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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
95/158

ついに――


「よおイース、決闘するんだってな」


「応援に来た」


 訓練室で決闘が行われることになり、その準備のために体をほぐしていたイース。

 そんなイースに話しかけてきたのは、別クラスだがかなり親しくしている少年と、同じクラスの魔眼持ちの少女だった。


「ケイ、それにロゼも」


「いや~面白いことやってんじゃん」


「やってんじゃん」


 ケイは少し茶化すようにイースに話しかける。

 ロゼは相変わらずよくわからなかった。


「二人とも……こっちは真剣なんだ」


「わかってるって、だからこうして応援しに来たんだよ。負けたら慰めてやるから安心しろ」


「イース負けるの?」


「……負けるつもりはないさ」


 同学年で数少ない仲の良いと言える二人。

 そんな二人があまりにもいつも通りのせいか、イースの感じていた緊張は少しとけていた。


「あ、そうだ。カナン様も誘ってみたけど断られた。『興味ないし、勝敗の決まりきった決闘なんてつまらない』だってさ」


「いいな~お前、カナン様にそこまで実力を認めてもらってんのかよ」


 ロゼの発したカナンの言葉に、イースが勝つ方と根拠づけるものは何もない。

 しかしそれでもイースは、カナンが自分の勝利を確信してくれている気がした。


「……最高のエールだな」




ーーーーーー



「それではこれより、イース・トリュウ、ハルク・トールバン両名の決闘を始める」


 立会人に選ばれた少年が、決闘を行う両者の名前を口にする。

 この時イースは、己が決闘を行う相手の名前を初めて知った。


 周りには先ほどよりも多くの野次馬であふれている。

 この部屋はあくまで訓練室であるため、休憩するための椅子はあっても、二人の決闘を観戦するような席はない。

 みな立ち見で、決闘が始まるの待機する。


「おいおい……まじかよ」


「どした?ケイ」


 その野次馬を見渡しながらケイは、驚くそぶりを見せる。


「野次馬のメンツがやべえんだよ。1年同士の決闘で集まるようなメンツじゃねえ。特にほら、見てみろよ。あそこの角に座ってるの」


「……誰?」


「まじかよお前……」


 ケイのいう人物が誰かわからないロゼに、ケイは本気で引く。


「アーカイド様だよ! 王子だぞ王子!! 何で知らねえんだよ!? それに、あっちにはカルナさんもいるぜ。貴族派と庶民派のリーダーがそろい踏みだ……ありえねえだろ」


「カルナ誰?」


「……そろそろ始まるみたいだぞ」


 ケイは説明するのを諦め、イースたちのほうに視線を戻す。





「もう一度、この決闘のルールについて説明します。学園での決闘ルール2を遵守するため、一定以上の威力を持った攻撃は禁止です。使用魔法の種類においては、精神的に干渉する魔法のみ禁止。規則違反があった場合、強制的に決闘を終了し、そのものを不戦敗とします。両者異論はありませんね?」


「ない」


「ありません」


 学園では、己が実力を示すための場がいくつも設けられている。

 その際に大きなケガや、死人が出ることのないよう厳しくルールが定められている。

 そして今回の決闘で使用されるのが決闘ルール2。

 ちなみに、このルールを提案したのはハルク側、つまり相手側。

 イースとしては特に不満もなかったため、文句を言うことなく了承した。


「それではこのコインが地面に触れた瞬間、開始となります」


 立会人がそう言うと、コインが高々とはじかれる。


 イースとハルク、両者の距離はそれなりに離れたところからのスタート。

 頂点へと達し、重力にしたがって落ちていくコインを、観戦する者たちは息をのんで眺める。



ーーーーーー



【イースside】



 勝負に勝つのは必須、苦戦するのもだめ。

 目的は生徒会の威厳というものを見せつけることだ。

 圧勝、もしくは瞬殺しなければ意味がない。


 ……なにも難しいことじゃない。

 俺のメインにはピッタリの条件だ。


 相手もあからさまに、何か企んでいるといった様子だが関係ない。

 開始と同時に、最速で決着をつけに行く。



ーーーーーー



【ハルクside】


 

 はっ、どうせ一瞬で勝負をつけようとか考えてんだろ?

