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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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少女の儚さ


 コクマ支部連続盗難事件

 国際魔法究明機関、通称コクマ。

 世界中に支部が存在する大規模組織のコクマで、去年の冬ごろから始まり、現在も続く盗難事件。

 盗難物は最新の魔具、研究データ、各国との取引情報と多岐にわたる。

 犯行はグループによるものと推定されているが、その実態は不明。

 盗まれた魔具や研究データが、裏社会において出回っていたこともあり、金銭目的との見方が強い。


 小さな支部から、そこそこ大きな支部まで、被害にあった支部は多いが直接的な被害は盗難のみ、だったのだが――


 ついに支部そのものが、文字通り壊滅させられるほどの被害が出た。

 壊滅したのはシール王国第3支部。

 第3支部は今まで被害にあった支部とは違い、施設の充実さ、セキュリティ共に比べ物にならないほど優れている。


 にもかかわらず、現在の被害状況は施設稼働の目処が立たないほど。

 深夜ということもあり警備以外の人的被害もなく、死者もゼロということだが、今までの事件とは一線を画す。


 しかし、盗難以外の被害を一切出さなかったグループが、なぜこれほどまでに施設そのものを破壊しつくしたのか?

 そんな疑問を浮かべるのは、そのコクマに所属するイースだった。

 今朝登校中に売られていた事件の記事を机に広げ、講義が始まるまでの時間を利用し、目を通しながら頭を悩ませる。


 イースは上から、つまりコクマの上司から今回の事件について、何も連絡を受けていない。

 つまりそれは、イースに報告する意義はないということ。

 少し特殊に育てられたというだけで、ただの一構成員に詳しく情報が回ってこないのは当然だった。

 コクマの方針に不満はないものの、こんな事態に何もできない自分がもどかしい。

 そう自分の不甲斐なさを嘆くイース。


「組織のために働くことでしか、俺は自分の価値がない……」


 その声は小さく、誰の耳にも届くことなく消えていく。


「おはようイース。なにかあったのか? とても思いつめた表情をしているが」


 本人すら知らず知らずまとっていた不穏な空気を、気にもかけずイースへと言葉を投げかける少女。


「……おはようカナン。そんな顔に出ていたか?」


「ああ、自分の無力さに嘆く後方支援の兵士のような顔だった」


 イースの隣の席へと腰かけるカナンは、問われた質問に冗談交じりで答える。

 ただその返答はあまりにも、現在のイースの状況に合致していた。 


「『コクマ支部壊滅』か。街でもかなり騒ぎになってたね。もっとも、当事者意識は低く、半ばお祭り騒ぎといったようすだったけど」


 イースの広げていた記事を覗きながら、見出しを読み上げるカナン。


「ああ、その騒ぎで俺も少し気になってな……」


 などと言いながら、イースは記事を閉じ、カバンの中へとしまう。

 自分の正体がばれるリスクを考え、あまりこの件について話を広げたくなかったからだ。

 

「……? もしかして、ヘルトとコクマの確執(・・)を気にしてる?」


 カナンは先ほどの不自然なイースの行動を、違う意味にとらえたらしい。


「気にしなくてもいいのに」


「ああ、すまない……」


 不自然な形だったが、そこで一度話が途切れ、お互い講義の準備を始める。

 

 しかしその間、どうもカナンの様子がおかしいことにイースは気づく。

 どこかそわそわしており、チラチラとイースのほうをうかがっている。

 普段からはっきりした態度をとるカナンにしては、珍しいと思える光景だった。


 しばらくすると、探るようにカナンが切り出す。


「イース、その、聞きたいことがあるんだが……」


 戸惑い、葛藤、そんな感情が顔から漏れ出ており、言いにくそうにしながらもカナンは続きの言葉を紡ぐ。 


「私と敬語を使わずに話すこと……後悔しているか?」


 イースは質問の意図がよくわからなかった。

 

「すまない。いまいち意味が……」


「その、言い難いんだが、私に敬語を使わず話していることで、君が周りから距離を……おかれていることに、私も気づいている」


「え?」


「え?」


「……」


「……」


 知らぬは本人ばかり。

 カナンは自らの失言に気づく。


「……まあ、うすうす気づいてはいた。だからそんなに気にしないでくれ」


 嘘である。

 ただの強がりである。


 そもそもイースにとって、友人という存在との適切な距離関係というものがわからない。

 一般的には同世代などと関わっていくことで、自分に合った距離を理解していくものだが、その機会がイースの育った環境にはなかった。

 そのため、周りから距離を置かれている状況を、イースはこんなものなのかと納得してしまっていた。


 魔眼持ちの少女、ローゼリッタが避けられていることに気づけたのは、他人の観察は得意なことや、ローゼリッタに対して周りの避け方が露骨だったこともあるだろう。


「ほんとうにすまない」


「いいんだ。謝らないでくれ」


「……」


 二人の間に気まずい空気が流れる。

 カナンの様子を見ると、あきらかに失言を気にしており、先ほどよりもそわそわしている。

 英雄と呼ばれながらも年相応の姿を見せるカナンに、イースは心の中で笑ってしまう。


 とにかく、この気まずい空気をどうにかするため、イースは自分の気持ちを正直に伝えることにした。


「敬語のことだが、俺自身周りからどう思われようとやめるつもりはない。もちろん、カナンがどうしても嫌というならやめるが」


 静かだが迷いなど微塵も存在しない。

 真っすぐな言葉。


「俺はカナンの意思を尊重する。対等な立場でいてほしいと言うならば、対等であり続けるさ」


「……ありがとう」


 一瞬のためをつくり、短く告げられた感謝の言葉。

 カナンの表情は嬉しそうでありながらも、どこか寂し気だった。

 それでも、二人の間にあった気まずい空気は霧散し、イースは安堵する。


 イースにとって周りのその他大勢よりも、カナンを優先するのは当然のこと。


 

 彼女がカナン・ヘルト(・・・)であり、トーヤ・ヘルトの妹であるため。


 

 お互いが本音を隠した故の、致命的なズレ。

 二人の距離は近いようで、果てしなく遠い。


「お礼……といってはなんだが私からも一つ、他人と信頼し合う関係を作るためのアドバイスをさせてくれ。私自身、友人と呼べる間柄の人間は少ない。だからこれは受け売りだ」


 静かにささやくカナンの言葉に、イースは黙って耳を傾ける。


「『弱さを見せろ』――昔ある人物から言われた言葉だ」


「弱さを?」


「ああ、『お前は完璧であろうとしすぎる』なんて説教されてな。英雄とは、誰しもが羨望する完全無欠の存在。ただ強く、頼もしく、人々の希望たれ。その希望に、民が導かれる――それが正しい英雄像なのだと考えている私にとって、今になってもその言葉の意味を理解できないでいる。……いや、きっとこれからも……理解できないんだろうな」


 先ほどと同じ、どこか寂し気な表情。

 このとき、イースがカナンから感じたのは弱さではない。

 何かの拍子で間違えてしまいそうな、消えてしまいそうな。


 15歳の少女が持つには、あまりにもあぶなかっしい儚さだった。



少し短め。


一章で簡単にとばした分、学園について色々描写したいなと思ってたけど、需要があるかどうかもわからんし、あきてきた。はやくトーヤ達を出したい。

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