表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽りの英雄  作者: 考える人
第一章 学園の問題児
9/158

新たな護衛



 今日は記念すべき学園への初登校の日。


 といっても、それほど派手に何かするわけではなく、豪勢な送り迎えがあるわけでもない。

 学園までは歩いて通える距離であるため、馬車での送迎を拒否した。

 馬車で送迎なんてされたら、おいそれと寄り道もできやしない。

 反対されるかとも危惧したが、かつて通っていたセーヤも歩きだったらしく、前例があったため特に反対はされなかった。ただセーヤからは『問題を起こしたらシバク(意訳)』との言葉をいただいている。

 

 権力を誇示する派手な送迎も悪くないが、毎日となるとさすがにあきるしな。


「準備はできましたか?」


 部屋で学園指定の服に身を包み、鏡で確認しているとマヤから声をかけられる。


「ああ、できてるよ。いつでも出発できる」


「…………」


 俺の姿を見たマヤは一度大きく目を開くと、しばらく微動だにせず固まる。


「どうした? 急に黙り込んで」


「いえ、すっかり大きく成長なされたなと、感慨にふけっておりました」


 そういって嬉しそうに軽く微笑む。

 また柄にもないことを。


「中身の成長が微塵も感じられないのは残念ですが」


 やっぱ一言多いけど。

 おめえもそういうとこほんと変わらねえよ。


 けどまあ――


「マヤとは小さいころからの付き合いだもんな。マヤだってもういい年――」


「さあ、では玄関にむかいますよ」


 強引に話をぶった切られた。

 年齢のことに触れるのはNGらしい。

 確かにもう結婚してても、なんらおかしくない年齢ではあるけど。


 廊下を歩いていくマヤに続き、俺も後ろについて歩く。


「登下校中、及び学園でのトーヤ様の護衛の任に就くものが玄関でお待ちしております。ヘルト家の人間として威厳を示せそうな挨拶を適当に考えておいてください」


「……姫様の時もそうだけどさあ、事前の顔合わせとか情報共有って大事だと思うわけよ。玄関に着くまであと数秒だぜおい」


 俺に新しい護衛がつくということ自体は、前から親父に伝えられていた。

 しかし、その護衛と会うのが登校直前とかありえねえだろ。報連相大事。


「……私には旦那様の意図は測りかねますが、おそらく不確定要素が服を着て歩いているようなトーヤ様に、不測の事態を起こされたくないのでは?」


 顔合わせに不測の事態って何?

 ふざけやがって、王族にでもケンカ売ってこの家窮地に立たせたろか。


 そんなことを話しているうちに玄関先にたどり着く。

 そこには何人かの使用人と、一人だけ学園指定の服を着た俺と同年代の少女が立っていた。

 長い黒髪をポニーテールにしており、腰には剣を携えている。

 おそらくあれが俺の護衛だろう。


 俺とマヤがその少女の傍まで近づくと、その少女が片膝をつき、敬礼の意をしめす。


「お初にお目にかかります。『影』所属のツエルと申します。未熟ながら、学園に通う間の護衛兼付き人の任を務めさせていただきます」


「ツエルか、顔上げていいぞ。まあよろしく頼むわ」


 ツエルと名乗った少女は、俺の言葉を受けて顔を上げる。

 そんなツエルを、マヤがこれでもかというほどガン見していた。

 もうキスするんじゃないかという距離で。

 

 ……やめてやれよ。


「あ、あの……なにか?」


 ほらみろ、完全に戸惑ってるじゃねえか。


「何してんだマヤ。男ができないからって未成年の女に迫るのさすがにどうかと思うぞ」


「いえ、トーヤ様の護衛がどんな方かと思えば……どう見てもただの小娘だったもので。こんな小娘にトーヤ様の護衛が務まるのか、と」


 出会いがしらの悪口。

 お前誰に対してもその接し方なの? そりゃ男できねえわ。


 ツエルもその言葉にカチンときたのか、少しむきになって言い返す。


「お言葉ですが、これでも10年近く『影』として修業を積み、今まで数多くの任務もこなしています。ただの小娘だとバカにされるのは心外です」


 言いながら立ち上がり、正面からマヤと向き合う。



  『影』

 ヘルト家の密偵みたいなもので、表向きの仕事をする私兵団とは違い、公にはできない仕事を主に担当する。

 実質的にヘルト家最強の部隊といってもいい。

 安直なそのネーミングは、初代ヘルト家当主様が考えたらしい。

 俺ならもっと派手でカッコいい名前つけるな。密偵だけど。


「……そうですか」


 ツエルの言葉に、納得したような雰囲気をマヤが出したと思った次の瞬間――


 いきなりとんでもない速度で、いつ取り出したかもわからない短剣を右手でツエルの首に当てた。


 あまりにも突然な行動に、ツエルは目を見開き驚く。


「な、なにを……」


 焦りの表情と共に冷や汗を流しながら、ツエルがマヤに問いかける。

 ツエルもマヤの攻撃?に反応すること自体はできたようだが、鞘から抜こうとした剣はマヤの左手にしっかりとおさえられていた。


「今の動き、気を張っていればあなたなら十分に対処できたはずです」


 ツエルにそう告げるマヤの声はゾッとするほど冷たい。


「もし私が敵であるならばあなたは殺され、トーヤ様も殺されていたでしょう。そばについていながら、みすみす護衛対象を殺されることほど護衛としておろかなことはない。気を抜くな。常に周りに注意を傾けろ。護衛時に気をぬいていい瞬間など存在しない」


