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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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二人きりの対談


 妹であるカナン・ヘルトとも、まったく違う雰囲気をまとう英雄。

 少なくともトーヤ・ヘルトという存在は、イースが今まで会ったことのない(たぐい)の存在だった。


「おまえらまーた騒ぎ起こしたのか。ハルクくんだっけ? かわいそうに……顔の体積が倍になってたじゃねえか」


「えー、今回はあいつらが悪いんですよー」


「とどめさしたのトーヤ様じゃないですかー」


 国中から英雄とまで称えられる存在が、Sクラスの少女たちと砕けた口調で会話を重ねている。

 Sクラスの少女たちは、トーヤ相手にかなりなついているのが見て取れた。


 今現在、野次馬たちはすでに訓練室から撤退している。

 ちなみに、アーカイドとカルナの派閥リーダー両名は、乱闘騒ぎが始まる前にすでに退出していた。


 医務室へと運ばれたハルク、真っ先に逃げ出したフェリシアを除き、騒ぎに関わった関係者のみが訓練室に残っている。


「訓練室は次の予約もあるから生徒会室のほうに移動する。ほら、お前たちもだ」


「はーい」


 トーヤと会話していたSクラスの少女たちを、デイルが移動するよう促していく。

 ナタリア、コントンも生徒たちの誘導を手伝うなか、エマだけはトーヤと相対するように移動する。


「こちらの不手際でトーヤ様の手を煩わしてしまい、申し訳ありませんでした」


 腰を折り、謝罪の言葉をトーヤに告げるエマ。

 この時のエマは、イースが初めて見る貴族の顔(・・・・)だった。


「気にすんな気にすんな。ま、あれ(・・)の後釜は大変だろうが、がんばれよ」


 一方のトーヤはSクラスの少女たちと話していた時と、何一つ変わらない様子で対応する。


「お言葉痛み入ります。……それと、図々しいことは百も承知で申し上げます。こちらにいる生徒会1年、イース・トリュウの話を、どうか聞いていただけないでしょうか?」


「っ!?」


 イースにとってまさに不意打ちだった。

 予想していなかった展開に、イースは口をはさむことができない。


「そうだな……」


 悩まし気なセリフを吐きながらも、トーヤはどこか楽しそうに笑う。

 品定めするようにイースを見つめるトーヤに対し、イースは鼓動がどんどん早くなる。

 沈黙の時間が辛く、一刻も早く結論を出してほしいと願う。


「ま、生徒会には普段からうちのバカども(クラスメイト)が世話になってるしな。何よりフォレスト家次期当主の頼みだ、無下にもできんさ」


「では――」


「とりあえず聞くだけ聞いてやるよ。そのかわりお前らは退出しろ。話すときはサシだ」


「ありがとうございます。それでは、私はこれで失礼いたします」


 そう言ってエマはきびつを返すと、イースの隣を通り過ぎる。


「生徒会の仕事は気にしなくていいわ。これは私からのお礼みたいなものだから、感謝も必要ない。


 ――がんばってね」


 見惚れるようなウインクを一つ。

 そうしてエマは訓練室を後にする。


 生徒会の人間は、イースの目的がトーヤに仕えることだと認識している。

 エマがこのような行動に出たのは、もちろんそんなイースのためだった。


 しかしながら真の目的は別にあるため、イースのなかでわずかながら罪悪感が芽生える。

 それでも、この絶好のチャンスを見逃す理由にはなりえない。


 訓練室にはすでにイースとトーヤの二人のみ。

 護衛のツエルもいないため、暗殺には絶好のチャンスだが、まだその時ではない。

 今はどれだけトーヤ・ヘルトの懐に潜り込めるか。

 

 覚悟を決め、イースはトーヤと向き合う。


「お初にお目にかかります。イース・トリュウと申します」

 