 こいつ(イース)が高速で移動するところはさっき(・・・)見た。

 たいした身体強化だ。間違いなく最初はそれで距離を詰めてくるはず。


 けど、これだけの距離があれば十分に対応できる。

 見てろよ。この人数の前で大恥かかせてやる。


ーーーーーー



 二人の思考が瞬時にまとまり、お互いを見据える。

 ついに、はじかれたコインが地面へとたどり着く。


 コインが地面に触れた瞬間、二人は魔法を使用する。

 

 イースが選んだのは、相手へと距離を詰めるための魔法。

 身体強化魔法――それに加えてもう一つ(・・・・)


 ハルクが選んだのは防御魔法。

 しかしそれは基本的な自分を守るための球体ではなく、自分の少し前で壁を作るように展開する応用技。


「無様にくたばれ!」


 ハルクの思惑とは、スピード任せに突っ込んできたイースを壁に激突させること。

 自分から壁にぶつかったイースのまぬけな姿を、衆人環視にさらすことであった。




 が――そんなハルクの思惑にもかかわらず、イースはハルクの()にいた。


「……は?」


 マヌケな声をあげたハルクが、イースの方を振り向こうとすると、腹部に衝撃を受ける。

 もちろん、イースによる攻撃だった。

 身体強化された拳によって、無防備にそれを受けたハルクはうずくまり倒れる。

 意識はあるようだが、小刻みに震えており、少なくとも立ち上がれそうにないのは誰の目にも明白だった。


「立ち合い人」


「……え、あ! はい!」


 あまりに一瞬のことだったため、立ち合い人も思考を停止させてしまっていた。


「彼の戦闘続行は不可能のように思いますが」


「そ、そうですね、えっと、、、勝者イース・トリュウ!!」


 立ち合い人が高らかとイースの勝利を宣言する。

 まさに文字通り瞬殺だった。


 決闘が終了したと同時に、生徒会の面々に加え、ケイとロゼもイースに向かって嬉しそうに近づいていく。


「やったなイース!」


「すげえよお前!」


「よくやってくれた」


「すごい」


 興奮気味の賛辞をこれでもかというほど浴びせられるイース。

 しかし、一人だけ輪から外れ、申し訳なさそうにしている人物がいた。

 ナタリアはその人物を見て溜息を吐くと、その背中を押す。


「イース、エマが言いたいことあるってさ」


「ちょ、ちょっとナーちゃん!?」


「いいから」


「……もう」


 エマは照れ臭そうにしながらも、イースを見て口を開く。


「ありがとう、イースくん。決闘のこともそうだけど……私のことで怒ってくれて嬉しかったわ」


「いえ、当然のことですから」


 いつも通り謙遜し、決して誇ることのないイースの物言いに、エマはいつもの笑顔を取り戻す。

 

「今回は後輩に助けられてしまったな。先代と比較されるのなんて、百も承知でやると決めたんだ。私たちがしっかりしないでどうする」


「そうね、、、あの時は取り乱してごめんね、ナーちゃん。弱さを見せてしまったのは反省だわ」


 エマとナタリアの会話には、二人にしか理解できない思いがあった。



「しかしさすがだな。お前のメイン――『加速』だったか? わかってたのにほとんど見えなかったぜ」


 改めて、コントンがさきほどのイースの戦いぶりを褒める。

 生徒会で共に仕事をしてきた面々は、イースのメインについてよく知っていた。

 同クラスのロゼに、親しくしているケイも。

 それにもかかわらず、さきほどの速さにはみな等しく驚かされた。


「身体強化をかけたうえで、加速(メイン)の重ね掛けを行いました。どうやら相手は、最初に見せた速さが最高速だと勘違いしている様子だったので」


 イースの戦い方に複雑な策は何もなかった。

 ただただ速く、そのスピードで相手の思惑ごと越えただけ。

 

「いや~、あれじゃ高速移動というかもはや瞬間移動だろ」


「瞬間移動、カッコイイ」


 ケイ、ロゼもイースのを褒め称える。





 一方、倒れたハルクの方にも人が集まっていた。


「お、おい、大丈夫か?」


「……くっそ、俺が、あんなやつに」


 イース側とは対照的に、こちらは重苦しい空気が漂っている。

 そんな彼らに、臆することなく近づく集団が一つ。


「あっれ~、あれだけ大口叩いといて瞬殺されたハルクさんじゃないですか~。さっきの決闘にかかった時間、聞きたいですか? なんと5秒!! これからあなたの異名は『1分で12回負ける男』に決定ですね~」


