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偽りの英雄  作者: 考える人
第五章 学園の麒麟児
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与えられた任務



 入学式が終わり、イースはクラスごとに指定された講義室へと向かう。

 せっかく親交を深めたケイは別クラスのため、途中で別れることとなった。


 いくばくかの不安を感じながらも、指定された講義室に入り、空いている席に腰を掛ける。


「やあイース、今朝ぶり。やっぱりAクラスだったんだね。魔力総量がかなりのものだったから、そうじゃないかと思ったよ」


 席に座ると同時に、すぐ声をかけられる。

 声をかけたのは、むしろイースからコンタクトを取るつもりの人物だった。


「おほめに預かり光栄です、カナン様。素晴らしい代表挨拶でした」


「ありがとう。そう言ってもらえると、わざわざ徹夜で原稿を考えた甲斐があったかな」


 好機とばかりに、イースからも積極的に話題を振っていく。

 意外にも、カナンの返答には茶目っ気があった。


「そういえば、その代表挨拶のときにイースの姿を見つけたよ。三階席の右端のほう」


「あの大勢のなかからよく見つけられましたね」


「ヒトを見つけるのは得意だから。……嫌な顔も見てしまったけど」


「なにか言いましたか?」


「いやなに、こっちの話だ。気にしないでくれ」


 思ったよりも接しやすいかもしれない。

 少し会話を交わしたイースは、カナン相手にそんな評価を下す。


「ああ、あとそれと……」


 カナンは少し言いづらそうにしてから口を開く。


「代表挨拶でも言ったけど、君たちとは友として学園生活を過ごしたい。だから……学園内では敬語は無しにしてもらえないかな? もちろん無理強いするつもりはない……もしよければ――」


「わかった、カナン。お互い敬語はなしでいこう」


「……」


 イースの放ったセリフに、カナンは大きく目を見開く。

 その反応を見たイースは内心大慌てになる。

 

 まさか今のは冗談だったのか?

 本気にして不興を買ってしまったのではないか?


 だがイースの予想に反して、カナンは自然とこぼれるような笑顔をつくった。


「ありがとう、イース。君とは良き友人関係になれそうだ」


 差し出されたカナンの手を、イースは優しく握り返す。

 


 このとき、講義室中から驚きの声が上がる。

 しかし、カナン・ヘルトと接触することしか頭になかったイースには、驚きの声が上がる理由を考えることはできなかった。



ーーーーーー



 ガイダンスを終え、学園での初日の日程が終了する。

 各々が席を立ち、まばらに講義室から出ていく。


「じゃあイース、また明日」


「ああ、また明日」


 二人は挨拶を交わすと、カナンもそのまま講義室から出ていく。

 

 初日でこれなら上々だろう。

 予想していたよりも、カナン・ヘルトとの距離を詰められたことにイースは満足する。


 特に学園に残る理由もないため、イースも講義室から出ようとする。

 その移動の際、同じクラスの生徒のカバンに接触し、机の上から落としてしまう。


 イースはすぐにカバンを拾い、カバンの持ち主を見る。

 青みがかった色の髪がわずかに肩にかかっており、大きめのメガネが特徴的な少女だった。


「落としてしまってすまない」


「あ、面の皮厚男(つらのかわあつお)


 ……それは自分のことを言っているのだろうか?

 予想外の返答に、イースの思考が迷子になる。


「……もしかして、俺のことか?」


「うん、カナン様にため口」


「いや、それはカナン様が――」


「上の人間が言う『フランクにして』はたいてい社交辞令。本気だとしても、普通ヘルト家の人にため口なんて聞けない」


 育った環境も関係して、イースは自分が一般常識に疎いことを自覚している。

 だからこそ、少女の言葉はイースに重くのしかかった。


「そうだったのか……やはり敬語で――」


「いいんじゃない? ため口でも」


 ため口を咎めるような口調だった少女が、今度は一転してため口を肯定する。


「社交辞令じゃないのか?」


「たいていって言ったでしょ。おそらくカナン様は本気。面の皮厚男がため口で話した時、カナン様の()がとても嬉しそうだった」


「色?」


「色」


 そう言うと少女は、かけていたメガネを両手で持ち上げる。

 すると、あらわになる少女の瞳。

 眼鏡越しに見た黒い瞳は、宝石のように輝いていた。


 引き込まれそうになるほどの輝き、それが意味するものは――


「魔眼……か?」


「そう、かっこいいでしょ」


 表情を一切変えることなく言う少女。

 どこまで本気なのか、イースには判断できなかった。



  魔眼

 膨大な魔力を持つ者のごく一部に、特殊な感覚器官を発現するものがいる。

 眼にその症状が現れた場合、その眼を魔眼と呼ぶ。

 魔眼の能力は人によって差はあるが、共通していることは『普通は見えないものが見えること』

 余談だが、数代前のヘルト家当主も魔眼持ちだった。



「私の魔眼は『色彩の魔眼』。その人の持つ本性が私には色で見える。気分や体調で多少は変化するけど、本来持つ色は誤魔化せない。あの生徒会長なんて、入学式で余裕そうな顔してたけど、もういっぱいいっぱいって色してた」


 いっぱいいっぱいの色、というのがどのような色なのか?