 片膝をつき敬意を表すイースと、長椅子に座りながら興味深そうにイースを見つめるトーヤ。


「1年から生徒会に勧誘されるだけあって大した実力だな。聞いてたぜ、決闘の結果」


「いえ、まだまだ至らない身です」


「んな謙遜するなよ。人生大口叩いてなんぼだ」


 あっはっはと、相も変わらず軽い調子で笑うトーヤ

 やはり、カナンとはまったく似ていないなとイースは再認識する。


「……では一つだけ、この身には過ぎる発言をお許しください」


「いいぜ、言ってみろ」


 イースはゴクリとつばを飲み込み、はっきりとした口調で告げる。



「どうかこの私をトーヤ様直属の部下として、護衛として、傍に仕えさせていただけませんか」


「いいよ」


「え?」


 覚悟を決めて口にした言葉にも関わらず、トーヤのあまりの軽さにイースは己の耳を疑う。


「……その、いいんですか?」


「別に部下が一人や二人増えるくらい、なんの問題もねえよ。けどまあ、一つ問題があるとすればツエルだな」


「ツエルさんですか?」


「ああ、あいつ自分以外の護衛ができるのめちゃくちゃ嫌がるんだよ。まったく、どんどんマヤに似てきやがる……」


 愚痴を吐くような調子でトーヤは語る。


「俺が無理やり納得させる方法もあるが、それじゃあ間違いなくツエルから疎まれる。嫌だろ? 職場の上司からネチネチ嫌がらせされるの」


「……それは、そうですね」


「そこでだ、ツエルにお前の実力を見せて納得させてみろ。ちょうどあつらえ向きのイベント(・・・・)がある」


 そう言われイースの頭に浮かんだのは、学園内頂上決定戦という行事。

 先代の生徒会長が2年のとき、思い付きで考案したというイベントであり、そこから毎年続けられている。


 去年の事件があったため中止になった遠征実習の代わりに、今年は学園内頂上決定戦が早期に行われることになっており、まだ本格的にではないが生徒会でも準備が始まっている。


「そのイベントでツエル相手に……まあ倒すとまでいかなくとも、それなりに善戦すればツエルもお前の実力を認めるはずだ。もちろん、ツエルと戦う前に敗退なんてすれば、認めてもらうのは到底無理だろうな」


 トーヤの言いたいこと、それはつまり――


 対面しただけで恐怖を感じたあのツエルという少女相手に、その実力を示せということ。

 

 予想以上の厳しい条件に、イースは頭を悩ませる。

 どうしても、ツエル相手に自分が勝つ姿を想像できない。

 奥の手(・・・)を使わなければ、という条件付きだが。

 しかし、学園内の生徒も含め、外部からも多く観戦に訪れる学園内頂上決定戦で、奥の手をさらすわけにはいかない。


 だが、こんなチャンスを見逃す理由もない。


「わかりました。このイース・トリュウ、全力を持ってツエルさんに自分のことを認めていただけるよう努力します」


「ん、がんばれよ」


「ただ一つ疑問があるのですが……」


「なんだ?」


「学園内頂上決定戦はたしか、Sクラス生は参加できないという規則だったと記憶しています。その規定にのっとれば、ツエルさんは参加できないのでは?」


「そんなもん、りしゅう(・・・・)でもして無理やり参加させるさ」


 『りしゅう』という言葉の意味は分からなかったが、自信満々に語るトーヤを見て、何らかの策があるのだとイースは納得する。


「あ、そうそう。俺からも少しだけ聞いていいか?」


「はい、もちろんかまいません」


「じゃあ――年上派? それとも年下派?」


「……?」


「女の好みだよ。年上派か年下派か」


 イースは本気で意味が分からなかった。


「あの、その質問にどのような意味が?」


「バカ野郎お前、部下になるかもしれねえ相手の好みは知っとくべきだろう。常識だぞこれ」


 もちろん嘘である。

 そんな常識、シール王国には存在しない。


「そ、そうだったんですね。知りませんでした」


 だが、無垢な少年は騙される。


「そうですね、あまり考えたことはありませんが……どちらかというと年上でしょうか?」


「お前とは仲良くできそうだ」


 今日一番の笑顔でトーヤは立ち上がり、イースの手をがっしりと握る。

 握られたイースは困惑するばかりだった。


 その後も、意図の読めないトーヤの質問が矢継ぎ早に続けられる。

 少しとは。




「賭け事とかやったことある?」


「いえ」


「酒飲んでやらかしたことは?」


「ないです。お酒自体あまり飲まないもので」


「ナイフ集めを趣味にする女ってどう思う?」


「個性的……ですかね」


「トロイスト家って貴族家聞いたことある?」


「覚えがないですね」


「シール王国が誇る歌姫、ガラリヤの名前は?」


「名前だけなら」


「女と目も合わせられない男に一声かけるとしたら?」


「……がんばれ」


「なるほどなるほど」


 やはり、イースには質問の意図がまったく理解できない。

 自分に聞く意味があるのか?というような質問もいくつか尋ねられる。


「じゃあ最後に1つ――




 兄に近づくため、妹を利用しようとするやつって、どう思う?」


 


 ゾクリと、背筋に寒いものが走った。

 その言葉の意味(・・・・・)を理解できないほど、イースは鈍くない。

 

 相変わらず、トーヤ自身からは圧を感じない。

 だが、すべてを見抜くようにイースを見つめ、わずかな笑みを浮かべるトーヤに対し、イースは恐怖ではなく、後ろめたい感情がどんどん大きくなっていく。


 なによりも、利用しようという気持ちでカナンに近づいたということは、まぎれもない事実であったため。


「……」


 イースは逡巡する。

 何を告げるべきか、どのように回答すべきか、トーヤの心情を良くするにはどうすべきか。

 ここでトーヤに不愉快な思いをさせてしまえば、部下になるという話は間違いなく白紙になるだろう。

 その上で、イースは選択する。


「……自分は、トーヤ様に近づくため、打算的な心情で妹君に、カナン様に近づきました。それは事実です」


 イースのとった選択は、嘘偽りのない事実を告げることだった。

 自分の本心を、真っすぐに伝えることだった。


「ですが、そのことを今は恥ずかしく感じています。カナン様は身分の違う自分を、本気で友として見てくださっている。ですので、カナン様には可能な限り誠実であろうと――そう心に誓っています」


