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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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トップ3


 生徒会室を離れ、帰路につくイース。

 ちょうど門のあたり、学園の敷地を出ようとしたところで、見知った顔と遭遇した。


「ようイース、今帰りか?」


「ケイ」


 入学式で交友を深めたケイ。

 イースはその後も、授業時間外は頻繁に行動をケイと共にしている。

 他クラスとの合同授業でも、同クラスのものよりケイと行動することのほうが多い。

 特にケイは、学園内での情報をよく収拾しており、噂話などに疎いイースにとってありがたい存在だった。


「少し生徒会室によっていてな」


「え、生徒会に入ったのか?」


「まだ勧誘されただけだ。ただ前向きに考えている」


「いいな~。学園の生徒会役員ってだけでブランドつくからな~。去年の卒業生も、生徒会役員だった人はいいとこ就職してるんだぜ」


「そうなのか」


 相変わらず、幅広く情報を集めているなとイースは感心する。

 それと共に、先ほどの(・・・・)疑問も、ケイなら知っているのではないかと考え、尋ねてみることにした。


「なあケイ、『貴族派と庶民派の対立』ってなんのことかわかるか?」


「ああ、知ってるぜ」


 イースの疑問に、ケイは当然のこととばかりに即答する。


「2年生を中心とした争いだよ。ところでイース、この学園におけるリーダー的な存在を知ってるか?」


「生徒会長じゃないのか?」


 学園における生徒会長とは、生徒たちのリーダーでありまとめ役。

 そう記憶していたイースは当然のことだと考えて答えた。


「まあ表向きはな。けど実際のところ、多くの生徒達に対して強い権限を持つのは生徒会長じゃない。3人の2年生だ」


「3人? しかも2年生なのか?」


「ああ、そしてその3人のうち、2人が『貴族派と庶民派の対立』の中心にいる」


 下宿先へと帰りながら、イースはケイの話に耳を傾ける。

 ケイも同じ方向なのか、イースと同じ道を歩く。


「1人目は、みんなご存知シール王国次期国王、アーカイド・ガイアス様だ」


 その名は当然、世情に詳しくないイースでも知っている。

 優秀な人物だということも耳にしていた。


「この学園は去年まで、貴族の派閥争いが当然のように行われてたんだ。親同士仲の悪い貴族は、子供の仲も悪くてな。そんな貴族たちを、アーカイド様が入学してすぐにまとめあげた。つまりほぼすべての貴族が、生徒会長よりもアーカイド様の言葉を優先するってわけだ。王族だから、当然といえば当然だけどな」


 去年まではこの時期、派閥への勧誘がひどくて帰るのも一苦労だったらしいぜと、付け加えるケイ。

 

「そうだったのか、学園内ではみな平等の扱い。身分を振りかざすことはできない――そう聞いていたが」


「そんなもんは建前でしかなかったんだ。けど、それこそが対立の原因と化してる。対立の中心にいる2人目が、学年主席、カリナ・ホルバインさん」


 それはイースの聞いたことのない名だった。

 ある程度有力な貴族の子は、学園入学前に頭に入れていたイースだが、やはり覚えがない。 


「貴族が一つにまとまったように、貴族以外の生まれも同じようにまとまった。いわゆる庶民派だ。そしてその庶民派のリーダーとして、祭り上げられたのがカリナ・ホルバインさん。超がつくほど優秀で、英雄家を除けば歴代でもトップクラスらしい。にもかかわらず、生まれはなんの変哲もない農家。そういう理由があって、2年生ながら一般家庭出身の生徒たちをまとめあげている。カリスマ性の高さは確かだ」


 一般家庭出身という言葉に、イースは自分が知らなかったことを納得する。


「アーカイド様とカリナさん。2人をリーダーとして、貴族派と庶民派の対立が生まれてるってわけだ。貴族に雇ってもらいたい俺としては面倒な話だよ」


 溜息を吐きながら、愚痴るようにつぶやくケイ。


「そもそも、対立の原因はなんなんだ?」


「さっきお前が言ったことだよ。『学園内ではみな平等の扱い』――庶民派が学園の治外法権を盾に、貴族たちの言葉に逆らうようになったんだ。学園内ではお前らの命令に従わないぞってな。しかも去年から突然だ。当然、今まで言うことを聞いていたやつらが反抗するのを、貴族たちは気に入らない。そんないざこざが激しい対立に発展したってわけだ」


