少女の儚さ
コクマ支部連続盗難事件
国際魔法究明機関、通称コクマ。
世界中に支部が存在する大規模組織のコクマで、去年の冬ごろから始まり、現在も続く盗難事件。
盗難物は最新の魔具、研究データ、各国との取引情報と多岐にわたる。
犯行はグループによるものと推定されているが、その実態は不明。
盗まれた魔具や研究データが、裏社会において出回っていたこともあり、金銭目的との見方が強い。
小さな支部から、そこそこ大きな支部まで、被害にあった支部は多いが直接的な被害は盗難のみ、だったのだが――
ついに支部そのものが、文字通り壊滅させられるほどの被害が出た。
壊滅したのはシール王国第3支部。
第3支部は今まで被害にあった支部とは違い、施設の充実さ、セキュリティ共に比べ物にならないほど優れている。
にもかかわらず、現在の被害状況は施設稼働の目処が立たないほど。
深夜ということもあり警備以外の人的被害もなく、死者もゼロということだが、今までの事件とは一線を画す。
しかし、盗難以外の被害を一切出さなかったグループが、なぜこれほどまでに施設そのものを破壊しつくしたのか?
そんな疑問を浮かべるのは、そのコクマに所属するイースだった。
今朝登校中に売られていた事件の記事を机に広げ、講義が始まるまでの時間を利用し、目を通しながら頭を悩ませる。
イースは上から、つまりコクマの上司から今回の事件について、何も連絡を受けていない。
つまりそれは、イースに報告する意義はないということ。
少し特殊に育てられたというだけで、ただの一構成員に詳しく情報が回ってこないのは当然だった。
コクマの方針に不満はないものの、こんな事態に何もできない自分がもどかしい。
そう自分の不甲斐なさを嘆くイース。
「組織のために働くことでしか、俺は自分の価値がない……」
その声は小さく、誰の耳にも届くことなく消えていく。
「おはようイース。なにかあったのか? とても思いつめた表情をしているが」
本人すら知らず知らずまとっていた不穏な空気を、気にもかけずイースへと言葉を投げかける少女。
「……おはようカナン。そんな顔に出ていたか?」
「ああ、自分の無力さに嘆く後方支援の兵士のような顔だった」
イースの隣の席へと腰かけるカナンは、問われた質問に冗談交じりで答える。
ただその返答はあまりにも、現在のイースの状況に合致していた。
「『コクマ支部壊滅』か。街でもかなり騒ぎになってたね。もっとも、当事者意識は低く、半ばお祭り騒ぎといったようすだったけど」
イースの広げていた記事を覗きながら、見出しを読み上げるカナン。
「ああ、その騒ぎで俺も少し気になってな……」
などと言いながら、イースは記事を閉じ、カバンの中へとしまう。
自分の正体がばれるリスクを考え、あまりこの件について話を広げたくなかったからだ。
「……? もしかして、ヘルトとコクマの確執を気にしてる?」
カナンは先ほどの不自然なイースの行動を、違う意味にとらえたらしい。
「気にしなくてもいいのに」
「ああ、すまない……」
不自然な形だったが、そこで一度話が途切れ、お互い講義の準備を始める。
しかしその間、どうもカナンの様子がおかしいことにイースは気づく。
どこかそわそわしており、チラチラとイースのほうをうかがっている。
普段からはっきりした態度をとるカナンにしては、珍しいと思える光景だった。
しばらくすると、探るようにカナンが切り出す。
「イース、その、聞きたいことがあるんだが……」
戸惑い、葛藤、そんな感情が顔から漏れ出ており、言いにくそうにしながらもカナンは続きの言葉を紡ぐ。
「私と敬語を使わずに話すこと……後悔しているか?」
イースは質問の意図がよくわからなかった。
「すまない。いまいち意味が……」
「その、言い難いんだが、私に敬語を使わず話していることで、君が周りから距離を……おかれていることに、私も気づいている」
「え?」
「え?」
「……」
「……」
知らぬは本人ばかり。
カナンは自らの失言に気づく。
「……まあ、うすうす気づいてはいた。だからそんなに気にしないでくれ」
嘘である。
ただの強がりである。
そもそもイースにとって、友人という存在との適切な距離関係というものがわからない。
一般的には同世代などと関わっていくことで、自分に合った距離を理解していくものだが、その機会がイースの育った環境にはなかった。
そのため、周りから距離を置かれている状況を、イースはこんなものなのかと納得してしまっていた。
魔眼持ちの少女、ローゼリッタが避けられていることに気づけたのは、他人の観察は得意なことや、ローゼリッタに対して周りの避け方が露骨だったこともあるだろう。
「ほんとうにすまない」
「いいんだ。謝らないでくれ」
「……」
二人の間に気まずい空気が流れる。
カナンの様子を見ると、あきらかに失言を気にしており、先ほどよりもそわそわしている。
英雄と呼ばれながらも年相応の姿を見せるカナンに、イースは心の中で笑ってしまう。
とにかく、この気まずい空気をどうにかするため、イースは自分の気持ちを正直に伝えることにした。
「敬語のことだが、俺自身周りからどう思われようとやめるつもりはない。もちろん、カナンがどうしても嫌というならやめるが」
静かだが迷いなど微塵も存在しない。
真っすぐな言葉。
「俺はカナンの意思を尊重する。対等な立場でいてほしいと言うならば、対等であり続けるさ」
「……ありがとう」
一瞬のためをつくり、短く告げられた感謝の言葉。
カナンの表情は嬉しそうでありながらも、どこか寂し気だった。
それでも、二人の間にあった気まずい空気は霧散し、イースは安堵する。
イースにとって周りのその他大勢よりも、カナンを優先するのは当然のこと。
彼女がカナン・ヘルトであり、トーヤ・ヘルトの妹であるため。
お互いが本音を隠した故の、致命的なズレ。
二人の距離は近いようで、果てしなく遠い。
「お礼……といってはなんだが私からも一つ、他人と信頼し合う関係を作るためのアドバイスをさせてくれ。私自身、友人と呼べる間柄の人間は少ない。だからこれは受け売りだ」
静かにささやくカナンの言葉に、イースは黙って耳を傾ける。
「『弱さを見せろ』――昔ある人物から言われた言葉だ」
「弱さを?」
「ああ、『お前は完璧であろうとしすぎる』なんて説教されてな。英雄とは、誰しもが羨望する完全無欠の存在。ただ強く、頼もしく、人々の希望たれ。その希望に、民が導かれる――それが正しい英雄像なのだと考えている私にとって、今になってもその言葉の意味を理解できないでいる。……いや、きっとこれからも……理解できないんだろうな」
先ほどと同じ、どこか寂し気な表情。
このとき、イースがカナンから感じたのは弱さではない。
何かの拍子で間違えてしまいそうな、消えてしまいそうな。
15歳の少女が持つには、あまりにもあぶなかっしい儚さだった。
少し短め。
一章で簡単にとばした分、学園について色々描写したいなと思ってたけど、需要があるかどうかもわからんし、あきてきた。はやくトーヤ達を出したい。