 目を逸らすことなく、力強く言い切るイース。

 口下手なのはイース自身が一番よくわかっている。

 だから、口で足りない分は態度で示す。

 そう言わんばかりの姿だった。




「……くっ、あっはっはっはっは!!」


 わずかばかり流れた沈黙が、切り裂かれるようにトーヤの笑い声が響く。


「……あの」


「いやー、まさかそこまで馬鹿正直に話すとは思わんかった。普通ちょっとは誤魔化そうとするだろ。純粋すぎるにもほどがあるわ」


 心底おかしそうに笑うトーヤ。

 そこに怒りや不機嫌といった感情は一切感じられない。


「……カナン様を利用しようとしたことを、咎めるのではないのですか?」


 己の予想していた展開とはあまりにも違うため、イースはつい尋ねてしまう。


「咎める? そんな必要何一つねえよ」


「しかし――」


「お前が罪悪感を感じてるのはよーくわかった。けどな、利用したりされたりなんてのは俺たちにとっちゃ日常茶飯事だ。

 

 英雄の力に、権力に、財力に、名声に、多くの人間の、様々な欲望が渦巻く。それは、この世に生を受けた瞬間から決まっていることだ。くそったれなその境遇を嘆いたところで何も変わらない。利用される? 何か企んでいる? 裏がある?――――

 

 だからどうした、思惑はかみ砕け、悪意を飲み干せ。すべてを受け入れて笑って見せろ。それができてこそのヘルト(英雄)だ」


「…………」


 ヘルトの立場など、イースには理解できるはずもない。

 だがトーヤの言葉に、言い表せない説得力があったのは確かだった。


 改めてイースは思い知らされる。

 自身の目の前にいるのは、まぎれもない英雄なのだと。


「ま、お前が悪いと思うことはなにもないってこった。意地悪なこと聞いて悪かったな」



 こうしてトーヤとイース、初めての会合は終了する。

 目的に向けて収穫があったと感じるイースだが、それと同時に、会話のペースは終始トーヤに握られていたと感じていた。


 すべて手のひらの上、そんな気持ち悪い実感がイースの中に残る。




ーーーーーー




 イースがその場を去り、トーヤただ一人が訓練室に残る――はずが、トーヤの隣には一人の少女が座っている。

 その少女は、イースと入れ替わりで訓練室に来たわけではない。

 イースの決闘の際も、トーヤとイースの対話の際も、少女はずっとそこにいた。


「どうだった? ラシェル」


「概ねほんとのことしか言ってないわ。トロイスト家についても、一切記憶がないみたい」


「なるほど、予想通りいじくられてる(・・・・・・・)か」


「胸糞悪い話ね」


 イースの言葉の真偽は、ラシェルの魔法によりすべて筒抜けであり、それはほんのわずかな嘘でも見逃さない。


「『全力を持ってツエルさんに自分のことを認めていただけるよう努力します』なんて言ってたけど、『全力』の部分には嘘があったわ」


「あくまで『奥の手』は見せるつもりないってか。けど、それでツエルといい勝負できるほど甘くはない。そのとき、あっちがどう出てくるか……そこが分岐点だ」


 トーヤとラシェル、そしてその二人が所属する組織(・・)では、すでにイースがコクマの刺客であることを突き止めている。

 にもかかわらず、トーヤはイースを捕らえるということをしない。

 

「いつまで泳がせておくつもりなの? とっとと捕まえて、情報を引き抜けばいいのに」


 そんな現状に、ラシェルは少なからず不満を持っていた。


「そうするのがそりゃ一番手っ取り早い。けど、それじゃあイースが救われない(・・・・・)


 そう告げるトーヤの顔は、まさしく英雄の顔をしていた。

 だが、その顔もすぐに崩れる。


「なんせ、あの気難しいカナンと仲良くしてくれてるんだ。そのお礼と言っちゃなんだが、もう少し楽しい学園生活を送ってもらうさ」


 お茶らけた様子で、どこまで本気かわからないトーヤの言葉に、ラシェルはつい溜息を吐いてしまう。


「それに――情報ならもう一匹の(・・・・・)ネズミから抜き出せばいい。そっちのネズミには、今すぐご退場願おう」


 トーヤが浮かべるその笑顔は、イースとの対話では一度も見せなかったものだった。 


ずっといたラシェル。

二人きりとは。



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