 ケイから伝えられる対立の経緯。

 それを踏まえて、イースに浮かんだ2つの疑問。

 ケイが望むように貴族のもとで働くことも、一般家庭出身の者にとっては条件のいい就職先の一つのはず。

 対立すれば、それは自分の印象を悪くすることにしかつながらない。

 にもかかわらず、対立の構図ができることにイースは疑問を感じていた。

 それが一つ目の疑問。


「まあお互い、変なプライドがあるんだろうな。対立するメリットなんてないこと、ちょっと考えればわかるだろうに」


 イースがその疑問を口にするよりも早く、ケイはその答えを口にする。


「プライド……俺は貴族には従わないぞ――みたいなものか?」


「ああ、それに対して貴族側もさらに意地になる悪循環だ」


「なるほど、会長が言っていたのはそのことだったのか」


「まだ大ごとにはなってねえけど、去年はあった大きな抑止力(・・・)が今年は存在しない。もはや一触即発の状況だ。大きな事件にでもなれば、生徒会は大変だろうな」


 自分には関係ないこともあって、他人事のようにつぶやくケイ。

 

 一つ目の疑問が解けたことで、イースはもう一つの疑問を口にする。


「リーダー的な存在は3人と言っていたが、3人目は対立に関わっていないのか?」


 対立の経緯を聞いた中で、一切話の出てこなかった3人目のリーダー。

 その存在がイースは妙に気にかかった。


「ああー……まああれだ。3人目の率いる集団が特殊なんだよ。リーダー格の3人目は当然というかなんというか、トーヤ・ヘルト様だ」


 その名を聞き、イースは疑問の答えになんとなく察しが付く。


「トーヤ様がまとめあげている集団は、変態ぞろいのSクラスだ。他のクラスから隔離されていることもあって、対立に関わることはない。けどな……一番力を持ってる勢力はトーヤ様の勢力だ」


 脅すような口調になりながら、よーく聞けよと、ケイが念を押す。

 先ほど話していたリーダー的存在二人のときよりも、どこか話したがっているようにイースは感じる。


「色々と言われるSクラスだが、学園に入学できるだけあってその実力は確かだ。Sクラスにいる人間は大概、『野に放つよりは、目の届くところで監視しておいた方がまし』――そう言われるやつらばかり。トーヤ様の実力は未知数だから置いておくとして、一番ヤバいのはトーヤ様に仕えるたった一人の護衛、ツエルって人だ。その実力は、アーカイド様とカリナさんを優に超えるとまで噂されている」


  ツエル

 その人物についてイースは、用意された資料で事前に把握していた。

 準特殊指定魔法である闇魔法をメインとする少女。

 仮にトーヤ・ヘルトが抹殺対象となった場合、もっとも障害となるであろう相手。


「イースも生徒会に入るなら覚悟しといた方がいいぜ。トーヤ様が関わった厄介ごとは、今日(・・)の火事よりもヤバいのなんてざらだ」


 目的人物であるトーヤ・ヘルトの厄介さを再確認するイース。

 それと同時に、つい先ほど起こったばかりの火事について、すでに知っていたケイの情報収集力の高さも再確認する。


「情報ありがとう、注意しておくよ。しかしさすがだな、もう火事のことを知っていたのか」

 

「いやいや、学園内で煙が上がってたせいで噂になってただけだ。たいしたことねえよ」


「そうなのか? 今回の火事にトーヤ様が関わっていないことを知っていたから、てっきり詳しく知っていると思っていたが」


 イースが感心していたのは、火事の詳細をケイが知っている口ぶりだったこと。

 暗にそのことを口にすると、ほんの一瞬。

 ほんの一瞬だが、ケイの動揺がイースには見て取れた。


 しかし、それ以降は先ほどと変わらない様子だったため、勘違いだったかとイースは結論付ける。


「トーヤ様が来てないことも噂になってたからな。有名な人がいなけりゃ話題にもなるって」


 その言葉が真実かどうかは、雑談し合う友がケイしかいないイースにとって判断することができない。

 とはいえ、そういうものかとひとまず納得する。


「まあまた知りたいことがあれば教えてやるよ。あ、俺こっちだから」


 じゃあなと言って、ケイは大通りをイースとは違う方向へと歩いていく。




「……少し喋りすぎたかな」


 その小さなつぶやきが、イースに聞こえることなく。







 ケイと別れ、イースは一人帰路につくなか、あることを思いだす。

 花屋の前を通り過ぎる際、いつもなら必ず話しかけてくる人物がいなかったことに。

 


ーーーーーー



 次の日の朝。

 あるニュースが、王都中の話題をかっさらう。


『シール王国コクマ第3支部、一夜のうちに壊滅』


 コクマに所属するイースにとって、決して無視することのできない事態だった。


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