 イースには推測することもできないが、感情の機微すら見抜いてしまう精度の高い魔眼に、強く興味が引かれる。


「ちなみに、俺のことはどう見えているんだ?」


「面の皮厚男?」


「……その呼び方はやめてほしい」


「だって名前知らない」


「カナン様との会話を聞いてたんじゃないのか?」


「聞いてたけど忘れた」


「……」


 イースが初めて遭遇する類の相手、いわゆる不思議ちゃんとでもいうのだろうか。

 この少女と会話していると、イースは自分のペースが乱されることを自覚する。


「イース・トリュウだ」


「変な名前」


 つい出そうになった手を、理性で抑え込む。


「私の名前はローゼリッタ・ストラウド。かっこいいでしょ? 呼ぶときはロゼでいいよ」


「……」


「かっこいいでしょ?」


「……そうだな」


「ふふん」


 口では誇らしそうに言うものの、ロゼの表情はやはり変化がない。

 そろそろイースは、相手にするのが面倒だと感じ始める。


「透明」


「え?」


「あなたの色、見てって言ったでしょ?」


「ああ……」


「薄く色づいてはいるけど、染まりきってはいない。これからどんな色にでも染まれる。なんにでもなれる無垢な色」


 輝く瞳をイースから逸らさず、静かな声で告げるロゼ。


 『透明』 

 告げられたその結果に、イースは納得する。


 なるほど、たしかに自分はまだ(・・)透明だろう。

 しかし、今与えられている任務をこなした時、きっとその色は何らかの形で染まっているはずだ。

 おそらく、それはどす黒く。


 イースはどこか自嘲するように心の中で笑い、ロゼに感謝を述べ、講義室を後にした。




ーーーーーー



 少し感傷的になってしまったことを反省しながら、イースは下宿先へと向かう。

 

 生まれたときから決まっていたことだ。

 組織(・・)に育ててもらった自分は、組織のために生きて死ぬ。

 それは誇れることだ、悲しむような事ではない。


 そう自分に言い聞かせ、意識を改めていた時だった。


「入学初日から憂鬱ですか? 気持ちが下を向いてますよ」


「リリーさん……」


 イースの心情を見抜くように声をかけたのは、建国祭を共に行動したリリーだった。

 花の刺繍(ししゅう)がほどこされたエプロンを身に着け、にこやかな笑みをイースに向けて浮かべている。


「リリーさん、どうしてここに?」


「言ったじゃないですか、王都に住んでるって。そこの花屋で働いてるんです」


 そう言ってリリーが指さしたのは、いかにも個人経営といった小さい店。

 店頭には色鮮やかな花が所狭しと並んでいた。


「そうだったんですか。そういえば、盗まれた財布はどうなりました?」


「犯人を見つけて取っ組み合いになりました」


「え?」


「安心してください。渾身のボディーブローを三発くらわせてやりましたから」


 腕を掲げ、どや顔で事の顛末を語るリリー。

 予想以上にアグレッシブなリリーの行動に、イースはクスリと笑ってしまう。


「フフ、今とってもいい顔してましたよ、イースくん」


 じっくりと顔を見つめられ、イースは少し照れ臭さを感じる。


「あ、ちょっと待っててください」


 そう言うと、リリーは店の中へと入っていく。

 しばらくすると小さめの植木鉢を抱え、イースのもとへ戻ってくる。


「それは?」


変化草(へんげそう)の種が埋められてます。この植物は傍にいる者の魔力によって、多種多様な花を咲かせることで有名です。どんな花が咲くかは、育てる者次第で変わります。もらってください。私からの入学祝です」


 渡された植木鉢を、イースは素直に受け取る。


「『なににでもなれる』――それがこの花を象徴する言葉です。人はこの花以上に、なににでもなれるし、どこへでも行けます。この学園生活で、あなたがなりたい自分を見つけてください」


 優しく語りかけられるリリーの言葉。

 なぜかその言葉は、イースの心の奥深くへと、抵抗なく沈んでいく。


「あ! 恋をするのもいいですよ。恋をすれば世界が変わりますからね」


 いたずら娘の顔で笑いかけるリリー。

 イースもその笑顔につられて笑う。


 少しの間、イースは感じていた重い気持ちを忘れることができた。



ーーーーーー




 リリーと別れたイースは、下宿先にたどり着く。

 見た目はごくごく一般的な建物。

 その建物の二階の一室が、組織(・・)から与えられたイースの部屋。


 部屋の中へと入り、抱えていた植木鉢を机の上に置く。


 次に机の引き出しを開け、取り出したのは一冊の本。

 ページを開くと、一ページごとに魔法陣がびっしりと書き込まれている。

 そのうちの一つに手をかざし、魔力を流し込む。


 この日の報告(・・)を始めるために。



「こちらイース・トリュウです。初日の任務を終えました」


『こちらナディア。ご苦労様、首尾はどう?』


 イースの持つ本から、女性のものらしき声が流れる。

 ノイズのようなものが声に混じっているため、女性ということ以外は判別がつかない。


「後ほど詳しく説明しますが、初日にしてはまずまずかと」


『そう、それは報告が楽しみね。まあ初日だし、あなたに与えた任務の確認からいきましょうか』


「わかりました」


 イースは静かに目を閉じ、心を落ち着かせる。


「俺に与えられた任務は、学園に潜入し、トーヤ・ヘルトのメインを暴くこと。また思想なども調査し、もし国際魔法究明機関、コクマにとってその存在が不利益に働く場合は――







 速やかに抹殺することです」


トーヤ以外の前では少し口調の違うカナン




感想まってます。

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