与えられた任務
入学式が終わり、イースはクラスごとに指定された講義室へと向かう。
せっかく親交を深めたケイは別クラスのため、途中で別れることとなった。
いくばくかの不安を感じながらも、指定された講義室に入り、空いている席に腰を掛ける。
「やあイース、今朝ぶり。やっぱりAクラスだったんだね。魔力総量がかなりのものだったから、そうじゃないかと思ったよ」
席に座ると同時に、すぐ声をかけられる。
声をかけたのは、むしろイースからコンタクトを取るつもりの人物だった。
「おほめに預かり光栄です、カナン様。素晴らしい代表挨拶でした」
「ありがとう。そう言ってもらえると、わざわざ徹夜で原稿を考えた甲斐があったかな」
好機とばかりに、イースからも積極的に話題を振っていく。
意外にも、カナンの返答には茶目っ気があった。
「そういえば、その代表挨拶のときにイースの姿を見つけたよ。三階席の右端のほう」
「あの大勢のなかからよく見つけられましたね」
「ヒトを見つけるのは得意だから。……嫌な顔も見てしまったけど」
「なにか言いましたか?」
「いやなに、こっちの話だ。気にしないでくれ」
思ったよりも接しやすいかもしれない。
少し会話を交わしたイースは、カナン相手にそんな評価を下す。
「ああ、あとそれと……」
カナンは少し言いづらそうにしてから口を開く。
「代表挨拶でも言ったけど、君たちとは友として学園生活を過ごしたい。だから……学園内では敬語は無しにしてもらえないかな? もちろん無理強いするつもりはない……もしよければ――」
「わかった、カナン。お互い敬語はなしでいこう」
「……」
イースの放ったセリフに、カナンは大きく目を見開く。
その反応を見たイースは内心大慌てになる。
まさか今のは冗談だったのか?
本気にして不興を買ってしまったのではないか?
だがイースの予想に反して、カナンは自然とこぼれるような笑顔をつくった。
「ありがとう、イース。君とは良き友人関係になれそうだ」
差し出されたカナンの手を、イースは優しく握り返す。
このとき、講義室中から驚きの声が上がる。
しかし、カナン・ヘルトと接触することしか頭になかったイースには、驚きの声が上がる理由を考えることはできなかった。
ーーーーーー
ガイダンスを終え、学園での初日の日程が終了する。
各々が席を立ち、まばらに講義室から出ていく。
「じゃあイース、また明日」
「ああ、また明日」
二人は挨拶を交わすと、カナンもそのまま講義室から出ていく。
初日でこれなら上々だろう。
予想していたよりも、カナン・ヘルトとの距離を詰められたことにイースは満足する。
特に学園に残る理由もないため、イースも講義室から出ようとする。
その移動の際、同じクラスの生徒のカバンに接触し、机の上から落としてしまう。
イースはすぐにカバンを拾い、カバンの持ち主を見る。
青みがかった色の髪がわずかに肩にかかっており、大きめのメガネが特徴的な少女だった。
「落としてしまってすまない」
「あ、面の皮厚男」
……それは自分のことを言っているのだろうか?
予想外の返答に、イースの思考が迷子になる。
「……もしかして、俺のことか?」
「うん、カナン様にため口」
「いや、それはカナン様が――」
「上の人間が言う『フランクにして』はたいてい社交辞令。本気だとしても、普通ヘルト家の人にため口なんて聞けない」
育った環境も関係して、イースは自分が一般常識に疎いことを自覚している。
だからこそ、少女の言葉はイースに重くのしかかった。
「そうだったのか……やはり敬語で――」
「いいんじゃない? ため口でも」
ため口を咎めるような口調だった少女が、今度は一転してため口を肯定する。
「社交辞令じゃないのか?」
「たいていって言ったでしょ。おそらくカナン様は本気。面の皮厚男がため口で話した時、カナン様の色がとても嬉しそうだった」
「色?」
「色」
そう言うと少女は、かけていたメガネを両手で持ち上げる。
すると、あらわになる少女の瞳。
眼鏡越しに見た黒い瞳は、宝石のように輝いていた。
引き込まれそうになるほどの輝き、それが意味するものは――
「魔眼……か?」
「そう、かっこいいでしょ」
表情を一切変えることなく言う少女。
どこまで本気なのか、イースには判断できなかった。
魔眼
膨大な魔力を持つ者のごく一部に、特殊な感覚器官を発現するものがいる。
眼にその症状が現れた場合、その眼を魔眼と呼ぶ。
魔眼の能力は人によって差はあるが、共通していることは『普通は見えないものが見えること』
余談だが、数代前のヘルト家当主も魔眼持ちだった。
「私の魔眼は『色彩の魔眼』。その人の持つ本性が私には色で見える。気分や体調で多少は変化するけど、本来持つ色は誤魔化せない。あの生徒会長なんて、入学式で余裕そうな顔してたけど、もういっぱいいっぱいって色してた」
いっぱいいっぱいの色、というのがどのような色なのか?
