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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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軽い洗礼


「あの、たしか職員室は1階だったと記憶していますが……」


 イースが疑問に思うのも当然だった。

 ナタリアと共に職員室へと向かっているはずのイースだが、なぜか現在階段を上がっている。


 1階にある職員室に向かうには、必要のない道筋をナタリアは進む。


「ああ、ごめんごめん。最初に昨日火事を起こした主犯格のところへ注意しに行くんだ。言ってなかったね。まあ注意したところで、聞くようなやつらじゃないのはわかってるけど」


「火事を起こしておいて、停学にもなってないんですか?」


「何がとは言わないが、停学にすると学園側にデメリットが大きすぎるんだ」


 これ以上語りたくないという顔をしていたため、気にはなったがイースは追及をやめる。



 4階にたどり着くと、目的の生徒を見つけナタリアが呼び止める。


「マルコ、昨日の件で話がある」


 マルコと呼ばれた少年は素直に呼びかけに応じる。

 そのことをイースは意外に思いつつ、ナタリアは火事の件について詳しく言及していく。




「――というわけで、今後はこのようなことがないように。まあ無駄だろうが」


「やめてくださいよ、そんな。照れるじゃないですか」


「殺すぞ」


 笑顔で放たれるナタリアの直接的な罵倒に、イースは少し恐怖を感じた。

 当のマルコは終始ヘラヘラしている。


「事件の経緯については昨日聞いたが、そもそも焼き肉をしようなんて言い出したのは誰なんだ?」


「ああ、トーヤ様です」


「トーヤ様が?」


 トーヤという無視できない言葉に、イースの興味が数段階あがる。


「はい。それはもうノリノリで。当日の動きからタイムスケジュールまで、すべてトーヤ様が計画を立てて把握していたんです」


「生徒会への申請の覚えはないんだが……」


「すると思います?」


「……しないだろうな、あの方は」


「でまあ俺たちも楽しみにしてたんですけど、そのトーヤ様が当日学園に来なかったんですよね」


 あっはっはと、なんでもなさそうな顔でマルコが笑う。


「一応計画書は残ってたんで確認したんですけど、肉を焼く方法がかなり難しくて」


 自分で焼くとでも書いてあったのだろうか?

 焼き肉で使用する肉の中には、かなり高温で焼かなければならない魔獣の肉もあったと聞く。

 だとすれば、メインが火系統の人間を除いて、ヘルト家以外の人間では難しいかもしれない。


 そう考えたイースだったが、答えは予想の斜め上だった。


「『アーカイドに焼いてもらう』って書いてあったんです」


「……」

 

 アーカイド、それはシール王国第一王子の名。


 またもやナタリアは絶句する。

 当然だろう。王子のメイン(魔法)を肉を焼くためだけに使おうとしたのだから。


「一応お願いしに行ったんですけど、ごみを見るような目で見られちゃって」


 ここで素直に諦めず、頼みに行ってしまうのがSクラスクオリティである。

 罰せられてもおかしくない不敬極まりない行為を、ダメもと感覚で行うやつらなのだ。


「お前ら、ほんと、いかれてる……」


 大人な態度をとり続けていたナタリアの仮面がついに剥がれ、腹の底からにじみ出るような本心を吐露する。

 いかれていると言われたマルコはなぜか照れており、どう収拾をつければいいかイースにはわからなかった。


 なんとか持ち直したナタリアは、どこから注意していくかを考える。


「言いたいことはいろいろあるが、そうだな……とりあえず――」


「とりあえず死ねええええええ!!!」


 窓からのダイブは突然に。


 ナタリアの言葉を遮ったのは一人の少女。

 少女はスカートが翻り、下着が見えることなどお構いなく、身体強化も駆使した飛び蹴りをマルコにくらわせる。

 不意打ちにより、蹴りを見事に受けたマルコの体は窓ガラスを突き破り、イースたちの視界から消えていった。


「…………」


 あまりのことにナタリアもイースも、ただ黙ってみていることしかできなかった。


「おい、マルコがまた落ちたぞ」


「またかよ。あいつ高い所から落ちるの大好きだな」


 周りにいた生徒達もそれを目撃したはずだが、慌てて騒ぐようなものは一人もおらず、この異常な光景がSクラスにとって通常運転なのだとイースは理解させられる。


 飛び蹴りをして、4階からマルコを落とした当の少女はスッキリした顔で汗をぬぐう。

 すぐに少女はイースたちの存在に気づき、声をかけてくる。


「あ、もしかして話しの途中でした? すいません、お邪魔しちゃって」


 違う、謝ることはそれじゃない。

 それはイースとナタリアの二人が同時に抱いた感想。


「あれ、君はもしかして……」


 少女の顔を見たナタリアは、何かに気づいたような反応をとる。


「あ、昨日お世話になった生徒会の人」


 少女の方にもナタリアに面識があるようで、イースだけがこの少女のことを知らなかった。


「昨日の火事で被害にあいかけた(・・・)少女だ。たしか名前は……」


「フェリシア・セイントです。どうぞよろしく」


 先ほど鬼の形相でマルコを蹴り飛ばした姿からは、想像できないような人懐っこい笑顔でイースに笑いかける。

 

