初めてのお仕事
放課後になり、イースは生徒会に入会する返事をするため、生徒会室へと向かう。
先日訪れた部屋の前までたどり着き、扉へと手をかける。
「1年Aクラス、イース・トリュウ入ります」
イースが扉を開くと、一斉に振り返る生徒会役員の面々。
その中には、生徒会長であるエマの姿もあった。
エマはイースの姿を確認すると笑顔を浮かべる。
「いらっしゃいイースくん! ささ、入って入って」
エマからの誘導により、あれよあれよと席に座らされ、机の上にはお茶が置かれる。
「来てくれたってことは、昨日の返事を聞かせてくれるってことでいいのかしら?」
「はい、自分はぜひとも生徒会の一員として活動したいと考えています」
生徒会への勧誘に対して、了承の意を告げるイース。
その言葉を聞いた途端、エマの口から空気が漏れる。
「はあ~、よかった~」
気が抜けたように脱力するエマに加え、各々ハイタッチなどして喜ぶ様子を見せる役員たち。
イースは自分の加入が、ここまで喜ばれることに戸惑いを覚える。
「ああ、ごめんなさい。優秀な人材を生徒会に入れることは、生徒会にとって重要な仕事なの。これが意外と毎年苦労するのよ」
エマの言葉はイースの戸惑いを解消し、さらに続ける。
「それに……昨日あんなところを見せちゃったから、怖がって入ってくれないんじゃないか? なんて思っちゃって」
昨日という言葉を聞き、イースはSクラスを中心に起きた火事の件を思い出す。
「そういえば、昨日は災難でしたね。被害の方はどうだったんですか?」
「それがね、奇跡的に負傷者ゼロだったの。被害は燃えた建物だけで済んだわ」
「そうだったんですか? 確か昨日の報告では燃えた新入生もいたとか―」
「ゼロだったの」
「しかし―」
「ゼロだったの」
「……」
貼り付けたような笑顔で、ひたすら同じセリフを繰り返すエマ。
イースは追求することをやめた。
「さて、イースくんの加入が決まったことだし、生徒会役員の紹介をしましょうか。今ちょうど全員そろっているし都合がいいわ」
エマの提案に全員が賛同し、ひとりひとり順番にエマによって紹介されていく。
「まずは私から、何回も言っているのだけれど、生徒会長のエマ・フォレストです。先代と比べるとまだまだひよっこだけど、精一杯やっていく所存よ」
まずは自己紹介のような形になり、次にエマの隣に立っている女性の紹介になる。
「彼女が4年副会長のナタリア、通称ナーちゃん。みんなのお母さんよ」
「誰がお母さんだ」
腰まで髪を伸ばし、たった今紹介を受けたナタリアが間髪入れずに反論する。
次に紹介されたのは、昨日の火事をエマに報告していた少年。
「昨日ちらっと見たと思うけど、彼は3年書記のコントンくん。だいたいいつも走ってるわ」
「主にSクラス案件ですけどね。それはともかく、よろしくなイース」
愛想良く、裏表のなさそうな笑顔でイースに笑いかけるコントン。
次に紹介を受けたのは、イースにお茶を出した少年。
「彼は2年庶務のデイルくん。とても優秀なんだけど、いつも表情を崩さないの。今だ笑った顔を見たことないわ」
「よろしく」
デイルは短く挨拶だけすると、取り掛かっていた書類に目を戻す。
素の表情は、少し不機嫌にも見えた。
「とりあえず今はこの4人で活動しているわ。本当はあと2人いるのだけれど、色々あって今は療養中なの」
紹介含め、言葉の節々に不穏な空気を感じ取るが、イースは気にしないことにした。
「イースくんには、空きのある会計職についてもらうことになるわ。改めてよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
エマから差し出された手を、イースはがっしりと握る。
「まあ最初は共通の仕事を覚えてもらうとこからかしら。ナーちゃん、イースくんの研修をお願いしてもいい?」
「ああ、いいぞ。ただ昨日の件で、これからエルナ先生に報告書を渡しに行くからその後になるが、それでもかまわないか?」
「ええ」
会長と副会長の話が進んでいく中、会話にでてきたエルナという名に、イースは聞き覚えがあった。
エルナ・キュフナー、教員1年目から問題児だらけのSクラスを任されたことで有名な教員。
エルナ先生に報告書を渡しに行く――それはつまり副会長のナタリアがこれから向かうのは、Sクラス棟ということになる。
トーヤ・ヘルトに近づくこの機会を、イースは見逃さなかった。
「報告書を渡しに行くのなら、自分もついていってかまいませんか?」
エマはイースの突然の発言に驚いた後、ひどくしぶい顔をする。
正気かこいつ?とでも言いたげな顔だった。
「その、どこに報告書を渡しに行くかわかってる?」
「はい、Sクラスですよね」
「わかってるのに行きたいの?」
エマの顔は軽くひいていた。
Sクラスというだけでそこまで思われるものなのかと、少々大袈裟に感じるエマの反応を、イースは理解できない。
「う~ん、入ってすぐに洗礼を受けるのは……その、まだ早すぎるというか……いきなりドギツイのを受けて、辞められちゃっても困るというか……」
止めるにせよ、許可するにせよ、なかなか判断を下せないエマ。
そんなエマに話しかけたのは、今まで書類から一切目を離さなかった庶務のデイルだった。
「いいんじゃないですか、行かせても。この仕事に耐えられないなら、早かれ遅かれ辞めてしまうんですから」
イースにとって意外なところからの助け舟。
デイルの言葉に納得したのか、エマもようやく考えをかためる。
「わかったわ。イースくんの同行も認めます。そのかわり、ナーちゃんはできる限りイースくんのフォローお願いね」
「責任重大だな。可能な限りはフォローするけど、あまり期待しないでくれ」
こうして、Sクラスへと同行させてもらえることになったイースだが、彼は知ることになる。
なぜ、Sクラスだけ隔離されているのかを。
なぜ、生徒会がこんなにも特別視するのかを。
Sクラスになる人間が、どのような存在なのかを。
ーーーーーー
ナタリアと共に同行したイースは、目的のSクラスがある建物へと到着する。
それは6階建ての建物で、学園内でも一般的な見た目の建物であり、特にこれといって変わった様子は見つからない。
所々、窓ガラスが割れ、壁が崩れている所を除けば。
「あの……」
「これでも定期的に修理を依頼しているんだがな」
イースの言いたいことを察したナタリアは、どこか諦めたような目でつぶやく。
「なんにせよ、これくらいで驚いているようじゃもたないぞ」
ナタリアが歩き出し、イースも後ろについて建物内へと入る。
中に入ると、そこは吹き抜けのような形になっており、2階部分が視界におさまる。
「これ、もとから……ではないですよね」
「そうだな……前に来た時は天井があったし、2階が見えるわけもなかった」
「Sクラスの誰かが天井を壊した、という解釈であっているでしょうか?」
「おそらくな」
ナタリアは頭を抱え、修繕費がどうこうとブツブツ言いながらも、エルナがいる職員室へと向かう。
まだ入り口付近でありながら、優におのれの想像を越えてくるSクラス。
エマの反応が大げさではないのだと、イースは認識を改め始めた。
教員1年目から問題児だらけのSクラスを任されたことで有名な
任された ×
押し付けられた 〇