イースには推測することもできないが、感情の機微すら見抜いてしまう精度の高い魔眼に、強く興味が引かれる。
「ちなみに、俺のことはどう見えているんだ?」
「面の皮厚男?」
「……その呼び方はやめてほしい」
「だって名前知らない」
「カナン様との会話を聞いてたんじゃないのか?」
「聞いてたけど忘れた」
「……」
イースが初めて遭遇する類の相手、いわゆる不思議ちゃんとでもいうのだろうか。
この少女と会話していると、イースは自分のペースが乱されることを自覚する。
「イース・トリュウだ」
「変な名前」
つい出そうになった手を、理性で抑え込む。
「私の名前はローゼリッタ・ストラウド。かっこいいでしょ? 呼ぶときはロゼでいいよ」
「……」
「かっこいいでしょ?」
「……そうだな」
「ふふん」
口では誇らしそうに言うものの、ロゼの表情はやはり変化がない。
そろそろイースは、相手にするのが面倒だと感じ始める。
「透明」
「え?」
「あなたの色、見てって言ったでしょ?」
「ああ……」
「薄く色づいてはいるけど、染まりきってはいない。これからどんな色にでも染まれる。なんにでもなれる無垢な色」
輝く瞳をイースから逸らさず、静かな声で告げるロゼ。
『透明』
告げられたその結果に、イースは納得する。
なるほど、たしかに自分はまだ透明だろう。
しかし、今与えられている任務をこなした時、きっとその色は何らかの形で染まっているはずだ。
おそらく、それはどす黒く。
イースはどこか自嘲するように心の中で笑い、ロゼに感謝を述べ、講義室を後にした。
ーーーーーー
少し感傷的になってしまったことを反省しながら、イースは下宿先へと向かう。
生まれたときから決まっていたことだ。
組織に育ててもらった自分は、組織のために生きて死ぬ。
それは誇れることだ、悲しむような事ではない。
そう自分に言い聞かせ、意識を改めていた時だった。
「入学初日から憂鬱ですか? 気持ちが下を向いてますよ」
「リリーさん……」
イースの心情を見抜くように声をかけたのは、建国祭を共に行動したリリーだった。
花の刺繍がほどこされたエプロンを身に着け、にこやかな笑みをイースに向けて浮かべている。
「リリーさん、どうしてここに?」
「言ったじゃないですか、王都に住んでるって。そこの花屋で働いてるんです」
そう言ってリリーが指さしたのは、いかにも個人経営といった小さい店。
店頭には色鮮やかな花が所狭しと並んでいた。
「そうだったんですか。そういえば、盗まれた財布はどうなりました?」
「犯人を見つけて取っ組み合いになりました」
「え?」
「安心してください。渾身のボディーブローを三発くらわせてやりましたから」
腕を掲げ、どや顔で事の顛末を語るリリー。
予想以上にアグレッシブなリリーの行動に、イースはクスリと笑ってしまう。
「フフ、今とってもいい顔してましたよ、イースくん」
じっくりと顔を見つめられ、イースは少し照れ臭さを感じる。
「あ、ちょっと待っててください」
そう言うと、リリーは店の中へと入っていく。
しばらくすると小さめの植木鉢を抱え、イースのもとへ戻ってくる。
「それは?」
「変化草の種が埋められてます。この植物は傍にいる者の魔力によって、多種多様な花を咲かせることで有名です。どんな花が咲くかは、育てる者次第で変わります。もらってください。私からの入学祝です」
渡された植木鉢を、イースは素直に受け取る。
「『なににでもなれる』――それがこの花を象徴する言葉です。人はこの花以上に、なににでもなれるし、どこへでも行けます。この学園生活で、あなたがなりたい自分を見つけてください」
優しく語りかけられるリリーの言葉。
なぜかその言葉は、イースの心の奥深くへと、抵抗なく沈んでいく。
「あ! 恋をするのもいいですよ。恋をすれば世界が変わりますからね」
いたずら娘の顔で笑いかけるリリー。
イースもその笑顔につられて笑う。
少しの間、イースは感じていた重い気持ちを忘れることができた。
ーーーーーー
リリーと別れたイースは、下宿先にたどり着く。
見た目はごくごく一般的な建物。
その建物の二階の一室が、組織から与えられたイースの部屋。
部屋の中へと入り、抱えていた植木鉢を机の上に置く。
次に机の引き出しを開け、取り出したのは一冊の本。
ページを開くと、一ページごとに魔法陣がびっしりと書き込まれている。
そのうちの一つに手をかざし、魔力を流し込む。
この日の報告を始めるために。
「こちらイース・トリュウです。初日の任務を終えました」
『こちらナディア。ご苦労様、首尾はどう?』
イースの持つ本から、女性のものらしき声が流れる。
ノイズのようなものが声に混じっているため、女性ということ以外は判別がつかない。
「後ほど詳しく説明しますが、初日にしてはまずまずかと」
『そう、それは報告が楽しみね。まあ初日だし、あなたに与えた任務の確認からいきましょうか』
「わかりました」
イースは静かに目を閉じ、心を落ち着かせる。
「俺に与えられた任務は、学園に潜入し、トーヤ・ヘルトのメインを暴くこと。また思想なども調査し、もし国際魔法究明機関、コクマにとってその存在が不利益に働く場合は――
速やかに抹殺することです」
トーヤ以外の前では少し口調の違うカナン
感想まってます。




