えなのか、私にはわかりません。ですが、何かを考えていることぐらいはわかります。なぜ……私を頼ってはいただけないんですか?」


 懇願するように伝えるツエルの表情は、今にも泣き出しそうなほど悲痛なものだった。

 そんなツエルに、トーヤは優しく笑いかけながら告げる。


「……ツエル、お前は将来有望なんだ。人を見下すことが基本生態のマヤが褒めてたんだぜ。ツエルはすごい実力を付けたって」


 目の前で語られるトーヤからの言葉。

 にもかかわらず、ツエルにはその言葉が果てしなく遠くに感じた。

 まるで、トーヤからどんどん距離が離れていくような、そんな感覚をツエルは身に覚える。


「今俺たち(・・)がやろうとしてることは、雲をつかむような果てしないことで、しかもリスクがふざけてんのかってくらい高い」


 それはまるで決別の言葉のようで。

 ツエルに焦りが生まれる。


 ダメだ、ここで引いてしまえば、もう二度と私の夢(・・・)は叶わない。


 直感的にツエルはそう理解する。


「きっと将来、お前はもっと立派になって、国やヘルトのために戦うんだ。だから俺みたいなのに付き従って――」


「そんなもの望んでいません!!」


 恥も外聞もなく発せられるツエルの叫び。

 その叫びに、トーヤは思わず目を見開く。

 トーヤの言葉を遮るようなマネを、ツエルは今まで一度もしたことがなかったからだ。


「将来、国のため、ヘルトのため……そんなものは、私の願いじゃありません」 


 今にも消え入りそうな声で続けるツエル。

 トーヤは大人しく続きの言葉を待つ。 


「私には……夢があります。トーヤ様に仕えることで、叶えられる夢が――」


 そうして、ツエルが語るのは己が夢。

 小さいころに抱いたその夢は、実の親にすら話したことはない。

 

 自分の中だけに押し込めていた大切な夢――それを、生まれて初めて口にする。


レビューを書いてくださった方が二人も……ありがとうございます!

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