「なんか『無様にくだばれ~』とか言ってたけど、もしかしてあれ自分に言ってたの?」


 それは訓練室の取り合いで揉めていた少女たちの集団だった。

 うずくまるハルクの姿を見下ろしながら、これでもかと口頭による死体蹴りを行う。



「またあの子たちは! せっかく場がおさまりそうなのに――」


 その様子を見たエマが、少女たちを止めに行こうとする。


「やめなさいあなたたち! ほら、もう訓練室から出なさい!!」


「は~い」


 意外にもエマの言葉に素直に従い、外に出ていこうとする少女たち。


「……この欠陥品どもが」


 しかし、ハルクが背後から投げかけた『欠陥品』という言葉に反応し、少女たちはその場で静止する。


「――あ?」


 ニヤついていた表情は消え、声のトーンも数段階下がる。


 またもや訪れる一触即発の空気。

 いい加減にしろと、エマは叫びたい気持ちでいっぱいだった。


「お前らのこと言ってんだよ社会のゴミども! Sクラスのやつらはどいつもこいつもいかれてんだよ!! お前らみたいなやつがいるからこの学園はダメになる!」


 まるで、ため続けた感情があふれ出るようにハルクは叫ぶ。

 これにはさすがに、周りの少年たちのグループもなだめようとするが、ハルクは聞く耳を持たない。


「死ね! 死ね! 死ね! Sクラスのやつなんざみんな死ねばいい!」


「はっ、負け犬の喚き声ってほんとうっとおし――」





「そこまで言うことないじゃん」





 その言葉を発したのは、少女たちのグループのうち一人。

 イースの記憶が正しければ、訓練室取り合いの際の言い争いでも、一言も発していなかった少女だ。

 背も少し小さめで、少女たちの中でも後ろに控えている印象だった少女が、ここに来て初めて言葉を発した。


「レ、レギーナ、落ち着いて」


「そうよ! レギーナが怒るようなことじゃないわ!」


「あいつだって本気でそう言ったんじゃないかもしれないし!」


 すると、途端に少女たちのグループが慌ただしくなる。

 まるでレギーナと呼ばれた少女をなだめるように。

 先ほど、ハルクに暴言を吐いていた強気の少女でさえも、怯えるようにレギーナに話しかける。


 暴言を吐いていたハルクも含め、少女たち以外は事態を飲み込むことができない。


「ほら、あいつの顔。モテなさそうだけど、悪そうでは……ないでしょ?」


 少女の一人がハルクの顔を指さす。


 その指さす先で、ハルクの顔が曲がった(・・・・)

 何かの比喩ではなく、物理的に。


「え?」


 その声を発したのが、もはや誰かはわからない。

 思いはみな同じだった。


 ハルクの顔を曲げたのは膝による物理的な力。

 端的に言えば膝蹴り。


 膝蹴りをしたのは、集団の中にいた者たちとは違う少女。

 その少女にイースは見覚えがあった。

 初めてその少女を見たのも、人を蹴っている姿だったな――などという考えがイースの中で浮かぶ。


「フェリシア?」


「あ、イースくんおひさ~」


 イースの声掛けに、気の抜けた様子で返事するフェリシア。

 一ヶ月ほど前、Sクラス校舎で男子生徒を4階から蹴り落とした少女。


「なぜここに?」


「悪口を言われている気がしたから」


「気がしたって……」


「フフフ、私は地球の裏側にいても自分の悪口を聞き取れる地獄耳。それで訓練室に来てみたら案の定、モテなさそうな男がキャンキャン吠えてたからつい」


 なぜ何よりも先に足が出るのか?