「今日から生徒会に入ることになったイースです」


「ネクタイの色からして同じ1年でしょ? 敬語はなしでいこうよ。よろしくね~」


「……ああ、よろしく」


 イースは数秒前の光景を思い出し、少し返事にためらってしまう。

 そんなためらいをフェリシアはしっかりと見抜く。


「あはは、そんな心配しなくてもいいって。誰にでもあんなことするわけじゃないから」


「じゃあなぜあの人を蹴り落としたんだ?」


「だってあの人、私のこと丸焼きにしたんだよ? うら若き乙女を黒焦げにするなんて、一回死んだくらいじゃ償えないじゃん」


「……」


 本気でいっているのか、それとも冗談交じりなのか。

 イースにはどうも判断ができなかった。 


「どうやらマルコは無事のようだ。何やらこっちに向かって叫んでいる」


 イースとフェリシアが会話をしている中、ナタリアは割れた窓ガラスから下を見下ろし、マルコの安否を確認していた。


 イースは聴覚強化の魔法を使用すると、たしかにマルコの汚い罵りが聞こえてきた。


『下りてこいクソ女! 叩きのめしてやる! この田舎娘が、調子に乗ってんじゃねーぞ!!』


「は、あんなやっすい挑発に誰がのるかってーの」


 フェリシアも聴覚強化を使用しているらしく、バカにするような笑いを浮かべる。


『このデブ!』


「お前がな」


『Sクラス!』


「お前もな」


『クソビッチ!!』


「誰がビッチだあああ!!! 私は一人の男に尽くすタイプなんだよ!! 上等じゃあ! 今度こそ息の根止めてやらあああ!!」


 見事挑発に乗ったフェリシアは、躊躇なく4階から飛び降りる。

 しばらくすると、爆発音のような音が何度も鳴り響いたが、ナタリアに様子をうかがおうとする元気はもうなかった。


「これからどうします?」


「……先に職員室のほうに向かおう」


 疲れた顔で力なく発現するナタリアの提案に、イースはただ了承した。




ーーーーーー



「わざわざありがとうね。書類のほうも確かに受け取りました」


 マルコの担任であるエルナは、ナタリアから受け取った書類を確認し、机の上へと置く。


 イースの予想とは違い、2年のSクラスを担当するエルナ・キュフナーは、思いのほかまともな人物であった。

 Sクラスに対する負のイメージが強すぎるせいで、担当教師ですらヤバい人物というイメージを抱いていたため、ほんの少しイースは安心する。


 今のところ見た目や言動におかしなところはなく、ナタリアとも常識的な会話をしている。

 まともな意思疎通ができることをうれしく感じたのは、イースにとって初めての経験だった。

 ただ不安要素があるとすれば――


 机の上に大量の酒瓶が並べられていることである。


 その酒瓶を見つめていると、そのことをエルナに悟られる。


「えーっと、イースくんだったっけ?」


「はい」


「違うのよ? これらの酒瓶はあくまで生徒達から没収したものだから」


 誰も何も言ってないにも関わらず、エルナは汗を流して言い訳を始めた。


「……これ全部ですか?」


 酒瓶の数は、少なく見積もっても100を超える。


「そうなのよ! あいつら何回言っても懲りずに持ち込んでくるし、妙に酒のチョイスは優れているし、私の給料じゃとても買えないような高級ワインまで持ってきたりするし!! 我慢する私の立場にも慣れってのよ!! だいたい――」


「あの、エルナ先生、私たちまだ仕事が残っているので」


「……ごめんなさい、少し熱くなり過ぎたわ」


 ナタリアの言葉に落ち着きを取り戻したエルナは、イースのほうへと向き直る。


「イースくん、生徒会の仕事がんばってね。私の経験上、新人は3ヶ月もてば長続きするわ」

 

 そこで一旦言葉を切ったエルナは、少し迷うそぶりを見せる。

 言うべきかどうか――ほんの少し悩んだ後、口を開いた。


「……あと一つ、アドバイスしてあげる。眼に見えた異常よりも、見えない異常のほうがよっぽど怖いものよ」


「……? よくわかりませんが、しっかりと覚えておきます」


 最後に礼だけして、イースとナタリアの二人は職員室を離れた。

 イースがエルナの言葉の意味を知る日は、すぐにやってくる。



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