「…………」


 マヤの有無も言わせぬ迫力に、ツエルは押し黙る。


 傍で並んでいた使用人達の方を見てみると、誰一人として驚いた表情を見せない。

 もしかしたらマヤのこの行動は、元から予定されていたことだったのかもしれない。

 だとすれば、使用人が誰一人騒がないのも理解できる。


 短剣を突きつけるマヤに、一人の使用人が声をかけた。


「マヤ、あまり勝手な行動をとるな」


 いや違うんかい。


 違うのにお前らよくそんな静観してられるな。

 おい、しかも一人あくびしてるぞ。

 異常事態に慣れすぎだろこいつら。


「さてと、後輩いびりはこのくらいにしておきますか」


 俺が後輩の立場なら間違いなく辞表をたたきつけるであろうセリフを吐きながら、マヤは短剣をしまう。


「あんまいじめてやんなよ。そういうことするから、お前しか俺の専属のお付きがいねえんだぞ」


「必要なことですので。それより、そろそろご出発なされたほうがいいのでは?」


「ああ、もうそんな時間か。じゃあ行くか、ツエル」


「……はい」


 少し落ち込み気味なツエルに声をかけ、玄関の外へと向かう。


「ツエル」


 そんな折に、マヤがツエルに声をかける。


「……なんでしょう?」


 さっきのこともあってか、警戒気味なツエルの返答。

 まだ何かあるのか――とでも言いたげな目だ。


「トーヤ様のことをよろしくお願いします」


 そういうとマヤはツエルに頭を下げる。


 さきほどとは打って変わった態度。

 それはとても真剣な声で、とてもきれいな礼だった。





「この身に代えても」


 こちらもまたきれいな礼であり、静かで、力強い声だった。



 守ってもらう側としては頼もしい限りだよ、ほんと。












 

 




 俺とツエルは学園に向かいながら、軽くお互いの身の上話をしていた。


「へえ、俺と同い年ってことは5才くらいのころから『影』で活動してたってことか。勤勉だなあ。俺なんてそのころから問題児扱いされてたってのに」


「え、問題児ですか?」


 ツエルは問題児という言葉に、本気で不思議そうな顔をして聞き返す。


 あれ? もしかして俺のこと詳しく聞いてないのか?

 俺のやってきたこと(ほぼ悪行)を聞いてなかったらやばいな。

 英雄家の模範みたいなやつだと思われてたら困る……今後の好き勝手な活動的に。


「あのさ、俺のことは事前にどんなやつだって聞いてる?」


「自分の目で見て確かめろ――と言われています」


 いやそういうのいいから。

 無責任なこと言うのよくない。


「その、信憑性のない噂話なら……」


「どんな?」


「初代当主様の銅像を粉々に破壊したとか、1年間家に帰らなかったことがあるとか、そんなくだらない話です」


 ……どっちも本当の話だ。


「ちなみに他には? 評判的な話でなんかない?」


「えっと……宿舎の同室のものが言っていたことなんですが……」


「なになに?」


「悪い意味しかない自由人、と」


「そうか、別に深い意味はないけど後で同室のやつの名前教えろ」


 自由人の恐ろしさ見せてやる。


「まあ正直、ツエルが予想してる人物像とはかけ離れてるかもしれねえけど、そうだとしても見捨てずに頼むわ」


「もちろん当然のことです」


 おまかせください! とでも聞こえてくるようないい表情(かお)をして答えてくれる。

 言ったな? 言質取ったからな?


「私からも一つ聞きたいことがあるのですが」


「なんだ?」


「マヤ様は一体何者なのでしょうか? あれほどの手練れはそういるものではありません。あれでも本気ではなかったはずです。『影』に所属していたという記憶もありませんし……」


 ああ、マヤのことか。

 そりゃ不思議だよな。ただの使用人にあれだけの力があったら。

 確かに何人か強い使用人はいるが、基本『影』と兼業だったり、引退して使用人になったやつだったりだし。


「マヤか……うーん、マヤなぁ」


「あっ! 申し訳ありません。機密事項なら無理に話していただかなくとも……」


 俺が言いよどんだのを、機密情報かなにかと勘違いしたらしい。

 あわてて発言を取り消そうとする。


「いや、別にそういうわけじゃない。ただ単に正直なところ俺もよくわかんねえんだよ。あいつとはほんとに俺が小さい頃から一緒なんだけど。そのころからめちゃくちゃ強かったし」


「そうですか……」


 ツエルは納得できない、というような顔で考え込む。

 

 昔親父にマヤのこと聞いたけど、なんも教えてくれなかったんだよな。

 出生やその他もろもろ、ずっと一緒にいるにもかかわらず、マヤについては知らないことのほうが多い。

 本人にも聞いたことはあるが、『秘密は女の武器です』と言って教えてくれなかった。

 クッソうざかった。


 まあ信頼はしてるけど。



「おっ、そろそろだな」


 歩いていたその先で、学園がだんだんと見えてくる。

 あれがこれから4年間通う学園か。


 ここから始まるんだ、俺の華々しい学園生活が!!







 なんて期待してた自分がいました。まだこの時は。






前話の最後に出てきた少女と今回のツエルは同一人物です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