 理解できないSクラス少女の生態に、イースは困惑するばかり。


「て、てめえやりやがったな!」


 呆然としていたハルクの周りの少年たちも、やっと我に返り、フェリシアに殴り掛かろうとする。

 その拳を難なくよけたフェリシアは、懐に飛び込んできた少年の一人の顎を蹴り上げる。


「私たちもフェリちゃんに加勢するぞー!!」


「「「おー」」」


 複数対一で大立ち回りを演じるフェリシアを見たSクラスの少女たちが、自分たちも続けとばかりに殴り合いに参加していく。

 もはや場は完全な乱闘騒ぎだった。


 殴り殴られ、蹴り蹴られ、人体が衝撃を受ける鈍い音が所々聞こえる。

 乱闘に参加している生徒は、野次馬から加わったものも含め20人以上。


「あなたたち、いい加減にしなさい!!」


「やめろお前ら! 最悪退学だぞ!!」


 イースを含めた生徒会の面々も、声を張り上げ、できるだけ傷つけないように暴動を止めようとする。

 しかしそれも焼け石に水。

 こうなってしまっては、貴族派の少年たちとSクラスの少女たち、どちらかの陣営が全滅するまで、この騒ぎは止まらないように思われた。













「うるせえよ」











 みなの動きがピタリと止まる。

 大声をあげて暴れまわっていた全員が、急停止させられたように動かなくなる。

 短いたった一言で。


 張り上げたような声ではなかった。

 それにもかかわらず、あの喧騒のなかで透き通ったその声は、逆らうことのできない圧を持っていた。


 急停止と同時に、全員が声の主を探り当てようと、声をのした方を振り返る。

 みなが一方向を凝視すると、野次馬たちのいる集団が徐々に割れていく。

 人の波が開けるとその先には、長椅子に横になって寝ている人物がいた。

 声を発したのはその人物だと、みなが直感的に理解する。

 

 学園指定の上着を顔にかぶせ、イースが最初に見たときと変わらぬ状態でその人物は眠っていた。


「……うるさい? まさかそれ、俺に言ったのか?」


 沈黙を破ったのはハルクだった。

 その表情は怒りが頂点に達している様で、寝ている人物へと近づいていく。


「お前、俺を誰だと思ってやがる。お前だけじゃない。この学園のやつはどいつもこいつもそうだ。庶民の癖しやがって、俺がトールバン家の人間だと知っても、誰一人下手に出ようとしない。それどころか平気でタメ口使うわ、当然のように突っかかってくるわ、、、


 クズどもは貴族様の脇を申し訳なさそうに歩いてればいいんだよ!! 俺のことを見下すな! 頭が高いぞクソどもが!!!」


 もはや今回の件だけではなく、この学園生活すべてに対しての不満を爆発させる。

 寝ている人物の傍まで行くと、ハルクは長椅子を力いっぱい蹴り上げる。


 イースからすれば、ただの八つ当たりにしか見えなかった。

 

 決闘で簡単に敗れ、不用意な言葉で膝蹴りをされ、大声で理性もなく当たり散らすハルク。

 野次馬たちも含め、誰もがそのハルクの姿を哀れだと感じる。


 しかし、彼が何よりも哀れだったのは――


「おい! いつまでねぺっ!?」


 ――八つ当たり相手に選んでしまったのが、最悪の人物(・・・・・)だったこと。



 叫んでいたハルクの体が宙を舞う。

 きれいな放物線を描き、イースの足元まで飛んでくる。

 ハルクは気を失って白目をむいており、膝蹴りをされ膨れ上がっていた頬とは、反対側の頬が赤く腫れあがっていた。

 

「徹夜明け寝ていたところに、耳元でギャアギャア騒がれ、あげくの果てには蹴り上げられるときた、、、ったく、いくら海よりも慈悲深いと有名な俺でも、右腕が制御できずに動き出すぞ」


 ついさきほどまで寝ていた人物が立ち上がり、拳を振りぬいた状態で言葉を発する。

 上着が取れて顔がさらされたものの、うつむき気味でしっかりと顔を確認できない。


 しかしこの時、イースはこの人物が何者なのか、本能的に理解できた。

 顔を見たことなければ、声を聞いたこともない。

 けれど間違いなく、あの人物(・・・・)だということに確信を持つ。


「というか、お前の顔なんでそんなアンバランスなんだ? さぞコンプレックスだったことだろう。バランスとっといてやったぞ。この俺が直接手を貸してやったんだ。喜びむせび泣き誇りに思えよ――って、もう聞こえてねえか」


 顔を上げ、正面を見やる人物の顔を、イースはしっかりと目に焼き付ける。


 この学園において、イースがもっとも会いたかった人物。

 暗殺対象になり得るかもしれない相手。


 イースは鼓動が速くなるのを感じる。


 ツエルのように威圧感を感じる見た目ではない。

 むしろ優し気な印象さえ与える。


 それでも彼は(・・)英雄なのだと、その身にまとう雰囲気が告げていた。

 



 シール王国特権階級ヘルト家が次男――トーヤ・ヘルト




 この一ヶ月、イースがどんな手を使っても会えなかった相手が、目の前にいた。



やっとトーヤ登場


ほんとはハルクくんもっと痛い目にあうはずだったけど、書いててさすがにかわいそすぎてやめた。

ごめんね、けどきっと君の活躍はいつかあるから(おそらく)

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― 新着の感想 ―
[一言] 端から見ると確かに英雄にしか見えない不具合
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